40 贖罪
エイジャント石窟内
化け物は石の棍棒を大上段に構えて、マツリを見つめる。マツリは両手を横に伸ばしたまま、化け物の眼を見つめて動かない。
化け物の棍棒を握った手がピクリと動く。化け物が棍棒を振り下ろす。
「マツリ姉、危ない!」
ジンが叫んだ。
棍棒が石の床に激突して、破壊音が石窟内に反響した。マツリの足元の石床を棍棒が砕き、煙が立ち上っていた。
マツリは身動き一つせずに、化け物の瞳だけを見ている。
「女、出て行け! 今のは、警告だ。次は容赦しない」
化け物は棍棒を引き戻して、棍棒で左掌を叩いて言った。
化け物の瞳に映るマツリが、穏やかに話しかける。
「私は巫女のマツリ、姉弟たちの非礼をお詫びします。
貴方は化け物ではなく人。これ以上、貴方と戦うつもりはありません。どうぞ、武器を収めてください」
「・・・・・・・俺は・・・夜叉だ。人間を信じられん・・・・」
ジンやレイ、オームは、固唾を飲んで見守る。
「いいえ、貴方は人間。私は貴方を信じます」
「馬鹿かお前は・・・・俺の何が分かる」
「何も分からないわ。でも、少しだけ私の話を聞いて。
私は信頼していない相手と話すことが、とても苦手なの。それなのに、貴方とは普通に話ができるの。きっと、私の心が何かを感じたのだと思う」
「やはりお前は馬鹿者だな」
そう言って、化け物は棍棒を上段に構えた。
「貴方を化け物と決めつけたことが、誤りだと分かり、それを謝罪して同じ人として話し合いたいだけ。
こうする者を、貴方が馬鹿者だというなら否定しません。
私は、頑なな貴方からは、その心の痛みを感じています」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「貴方の名は」
「・・・・・・ヤクシャ」
「ヤクシャは、なぜここにいるの」
「・・・・・そ、それは・・・・・父と村人を俺から救うため。そして、この石窟を盗掘から守るため」
「俺から救うためとは?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ヤクシャは、床に胡坐をかいて座ると、棍棒を脇に置いた。
マツリたちも武器を収めて、その場に座った。
「・・・・・もう、あれからどれくらい時が経ったのか・・・・俺は、・・・・アイガトプリッツ町で生まれた・・・・」
ヤクシャはぽつりぽつりと言葉を発して、その理由を語り始めた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
30年前のアイガトプリッツ町
「ゴビンダ、私、赤ちゃんを授かったみたい」
「ニキタ、本当なのか」
「ええ」
ニキタは笑顔でゴビンダを見つめ、腹を掌で優しく撫でた。
ゴビンダはニキタの両肩を掴み、
「でかしたぞー、ニキタ。俺もこれで親父になる。よし、生まれて来る子とニキタのためにも、もっともっと腕のよい鍛冶屋になるぞ」
と、子供のようにはしゃいで言った。
「うふふっ。
でも、夢中になり過ぎるゴビンダは、ちょっと怖いの。ほどほどにね」
暫くしてニキタは、大きな男子を産んだ。しかし、それは難産となり、ニキタの命と引き換えになった。
「ゴ、ゴビンダ、ごめんなさい。この子を・・・・お願いします」
「何を言っているんだ。ニキタ、お前がいなければ、俺は生きていけない」
「・・・・私の分も生きて・・・・こ、この子・・・・を・・・・」
「ニキター!」
生まれた男子は、ヤクシャと名付けられた。
ヤクシャは、体が異常なまでに大きく、成長も早かった。また、気が短く、力加減を知らなかった。毎日のように村の子を殴っては、大怪我をさせ、蹴っては骨折をさせたりしていた。
ヤクシャはが7歳になると、隣村の札付きの14歳の男を半殺しにしてしまった。この頃になると、ヤクシャを夜叉と揶揄する者までいた。
父親のゴビンダがヤクシャを叱り飛ばす。
「また喧嘩をしてきただと。ヤクシャ、何度言えば分かるんだ」
「俺は悪くねえ。弱いくせに、俺に逆らう奴らが悪いんだ」
「あの優しいニキタから、何でお前のような夜叉が生まれて来たんだ。
お前さえ産まなければ、ニキタはもっと生きて・・・・」
ヤクシャは親父のゴビンダの顔を力いっぱい殴り飛ばした。ヤクシャは、荒い息で肩を上下に動かしていた。ヤクシャは心にぽっかりと虚無の穴が開いた。
ゴビンダは倒れ、うつ伏せのまま、
「うぐぐ・・・・お前さえ生まれなければ・・・・」
と、拳を握りしめ、涙を浮かべてすすり声を上げていた。
ヤクシャはそのまま家を飛び出した。目元に輝く雫を溜めながら無我夢中で駆けた。ぎゅっと歯を食いしばり、目の前に広がる森を睨んで駆け通した。
何日か経った朝、木の幹に背を持たれたまま瞼を開くと、そこには朝日に照らされた丘の頂にエイジャント石窟群が輝いていた。
「あれは、神様の家なのか。美しい」
ヤクシャは感動の涙を浮かべ、思わず丘の頂に平伏していた。
まだ子供のヤクシャではあったが、朝日に染まる石窟に、えも言われぬ神々しさを感じ取ったのである。
それからヤクシャは、エイジャント石窟群に住んだ。腹が減ると、内部にあるダンジョンに潜り、手当たり次第に獲物を狩って食った。
いつしか、ヤクシャの日課は、朝日を拝み、祭壇に手を合わせることになっていた。
手を合わせると、「なぜ、お前のような夜叉が生まれてきたんだ」というゴビンダの言葉が頭の中に響く
「お、俺は・・・・」
その度にヤクシャは唇とぎゅっと噛んだ。
それでも、毎日祭壇に手を合わせていると、不思議と乾いた心に、温かな何かが流れ込んで来るように感じた。
ヤクシャは心の奥深くで、これまでの罪深き行いを悔い、神に救いを求めていたのであろう。
時々やってくる巡礼者が、ヤクシャの眼を盗んでは、エイジャント石窟に落書きをしたり、金製の祭器や皿を盗み取ったりしていた。
「何をしているんだ。この罰当たり者が!」
ヤクシャは、そういう者たちを決して許さなかった。躊躇わずに、殴り飛ばし、蹴り上げていた。
時には、徒党を組んだ盗賊団がやって来ては、祭器を盗もうとすることもあった。ヤクシャは、盗賊団にも怯まずに戦った。盗賊たちの武器で、全身が血だらけになろうとも、命を賭して、石窟と祭器などを守り抜いてきた。
いつしか、エイジャント石窟群に棲む化け物と噂されるようになっていた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
『ヤクシャは、私と似ているところがある。
私は、あることが原因で日出処の民に恐れられ、忌み嫌われた。
私は尊い務めを続けることで、自分の存在を肯定できている。
ヤクシャも・・・・・』
『そんなもんかね~』
『ウル、他人事とは思えないわ』
マツリは徐に尋ねる。
「ヤクシャ、話は分かった。これからもこの石窟を守るのか」
「この神の家は、俺が守る」
「それなら肝に銘じてほしいことがある。戦うのは盗賊や魔物たちだけにしてほしい」
「それなら、石窟を汚す者はどうする」
「入口で、汚すなと告げればよい」
「納得がいかねえな。神を穢す者が悪い。罰を受けて当然だ」
「罰は、ヤクシャが与えるものではない。神が与えるべきもの」
「・・・・・・・・・・・・そ、そんなこと言われても・・・・・・」
オームが話に割って入る。
「贖罪をしたいのであろう」
「贖罪?」
「罰は、神が与える。それさえ心得れば、この地を訪れた多くの人の心を救済することに繋がる。きっと、ヤクシャの罪を神がお許しになるだろう」
「なぜ、お前に分かる」
「俺も贖罪をしている」
ジンがヤクシャに告げる。
「このオームさんは、半神半人だ。その業から、人を救わねばならぬのだ」
「この人は半分神なのか」
ヤクシャはオームをじっと見つめた。そして、一人呟く。
「・・・・・・・・神の家を守るのではなく・・・人の心を救う・・・・か」
ジンは黙って頷いた。
ヤクシャはジンに静かな眼差しを向ける。
「俺は、俺は、ずっと気にかかっていたことがある」
「気にかかっていたこととは?」
「アイガトプリッツ町に残してきた親父のことだ。俺の殴った怪我は治ったのか、一人で寂しく暮らしているのではないか・・・・・・・・。
親父に会って、謝りたてえんだ。虫の良い話だと思うかい」
「そうすればよい」
ジンは即答した。
「だけど・・・・夜叉の俺を・・・・」
「親父さんから許されない自分を想像すると、怖くなるのか。
・・・・・何も恐れる必要はない。自分が大事だと思うことを、迷わずにするがよい」
ジンは、自分自身の父親との確執を重ね合わせ、自分自身に言い聞かせているように語った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヤクシャは黙って視線を落とした。
レイはジンの対応に感服し、黙って見つめていた。そしてその成長を心より喜んでいた。
マツリが掌を鳴らし、ヤクシャに言い聞かせる。
「さあ、そうと決まれば、一度、アイガトプリッツ町に帰りなさい。
一人で行くのが怖いのなら、私たちが村までお供をするわよ」
『ククククッ、マツリ、いつそうと決まったのだ。まだ、何も決まってないけどな』
『ウル、何言っているのよ。もう、決まっているのだから。黙っていてよ』
『余計なおせっかいとも感じるのだが』
『ヤクシャと父親ゴビンダが再会する。これで何かが動き出す。互いの心の中で20年間止まっていた何かが動き出すはず。多分。
そう願いたい』
『ククククッ、マツリ、何が動き出すのだ』
『何って・・・・そりゃ・・・・・・時間? 思い、じょ、情かな?
もう、ウルは面倒臭いわね! 訳が分からなくなって来たわ。ウルは放っておいて』
思念会話のできるオームは、この会話を聞き、笑いを噛みしめていた。
エイジャント石窟群から、マツリとジン、レイ、オーム、そしてヤクシャらは、アイガトプリッツ町に向け出発した。
【大陸陰暦1020年6月21日
エイジャント石窟群
ヤクシャはこの石窟群にいる理由を「父と村人を俺から救うため」と語った。
その言葉通り、命や安全への配慮、それはあるだろう。
父ゴビンダの悲しむ姿を見たくない、
期待に応えられない自分を許せないなど、
親子ゆえの情が複雑に絡み合っている気がする。
他人との人間関係を切ることはできても、血の繋がりを切ることは決してできない。
どのようなで子であっても、我が子。どのような父であっても、我が父】
<次回 第41話「心の中に棲む夜叉は、人を喰らうのか、守るのか」>




