36 ヒズン村の悲劇 – 1
ヒズン村
今日も変わらず、遠くから重低音の雄大な滝の音が響いて来る。
「ラマン、これでいいかな」
レイが荷車から、猪の魔物を2頭降ろし、ヒズン村の若者に尋ねた。
「いやぁ~、こりゃたまげた。なんと大きい猪獣だ。
これで、畑の作物も守れますじゃ」
ラマンは白い歯を見せて感謝を述べたが、どことなく浮かない表情をしていた。
「こちらこそ感謝している。我らは家を貸してもらい助かっている。その恩には報わねばならぬ」
「家などとは、滅相もない。屋根があるだけの使ってない掘っ立て小屋ですだ。
・・・・・こりゃ凄い。猪獣に傷が見当たらない」
ラマンは2匹の猪獣を確認しながら呟いた。
「猪の魔物だから、畑の作物を荒らさぬよう退治するだけではなかろう。
肉も食えるし、皮も売れるはずだ」
「その通りです。ありがとうございますじゃ。
しかし、この大きさの猪獣をどうやって傷もなく倒したんですか。まさか、毒?」
「違いますよ。これです」
レイは荷車に載せてあった木の棒を握って笑った。
「ひゃ~、おっかねえ。こんさ棒だけで倒すとは。かかかかか」
レイは、ラマンの表情は作られ、から笑いをしているように感じた。
「なあ、ラマン、朝から、ヴィダ婆さんの姿が見えないようだが、体調でも悪いのか」
「・・・・・・・・・・」
ラマンは、眉間に皺を寄せ、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「ラマン、どうした」
ラマンは辺りを見回してから、レイに耳打ちをする。
「おらの祖母ヴィダ婆は、今日で60歳になるだ」
「おお、それはめでたい。お祝いの言葉を伝えねばならんな」
「60歳はめでたくなんかなかー!」
ラマンは、声を荒げた
「なぜだ?」
レイはラマンに理由を尋ねると、ラマンは涙目になっていた。
「領主様の令で、もう働けぬという理由で、60歳になると山に捨てなきゃならねえんだ。捨てなければ、畑や家を没収されるだ」
レイは、遠くから響いてくる無機質な滝壺の音が、頭の上から覆い被さってくるような感覚になった。
「何と。それは酷すぎるだろう。その領主は、人の命を何だと思っているんだ」
「この領は山ばかりで、田はほとんどない。斜面を開墾した小さな畑だけで生活をしているんじゃ。それじゃから、民は貧しく、生きて行くにぎりぎりの生活だ。
ひとたび飢饉がくれば、皆共倒れ。
だから、その食い扶持を前もって減らしておく・・・・・」
「飢饉での全滅を防ぐための生き残り策で、口減らしに、老人を山に捨てるというのか」
「・・・・・・レイさん、おら達のことを酷いと思うか。人の情けを持たぬ鬼畜だと思うか」
「・・・・・ラマンは、幼い時に両親を亡くし、祖母のヴィダ婆が親代わりで育ててくれた。感謝してもしきれないと、言っていたではないか」
「それでも、掟は掟だ。ヴィダ婆は60。ここの領民たちは、昔っから、そうやって生きてきただ」
「・・・・・・・・悲劇は戦ばかりではないのか。
そうだ、ヴィダ婆さんはどこにいる。ま、まさか、もう山へ・・・・・」
ラマンは家の戸を開けて、レイを家の中に引き入れてから囁く。
「・・・・・・しーっ、この家の床下に穴を掘り、そこに匿っておりますだ」
「床下・・・しかし、その方法では、長く隠しきれんぞ。それにヴィダ婆さんの健康も」
「長く匿えないことは、分かっているだ。それでも、親代わりのヴィダ婆には、1日でも長く生きていてほしい! 山に捨てるなんて、・・・・おらにはできない」
ラマンの眼から、涙がこぼれ頬を伝った。
「ラマン、許してくれ。私は無力だ・・・・。
その辛い気持ちは、痛いほど分かる。しかし、私はそれをどうすることもできない」
「レイさん、許してくれなんて言わねえでくだせえ。レイさんが悪い訳ではない。山の領に暮らす民の問題だ」
借り小屋に帰ると、レイは冴えない顔でぼやっとしていた。
「レイ姉、どうした。体調が悪いのか」
ジンは、レイの異変を感じ取り、額に手を当てた。
「ありがとう、ジン。私の体調ではなくこの村の問題を聞いて悩んでいるの」
「是非、それを僕にも聞かせてほしい」
2人のやり取りを見ていたマツリとオームも、レイの周りに集まって来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マツリたちは、斜面の村を隈なく歩いて回った。そして、水を撒いては、水はけを確認していった。
『どう? ウル』
『木の精霊ククノチとして、言わせてもらえれば、広い田はつくれないな』
『やはり、この斜面では、畑しか無理なのか』
『そうは言っていない、ゆっくり水が浸み込んだ。ここの土は柔らかく、水はけもよい。稲の成長に必要な養分はある。土に微生物も多い。
たった1つを除いては、稲作のできる条件を満たしている』
『その1つの条件というのは?』
『水を溜めておく平らな土地だ。ここは斜面に村を作ったので、平らな土地がない』
『やっぱり無理なのか~。名も無きダンジョンの宝箱から出た、干ばつに強く生育が早い干地稲の苗は、私の生得能力・秘物庫にたくさんしまってあるのに残念だわ』
オームが思念会話に加わってきた。
『それなら、山の斜面の下に田を作ればよいだろう?』
『オーム、それは現実的ではない。
ここの谷の土地は非常に狭い。もし、大雨で川が氾濫でもしたら、田は流され費やした労力と収穫は消える』
『そうか~』
マツリは、ウルとオームの話を聞き、暫く考えていたが、思いついたように土で小山を作り始めた。
ウルは、マツリの肩ごしから、小山を見つめて問いかける。
『マツリ、何をしている』
『ふふ~ん、この小山の斜面を、指の腹でこう押してと、・・・・・・・こうやって、あちこちに階段を作る』
マツリは土の小山に広がる階段を見て、得意顔で言った。
『その階段に何の意味があるんだ』
オームは、怪訝そうな表情を浮かべ、人差し指と中指を交互に動かし、階段を歩くようにして尋ねた。
『この階段が田よ。日出処で聞いたことのある棚田を思い出したの』
『棚田?』
オームは竪琴を鳴らした。
『そうよ。日出処では、かなり古くからあったらしいのよ。
オーム、見て。こうやって、斜面に小さな田を段々にして幾つも作るのよ』
『なるほど、それなら田ができそうだ。水も上の田から下の田へと流れる』
ウルは腕組みしたまま、片手を顎に当てて呟く。
『水源は滝の川があるので、そこから引けば問題ない。村のすぐ下に田を作ればよいので、管理も楽にできる・・・・マツリ、これはいけるかもしれない』
『マツリ、いける程度ではない。それは実に良い考えだ!
・・・・・・・しかし、どうやって、樹々が茂る斜面に、無数の棚田を作って行くかだ。
かなりの時間と労力がかかるぞ』
オームが眉を寄せ、唸るような声で言った。
『それよね~』
マツリが視線を落とし、溜息を吐いた。
『ククククッ、あるではないか。奥の手が』
『奥の手?』
マツリはウルに問いかけた。
【大陸陰暦1020年6月4日
ヒズン村
姥捨て、何て恐ろしい領令。
生きるために、涙ながらに他を犠牲にする。そうして紡いできた命も、家族のために、やがて自らを犠牲にする。
「衣食住足りて礼節を知る」
この世界で、相手を尊重することは、簡単そうでいて難しい】
<次回 第37話「ヒズン村の悲劇 – 2」>




