4 絶体絶命
大陸陰暦1020年4月15日 午前
マツリはこの街に入荷されたという幻の酒を求め、フクシュウの港街中を歩いていた。
フクシュウは青磁や白磁の焼き物を輸出し、交易によって潤う港街である。
『ウル、この街は賑やかね。それに建物も円形や方形をしていて面白い。これは庶民の集合住宅になっているのね』
『独特の建築だな。軒にぶら下げている朱色の提灯も独特の景観となっている』
『屋台の海鮮料理も美味しそう』
『そんなことより、この街の幻の酒を探すのが先だろう。マツリは聞き込みと言いながら、かなりの数の屋台で食いまくっていただろう』
『ウル、失礼な言い方ね。聞き込みの必要経費よ。それに得られた情報はほぼないから、もっと食べないと、いえ、聞き込みを続けないと』
マツリは、甘酸っぱい良い匂いのする屋台を尋ねた。その屋台では中年の男性が商売をしていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「おう、お嬢さん、いらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・・・」
「珍しい服装だな。それは異国の服かい」
「うん・・・・・。こ、これは・・・・・・何?」
「豚肉の甘酢炒めだ。うまいぞ。1杯250韻だ」
「・・・・・・・1つ」
マツリはもじもじしながら器を差し出した。
「・・・・おじさん・・・・幻の・・・酒は・・ある?」
「え、幻の酒って・・・・・ああ、貿易船が積んで来た果紅酒のことか。そんな高価な酒を売っている訳ないだろう。しかも、俺の店は豚肉の甘酢炒め屋だ。この安酒しかない」
「どこ・・・・どこで、・・・・買えるの?」
屋台の男性は、マツリをつま先から頭の上までを舐めるようにして見る。
「例え売っていても、お嬢さんに買える品ではないよ。
それにな、なんでも、その果紅酒は帝コウ様に献上されるって噂だ。今、帝様は行幸でこの街に来ているらしい。俺はお会いしていないがな、がはははは」
「・・・・だから通行止め・・・ばかり?」
「そうだ。このフクシュウの街の中心、ざっと街の半分以上が立ち入り禁止になっている。
俺らにとっては、行幸で幸いなことは何も・・・・おっと、今のは内緒な」
ウルが思念会話でマツリに話しかける。
『幻の酒、果紅酒って、皇帝への献上品のことか。これは手に入れられないな』
『そうね。でも、簡単に諦める訳にはいかない。至高の聖塩と聖酒を日出処へ持ち帰ることこそが、私の尊い使命なのだから』
マツリは、屋台の脇の酒樽に座り、豚肉の甘酢炒めを一口頬張った。
「美味しい。この屋台で大正解」
『かぁーっ、やっぱり、マツリは尊い使命よりも食い気かよ~』
『だって、お腹はすくものなのよ』
マツリの懐にいるウルがピクッと動く。
『・・・・マツリ、動かずに聞け。誰かがこちらを伺っている』
『え、トンシュウの街でもそうだったわよね』
『そうだ。微かに感じるこの豹のような気。あの時の奴だ』
『私に何の用があるのかしら』
マツリは豚肉の甘酢炒めをゆっくりと味わい、食べ終わると歩き出した。
『ウル、豹の気の者は追って来ている?』
『ああ、20m離れてついて来ている』
マツリは豹の気の者に悟られぬよう、平静を装い歩いている。
『どうしようかな。私は戦闘が大の苦手だし。この街中で白龍ムラクモを召喚するわけにはいかないし。地味に絶体絶命ね』
『奴は相当な手練れだ。こちらを害するつもりなら、地味にではなく正真正銘の絶体絶命だな。ククククッ』
『あら、そうなんだ。正真正銘なのね・・・・あ、あそこ』
マツリは駆け出した。
『おい、マツリ、奴にこちらが気づいていることを悟られ、完全に気を消されたら・・・。この雑踏だ、それこそ最悪の状況になるぞ』
『天の助けよ。任せて』
マツリは通りを巡回していた兵士たちに縋りつく。
「へ、兵士さん・・・・た、助けて・・・・ください」
『マツリ、奴の気が消えたぞ』
マツリが振り返ると、往来を行き来する人々でごった返していた。
マツリの体がフワッと持ち上がり、宙に浮く。兵士たちに両腕を抱えられ、持ち上げられていたのだ。
「え・・・・・・・・な、何・・・・?」
無言の兵士たちに両脇から持ち上げられ、マツリは宙を歩くように両足をばたつかせたまま連行される。
「え、えええ・・・・・・ち、違うの・・・・・私・・・・・・・なっ、なんでーーー!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マツリは扉が1つしかない部屋に軟禁されていた。
『ウル、これはどういうことなのかしら』
『分からんな』
『私は何かこの国の法を犯したの?』
『ククククッ、さあな。これぞ真の正真正銘の絶体絶命だな』
『ちょっと、ウルは神使、御先でしょう。何とかしてよ・・・・』
部屋の扉が開く。屈強な兵士たちがどかどかと入って来た。マツリは、後ずさりして部屋の隅に身を屈め、緊張と不安の眼で兵士たちの姿を見る。
「・・・・・な、・・・・・何なの・・・・誰・・・なの・・・・」
『来たぞ。正真正銘の絶体絶命』
兵士の後から、30歳前後の一人の女性と30代半ばの男性が入って来た。女性も男性も口元を白布で覆い隠しているが、その身なりから高貴な身分であることが伺えた。
女性が右手をすっと振ると、兵士たちは無言のまま退室して行った。
「非礼をお許しください。是非、マツリ殿にお願いしたきことがあり、ここにお連れしました」
そう言って、膝を着き深々と頭を下げた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マツリは状況を呑み込めず、呆気にとられている。
「マツリ殿は、冒組合7級であり、人智を超越したそのお力で、トンシュウの民を魔物からお救いになったと、この影の者、リン・ファンより聞いております」
そう言うと、その女性の脇に黒装束の者が片膝をついて控えていた。
「・・・・・・・・え!」
『ウル、影の者って、いつ現れたの。気づいていた?』
『俺も気づいていなかった・・・・・信じられんが、気配を完全に消していた。ん、待てよ。微かに・・・・・この気は豹だ。間違いない、我らを尾行していた奴だ』
『それよりも、問題が。私が神域の門を召喚したところを見られていたみたい』
『そのようだな』
マツリは、白布で口元を隠す女性に尋ねる。
「・・・・・・あ、貴方は・・・・・・どなた・・・・ですか」
「失礼しました。お願いごとをする身でありながら」
女性はそう言って、顔の白布をはずす。
「私はヒリ。この荘の皇帝コウの第2王妃です」
30代半ばの男性も口元の白布をはずし、落ち着いた声で名乗る。
「皇帝コウの7番目の弟ホウ」
ヒリが補足する。
「民からは賢王ホウと呼ばれています」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『ウル、今、皇帝の第2王妃と弟って言ったよね』
『マツリ、分かっているなら尋ねるな』
ヒリは、マツリの眼をじっと見つめながら口を開く。
「マツリ殿、私の息子、皇子シギの命をお守りください」
「え???」
<次回 第5話「母の愛ゆえの願い」>




