33 一心二体
ヒズン村のとある家
油の入った皿に浮かぶ芯が、小さな炎を宿らす。時折、それが隙間風に揺れる。
「う、う、ここはどこだ」
「マツリ、吟遊詩人が意識を取り戻したわ」
レイの声にマツリとジンが駆け寄った。
「俺は、なぜここに?」
吟遊詩人は、古く穴だらけの部屋の中を見渡しながら尋ねた。
「3日前、レイ姉が、貴方をあの河原から、このヒズン村へと運んだ。ここは、村人から借りた空き家よ」
マツリがぶっきらぼうに答えた。
「・・・・・・・・・・あれから、俺は気を失ったままだったのか」
吟遊詩人は藁のベッドの上で半身を起こした。
「レイ姉は、衰弱したあなたをずっと看病していたのよ」
吟遊詩人は、マツリから目の前にいるレイに視線を移すと、ベッドから起き上がり、下心が見え見えの眼で礼を述べる。
「レイ姉とは、清楚で麗しい貴方のことか」
「そう、私よ。衰弱する人を、あのまま放っておけないものね」
レイは吟遊詩人の頬に拳をかましながら言った。
「うげっ」
吟遊詩人は、頬を抑えながら起き上がる。
「・・・・レイ、感謝する。俺の名はオームだ。職業は」
「吟遊詩人でしょ」
レイは棚に置いてある竪琴を横目で見て言った。
「そうだ。旅から旅への吟遊詩人だ。その旅でもレイほど美しい・・・」
レイの左フックがオームの顎を捉えた。
オームはベッドに横たわり白目となった。
ジンは、マツリを見て、呆然と口を開けたまま暫く沈黙していたが、驚きを笑みに変えて問いかける。
「マツリ姉、オームさんと普通に話していたね」
「本当だ! 不思議、なぜだろう。
・・・・・もしかして、オームは、人間ではないのかもね。ふふっ」
マツリは、にやりと笑みを浮かべてオームに告げた。
オームは黒目を取り戻す。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あははは、オーム、冗談よ。
私はイズモ・マツリ。こっちが弟の」
「ジンです。オームさんは人間ではないのか~。
あの神同士が争う河原の戦場で、生き残っていたから変だと思っていたんだ」
「ジン、嫌だわ、冗談だってば」
マツリはしまったとばかりに両掌を振り、ジンとオームの顔を交互に見ながら、慌てて打ち消していた。
「マツリ、私もパラドの港で、オームの力量を測れなかったのが不思議でならない。
マツリの言葉ではっとしたわ。今は、このオームが、人間かどうかを怪しんでいる」
「レイ姉まで・・・・いやいやいや。皆、・・・・何を言って」
オームは、呪文をかけるかのように、左右の掌を開き、指をごにょごにょと動かしながら言う。
「分かっちゃった? 俺は半神半人だ」
「オームさんに失礼でしょ・・・・・え!」
マツリの瞳が下に落ちるのではないかと心配になるほど、目を大きく見開き、口を開けたまま体の動きを止めた。
オームの左耳に下がるピアスの対になっている金色の雫が、キンと心地よい響きを奏でた。
「ヴェリラとの一戦で命を救われた俺だ。君たちには正直に言おう。
俺は人間、あのファンドーラは神。そして、俺とファンドーラは一心二体」
オームは右人差し指で自分の胸を刺し、天井を見上げ、左人差し指を上に向けた。そして、2本の指を合わせた。
呆然としているマツリを横目に、レイが落ち着いて尋ねる。
「半神半人って、神と人間の間に生まれた子ということでよろしい?」
「ああ、神が、人間の娘に恋をして、俺が生まれた。
珍しくもない。よくある話だ」
オームは立ち上がり、背伸びをした。
ジンが矢継ぎ早に問いかける。
「あのファンドーラ様は、オームさんの本当の姿なのですか」
「概ねそうだ。正確に言えば、半神半人の分離した神、俺の片割れの姿だ」
「オームさん、もっと詳しく話してほしい」
「人である方の俺は、天界には住めない。俺の神である半身のファンドーラは、天界にいる。
必要な時には、ファンドーラをこの世界に召喚し、俺の意識と統合する」
オームは、空間に秘物庫を出すと、その中から大徳利を取り出した。そして、大盃に大徳利から酒を並々と注ぐと、一気に飲み干した。
「ふ~~っ、久しぶりのサーラは沁みるな~」
大盃を掴む腕で、口を拭った。
マツリが口を挟む。
「河原で、その酒と竪琴、古い本の朗読などは、半神を召喚するための儀式なの?」
「それも見ていたの? 俺の秘密を黙って覗いて?」
オームは首を振りながら、また大盃に酒を注ぎ始めた。
また盃をあおった。
「くっ~! この大徳利は、アミタという神器だ。アミタからは『神酒サーラ』を無限に注ぐことができる。
俺の持っていた古い本は、神の賛歌を書き記した『聖典エック・シーダ』だ」
「召喚で使った酒は、神酒サーラと言うのね。
私には、尊い務めがあって、至高の酒と塩を探しているの。
失礼ですが、あれは至高の名に相応しい酒なのかしら」
「神酒サーラは、神の酒。残念だが、人間にとっての酒ではない。
人間が飲めば栄養と活力を与え、寿命を延ばし、霊感をもたらす不老長寿の霊薬と言われているが、まだ俺以外の人間で試したことはない」
「私の求める至高の酒とは、八百万の神に奉じるための酒。人間にとって酒ではなく、霊薬であったとしても、問題はない。その神酒サーラを分けては貰えないでしょうか」
「八百万の神とは、あのムラクモや地に黄泉の国へ通ずる穴を開いた神のことか」
「まあ、そんなところね」
「それならば、わが命の恩人だ。喜んで献上する。
マツリも1杯どうだ?」
と大盃を差し出した。
「私は酒を飲みません」
「人間にとっては酒ではないのだがな。・・・・ヒック」
「オーム、貴方、酔っているの?」
オームは、指の爪をじろじろと見ながら、
「人の片割れといっても、ほんの少しだけは、神の部分があるしな~。爪の先ぐらいは・・・・ヒック」
と、ご機嫌になって呟いた。
『おお、マツリ、神酒サーラを分けるとは、オームは意外と話の分かる奴だな』
『ウルはあの河原で、未熟な神だと馬鹿にしていたくせに、調子が良過ぎるわよ。
それにオームは、ただの酔っ払いにも見える』
ご機嫌になったオームは、マツリの胸元を見てから、話を続ける。
「俺は、聖典エック・シーダでファンドーラを召喚する。
それから、神酒サーラを半身の俺と半身のファンドーラが分け合うことによって、この世界での心身の統合が一時的に定着する」
「河原にも神酒サーラをまいていたわよね」
「そこも覗き見していたのね。お嬢さんたちの目は、俺に釘付けになっていたんだな~。
神酒サーラは、神の酒だ。ほぼ全ての神に愛されている。龍神種は特に酒を好むので、誘き出すための撒き餌にしたのさ」
レイがオームに問いかける。
「オームは、この世界で人間として生きていくことになるの?」
「その可能性もある。だが、俺の望みは半身のファンドーラとの完全なる統合だ。
人間でいう双子とは違うんだ。一人が分離して生きていくなんて、気持ちが悪いだろう」
「どうすれば、ファンドーラとの完全なる統合ができるの」
「ある程度の数の人間を救えば、俺は神として天界に住むことが許される。
そうすれば、天界で半身のファンドーラと完全なる統合ができる。
そして、真に天界の神となる。ヒクッ」
オームは右手と左手を合わせてパンと鳴らした。それから胸に両手を当て、上を見上げて悦に入った。
ジンが人間を救うという言葉に興味を持って問う。
「ある程度の数って、何人の人間を救えばよいのですか」
「1億人だ」
と、その数を発し、オームは現実に引き戻された。
「い、いちおくーー!」
レイが驚嘆して叫んだ。
<次回 第34話「命の祈り」>




