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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
42/42

42 夜叉姫 - 1

 アイガトプリッツ町


 東の空に二十四夜の月が昇る時刻にはまだ早かった。夜の(とばり)が訪れると、辺りは星の(またた)き以外の光を失っていた。


 鍛冶場に真っ白な2つの眼が、息を殺して移動していた。

 (まばた)きもせず、見開いたその眼で、夜叉姫(やしゃひめ)の入った棚の鍵穴を確認すると、ジャラジャラと音をたて、鍵を鍵穴に差し込んだ。


 棚へと慎重に手を伸ばし、両手でやや短めな刀・夜叉姫を掴む。

 柄の装飾として()め込まれた白銀の(へび)が、月の青白い光に輝く。これを(なが)め、にたぁ~と笑うと、それを舌でぺろりと()めた。

 そして、その(つか)(さや)の境に焦点を合わせた。


 「・・・・・・・・・・・・・・」


 息を止め、鞘から刀身を、スススーッと目と目の間隔分だけ抜いた。


 窓から()れる(かす)かな星明かりで、夜叉姫の刀身は青白く冷気を発し、その波紋が(あで)やかに輝いた。


 「・・・・・夜叉姫」

 『あちきに、触れたいのか。あちきに、快楽を与えられるのかい』

と夜叉姫の刀身が、その悩ましい艶やかさで語りかけてきた。


 「あぁ~っ、ふ、触れさせておくれ・・・・・」

と、興奮に身を(もだ)えて答えた。

 

 夜叉姫の(なま)めかしい刀身を見て、(えつ)(ひた)る男の顔が青白くその刀身に映った。

 その男の白髪交じりの髪は逆立ち、眼は吊り上がり、瞳は冷たく暗く、口角を上げた口から長い舌が左右に動いていた。

 その顔は、まさに人を喰らう夜叉に見えた。


 「あぁぁ~っ、夜叉姫~。

 今夜こそ其方に至極の快楽を与えるぞ~」

その男は息を荒くした。


 「おとう!」

ヤクシャが、その男の背後から声をかけた。


 ゴビンダの冷たく暗い瞳が、夜叉姫の刀身からヤクシャに動く。


 『(いや)しきゴビンダよ。あちきに、早よ快楽を与えぬか』

 「・・・・・・あぁ~っ、冷たく気高い夜叉姫よ。その妖しく美しい刀身で、最上の快楽を味わうがよい」


 ゴビンダは、夜叉姫の刃を眼で味わうように、刀身をゆっくりと抜いていく。

 獲物であるヤクシャからは目を離さず、にたぁ~と不気味な笑みを浮かべ、柄に嵌め込まれた白銀の蛇を、口から長く伸びた青紫色の舌で()めた。


 これを間近で見たヤクシャは、恐怖と嫌悪で悪寒が走った。

 「お、おとう。どうしちまったんだ・・・・」


 ゴビンダは、ゆらりゆらりと左右に首を傾け、ヤクシャへ切りかかった。ヤクシャは、後ろに下がり剣先を(かわ)す。


 「な、何をする・・・・・おとう。止めてくれ!」


 「夜叉姫、もうすぐじゃ。もうすぐその刃に血を味わわせてやる」

 『・・・・・血、そう血じゃ! ・・・・あちきに、身が(もだ)える快楽を与えるのじゃ!』


 ゴビンダは夜叉姫を下段から鋭く振り上げ、上段から撫で斬り、そして、横に()ぎ払った。ヤクシャは、これらの斬撃を紙一重で躱していく。


 「止めてくれ・・・・おとう」

そう言って、壁に掛けてあった鍛冶用の大鎚(おおづち)(つか)み、ゴビンダと対峙した。


 「はぁ、はぁ、夜叉姫、もう少しじゃ。其方の体に(したた)り落ちる生き血を味わうが良い」

ゴビンダは上段から袈裟斬(けさぎ)りをした。

ヤクシャは大鎚で夜叉姫の刃を防ぐ。


 星明かりの鍛冶場に、ドンと鈍い音が響いた。夜叉姫の刃は、ヤクシャが持つ大鎚を切断していた。


 ヤクシャの左肩から右脇に掛けて、赤い線が一文字に伸びていた。一文字の線から赤い血が滴り落ちる。


 ゴビンダは嬉々として、

 「夜叉姫~、どうじゃ。この血の味はどうじゃ。

 悦か~! ・・・・身が悶えるほどの悦を感じているか~」

と夜叉姫に問いかけた。


 『喜悦(きえつ)じゃー! ゴビンダァ~、・・・・ハァ、ハァ・・・ああぁ~、も・・・もっとじゃ。あちきはもっと血を所望(しょもう)するぞ』


 ゴビンダは青白く妖しく光る刀身を眺め、首を左右に振った。柄にある白銀の蛇を舌で舐めると、浅く速い息遣いに変わった。


 「おとう。もう止めてくれ」

涙を浮かべたヤクシャが唇を震わせた。


 ゴビンダは、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、夜叉姫の剣先をゆっくりと振り上る。大上段に構えると、躊躇(ちゅうちょ)なく跳ね、ヤクシャへと踏み込んだ。

 その時、レイの手刀の一撃が、ゴビンダの首を打った。ゴビンダはそのままうつ伏せに倒れた。


 「おとう・・・」

 ヤクシャは気を失っているゴビンダを抱きかかえた。



 「マツリ、やはり魔族による幻覚などの精神攻撃ではないのだな」

レイは、鍛冶場の入口に立つマツリを見て確認した。


 「レイ姉、魔族や(あや)かしの(たぐい)の力は感じなかった。ウルもそう言っているわ」


 『間違いない。この鍛冶屋の周辺からも、特別な力は何も感じていない』

ウルは思念会話で告げた。

 「ウルの言う通りだ。俺も異変を感じなかった」

オームも同意した。


 「マツリ姉、それならゴビンダさんは、どうして夜叉姫に(あやつ)られていたの?」

ジンが問いかけた。


 「操られていたのではなく、ゴビンダさん自身の心の奥底に()んで夜叉が、(あふ)れ出て来たのかもしれない」

 「心の底に棲む夜叉が?」


 「マツリ、ジン、直接の原因はそれだけではないみたいだわ」

レイは夜叉姫を手に取り、その柄を凝視して言った。


 「レイ姉、別の原因に心当たりがあるの?」

 「この白銀の蛇、これは妙幻石(みょうげんせき)で作った飾りだわ」


 「妙幻石だって!

 僕は妙幻石を見るのは初めてだが、前王朝は、王や民がこの石の摂取中毒で、弱体していったと聞いている」

ジンが驚き声を上げた。


 レイは夜叉姫の柄から白銀の蛇をむしり取り、火の消えた炉に投げ込むと、下唇を噛んでから説明し始めた。

 「妙幻石を摂取すると強度の幻覚で正気を失い、その高い依存性と毒性が心身を(むしば)み、やがて廃人となる」


 オームも炉を見つめながら、事の重大さを示唆する。

 「妙幻石は、確か極北の国の鉱石。このバハードゥラン王国では、手に入らないはずだ」


 「それなら誰かが、極北の国から妙幻石を持ち込んだのね」

マツリがそう告げると、レイが間髪入れずに答える。


 「極北の国は、魔族領よ。前王朝は、魔族の計略で密かに持ち込まれた妙幻石で衰退したと言われている」


 「では、魔族がこのバハードゥラン王国に妙幻石を持ち込んだということ?」

 「ええ、そう考えた方が自然だわ。人間が魔族の支配する国に足を踏み入れることは、不可能なのだから」


 ヤクシャは眼から涙を流し、ゴビンダを抱きしめ声を震わせて訴える。

 「心の(すき)を突き、おとうをこんな狂人のようにしたのは、魔族なのか!」


 オームは、ヤクシャに言いかけた言葉を呑み込むと、マツリに向かって呟く。

 「・・・・・・・ゴビンダだけではない。アイガトプリッツ町に住む多くの民にも裏で広がっていると考えることが自然だ。

 ゴビンダが、妙幻石を手に入れた経路を探る必要があるな」


 ウルが思念会話で反論する。

 『オーム、妙幻石の入手経路の捜索をするだと?

 ここで魔族と事を構えることには賛成できんな』


 『ウル、確かにジンの命を最優先に考えるのであれば、ここは妙幻石を見て見ぬ振りをすることが最上の策となる。

 でも、本当にそれでよいのか?』

 『オームよ、当然だ。関わらぬことが、最上の策だと思っている』


 『ウル、俺はそうは思わぬ』

 『物事には、優先順位がある』


 オームは涙を流し、奥歯を噛みしめているヤクシャを悲しげに見ながら、思念会話で話す。

 『マツリは、これからの対応をどう考える』


 『かぁー、ここでマツリに意見を聞くのか? オームは策士だな』


 『私の考えは一つよ。妙幻石を持ち込む者を叩く。そして、その経路を(つぶ)す。

勿論、ジンの命も守る』


 『では、決まりだな』

 『ククククッ、今回はオームにしてやられたな』


 マツリは、ジンとレイの眼を交互に見て告げる。

 「ジン、レイ、私は妙幻石がこのバハードゥラン王国に持ち込まれ、ここ民に甚大な被害がでることを見て見ぬ振りはできない。

 ここで魔族と戦えば、ここにジンがいることを魔族に知らせてしまうことになるかもしれない。

 それでも、妙幻石が持ち込まれることは許せない。

 2人の意見はどう?」


 「マツリ姉、僕は、ゴビンダのこともあるが、それも含めたもっと多くの民が、人として健康で豊かな生活を送れることを願う。だから、断固として戦う」

 「マツリ、心配ないわ。私がジンを必ず守る」


 「俺も戦う」

ヤクシャが言葉短く断固たる決意を述べた。


 「では、決定ね」


 <次回 第43話「夜叉姫 - 2」>

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