43 夜叉姫 - 2
翌朝
ジンが鍛冶場の入口の戸を開けると、ゴビンダは何事もなかったように忙しく作業をしていた。
ジンは、ゴビンダの体調や夜叉姫のことが心配となり、鍛冶場の中に入った。すると、壁際にいたヤクシャから肩に手を置かれた。
「ジン、大丈夫だ。夜叉姫は俺が預かっている」
ジンは黙って頷いてから、
「ゴビンダさんの体調はどうなの? それと、ヤクシャさんの傷は?」
と、ヤクシャの胸を見た。
「おとうは、朝起きるなり上機嫌だった。昨夜のことは全く記憶になかったようだ。
俺の胸の傷を見ると、暫くの間、考え込むような素振りで立っていたが、薬だけ塗ってくれた」
「・・・・・全く記憶にない?
うーん、それはよかったような、悪かったような」
「それだけではない。俺に薬を塗りながら『武器を造る鍛冶を止め、日用品を造る鍛冶屋になる』と突然言い出したんだ。
俺もこれには驚いた」
「・・・・武器ではなく、日常品を?
幻覚を見て大暴れした昨夜のことは、記憶として覚えていなくとも、心に焼き付く何かがあるのかもしれませんね」
「・・・おとうが、昨夜のことを覚えていないということは、本当なのか疑問も残る。
時折、悲しい目をして、遠くを見つめているんだ」
「・・・・・・・・」
ヤクシャは壁に立てかけていた1本の両手棍を手に取り、ジンに見せる。
「これは、今朝、おとうが俺に『砕』とだけ言って、手渡してくれた棍だ」
ジンは、金属の長い柄の先端に八角柱がついた棍に目をやった。
「ゴビンダさんが、この金属の棍をヤクシャさんに?」
「砕を手渡した時のおとうの眼には生気が感じられず、まるで死期を悟り、形見分けでもするかのような言動に、俺は胸を締め付けられた」
「ヤクシャさん・・・・そのぉ、・・・・ゴビンダさんからは、目を放さないでいてあげてください」
「ありがとう、ジン。俺もそうするつもりだ」
ヤクシャは、ゴビンダの作業に再び目をむけると、
「おとうが、何をしているのか分かるか」
と問いかけた。
「武器を無造作に束ねていますね・・・・」
「自分で造った武器を、全て処分すると言い出したんだ。
店には、これから造る日用品を代わりに置くのだそうだ」
ヤクシャは、胸の傷を擦りながら言った。
「ヤクシャ、一振りいただけないかしら」
ジンとヤクシャの後ろから声がした。振り返るとそこにはレイが立っていた。
「私は二刀を使うが、その内の一振りを折ってしまった。一刀では、魔族はおろか、刺客の皇七剣にも勝てないだろう」
「それなら、おとうに尋ねてみればよい」
レイは黙って頷くと、ゴビンダの前まで行った。
「ゴビンダ、願いがある」
ゴビンダの眼がレイを見る。
「・・・何だ」
「刀を一振りほしい」
「・・・・・・・お前さんにか」
「私は二刀を使う。だが、片刃刀の月光を失ってしまった。
仲間の命を守るためにも、敵の刃を受け流せる、防御の刀がほしいのだ」
ゴビンダは、束ねていた刀剣から無造作に一振りを握り、レイに突き出した。柄から、太めの鞘、小さな鍔に至るまで黒い刀だった。
レイはこの一振りを受け取ると、鞘から刀身を引き抜いた。
「・・・・・こ、この刃は」
刀身は三角柱の鉄の塊。その漆黒の刀身に刃や波紋などはなく、その先端が鋭く尖っていた。
「『覇』じゃ」
ゴビンダは刀の名を無機質な声で言った。
「この覇をいただく」
レイは覇を鞘に納め、短く礼を言った。
「お前、腰に差したそっちの剣を見せてみろ」
レイは剣・旭を鞘から抜いて、ゴビンダに手渡した。
「・・・・・・・・・・・・」
ゴビンダの無気力な眼が、鬼神のような厳しい眼つきに変わり、旭の刀身を舐めるように見ていた。柄を頬に当て、その刃の反りや傷を確認していた。
「お前さんの名は?」
「レイ」
「・・・・・この旭は、レイをよくぞここまで守り抜いてきた。正に名工が鍛えた業物だった」
というゴビンダの言葉に、レイは満足げに目を細めた。
「ふふっ、・・・・え、だった?」
レイは、ゴビンダの言葉に引っ掛かりを覚え復唱した。
ゴビンダは旭を右手にもって、金床(鍛冶で金属を叩く台)に叩きつけた。旭は悲鳴のような鈍い金属音を上げると、2つに折れ、その先端が宙を舞った。
「な! 何をする!!」
レイは詰め寄り、ゴビンダの胸ぐらを掴んだ。
「旭は役目を終えた剣だ。今の剣の鈍い悲鳴を聞けば、レイにも分かるじゃろう」
「貴様! 何を言っている」
「剣の刀身がもう限界じゃった。大剣の一振りでも受ければ、この刀身は折れていた」
「・・・・・・・・・確かに・・・・違和感はあった」
ゴビンダは、剣の束に手を伸ばす。
「代わりの剣をやろう」
「夜叉姫がほしい」
レイは迷いなく答えた。
「!!・・・・・・・・夜叉姫だと」
ゴビンダはレイの瞳をじっと見つめた。
ゴビンダは首を横に振り、
「女型の妖刀・夜叉姫は、人間では扱えぬ太刀」
と諫めた。
「ゴビンダなら感じているだろう。夜叉姫は、主を待っている」
「レイは、その主に相応しいと?」
「・・・・必ずや夜叉姫に相応しい主となる」
ゴビンダは鬼神の眼のままレイの眼を暫く見つめる。
「・・・・・・・・・・・・・。夜叉姫を、お前の嫁にくれてやる」
レイは喜びの表情と苦い表情をする。
「夜叉姫はいただく・・・だが、私は女だ・・・・」
ゴビンダはレイの言葉を無表情に受け流し、
「ヤクシャ! 夜叉姫をどこぞへ、隠しておるのであろう。持って来い!」
と叫んだ。
ヤクシャから夜叉姫を受け取ったレイは、そのやや短めな刀身を眺める。
「片刃刀で美しい反りがある。青味かかった銀に輝く刃に、流れる風のような藤紫の波紋が艶やか・・・。
この刃を見ていると、魂が吸い込まれそうな冷気と妖しさを感じる。
・・・・・・これぞ、まさに妖刀」
レイは夜叉姫を鞘に納めると、左腰に差した。
「ゴビンダ、感謝する。業物の二振りは、確かに受け取った」
「礼などいらんわい。見事使いこなしてみせろ」
ゴビンダがしゃがれた声で静かに語ると、レイはゴビンダの瞳を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴビンダには、幻覚作用を生む妙幻石についての知識は全くなかった。そこで、白銀の蛇の飾りの入手経路について話を尋ねると、『バルフ』という交易商隊から購入したことが判明した。
オームは竪琴を鳴らしてから、皆に話す。
「交易商隊だから、今どこにいるかを探ることからだな」
「ええ、その商隊には、魔族や魔族に近い関係者が含まれていると、考えて行動する必要があるわ」
と、マツリが注意を促す。
ジンがオームを見て考えを述べる。
「中毒性のあるものだから、頻繁に出入りしていてもおかしくないと思う」
オームもマツリも頷いた。
「先手必勝! 叩き潰す! 行くぞ」
レイは、夜叉姫の柄に手をかけて、その決意を示す瞳から力が漲っていた。
「レイ、まあ、落ち着け。叩き潰すのは、『バルフ』の尻尾を掴んでからな」
オームは逸るレイに向かって、両手の指を震わせ、呪いをかける素振りをした。
【大陸陰暦1020年6月25日
アイガトプリッツ町
例え、魔族との戦いになろうとも、妙幻石による民への被害を防ぎたい。
それが、私たちが出した結論。
レイ姉の口は横一文字に引き締まっている。でも、両の眼は笑い、鼻歌が聴こえてくる。
よほど覇と夜叉姫の二振りが気に入ったのか、極上機嫌だ】
<次回 第44話「神楽舞の弱点」>




