38 希望を宿す眼
「マツリ姉、八百万の神の召喚をよく頑張ったよ。
善いと信じることをやり遂げたんだ」
村人の視線がマツリの背に集まる中で、ジンはマツリを抱きしめ、優しく声をかけた。
「・・・・・・・・・・・・」
「僕はマツリ姉と一緒にいるから」
「私たちもよ」
レイとオームもジンの上から、マツリを抱きかかえた。
「・・・・・・・・・・・・」
マツリは地から額を恐る恐る持ち上げる。そこには、ジンとレイ、オームの顔があった。
「・・・・あ、ありがとう・・・・・・・・」
マツリの胸に熱く込み上げて来るものがあり、それ以上は言葉にならなかった。
マツリは、ジンたちの後ろに座っている村人たちを見た。マツリの瞳には、村人の眼が一つも見えなかった。
そこに見えるものは、村人の頭と肩、腕、背だけであった。
そして、全ての村人の肩が小刻みに震え、マツリたちに平伏していた。
マツリは立ち上がり、何かを掴むように右手を伸ばす。村人の背を差すその指が震えていた。
「・・・・・・わ、私を、・・・・こ、怖が・・ら・・ないで・・ください。・・・・・あ、・・あ、頭を・・・・・み、皆さん、・・・・あ、頭を・・・・・あ、上げて」
マツリは気力を振り絞り、そう唇を動かした。
ジンは立ち上がり、マツリの震える肩を支えた。レイとオームもマツリの後ろに立ち、背を摩っている。
村人がゆっくりと顔を上げる。眼、眼、眼、眼・・・・幾つもの眼が、マツリの瞳に飛び込んできた。上目遣いで、白目に浮かぶ黒眼がマツリを捉えたまま動かない。
平伏していたラマンの眼から、光る雫が次から次へと落ちていた。ヴィダ婆の皺くちゃな顔に、その眼から溢れた涙が染み込んでいく。
ヴィダ婆はマツリに手を合わせて拝む。
「マツリさん、ありがとうごぜえます。この年になっても、孫の成長を傍で見ていたいものですじゃ。・・・・・ありがとうごぜえます」
他の村人も眼から涙が溢れている。
「これでこの村も救われる。ありがとうごぜえますだ」
「感謝しても、感謝しきれん」
「ううっ、これで、爺と婆を捨てずに済む。ううっ・・・・うう」
「婆ちゃん、よかったな!」
「お母さん、お腹いっぱいに食べられるの?」
「ええ、もう少しの辛抱よ」
マツリは、驚きで息が詰まり、瞬きもせずに村人の潤んだ黒い瞳を、ただ、ただ見ていた。
胸の奥にある温かい、心地よい、そして懐かしい何かに触れた気がした。
「!! ・・・あ、・・ぁ・・・・・・・・・」
マツリはその場で意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「マツリが、目を覚ましたわ」
「レイ姉、なぜ、私はここに」
「覚えていないのね。棚田が完成して、村人を見て倒れたのよ」
「・・・・・・・あ、そうだった。あれからどのくらいの時間が経ったの?」
「2日間よ」
「えー、2日間も寝たきりで。あれからどうなったのかしら」
マツリは驚いて藁のベッドから飛び起きた。
「ねえ、レイ姉、・・・・・・・・・どうしたの。そんな顔して」
レイは眼を見開いてマツリを凝視している。
「マ、マツリ、あなた、あなたは気づいていないの?」
レイはマツリを力強く抱きしめた。
「・・・・え、レイ姉、何? どうしたの?」
ジンも大喜びでマツリに抱き着いてきた。
「マツリ姉、すごい、すごいよー!」
「だから何が・・・・・・ジン、痛いわ、離してよ。
・・・・・・・あ、レイ姉と私・・・・・・」
マツリは口を開けたまま、レイの頬に手を置いて瞳を見た。
「本当だ! 私、レイ姉と普通に会話ができている!」
「マツリ、私も感動しちゃって抱きしめちゃったわ」
「ありがとう、レイ姉。
・・・・でも、私がレイ姉に飛びつきたかったわ」
「あははは、何度でも飛びついていらっしゃい」
レイが手を放して、腕を開いた。
「・・・・よ~し、1,2,3歩と」
マツリは3歩後退してから、勢いよくレイの胸に飛び込んだ。
レイはその勢いで、マツリと共に後ろへ倒れた。
「レイ姉、嬉しいー!」
マツリはレイの胸に抱き着いたまま、何度も頬を擦りつけ、喜びを口にしていた。
「私もよ・・・・マツリ」
と、レイは頬と頬をつけたまま、マツリの後頭部を撫でた。
『ククククッ、マツリ、俺もびっくりだぜ』
ウルは宙で浮かび、竹笛で背中を掻きながら呟いた。
「よかったな」
オームはそう言って、ジンの肩に手を置いた。
ジンはオームの顔を見上げ、笑顔で頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、その糸に沿って苗を植えるのじゃ」
と、ヴィダ婆は開いた扇子で舞うように示した。
「「「「おう」」」」
「もっと、苗の間隔をきれいに揃えなされ」
元気のよい声が棚田に響いた。
「ヴィダ婆ちゃん、元気が戻ってよかったな~! まるで別人だ」
真っ赤なサリーを頭から腰の下までを覆ったヴィダ婆が、満面の笑みを浮かべ誇らしげに声を張り上げる。
「儂は、ラマンの迷惑にならぬよう姥捨山に行くつもりじゃったが、儂の稲作の知識が村の役に立つと分かれば話は別じゃ。
儂の人生は、蘇った。この通り肌も艶々じゃ。今が青春じゃわい」
村人たちの笑い声が、水に満たされた棚田に響いた。
「あ~あ、ラマン、そんなに不器用だと、エカが嫁に来てくれないよ!」
「勘弁してよ~。ヴィダ婆、元気になったのはいいけど、お手柔らかに」
再び村人たちの笑い声が響いた。ラマンの脇で田植えをするエカが微笑んだ。
「俺は、再来年に山に行く予定だったが、もう少しこの村で生きていけそうだ」
「そうですよ、お爺ちゃん」
「私も、いっそ、80歳まで生きてみようかしら」
「おう、俺たちも、爺ちゃん、婆ちゃんの元気な姿を見ていたいぜ」
「全くだ。がははははっ」
マツリたちは棚田の前に立ち、田植えの様子を眺めていた。
「レイ姉、私が寝ていた2日間で何があったの?」
「ヴィダ婆さんがこのヒズン村に嫁いで来る前は、他領の農家の娘だったみたい。
だから、稲作の知識が豊富なのよ。
ヴィダ婆さんの指示で、水を張ってから2日後の今日から、村総出で田植えを開始したのよ」
「へえ~。人の役に立つ、これだけで希望が湧き、活力が増すのね。人間ってすごいな~」
「全くね。床下に隠れていた時の、あの弱弱しく衰えたヴィダ婆が、まるで別人のように生き生きとしている」
レイもその変容に驚きを隠せなかった。
オームも一つ頷きしみじみと言う。
「八百万の神による『豊穣をもたらす稲霊の雫』を、この棚田だけでなく、ヴィダ婆の皺だらけの肌も吸収したのか?」
『ククククッ、オーム、お前は面白い奴だから、忠告しておいてやる。
いつか、オームはその口が災いし、痛い目に合うぞ』
『ウル、なぜだ? 教えてくれ! 痛い目は御免だ』
『馬鹿ね。ウルも人のことが言えた口なの?
貴方たち2柱とも同じよ。口は災いの元よ』
マツリは呆れながら、思念会話で忠告した。
ジンはマツリが寝ていた2日間について補足説明をする。
「村長は、領主に2つの提案をもって出かけているんだ。
1つ目は、領内の他の村にも棚田を作って、干地稲を育てるって提案」
「なるほど。来年までに棚田を整備しておけば、来年には米を収穫できるしね。
そうそう、肝心な姥捨て令の方は、どうなるのかしら」
オームが落ち着いた口調で話す。
「2つ目の提案は、棚田を整備する意思を示した村には、姥捨て令を免除するというものだ」
「その姥捨て令の免除は、認められるのかしら?」
ジンがオームの顔を除き、互いに微笑み合ってから、マツリに答える。
「マツリ姉、それは心配ないよ。領民に不満を買う制度は、領主も望むところではない。食料さえ賄えれば、悪令は解除されるよ」
田植えをしていたラマンがマツリに気づいた。
「マツリさ~ん! ありがとう。この村は豊かになるからね~。
そして、60歳を過ぎても胸を張って生きていける!」
「その通りじゃぞ。おら達の村は、食い物に困らぬ村に生まれ変わるんじゃ」
「そうだ。そうだ」
「マツリお姉ちゃん、秋になったら、たくさんご飯を食べられるんだって~」
「来年になっても、大好きな、うちのお爺さんとも一緒にいられるみたいなの~」
「僕たちも、楽しみだ~」
マツリは村人の眼を見て、
「美しい眼。希望を宿す眼だわ」
と、ひとり呟いた。
レンもジンもオームもこの言葉を聞き留め、笑顔になってマツリの横顔を眺めた。
【大陸陰暦1020年6月6日
ヒズン村
私の心が癒された。
今は、空も、樹々も、人も美しく見える。私の中で、世界は色鮮やかな世界に生まれ変わった。
本当は、私がこの美しさに感動できなかっただけなのだ。
村の問題解決に協力するつもりが、逆に私の心が救われた。
私はヒズン村の人々から確かにいただいた。温かく、心地よく、そして懐かしく感じる何かを。
人は変われる。
ヒズン村の人々の眼を見た。その眼は、美しかった。希望を宿していた】
<次回 第39話「エイジャント石窟に棲む化け物」>
著者:花野井 京からのお願い
「日出処の巫女の旅日記」をいつもご愛読いただいておりますことに深く感謝申し上げます。
始めて執筆した「ANOTHER EARTH - 魔力がわずか1の魔法使い - 」以来、私は読者の皆様と共に作品を育てていきたいと願っております。
本作は、「人々との交流を通しての成長や、人の業の生み出す因果」をテーマとしております。
また、読者の方が、様々なエピソードから、ちょっとクスッ、なんとなくほっこり、たまにゾッなどと、心が動く瞬間があってほしいと願っております。
本作を通して、読者の皆様の心を僅かばかりでも動かせているのか、いないのかについてのフィードバックがあれば、今後の展開や作品に生かしていきたいと考えます。
もし、本作で心の動くことがありましたら、評価や感想などをいただければ幸いです。




