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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
41/44

41 心の中に棲む夜叉は、人を喰らうのか、守るのか

 ヤクシャの故郷アイガトプリッツ町は、マツリたちが目指す港湾都市ゴンベイの手前にある町であった。


 数日の旅路の末に小さな丘に辿(たど)り着いた。

 「あれがアイガトプリッツ町だ。俺の生まれた村だ」

ヤクシャが下に見える町を指さした。


 ヤクシャの表情には、望郷の念に駆られて急くという感じよりも、恐れや悲しみの心が浮んでいた。


 アイガトプリッツ町の北東に見える小高い山の上に、翼のある大きな魔物が数匹飛んでいるのが見えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アイガトプリッツ町


 村に入ると、ヤクシャは目立ち過ぎた。2m超の筋骨隆々の肢体で傷跡だらけ、ぼさぼさな頭髪は腰まで伸び、衣服は腰に黄色のサリーを巻いただけの半裸、裸足。マツリ一行の革鎧を着た女用心棒風のレイと比べても、明らかに異質だった。


 レイは、ヤクシャの父ゴビンダについての情報収集を始める。


 「あのぉ~、20年前に鍛冶屋をしていたゴビンダさんを知っていますか」

 「鍛冶屋をしていたゴビンダ?」

 「はい。そう聞いたのですが」


 男が、革鎧を着て腰に剣を帯びたレイに、(あき)れかえるようにして返答する。

 「ゴビンダは今も鍛冶屋をやっている。というよりも、あんた用心棒だろう。アイガトプリッツ町のゴビンダの名を知らないでよく用心棒が務まるな」


 男はレイにそう答えるも、魔物のようなヤクシャを恐れ、ちらちらと顔を見ていた。


 「有名な鍛冶職人なのか」

 「ああ、家族を失ったゴビンダが、長い旅から帰った後だったから、・・・・そう、10年位前だったかな。それまでの怠惰(たいだ)な生活を改め、鍛冶に没頭し始めたんだ。

 驚きよ~。だってよ~、ある日の朝を境に、鬼気迫る形相で真っ赤な鉄を叩き出したんだ。

 だが、そこからゴビンダは狂人になった」


 ヤクシャが男に告げる。

 「昔から、突然、家族へ大声を上げることはあっても、狂人ではなかったはずだ」


 男はヤクシャを(いぶか)しげな眼つきで眺め、

 「まぁ、俺の(じい)ちゃんの話だと、ゴビンダはガキの頃は、そりゃー、手のつけられねえほどの暴れ者で、夜叉(やしゃ)のゴビンダと呼ばれていたそうだ。

 だからよ~、狂人になったゴビンダを見て、昔に戻っただけだって陰口を叩く奴もいる」


 「ゴビンダも子供のことは暴れん坊だったのか」

 「爺さんたちの話だけどな。当時から、ゴビンダの心の底には夜叉がいるとまで言われていたらしい」


 「狂人とは、鬼気迫る眼光で鍛冶に打ち込むからなのか?」


 「それもあるが、そんな生易(なまやさ)しいものじゃねえよ。

 今じゃもう、笑わねえ、誰とも口を利かねえ、魔人の眼をしている。

 その内に、作った刀で人を試し切りするんじゃないかと、まことしやかに(ささや)かれているよ」

と、ヤクシャに語った。


 ヤクシャは我慢できずに男に尋ねる。

 「ゴビンダは、試し切りをするような狂人なのか?」


 巨体に迫られた男は後退りをする。

 「・・・ゴ、ゴビンダのことはよく知らねえ。噂話だよ。だが、誰も寄せつけねえんだ。

 ・・・それじゃあな」

男は足早に去って行った。


 「ゴビンダはこの村で鍛冶屋を続けていたわね。実際に、会って確かめてみれば分かるわね」

マツリがヤクシャに話しかけた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・」

ヤクシャは唾を呑み込むと、その赤茶の肌が見る見るうちに青ざめていった。



 煙突から黒い煙が立ち上る家があった。その家からは、鎚で鉄を叩く音が規則正しく響いて来る。また、その家の周辺には、関連する幾つかの棟が並んでいた。


 ヤクシャは、鍛冶の音のする家の前に立ち、ごくりと唾を呑み込む。扉へ手を伸ばすと、その手が震えていた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 一度、拳を固く握るとゆっくり掌を開く、そして、静かに扉を開け、中を(のぞ)き込んだ。


 ヤクシャの眼に飛び込んできたものは、忘れもしない、20年前に殴り飛ばした父ゴビンダの横顔だった。


 気持ちよいリズムで金属音が鍛冶場に響く。

 炉は赤々とした炎で、橙色に包まれていた。

 ヤクシャの眼と肌に、鍛冶場の熱風が刺さる。


 ヤクシャは熱風を腕で(さえぎ)りながら、ゴビンダに一歩二歩と足を進める。しかし、ゴビンダの眼を見て足を止める。


 「うぅ、何という気迫だ。あれは・・・・・・魔を宿(やど)す眼だ」

巨躯(きょく)のヤクシャは、父ゴビンダに気圧(けお)され、それ以上近づくことができなかった。


 マツリがゴビンダの前に進み出て、声をかける。

 「ゴビンダさん、お話があります」


 ゴビンダは高熱の鉄をやっとこで(つか)み、一心に(つち)で叩く。真っ赤な鉄から鎚が火花を散らす。


 「ゴビンダさん!」

一歩近づいてマツリは、名を叫んだ。


 ゴビンダは、マツリに気づき、ゆっくりと視線を上げる。ゴビンダとマツリの視線が交じり合う。


 「鬼の眼!」

マツリは感じたままを声に出した。


 「・・・・邪魔をするな。出て行け!」

 ゴビンダはそう言ってから、鍛造中の刀身を鬼の眼で睨み、二つほど叩く。高い金属音と橙の光が跳ねた。それから、その刀身を水につけた。

 ジュジュジュジューと、水蒸気が白煙となって湧き上がり、室内の視界を奪っていく。


 ゴビンダは鍛造中の刀身を「夜叉の眼」で見る。刀身の先に、揺れる白煙の隙間から偉丈夫(いじょうふ)な男の輪郭(りんかく)が見えた。


 「?? ・・・・・・何だ、お前は! 邪魔をするな。出て行け!」

 「・・・・・・わ、分からぬのか」


 「・・・・・・そ、その声と目は、まさか・・・・・・・・・ヤクシャ・・・・・お、お前はヤクシャなのか・・・・・」

ゴビンダは腰を上げ、手にしていたやっとこと鎚を床に落とした。


 そして、眼を見開き、白煙の向こうにいる偉丈夫な男の輪郭を凝視する。白煙が気流で巻き上がる。

 そこには、忘れもしない息子のヤクシャのあの顔があった。


 「おぉう、ヤクシャ!」

 「・・・・お、・・・・おとう!」


 巨躯のヤクシャが、ゴビンダの胸に飛び込んだ。ゴビンダがヤクシャの大きな背に腕を廻し、力強く抱きしめた。ヤクシャは、声を上げてすすり泣く。


 「・・・・うう、・・・・うう、・・・・おとう、すまなかった。・・・・・・俺が生まれ、・・・・か、かあちゃんの命を・・・奪った」


 「許してくれ、ヤクシャ。自らの命に代えて、この世にお前を残してくれたニキタの心を踏みにじり、(さび)しさや上手くいかないことの全てを、息子のせいにしていた。

 俺は人間の(くず)だ」


 「・・・・うう、・・・・おとう、俺が殴り飛ばした怪我は治ったのか・・・・・・・」

 「こんな屑の儂を、おとうと呼んでくれるのか。・・・・・・・うっ、・・・・ううっ・・うっ」


 ゴビンダは逞しく成長したヤクシャの肩や腕を(さす)りながら尋ねる。

 「・・・うう、・・・・・・・こんなにも大きく、立派になって。・・・・・・・今までどこに・・・・・?」

 「俺はここを出てから、神の家に住んでいた。北東の石窟(せっくつ)だ」


 「エイジャント石窟群のことか。・・・・まさか、あそこに棲む化け物とは、お前のことだったのか」

 「神の聖なる家を守っていただけだ」


 「そうか・・・・辛いことばかりだっただろう」

 「俺はそこでいろいろと考えた。そこにいるマツリたちと出会い、その後が気になっていたおとうに会う決心がついたんだ」


 ゴビンダは振り向き、マツリの顔を見て礼を述べる。

 「お嬢さんたち、ありがとう。よくぞヤクシャを連れて来てくれた」


 「ヤクシャはエイジャント石窟群を守ることで、これまでの贖罪をしていました。父親のゴビンダさんを常に気にかけながら」


 ゴビンダとヤクシャは、互いに顔を見つめ合う。

 「ヤクシャ、すまなかった。ヤクシャが出て行ってから、国中を探した。

 10年間だ。それでも見つからず、ヤクシャはもう死んだのだと考えた。それからというものは、寂しさと後悔で、儂の心に大きな穴が開いたようじゃった。

 この村に戻ってからは、ニキタとヤクシャを失った寂しさと後悔の心を()らい()くすように、鍛冶に打ち込んだ。そして、暫くすると気づいたのだ」


 「気づいたとは・・・?」


 「・・・・・・儂の心の底にいる夜叉が、目覚めたのだと。

 心に開いた穴を(ふさ)ごうと、寂しさと後悔の心を喰らい尽くそうと、鍛冶に打ち込めば打ち込むほど、儂の正気と心は、夜叉に喰い尽くされて行くように感じた」


 「夜叉?」

 「粗暴なヤクシャを責めていたが、実は、儂の中にも人の命と心を喰らい、暴れる半鬼半人の夜叉が居ったのだ。

 儂はそれを(かく)し、儂に似たヤクシャを攻め続けていた。

 すまなかった」


 「おとうの中にも夜叉が居たと。

 それでも、おとうは鍛冶職人として立派に」


 「それは違う。短気で暴力的、しかし、単純であった俺の夜叉が、鍛冶を通して俺の感情を喰らい、より複雑な感情と衝動を手に入れたのだ。

 好戦的で貪欲(どんよく)、無慈悲で排他的、美と官能(かんのう)を愛し、創造と破壊を欲する夜叉へと成長したのだ。

 夜叉は、鍛冶をすると、その姿を現す。

 儂は、夜叉の感情と衝動のままに、鬼神の域に入り、剣や刀を創ってきただけだ」


 「鬼神の域に入れるのなら、おとうにとって、鍛冶は天職だったのであろう」


 「儂の夜叉の創る刀剣は、冷気と妖艶(ようえん)さを放ち、実に美しい。見る者を魅了する。

 町の者は、儂がその刀剣で試し切りをするのではないかと、噂をしているようであったが、夜叉姫を鍛えてからは、その衝動を(あらが)うことが難しくなってきていた」


 「おとう!・・・・・・ま、まさか、試し切りを・・・」


 「心配するな。まだ、してはおらぬ。だが、もうそれも我慢の限界に近づいておった。

 あそこの(たな)に格納してある夜叉姫は、刀剣には珍しい女型(めがた)。そのしなやかな波紋を眺めれば、『あちきに触れたいのか。あちきに快楽を与えることができるのか』と、その悩ましい(あで)やかさで魅了してくる。

 『できる! 俺は、それに応えてみせる!』という興奮で心が震えるのだ」

と、ゴビンダは、鍵のかかった棚を指して言った。


 ヤクシャは村人が言った「狂人」という言葉を思い出した。


 「おとう、気は大丈夫なのか。・・・・・その夜叉姫の刀身を見ると、試し切りの衝動を抑えきれなくなるのだな。

 夜叉姫は、あの棚の中に収め、鍵をかけてあるのだな」


 「いかにも。じゃが、儂の心の穴をヤクシャが塞いでくれた。もう大丈夫だ、心配するな」

ゴビンダはそう言って、床に落としたやっとこと鎚を拾い上げた。


 その脇では、高熱の刀身が橙の光を秘めながら、一筋の煙を上げていた。


 【大陸陰暦1020年6月24日 

  アイガトプリッツ町

  ヤクシャとゴビンダさんが再会した。

  愛憎と後悔の念で止まっていた互いの時が、再会によって動き出した。


  この国では、夜叉は人を喰らう鬼神。

  日出処では、仏法を守る神の一つ。

  ゴビンダさんの心にいる夜叉とは、何者なのだろうか。

  私の心の奥深くにも、身を潜ませる夜叉がいるような気がして来た。それが心の奥深くから()い上がって来た時に、その夜叉は人を喰らうのか、人を守るのか】


 <次回 第42話「夜叉姫 - 1」>

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