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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
4/35

4 絶体絶命

 大陸陰暦1020年4月15日 午前


 マツリはこの街に入荷されたという幻の酒を求め、フクシュウの港街中を歩いていた。

 フクシュウは青磁や白磁の焼き物を輸出し、交易によって(うるお)う港街である。


 『ウル、この街は(にぎ)やかね。それに建物も円形や方形をしていて面白い。これは庶民の集合住宅になっているのね』


 『独特の建築だな。軒にぶら下げている朱色の提灯も独特の景観となっている』


 『屋台の海鮮料理も美味しそう』

 『そんなことより、この街の幻の酒を探すのが先だろう。マツリは聞き込みと言いながら、かなりの数の屋台で食いまくっていただろう』


 『ウル、失礼な言い方ね。聞き込みの必要経費よ。それに得られた情報はほぼないから、もっと食べないと、いえ、聞き込みを続けないと』


 マツリは、甘酸っぱい良い匂いのする屋台を尋ねた。その屋台では中年の男性が商売をしていた。


 「・・・・・・・・・・・・・」


 「おう、お嬢さん、いらっしゃい」

 「・・・・・・・・・・・・・」


 「珍しい服装だな。それは異国の服かい」

 「うん・・・・・。こ、これは・・・・・・何?」


 「豚肉の甘酢炒めだ。うまいぞ。1杯250韻だ」

 「・・・・・・・1つ」

 マツリはもじもじしながら器を差し出した。


 「・・・・おじさん・・・・幻の・・・酒は・・ある?」

 「え、幻の酒って・・・・・ああ、貿易船が積んで来た果紅酒のことか。そんな高価な酒を売っている訳ないだろう。しかも、俺の店は豚肉の甘酢炒め屋だ。この安酒しかない」


 「どこ・・・・どこで、・・・・買えるの?」


 屋台の男性は、マツリをつま先から頭の上までを()めるようにして見る。

 「例え売っていても、お嬢さんに買える品ではないよ。

 それにな、なんでも、その果紅酒は帝コウ様に献上されるって(うわさ)だ。今、帝様は行幸でこの街に来ているらしい。俺はお会いしていないがな、がはははは」


 「・・・・だから通行止め・・・ばかり?」

 「そうだ。このフクシュウの街の中心、ざっと街の半分以上が立ち入り禁止になっている。

 俺らにとっては、行幸で幸いなことは何も・・・・おっと、今のは内緒な」


 ウルが思念会話でマツリに話しかける。

 『幻の酒、果紅酒って、皇帝への献上品のことか。これは手に入れられないな』


 『そうね。でも、簡単に諦める訳にはいかない。至高の聖塩と聖酒を日出処へ持ち帰ることこそが、私の尊い使命なのだから』


 マツリは、屋台の脇の酒樽(さかだる)に座り、豚肉の甘酢炒めを一口頬張(ほおば)った。

 「美味しい。この屋台で大正解」


 『かぁーっ、やっぱり、マツリは尊い使命よりも食い気かよ~』

 『だって、お腹はすくものなのよ』


 マツリの(ふところ)にいるウルがピクッと動く。

 『・・・・マツリ、動かずに聞け。誰かがこちらを伺っている』


 『え、トンシュウの街でもそうだったわよね』


 『そうだ。微かに感じるこの豹のような気。あの時の奴だ』


 『私に何の用があるのかしら』

 マツリは豚肉の甘酢炒めをゆっくりと味わい、食べ終わると歩き出した。


 『ウル、(ひょう)の気の者は追って来ている?』

 『ああ、20m離れてついて来ている』


 マツリは豹の気の者に悟られぬよう、平静を装い歩いている。

 『どうしようかな。私は戦闘が大の苦手だし。この街中で白龍ムラクモを召喚するわけにはいかないし。地味に絶体絶命ね』


 『奴は相当な手練れだ。こちらを害するつもりなら、地味にではなく正真正銘の絶体絶命だな。ククククッ』


 『あら、そうなんだ。正真正銘なのね・・・・あ、あそこ』

 マツリは駆け出した。


 『おい、マツリ、奴にこちらが気づいていることを悟られ、完全に気を消されたら・・・。この雑踏だ、それこそ最悪の状況になるぞ』

 『天の助けよ。任せて』


 マツリは通りを巡回していた兵士たちに(すが)りつく。

 「へ、兵士さん・・・・た、助けて・・・・ください」


 『マツリ、奴の気が消えたぞ』


 マツリが振り返ると、往来を行き来する人々でごった返していた。

 マツリの体がフワッと持ち上がり、宙に浮く。兵士たちに両腕を抱えられ、持ち上げられていたのだ。


 「え・・・・・・・・な、何・・・・?」


 無言の兵士たちに両脇から持ち上げられ、マツリは宙を歩くように両足をばたつかせたまま連行される。


 「え、えええ・・・・・・ち、違うの・・・・・私・・・・・・・なっ、なんでーーー!!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マツリは扉が1つしかない部屋に軟禁されていた。


 『ウル、これはどういうことなのかしら』

 『分からんな』


 『私は何かこの国の法を犯したの?』

 『ククククッ、さあな。これぞ真の正真正銘の絶体絶命だな』


 『ちょっと、ウルは神使、御先でしょう。何とかしてよ・・・・』


 部屋の扉が開く。屈強な兵士たちがどかどかと入って来た。マツリは、後ずさりして部屋の隅に身を(かが)め、緊張と不安の眼で兵士たちの姿を見る。


 「・・・・・な、・・・・・何なの・・・・誰・・・なの・・・・」

 

 『来たぞ。正真正銘の絶体絶命』


 兵士の後から、30歳前後の一人の女性と30代半ばの男性が入って来た。女性も男性も口元を白布で(おお)い隠しているが、その身なりから高貴な身分であることが伺えた。

 女性が右手をすっと振ると、兵士たちは無言のまま退室して行った。


 「非礼をお許しください。是非、マツリ殿にお願いしたきことがあり、ここにお連れしました」

そう言って、(ひざ)を着き深々と頭を下げた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

マツリは状況を呑み込めず、呆気(あっけ)にとられている。 


 「マツリ殿は、冒組合7級であり、人智を超越したそのお力で、トンシュウの民を魔物からお救いになったと、この影の者、リン・ファンより聞いております」

そう言うと、その女性の脇に黒装束の者が片膝をついて(ひか)えていた。


 「・・・・・・・・え!」

 『ウル、影の者って、いつ現れたの。気づいていた?』


 『俺も気づいていなかった・・・・・信じられんが、気配を完全に消していた。ん、待てよ。(かす)かに・・・・・この気は(ひょう)だ。間違いない、我らを尾行していた奴だ』


 『それよりも、問題が。私が神域の門を召喚したところを見られていたみたい』

 『そのようだな』 


 マツリは、白布で口元を隠す女性に尋ねる。

 「・・・・・・あ、貴方は・・・・・・どなた・・・・ですか」


 「失礼しました。お願いごとをする身でありながら」

女性はそう言って、顔の白布をはずす。


 「私はヒリ。この荘の皇帝コウの第2王妃です」


 30代半ばの男性も口元の白布をはずし、落ち着いた声で名乗る。

 「皇帝コウの7番目の弟ホウ」


 ヒリが補足する。

 「民からは賢王ホウと呼ばれています」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 『ウル、今、皇帝の第2王妃と弟って言ったよね』

 『マツリ、分かっているなら尋ねるな』


 ヒリは、マツリの眼をじっと見つめながら口を開く。

 「マツリ殿、私の息子、皇子シギの命をお守りください」


 「え???」



 <次回 第5話「母の愛ゆえの願い」>


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