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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
35/36

35 束の間の休息

 ヒズン村


 オームは背伸びをして外の空気を胸一杯に吸い込んだ。


 「あぁ~、気持ちのよい朝だ~。

 おぉ、山の斜面にこの村が作られていたのか~」

 オームは借り家の戸口から出て背伸びをした。


 「オームさん、耳を澄ませてください」

 「ん、何だジン・・・・・・・・・この音は・・・・滝か」


 「そうなのですよ。一緒に滝を見に行きましょう」

 「俺も久々の外だ。ジン、案内してくれ」


 ジンとオームのやり取りを聞き、レイはジンの護衛として、2人と共に村はずれまで出かけて行った。


 「雄大な滝だな~。

 斜面に生い茂った樹々の間を、豪快に一直線に落ちているな。瀑布(ばくふ)だ。

 雄大な自然の鼓動と生気を感じる」

 オームは感嘆の声を上げた。


 「あぁー気持ちよい。この絶え間ない轟音(ごうおん)と豪快な水飛沫(みずしぶき)滝壺(たきつぼ)に架かる虹、朝の新鮮な空気。全てが心地よい」

ジンは深く息を吸うと、感動を口にした。


 リラックスしたジンの姿に、レイも目を細めて問いかける。

 「毎日、ジンはこの滝を見に来る。もう、お気に入りの場所になったのね」

 「うん、この雄大な自然を見ていると、自分の不安や悩みなんて、ちっぽけだな~と感じる」


 オームがジンの横顔を暫く眺め、

 「・・・・・・・なあ、ジン、あの滝壺まで行ってみようよ」

と指さした。


 「えーっ、滝壺は深そうだし、服までずぶ濡れになっちゃうよ」


 「そうなったら、そのまま泳いじゃえばいい」

オームはそう言って、服を脱いで水飛沫の舞い上がる滝壺を目指して歩いて行った。


 「え、あ、ちょっと、オームさん!」

 ジンは裸のオームの背に声をかけたが、オームは振り返らずに水の中を歩いて行く。流れる水面は、オームの膝から腿、腰へと上がって行く。


 ジンは振り返ってレイの顔を(うかが)うと、レイは首を横に振り、長い息を吐いた。


 「・・・・・仕方がないな」

ジンは目を輝かせてそう呟くと、服を脱ぎ棄て、バシャバシャと水飛沫を上げながら走った。


 オームはジンが水を蹴り、楽しそうに駆けて来る姿を見ると、悪戯(いたずら)っ子のような目になっていた。


 オームは両手を握り、それを水中に沈めた。

 「うお、うお、手が、手が・・・・」

と、異変が起こったように騒ぎ出した。


 「オームさん、どうしたの?」

ジンは心配になって、オームの両手の近くに顔を近づけて(のぞ)き込んだ。


 その瞬間にオームの握った手の間から、水が吹き出してジンの顔を直撃した。


 「ひや~っ、つ、冷たい」

と高い声を出し、ジンは慌てて顔を手で(ぬぐ)った。


 「あはははは」

オームは大笑いした。


 「オームさん、何をするのですか!

 貴方は大人でしょう。しかも、半神半人。もっと威厳のある行動をしてよ」

ジンの眼が鋭くなり、オームに抗議した。


 オームは両手で両耳を()まむ。そして、両耳を外側に引っ張った。すると、オームの(とが)らせた口から一直線に水が発射されて、ジンの胸元を直撃した。

 まるで鼻から水を噴き出す象のようであった。


 「白象パオス!」

オームは、ファンドーラの乗る象の真似をして、一人で大笑いした。


 さすがに、これには腹を立てたジンが、両手で水をすくい、オームめがけて豪快にかけた。水がキラキラと輝く飛沫となって、オームの顔や胸にかかる。


 「うおぉぉ、冷てー! ジン、やったなー」


 ジンはスイッチが入っていた。ジンは奇声を上げ、歯を見せながら、オームの悲鳴にもお構いなしに、両手を素早く何度も動かす。


 「ひやぁ~、ジン、ちょっと待った! ちょ、ちょ、水が冷たくて心臓が止まりそうだ」

オームは片手を突き出し、ジンに待つように(うなが)した。


 ジンの手が止まると、その瞬間、オームがジンめがけ水を飛ばした。満面の笑みのジンの顔に大量の水がかかった。


 「うわー! 冷たー! この卑怯者!」


 オームの騙し打ちに合い、ジンは肩をブルッと震わせ、思わず非難と歓喜の叫びを上げた。


 ジンは掌いっぱいに水をすくい、何度もオームにかける。

 「あはははは、それ、そりゃ!」

ジンの容赦ない反撃で、ジンとオームの間に虹が架かった。


 「うわー、もう止めてくれ、俺が悪かった、止めてくれ~、ジン!」


 2人の水の掛け合いを眺めていたレイは、口を開け、大きな声を出して笑っていた。


 レイは「オーム、ありがとう。子供らしい遊びは、今のジンにとってかけがえのないひと時。まだ子供なのに、恐怖や重圧と戦っているジンの心に配慮してくれたのね」と心の中で感謝の言葉を呟いていた。


 レイがふと視線を上げると、2人がにやにやとして、岸へと迫って来る。嫌な予感がしたレイは、本能的に後ずさりをした。


 キラキラと輝く粒が舞うと、2人とレイとの間にも虹が架かった。


 「きやぁぁぁー! 冷たいー! 何てことするのよー! オームは大人なんだから、限度ってものがあるでしょう!」


 レイの悲鳴と怒声が滝壺に響いた。


 それでも容赦なくレイの全身に水が飛んできた。レイの黒髪から幾筋もの水滴が(したた)り落ちる。


 「もう、いい加減にしなさい!」


 オームは手で両耳を摘まみ、耳を外側に引っ張った。オームの尖らせた口から一直線に水が発射された。


 「白象パオス!」


 厳しく叱るレイの肩に、またもや水がかかった。


 「・・・・・・・・オーム! あんたは、口で言っただけでは、分からないようね」

 レイは剣の旭を岸に置くと、一跳躍して、2人の脇の水面に足から着水した。大量の水飛沫が、ジンとオームに飛んだ。


 「うぁー。冷たい」

ジンとオームが顔の水を手で拭った。

 (ひる)む2人に間髪入れず、レイは両手で水飛沫を浴びせる。


 「うあぁぁ、レイ姉の攻撃が速すぎて、目を開ける暇もない」

 「レイの繰り出す手が速すぎて、手が見えない。ぶほーっ」


 レイは格闘の体術を駆使し、手だけではなく足も使い、水攻撃は更に加速する。

 「ジン、オーム! そこで立ったまま(おぼ)れるがよい!」


 「ぐあぁー、レイ姉ごめんなさい。ゴホッ、ゲホッ」

 「レイ、洒落(しゃれ)にならないぞ。凄まじい殺気を感じるぞ! 

 ぷへっ、本当に、このまま溺れ死にそうだ」


 レイは笑い声を出しはしゃぎ、水を飛ばした。

 滝を背景にして、水飛沫が朝日で光る。滝の轟音に混じって、笑い声と悲鳴がこだましていた。


 「ちょっと、いったい何をしているの!」

朝食の準備が整い、知らせに来たマツリが、3人に呆れて問い質した。


 大はしゃぎしていた3人の手が、ピタリと止まる。


 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 3人は肩を落とし、視線を水面に落とす。

 

 (こうべ)()れたまま、ジンとオーム、レイが、互いの視線で合図を送る。そして、悪戯っ子のような目で微笑んだ。

 それから、マツリを見つめ、ゆっくりと岸へ歩いて来る。


 『ククククッ。マツリ、あの3人から、かなり凶悪な気配が(ただよ)うぞ』

ウルがマツリの(ふところ)の中から、警戒を促した。


 『え、ウル、な、何を言って・・・・・・・』

 次の瞬間、マツリは頭から大量の水を浴びた。


 「きっやぁぁぁ! つ、冷たい!!」

マツリの悲鳴がこだまし、滝の轟音をも打ち消した。


 その悲鳴に怯むことなく、3人は勇敢にも水の攻撃を続けた。水飛沫が舞い、特大の虹がかかった。持てる技を駆使した水攻撃が功を奏し、マツリは力なく片膝を着いた。


 「私たちの攻撃が、あの日出処の巫女に効いているわ。もう一息よ」

レイが、ジンとオームに(げき)を飛ばした。


 「よし、勝利は近い!」


 「ちょ、ちょっと、何よ、これ! も~!」

マツリはキッと目を見開くと、数歩助走し、渾身(こんしん)の力で岸を蹴った。


 マツリの体は宙に浮き、水泳の飛び込みのような姿勢になった。甲高い悲鳴を上げ、両腕をバタバタと回すマツリの体が、着水と同時に水面を2つに割った。

 大きな波が、ジンとレイ、オームを呑み込んだ。


 「うわー。凄い! やられたわ。流石は日出処の巫女。我が身を犠牲にしての最大奥義とは」

レイが顔を拭いながら、感心した。


 「ゲホ、ゲホ、この思いっきりの良さが、起死回生の一撃となるのか」

ジンは(むせ)かえりながら、マツリの豪胆さに感嘆した。


 「人間には、予期せぬ反撃を行う。・・・・俺たちの完敗だ」

オームも両手で水を拭いながら、悔しそうに呟いた。


 マツリは水面から顔を出し、

 「うぅー、冷たーい! 着水に失敗して、体ごと飛び込んじゃったわー」

と微笑んだ。


 「あ、ウルが水の中から浮いて来た」

ジンが水面を指さした。


 ウルは水面から顔を出すと、そのまま仰向(あおむ)けになって、足を組んで水面を(ただよ)う。

 『くぅー、マツリの運動能力の低さを(あなど)っていた。散々だな・・・・・・・』


 「ウルは、逃げ遅れたのね」

 4人は顔を見合わせ、声を出して笑った。4人の笑い声と滝の轟音が、青い空に吸い込まれていった。

 

 ラマンから借りていた小屋の前に戻ると、4人のずぶ濡れの姿を見て、ラマンの祖母であるヴィダ婆さんが目をパチクリさせてから、

 「おやおや、雨でも降ったのかい? ほんと若いってのはいいね~」

と優しい笑顔で出迎えた。



 【大陸陰暦1020年6月4日 

  ヒズン村

  オームが仲間になって、緊張と僅かな平穏の日々が変わった。

  今日は、馬鹿馬鹿しくて、興奮する素敵な一日。

  大声で笑った。笑いと水の掛け合いで、息の出来ぬほどであった。

  こんなことは、久しぶり・・・・・そう、幼い子供の時以来かもしれない。誰もが飾らず、腹の底から笑った。

  一直線に落ち、轟音と水飛沫を上げる瀑布が雄大。ヒズン村で家を貸してくれたラマンさんとヴィダ婆さんも親切だ。ヒズン村は素敵な村だ。】


 <次回 第36話「ヒズン村の悲劇 – 1」>

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