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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
37/40

37 ヒズン村の悲劇 – 2

 ヒズン村


 『主、こんなものでよいか』

ウルの提案で、斜面の開墾を任されていたムラクモがマツリに確認した。


 村中の民が集まり、斜面が棚田(たなだ)へと整地されたのを見て、歓喜の声を上げた。

 正座してムラクモに手を合わせる者もいた。その中には、ラマンやヴィダ婆、村長らの姿もあった。日出処の白龍が行う開墾を一目見ようとする老若男女が集っていたのだ。



 マツリたちは、事前に棚田による稲作の意義を説き、ヒズン村が貧困から脱する一つの策となりうることを、村長や村人の説明に奔走していた。

 もともと、村人は姥捨て令を良しとしない心情もあり、棚田での稲作へは、大きな期待と希望をもった。


 『じゅ、十分よ。・・・・流石はムラクモ。万能だわ』


 マツリは、小さな寒村とはいえ、詰めかけた多くの村人の視線が気になり、心臓の鼓動が高まり、体が小刻みに震えていた。手の震えを抑えようとして、右手の甲を左手で抑え込んだ。


 『むふふ。主からそう褒められるのは、悪くない。

 この話を聞いた時には、それは人間の民の仕事だろうと思ったが、視線恐怖症の主も、こうして踏ん張っておるのだ。我も務めを選んではおれん』


 『ありがとう。確かに、これは民の仕事。でも、人命がかかっている急ぎの仕事なのよ。だからこそ、御先のムラクモにお願いしたの』


 『むう、我は万能だからな』

ムラクモは、したり顔で答えた。


 『ククククッ、マツリは、神でさえ持て余していたムラクモの扱いが、上手くなったな』

 『ウル、何だと! もう一度言ってみろ』


 『ちょっとー、ウルは黙っていなさい。ムラクモの力があったからこそ、これ程の数の棚田を、しかも短時間で作れたのよ。私はとても感謝しているのよ』


 『ウル、今の主の言葉をその胸に刻んでおけ』

 『俺がムラクモの力で開墾することを、マツリに提案したからだぞ』


 『ふふふっ、ウルはひがんでいたのね。

 ウルの発想があってこその、棚田完成だわ。

 ウルも、その能力を発揮して素晴らしいわ』


 『ククククッ、もっと俺を褒めよ、讃えよ』

マツリの肩の上に立つウルは、視線恐怖症であるマツリの肩の震えが止まったことを確認し、ニヤリとした。


 オームはマツリに通常会話で耳打ちする。

 「マツリの御先は、2柱とも凄い力を持っているが、いろいろ大変なんだな~。

 あっちのでかい奴も、こっちのちっこいのも」


 マツリは、オームの言葉に笑みを浮かべて、曖昧(あいまい)に首を(かし)げた。


 「マツリ姉、これで棚田は完成したの?」

ジンがそう言うと、レイが代わりに答える。

 「棚田に水を張らなければ」


 マツリは村人の視線を気にして、顔をちらちらと覗き、視線が泳いでいた。


* * * * * * * * * * * *

 日出処では、八百万の神を召喚して村人を救ったが、その力を目撃した村人から恐れられ、()み嫌うような視線を向けられるようになったからである。


 マツリが村を歩くと、村人たちが家に駆け込み、戸締りをし、息を殺し戸や窓の隙間から(のぞ)く、光る白と黒の眼。


 マツリは、この出来事がトラウマとなり、他人の眼を恐れ、他人の前では極度に緊張し、会話がままならぬようになってしまった。

* * * * * * * * * * * *


 「・・・・・・・・いよいよか」とマツリは心の中で呟いた。


 これからヒズン村の全村人の前で、八百万の神を召喚するのである。あの視線を考えると、マツリの緊張は、急激に高まっていく。


 「・・・・・・さ、さあ、・・・・・・こ、ここからは・・・・仕上げよ・・・・」

そう言って、マツリは秘物庫から、震える手で扇子(せんす)(ほこ)を取り出した。


 『・・・・ムラクモ、この岩を・・・・あの田の入口へ』

 『承知した』


 ムラクモは岩を(つか)むと、一番上の棚田の脇に突き刺した。それは三角柱の岩が土から突き出た格好であった。ウルが竹笛で、その岩の表面をなぞった。


 『マツリ、豊穣(ほうじょう)の印を岩に刻んだ。豊穣の印は、木の精霊ククノチでも滅多に使わない大事な印なんだからな』


 『・・・・はい、ウ、ウル、ご、ご苦労様。

 ・・・・・・竹笛をお・・・・お、願い。・・・・鉾舞(ほこまい)をする・・・・わ』


 マツリは、右手に握った扇子を(ふところ)に差そうとしたが、手が震えて下に落とした。


 『顔色が悪いぞ。村人の眼が怖いのか・・・・。

 マツリ、息を深く吐け。そして、舞うことだけを考えろ』


 『・・・・・・・う、うん。ウル、ありがとう・・・ふぅーーー。すぅーーー』


 ウルの竹笛の高音が長く伸び、(かす)れ、そして震える。厳粛(げんしゅく)にして(おごそ)かな音色が、村の斜面の樹々一本一本に染み渡るように響く。

 遠くから聞こえる滝の音が、竹笛の旋律を下支えする重低音のベースのようにさえ聴こえた。


 ウルの奏でる曲は、これまでとは異なり、かなりのアップテンポであった。


 歓喜でざわついていた村人たちが、竹笛の旋律を聴いて一斉に静まり返った。ジンやレイ、オーム、村人の耳と視線がウルに集まった。


 マツリは、息を深く吸うと、眼を閉じていた。両手で鉾を水平に持ち、拝礼する。すると、手の震えが止まった。


 「()けまくも(かしこ)大神(おおかみ) 諸々(もろもろ)禍事(まがごと) (かむ)ながら(はら)(たま)え (かしこ)み恐みも(もう)す」

マツリは恭しく祓詞(はらえことば)を奏上した。


 今度は、村人の眼がマツリに集中する。好奇心の眼がマツリの背中を刺す。


 マツリは、懐に差していた扇子を右手に持った。

 左手の鉾を肩に置き、扇子を持った右腕をぐるぐると回して舞った。やがて、鉾を構えて振り清める。

 それは、優雅であり、流麗であり、力強い鉾舞であった。舞いながらピタリと静止して左を見る。振り返っては静止して右を見る。動静のはっきりした舞であった。


 突如として深い霧が立ち込めて来た。村人たちがきょろきょろと不安そうに顔を振ふっている。


 濃い霧でマツリの舞う姿は(かす)んでいく。ウルの竹笛の音色が霧の中に響き、いっそう神秘的で幻想的な世界となっていく。


 濃い霧の一部が吸い込まれるようにして流れ、渦を巻き始めた。

 「み、見ろ! あそこ。霧の(うず)だ」

正座していた村人が立ち上がって指さした。


 「何だ。あれは」

 村人たちの驚く声が響く中、霧の渦は激しさを増していった。その霧の渦の中心に穴ができ、(まばゆ)い光が漏れる。


 「うわぁぁ!」

 「ひー! お助けをー」

村人たちが、恐怖で()け反り、尻もちをついた。そして、顔を引きつらせ、足をばたつかせていた。


 一陣の突風が吹き抜ける。

 村の古びた家々の戸が、悲鳴を上げてガタガタとなる。

 立ち上がっていた村人が吹き飛ばされて、転倒する。

女性が着物の(すそ)を押さえて、風に耐える。


 「ひぃぃぃ」

 「皆の者、頭をさげるのじゃ」

 

 その穴が広がり、村人たちは光で眼が(くら)んだ。光を背にし、神々しい何者かの影が映った。


 「か、か・・・・か、神様じゃ。神様に違いない」

 「この村に、ご降臨くださったのじゃ」


 「母ちゃん、あれは神様なの?」

 「アショク、指差してはだめ。頭を下げて、・・・・・もっと低く」

全ての村人は、地に頭を()り平伏した。


 マツリは、右手の扇を懐に差し、鉾を両手に持ち替え、地を突くような動作を繰り返す。

 やがて、鉾を頭上で回したマツリの唇が動く。


 「神域の門が開いた」


 鉾を両手で水平に持ち、その神々しい者の影に鉾を捧げるようにして拝礼した。


 「豊穣をもたらす稲霊の(しずく)


 神々しい者の影が、深く長い息を吐いた。その吐息は霧のように白く、葉の上の雫のように輝き、波のようにうねりながら、ゆっくりと広がり、棚田へと降り注いでいった。


 「オーム、(せき)を開いて!」

マツリが合図を送った。


 その直後、滝の川に作った堰が開き、最上段の棚田に流れ込んだ。霧の中で、水の流れる音が聞こえてきた。


 「棚田に水が流れた。これで稲が育つぞ!」

 「おお、ありがとうございます」

村人たちが口々に感謝の言葉を述べた。


 流れ込む水は、横の棚田、下段の棚田へと次々に水を満たしていく。山の斜面に作った幾つもの棚田は、水で満たされていった。


 眩い光を放つ穴は閉じられていく。村人たちは、その消えゆく穴に、(ひざまず)き手を合わせて感謝の祈りを捧げた。


 霧が晴れて行くと、平伏するマツリの姿が見えた。


 「その存在は善でも悪でもない。ただ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を司るもの」

マツリが鉾を両手で掲げ、拝礼をした。


 村人は、マツリの後姿を、瞬きも忘れて凝視した。村の斜面に、樹々に静寂が訪れた。

 遠くで変わらずに流れる滝の音、棚田をチョロチョロと流れる水の音だけが続く。


 マツリは、平伏したまま振り向くことができない、いや、身動き一つできなかった。

 背に集中する村人の視線を痛いほど感じ、息が荒くなり、額から汗が(したた)り落ちて地を湿(しめ)らす。肩で息をしながら、奥歯をぎゅっと噛む。


 「・・・・・・・・ぐ、・・・・・・・・・・・・・・・・うぐぐっ・・・・・・・」


 この場の静寂は、マツリにとっては、長く永遠に続く、責め苦の時間に感じられていた。ついに、マツリの緊張と恐怖は限界に達した。

 頭がくらくらして、視界が回る。


 「マツリ姉ー!」

異変に気付いたジンが、マツリに向かって叫び、駆け出して来た。


 マツリの背に覆いかぶさり、ジンは強く抱きしめた。


 <次回 第38話「希望を宿す眼」>


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