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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
43/53

43 夜叉姫 - 2

 翌朝


 ジンが鍛冶場の入口の戸を開けると、ゴビンダは何事もなかったように忙しく作業をしていた。


 ジンは、ゴビンダの体調や夜叉姫のことが心配となり、鍛冶場の中に入った。すると、壁際にいたヤクシャから肩に手を置かれた。


 「ジン、大丈夫だ。夜叉姫は俺が預かっている」


 ジンは黙って頷いてから、

 「ゴビンダさんの体調はどうなの? それと、ヤクシャさんの傷は?」

と、ヤクシャの胸を見た。


 「おとうは、朝起きるなり上機嫌だった。昨夜のことは全く記憶になかったようだ。

俺の胸の傷を見ると、暫くの間、考え込むような素振りで立っていたが、薬だけ塗ってくれた」


 「・・・・・全く記憶にない?

 うーん、それはよかったような、悪かったような」


 「それだけではない。俺に薬を塗りながら『武器を造る鍛冶を止め、日用品を造る鍛冶屋になる』と突然言い出したんだ。

 俺もこれには驚いた」


 「・・・・武器ではなく、日常品を?

 幻覚を見て大暴れした昨夜のことは、記憶として覚えていなくとも、心に焼き付く何かがあるのかもしれませんね」


 「・・・おとうが、昨夜のことを覚えていないということは、本当なのか疑問も残る。

 時折、悲しい目をして、遠くを見つめているんだ」


 「・・・・・・・・」


 ヤクシャは壁に立てかけていた1本の両手棍を手に取り、ジンに見せる。

 「これは、今朝、おとうが俺に『(さい)』とだけ言って、手渡してくれた(こん)だ」


 ジンは、金属の長い柄の先端に八角柱がついた棍に目をやった。

 「ゴビンダさんが、この金属の棍をヤクシャさんに?」


 「砕を手渡した時のおとうの眼には生気が感じられず、まるで死期を悟り、形見分けでもするかのような言動に、俺は胸を締め付けられた」


 「ヤクシャさん・・・・そのぉ、・・・・ゴビンダさんからは、目を放さないでいてあげてください」

 「ありがとう、ジン。俺もそうするつもりだ」


 ヤクシャは、ゴビンダの作業に再び目をむけると、

 「おとうが、何をしているのか分かるか」

と問いかけた。

 「武器を無造作に束ねていますね・・・・」


 「自分で造った武器を、全て処分すると言い出したんだ。

 店には、これから造る日用品を代わりに置くのだそうだ」

ヤクシャは、胸の傷を(さす)りながら言った。


 「ヤクシャ、一振りいただけないかしら」

 ジンとヤクシャの後ろから声がした。振り返るとそこにはレイが立っていた。


 「私は二刀を使うが、その内の一振りを折ってしまった。一刀では、魔族はおろか、刺客の皇七剣にも勝てないだろう」


 「それなら、おとうに尋ねてみればよい」


 レイは黙って頷くと、ゴビンダの前まで行った。

 「ゴビンダ、願いがある」


 ゴビンダの眼がレイを見る。

 「・・・何だ」


 「刀を一振りほしい」

 「・・・・・・・お前さんにか」


 「私は二刀を使う。だが、片刃刀の月光を失ってしまった。

 仲間の命を守るためにも、敵の刃を受け流せる、防御の刀がほしいのだ」


 ゴビンダは、束ねていた刀剣から無造作に一振りを握り、レイに突き出した。柄から、太めの(さや)、小さな(つば)に至るまで黒い刀だった。


 レイはこの一振りを受け取ると、鞘から刀身を引き抜いた。


 「・・・・・こ、この刃は」


 刀身は三角柱の鉄の(かたまり)。その漆黒(しっこく)の刀身に刃や波紋などはなく、その先端が鋭く(とが)っていた。


 「『()』じゃ」

ゴビンダは刀の名を無機質な声で言った。


 「この覇をいただく」

 レイは覇を鞘に納め、短く礼を言った。


 「お前、腰に差したそっちの剣を見せてみろ」


 レイは剣・(あさひ)を鞘から抜いて、ゴビンダに手渡した。

 「・・・・・・・・・・・・」


 ゴビンダの無気力な眼が、鬼神のような厳しい眼つきに変わり、旭の刀身を()めるように見ていた。柄を頬に当て、その刃の反りや傷を確認していた。


 「お前さんの名は?」

 「レイ」


 「・・・・・この旭は、レイをよくぞここまで守り抜いてきた。正に名工が鍛えた業物(わざもの)だった」

 というゴビンダの言葉に、レイは満足げに目を細めた。


 「ふふっ、・・・・え、だった?」

レイは、ゴビンダの言葉に引っ掛かりを覚え復唱した。


 ゴビンダは旭を右手にもって、金床(鍛冶で金属を叩く台)に叩きつけた。旭は悲鳴のような鈍い金属音を上げると、2つに折れ、その先端が宙を舞った。


 「な! 何をする!!」

レイは詰め寄り、ゴビンダの胸ぐらを掴んだ。


 「旭は役目を終えた剣だ。今の剣の鈍い悲鳴を聞けば、レイにも分かるじゃろう」

 「貴様! 何を言っている」


 「剣の刀身がもう限界じゃった。大剣の一振りでも受ければ、この刀身は折れていた」


 「・・・・・・・・・確かに・・・・違和感はあった」


 ゴビンダは、剣の束に手を伸ばす。

 「代わりの剣をやろう」


 「夜叉姫(やしゃひめ)がほしい」

レイは迷いなく答えた。


 「!!・・・・・・・・夜叉姫だと」

ゴビンダはレイの瞳をじっと見つめた。

 

 ゴビンダは首を横に振り、

 「女型(めがた)妖刀(ようとう)・夜叉姫は、人間では扱えぬ太刀」

(いさ)めた。


 「ゴビンダなら感じているだろう。夜叉姫は、主を待っている」


 「レイは、その主に相応しいと?」

 「・・・・必ずや夜叉姫に相応しい主となる」


 ゴビンダは鬼神の眼のままレイの眼を暫く見つめる。

 「・・・・・・・・・・・・・。夜叉姫を、お前の嫁にくれてやる」


 レイは喜びの表情と苦い表情をする。

 「夜叉姫はいただく・・・だが、私は女だ・・・・」


 ゴビンダはレイの言葉を無表情に受け流し、

 「ヤクシャ! 夜叉姫をどこぞへ、隠しておるのであろう。持って来い!」

と叫んだ。



 ヤクシャから夜叉姫を受け取ったレイは、そのやや短めな刀身を眺める。


 「片刃刀で美しい反りがある。青味かかった銀に輝く刃に、流れる風のような藤紫の波紋が艶やか・・・。

 この刃を見ていると、魂が吸い込まれそうな冷気と(あや)しさを感じる。

 ・・・・・・これぞ、まさに妖刀」


 レイは夜叉姫を鞘に納めると、左腰に差した。

 「ゴビンダ、感謝する。業物の二振りは、確かに受け取った」


 「礼などいらんわい。見事使いこなしてみせろ」

 ゴビンダがしゃがれた声で静かに語ると、レイはゴビンダの瞳を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ゴビンダには、幻覚作用を生む妙幻石についての知識は全くなかった。そこで、白銀の蛇の飾りの入手経路について話を尋ねると、『バルフ』という交易商隊から購入したことが判明した。


 オームは竪琴を鳴らしてから、皆に話す。

 「交易商隊だから、今どこにいるかを探ることからだな」


 「ええ、その商隊には、魔族や魔族に近い関係者が含まれていると、考えて行動する必要があるわ」

と、マツリが注意を(うなが)す。


 ジンがオームを見て考えを述べる。

 「中毒性のあるものだから、頻繁(ひんぱん)に出入りしていてもおかしくないと思う」

オームもマツリも頷いた。


 「先手必勝! 叩き潰す! 行くぞ」

レイは、夜叉姫の柄に手をかけて、その決意を示す瞳から力が(みなぎ)っていた。


 「レイ、まあ、落ち着け。叩き潰すのは、『バルフ』の尻尾を掴んでからな」

オームは(はや)るレイに向かって、両手の指を震わせ、呪いをかける素振りをした。


 【大陸陰暦1020年6月25日 

  アイガトプリッツ町

  例え、魔族との戦いになろうとも、妙幻石による民への被害を防ぎたい。

  それが、私たちが出した結論。

  レイ姉の口は横一文字に引き締まっている。でも、両の眼は笑い、鼻歌が聴こえてくる。

  よほど覇と夜叉姫の二振りが気に入ったのか、極上機嫌だ】


 <次回 第44話「神楽舞の弱点」>

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