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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
36/38

36 ヒズン村の悲劇 – 1

 ヒズン村


 今日も変わらず、遠くから重低音の雄大な滝の音が響いて来る。


 「ラマン、これでいいかな」

レイが荷車から、(いのしし)の魔物を2頭降ろし、ヒズン村の若者に尋ねた。


 「いやぁ~、こりゃたまげた。なんと大きい猪獣だ。

 これで、畑の作物も守れますじゃ」

ラマンは白い歯を見せて感謝を述べたが、どことなく浮かない表情をしていた。


 「こちらこそ感謝している。我らは家を貸してもらい助かっている。その恩には報わねばならぬ」


 「家などとは、滅相(めっそう)もない。屋根があるだけの使ってない掘っ立て小屋ですだ。

 ・・・・・こりゃ凄い。猪獣に傷が見当たらない」

ラマンは2匹の猪獣を確認しながら(つぶや)いた。

 

 「猪の魔物だから、畑の作物を荒らさぬよう退治するだけではなかろう。

 肉も食えるし、皮も売れるはずだ」


 「その通りです。ありがとうございますじゃ。

 しかし、この大きさの猪獣をどうやって傷もなく倒したんですか。まさか、毒?」


 「違いますよ。これです」

レイは荷車に載せてあった木の棒を握って笑った。


 「ひゃ~、おっかねえ。こんさ棒だけで倒すとは。かかかかか」


 レイは、ラマンの表情は作られ、から笑いをしているように感じた。

 「なあ、ラマン、朝から、ヴィダ(ばあ)さんの姿が見えないようだが、体調でも悪いのか」


 「・・・・・・・・・・」

ラマンは、眉間(みけん)(しわ)を寄せ、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。


 「ラマン、どうした」


 ラマンは辺りを見回してから、レイに耳打ちをする。

 「おらの祖母ヴィダ婆は、今日で60歳になるだ」


 「おお、それはめでたい。お祝いの言葉を伝えねばならんな」


 「60歳はめでたくなんかなかー!」

ラマンは、声を(あら)げた


 「なぜだ?」

レイはラマンに理由を尋ねると、ラマンは涙目になっていた。


 「領主様の令で、もう働けぬという理由で、60歳になると山に捨てなきゃならねえんだ。捨てなければ、畑や家を没収されるだ」


 レイは、遠くから響いてくる無機質な滝壺の音が、頭の上から覆い被さってくるような感覚になった。


 「何と。それは(むご)すぎるだろう。その領主は、人の命を何だと思っているんだ」


 「この領は山ばかりで、田はほとんどない。斜面を開墾した小さな畑だけで生活をしているんじゃ。それじゃから、民は貧しく、生きて行くにぎりぎりの生活だ。

 ひとたび飢饉(ききん)がくれば、皆共倒れ。

 だから、その食い扶持(ぶち)を前もって減らしておく・・・・・」


 「飢饉での全滅を防ぐための生き残り策で、口減らしに、老人を山に捨てるというのか」


 「・・・・・・レイさん、おら達のことを酷いと思うか。人の情けを持たぬ鬼畜(きちく)だと思うか」


 「・・・・・ラマンは、幼い時に両親を亡くし、祖母のヴィダ婆が親代わりで育ててくれた。感謝してもしきれないと、言っていたではないか」


 「それでも、(おきて)は掟だ。ヴィダ婆は60。ここの領民たちは、昔っから、そうやって生きてきただ」


 「・・・・・・・・悲劇は戦ばかりではないのか。

 そうだ、ヴィダ婆さんはどこにいる。ま、まさか、もう山へ・・・・・」


 ラマンは家の戸を開けて、レイを家の中に引き入れてから(ささや)く。

 「・・・・・・しーっ、この家の床下に穴を掘り、そこに(かくま)っておりますだ」


 「床下・・・しかし、その方法では、長く隠しきれんぞ。それにヴィダ婆さんの健康も」


 「長く匿えないことは、分かっているだ。それでも、親代わりのヴィダ婆には、1日でも長く生きていてほしい! 山に捨てるなんて、・・・・おらにはできない」

ラマンの眼から、涙がこぼれ頬を伝った。


 「ラマン、許してくれ。私は無力だ・・・・。

 その辛い気持ちは、痛いほど分かる。しかし、私はそれをどうすることもできない」


 「レイさん、許してくれなんて言わねえでくだせえ。レイさんが悪い訳ではない。山の領に暮らす民の問題だ」



 借り小屋に帰ると、レイは冴えない顔でぼやっとしていた。


 「レイ姉、どうした。体調が悪いのか」

ジンは、レイの異変を感じ取り、額に手を当てた。


 「ありがとう、ジン。私の体調ではなくこの村の問題を聞いて悩んでいるの」

 「是非、それを僕にも聞かせてほしい」

 2人のやり取りを見ていたマツリとオームも、レイの周りに集まって来た。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マツリたちは、斜面の村を(くま)なく歩いて回った。そして、水を()いては、水はけを確認していった。


 『どう? ウル』


 『木の精霊ククノチとして、言わせてもらえれば、広い田はつくれないな』

 『やはり、この斜面では、畑しか無理なのか』


 『そうは言っていない、ゆっくり水が浸み込んだ。ここの土は(やわ)らかく、水はけもよい。稲の成長に必要な養分はある。土に微生物も多い。

 たった1つを除いては、稲作のできる条件を満たしている』


 『その1つの条件というのは?』

 『水を()めておく平らな土地だ。ここは斜面に村を作ったので、平らな土地がない』


 『やっぱり無理なのか~。名も無きダンジョンの宝箱から出た、干ばつに強く生育が早い干地稲の苗は、私の生得能力・秘物庫にたくさんしまってあるのに残念だわ』


 オームが思念会話に加わってきた。

 『それなら、山の斜面の下に田を作ればよいだろう?』


 『オーム、それは現実的ではない。

 ここの谷の土地は非常に狭い。もし、大雨で川が氾濫(はんらん)でもしたら、田は流され費やした労力と収穫は消える』

 『そうか~』


 マツリは、ウルとオームの話を聞き、暫く考えていたが、思いついたように土で小山を作り始めた。


 ウルは、マツリの肩ごしから、小山を見つめて問いかける。

 『マツリ、何をしている』


 『ふふ~ん、この小山の斜面を、指の腹でこう押してと、・・・・・・・こうやって、あちこちに階段を作る』

マツリは土の小山に広がる階段を見て、得意顔で言った。


 『その階段に何の意味があるんだ』

オームは、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべ、人差し指と中指を交互に動かし、階段を歩くようにして尋ねた。


 『この階段が田よ。日出処で聞いたことのある棚田(たなだ)を思い出したの』

 『棚田?』

オームは竪琴を鳴らした。


 『そうよ。日出処では、かなり古くからあったらしいのよ。

 オーム、見て。こうやって、斜面に小さな田を段々にして(いく)つも作るのよ』

 『なるほど、それなら田ができそうだ。水も上の田から下の田へと流れる』


 ウルは腕組みしたまま、片手を(あご)に当てて呟く。

 『水源は滝の川があるので、そこから引けば問題ない。村のすぐ下に田を作ればよいので、管理も楽にできる・・・・マツリ、これはいけるかもしれない』


 『マツリ、いける程度ではない。それは実に良い考えだ! 

 ・・・・・・・しかし、どうやって、樹々が茂る斜面に、無数の棚田を作って行くかだ。

 かなりの時間と労力がかかるぞ』

オームが(まゆ)を寄せ、(うな)るような声で言った。


 『それよね~』

マツリが視線を落とし、溜息(ためいき)を吐いた。


 『ククククッ、あるではないか。奥の手が』


 『奥の手?』

マツリはウルに問いかけた。


 【大陸陰暦1020年6月4日 

  ヒズン村

  姥捨て、何て恐ろしい領令。

  生きるために、涙ながらに他を犠牲にする。そうして(つむ)いできた命も、家族のために、やがて自らを犠牲にする。

  「衣食住足りて礼節を知る」

  この世界で、相手を尊重することは、簡単そうでいて難しい】


 <次回 第37話「ヒズン村の悲劇 – 2」>

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