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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
38/40

38 希望を宿す眼

 「マツリ姉、八百万の神の召喚をよく頑張ったよ。

 善いと信じることをやり遂げたんだ」

村人の視線がマツリの背に集まる中で、ジンはマツリを抱きしめ、優しく声をかけた。


 「・・・・・・・・・・・・」


 「僕はマツリ姉と一緒にいるから」


 「私たちもよ」

レイとオームもジンの上から、マツリを抱きかかえた。


 「・・・・・・・・・・・・」

 マツリは地から額を恐る恐る持ち上げる。そこには、ジンとレイ、オームの顔があった。


 「・・・・あ、ありがとう・・・・・・・・」

マツリの胸に熱く込み上げて来るものがあり、それ以上は言葉にならなかった。


 マツリは、ジンたちの後ろに座っている村人たちを見た。マツリの瞳には、村人の眼が一つも見えなかった。

 そこに見えるものは、村人の頭と肩、腕、背だけであった。

 そして、全ての村人の肩が小刻みに震え、マツリたちに平伏していた。


 マツリは立ち上がり、何かを掴むように右手を伸ばす。村人の背を差すその指が震えていた。


 「・・・・・・わ、私を、・・・・こ、怖が・・ら・・ないで・・ください。・・・・・あ、・・あ、頭を・・・・・み、皆さん、・・・・あ、頭を・・・・・あ、上げて」

マツリは気力を振り(しぼ)り、そう唇を動かした。


 ジンは立ち上がり、マツリの震える肩を支えた。レイとオームもマツリの後ろに立ち、背を(さす)っている。


 村人がゆっくりと顔を上げる。眼、眼、眼、眼・・・・幾つもの眼が、マツリの瞳に飛び込んできた。上目遣いで、白目に浮かぶ黒眼がマツリを捉えたまま動かない。


 平伏していたラマンの眼から、光る(しずく)が次から次へと落ちていた。ヴィダ婆の(しわ)くちゃな顔に、その眼から(あふ)れた涙が染み込んでいく。


 ヴィダ婆はマツリに手を合わせて拝む。

 「マツリさん、ありがとうごぜえます。この年になっても、孫の成長を傍で見ていたいものですじゃ。・・・・・ありがとうごぜえます」


 他の村人も眼から涙が溢れている。

 「これでこの村も救われる。ありがとうごぜえますだ」


 「感謝しても、感謝しきれん」

 「ううっ、これで、爺と婆を捨てずに済む。ううっ・・・・うう」

 「婆ちゃん、よかったな!」


 「お母さん、お腹いっぱいに食べられるの?」

 「ええ、もう少しの辛抱よ」


 マツリは、驚きで息が詰まり、瞬きもせずに村人の(うる)んだ黒い瞳を、ただ、ただ見ていた。

 胸の奥にある温かい、心地よい、そして(なつ)かしい何かに触れた気がした。


 「!! ・・・あ、・・ぁ・・・・・・・・・」

マツリはその場で意識を失った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「マツリが、目を覚ましたわ」


 「レイ姉、なぜ、私はここに」

 「覚えていないのね。棚田が完成して、村人を見て倒れたのよ」


 「・・・・・・・あ、そうだった。あれからどのくらいの時間が経ったの?」

 「2日間よ」


 「えー、2日間も寝たきりで。あれからどうなったのかしら」

マツリは驚いて(わら)のベッドから飛び起きた。


 「ねえ、レイ姉、・・・・・・・・・どうしたの。そんな顔して」

 レイは眼を見開いてマツリを凝視(ぎょうし)している。


 「マ、マツリ、あなた、あなたは気づいていないの?」

レイはマツリを力強く抱きしめた。


 「・・・・え、レイ姉、何? どうしたの?」


 ジンも大喜びでマツリに抱き着いてきた。

 「マツリ姉、すごい、すごいよー!」


 「だから何が・・・・・・ジン、痛いわ、離してよ。

 ・・・・・・・あ、レイ姉と私・・・・・・」

マツリは口を開けたまま、レイの(ほお)に手を置いて瞳を見た。


 「本当だ! 私、レイ姉と普通に会話ができている!」

 「マツリ、私も感動しちゃって抱きしめちゃったわ」


 「ありがとう、レイ姉。

 ・・・・でも、私がレイ姉に飛びつきたかったわ」

 「あははは、何度でも飛びついていらっしゃい」

レイが手を放して、腕を開いた。


 「・・・・よ~し、1,2,3歩と」

 マツリは3歩後退してから、勢いよくレイの胸に飛び込んだ。


 レイはその勢いで、マツリと共に後ろへ倒れた。


 「レイ姉、嬉しいー!」

マツリはレイの胸に抱き着いたまま、何度も頬を(こす)りつけ、喜びを口にしていた。

 「私もよ・・・・マツリ」

と、レイは頬と頬をつけたまま、マツリの後頭部を()でた。


 『ククククッ、マツリ、俺もびっくりだぜ』

ウルは宙で浮かび、竹笛で背中を()きながら呟いた。


 「よかったな」

オームはそう言って、ジンの肩に手を置いた。

 ジンはオームの顔を見上げ、笑顔で頷いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「さあ、その糸に沿って苗を植えるのじゃ」

と、ヴィダ婆は開いた扇子(せんす)で舞うように示した。

 「「「「おう」」」」


 「もっと、苗の間隔をきれいに(そろ)えなされ」

元気のよい声が棚田(たなだ)に響いた。


 「ヴィダ婆ちゃん、元気が戻ってよかったな~! まるで別人だ」


 真っ赤なサリーを頭から腰の下までを覆ったヴィダ婆が、満面の笑みを浮かべ誇らしげに声を張り上げる。

 「儂は、ラマンの迷惑にならぬよう姥捨山に行くつもりじゃったが、儂の稲作の知識が村の役に立つと分かれば話は別じゃ。

 儂の人生は、(よみがえ)った。この通り肌も艶々(つやつや)じゃ。今が青春じゃわい」


 村人たちの笑い声が、水に満たされた棚田に響いた。


 「あ~あ、ラマン、そんなに不器用だと、エカが嫁に来てくれないよ!」

 「勘弁してよ~。ヴィダ婆、元気になったのはいいけど、お手柔らかに」


 再び村人たちの笑い声が響いた。ラマンの脇で田植えをするエカが微笑んだ。


 「俺は、再来年に山に行く予定だったが、もう少しこの村で生きていけそうだ」

 「そうですよ、お爺ちゃん」

 「私も、いっそ、80歳まで生きてみようかしら」

 「おう、俺たちも、爺ちゃん、婆ちゃんの元気な姿を見ていたいぜ」

 「全くだ。がははははっ」


 マツリたちは棚田の前に立ち、田植えの様子を眺めていた。

 「レイ姉、私が寝ていた2日間で何があったの?」


 「ヴィダ婆さんがこのヒズン村に(とつ)いで来る前は、他領の農家の娘だったみたい。

 だから、稲作の知識が豊富なのよ。

 ヴィダ婆さんの指示で、水を張ってから2日後の今日から、村総出で田植えを開始したのよ」


 「へえ~。人の役に立つ、これだけで希望が湧き、活力が増すのね。人間ってすごいな~」


 「全くね。床下に隠れていた時の、あの弱弱しく(おとろ)えたヴィダ婆が、まるで別人のように生き生きとしている」

レイもその変容に驚きを隠せなかった。


 オームも一つ頷きしみじみと言う。

 「八百万(やおよろず)の神による『豊穣(ほうじょう)をもたらす稲霊の(しずく)』を、この棚田だけでなく、ヴィダ婆の(しわ)だらけの肌も吸収したのか?」


 『ククククッ、オーム、お前は面白い奴だから、忠告しておいてやる。

 いつか、オームはその口が災いし、痛い目に合うぞ』


 『ウル、なぜだ? 教えてくれ! 痛い目は御免だ』


 『馬鹿ね。ウルも人のことが言えた口なの?

 貴方たち2柱とも同じよ。口は災いの元よ』

マツリは(あき)れながら、思念会話で忠告した。


 ジンはマツリが寝ていた2日間について補足説明をする。

 「村長は、領主に2つの提案をもって出かけているんだ。

 1つ目は、領内の他の村にも棚田を作って、干地稲を育てるって提案」


 「なるほど。来年までに棚田を整備しておけば、来年には米を収穫できるしね。

 そうそう、肝心な姥捨て令の方は、どうなるのかしら」


 オームが落ち着いた口調で話す。

 「2つ目の提案は、棚田を整備する意思を示した村には、姥捨て令を免除するというものだ」


 「その姥捨て令の免除は、認められるのかしら?」


 ジンがオームの顔を除き、互いに微笑み合ってから、マツリに答える。

 「マツリ姉、それは心配ないよ。領民に不満を買う制度は、領主も望むところではない。食料さえ(まかな)えれば、悪令は解除されるよ」


 田植えをしていたラマンがマツリに気づいた。

 「マツリさ~ん! ありがとう。この村は豊かになるからね~。

 そして、60歳を過ぎても胸を張って生きていける!」


 「その通りじゃぞ。おら達の村は、食い物に困らぬ村に生まれ変わるんじゃ」

 「そうだ。そうだ」


 「マツリお姉ちゃん、秋になったら、たくさんご飯を食べられるんだって~」

 「来年になっても、大好きな、うちのお爺さんとも一緒にいられるみたいなの~」

 「僕たちも、楽しみだ~」


 マツリは村人の眼を見て、

 「美しい眼。希望を宿す眼だわ」

と、ひとり呟いた。


 レンもジンもオームもこの言葉を聞き留め、笑顔になってマツリの横顔を眺めた。


 【大陸陰暦1020年6月6日 

  ヒズン村

  私の心が(いや)された。

  今は、空も、樹々も、人も美しく見える。私の中で、世界は色鮮やかな世界に生まれ変わった。

  本当は、私がこの美しさに感動できなかっただけなのだ。

  村の問題解決に協力するつもりが、逆に私の心が救われた。

  私はヒズン村の人々から確かにいただいた。温かく、心地よく、そして懐かしく感じる何かを。

  人は変われる。

  ヒズン村の人々の眼を見た。その眼は、美しかった。希望を宿していた】


 <次回 第39話「エイジャント石窟に棲む化け物」>

著者:花野井 京からのお願い

 「日出処の巫女の旅日記」をいつもご愛読いただいておりますことに深く感謝申し上げます。

 始めて執筆した「ANOTHER EARTH - 魔力がわずか1の魔法使い - 」以来、私は読者の皆様と共に作品を育てていきたいと願っております。

 本作は、「人々との交流を通しての成長や、人の業の生み出す因果」をテーマとしております。

 また、読者の方が、様々なエピソードから、ちょっとクスッ、なんとなくほっこり、たまにゾッなどと、心が動く瞬間があってほしいと願っております。

 本作を通して、読者の皆様の心を僅かばかりでも動かせているのか、いないのかについてのフィードバックがあれば、今後の展開や作品に生かしていきたいと考えます。

 もし、本作で心の動くことがありましたら、評価や感想などをいただければ幸いです。

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