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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
33/36

33 一心二体

 ヒズン村のとある家


 油の入った皿に浮かぶ芯が、小さな炎を宿らす。時折、それが隙間風に揺れる。


 「う、う、ここはどこだ」


 「マツリ、吟遊詩人が意識を取り戻したわ」

レイの声にマツリとジンが駆け寄った。


 「俺は、なぜここに?」

吟遊詩人は、古く穴だらけの部屋の中を見渡しながら尋ねた。


 「3日前、レイ姉が、貴方をあの河原から、このヒズン村へと運んだ。ここは、村人から借りた空き家よ」

マツリがぶっきらぼうに答えた。


 「・・・・・・・・・・あれから、俺は気を失ったままだったのか」

吟遊詩人は(わら)のベッドの上で半身を起こした。


 「レイ姉は、衰弱したあなたをずっと看病していたのよ」


 吟遊詩人は、マツリから目の前にいるレイに視線を移すと、ベッドから起き上がり、下心が見え見えの眼で礼を述べる。

 「レイ姉とは、清楚(せいそ)(うるわ)しい貴方のことか」


 「そう、私よ。衰弱する人を、あのまま放っておけないものね」

レイは吟遊詩人の(ほお)(こぶし)をかましながら言った。


 「うげっ」


 吟遊詩人は、頬を抑えながら起き上がる。

 「・・・・レイ、感謝する。俺の名はオームだ。職業は」

 「吟遊詩人でしょ」

レイは(たな)に置いてある竪琴(たてごと)を横目で見て言った。


 「そうだ。旅から旅への吟遊詩人だ。その旅でもレイほど美しい・・・」

 レイの左フックがオームの(あご)(とら)えた。

 オームはベッドに横たわり白目となった。


 ジンは、マツリを見て、呆然と口を開けたまま暫く沈黙していたが、驚きを笑みに変えて問いかける。

 「マツリ姉、オームさんと普通に話していたね」


 「本当だ! 不思議、なぜだろう。

 ・・・・・もしかして、オームは、人間ではないのかもね。ふふっ」

マツリは、にやりと笑みを浮かべてオームに告げた。


 オームは黒目を取り戻す。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 「あははは、オーム、冗談よ。

 私はイズモ・マツリ。こっちが弟の」


 「ジンです。オームさんは人間ではないのか~。

 あの神同士が争う河原の戦場で、生き残っていたから変だと思っていたんだ」


 「ジン、嫌だわ、冗談だってば」

マツリはしまったとばかりに両掌を振り、ジンとオームの顔を交互に見ながら、慌てて打ち消していた。


 「マツリ、私もパラドの港で、オームの力量を測れなかったのが不思議でならない。

 マツリの言葉ではっとしたわ。今は、このオームが、人間かどうかを怪しんでいる」


 「レイ姉まで・・・・いやいやいや。皆、・・・・何を言って」


  オームは、呪文をかけるかのように、左右の掌を開き、指をごにょごにょと動かしながら言う。

  「分かっちゃった? 俺は半神半人だ」


 「オームさんに失礼でしょ・・・・・え!」


 マツリの瞳が下に落ちるのではないかと心配になるほど、目を大きく見開き、口を開けたまま体の動きを止めた。

 オームの左耳に下がるピアスの対になっている金色の(しずく)が、キンと心地よい響きを奏でた。


 「ヴェリラとの一戦で命を救われた俺だ。君たちには正直に言おう。

 俺は人間、あのファンドーラは神。そして、俺とファンドーラは一心二体」

 オームは右人差し指で自分の胸を刺し、天井を見上げ、左人差し指を上に向けた。そして、2本の指を合わせた。


 呆然としているマツリを横目に、レイが落ち着いて尋ねる。

 「半神半人って、神と人間の間に生まれた子ということでよろしい?」


 「ああ、神が、人間の娘に恋をして、俺が生まれた。

 珍しくもない。よくある話だ」

オームは立ち上がり、背伸びをした。


 ジンが矢継ぎ早に問いかける。

 「あのファンドーラ様は、オームさんの本当の姿なのですか」

 「概ねそうだ。正確に言えば、半神半人の分離した神、俺の片割れの姿だ」


 「オームさん、もっと詳しく話してほしい」

 「人である方の俺は、天界には住めない。俺の神である半身のファンドーラは、天界にいる。

必要な時には、ファンドーラをこの世界に召喚し、俺の意識と統合する」


 オームは、空間に秘物庫を出すと、その中から大徳利を取り出した。そして、大盃に大徳利から酒を並々と注ぐと、一気に飲み干した。


 「ふ~~っ、久しぶりのサーラは沁みるな~」

大盃を掴む腕で、口を(ぬぐ)った。


 マツリが口を挟む。

 「河原で、その酒と竪琴、古い本の朗読などは、半神を召喚するための儀式なの?」


 「それも見ていたの? 俺の秘密を黙って(のぞ)いて?」

オームは首を振りながら、また大盃に酒を注ぎ始めた。


 また盃をあおった。

 「くっ~! この大徳利は、アミタという神器だ。アミタからは『神酒サーラ』を無限に注ぐことができる。

 俺の持っていた古い本は、神の賛歌を書き記した『聖典エック・シーダ』だ」


 「召喚で使った酒は、神酒サーラと言うのね。

 私には、尊い務めがあって、至高の酒と塩を探しているの。

 失礼ですが、あれは至高の名に相応しい酒なのかしら」


 「神酒サーラは、神の酒。残念だが、人間にとっての酒ではない。

 人間が飲めば栄養と活力を与え、寿命を延ばし、霊感をもたらす不老長寿の霊薬と言われているが、まだ俺以外の人間で試したことはない」


 「私の求める至高の酒とは、八百万の神に奉じるための酒。人間にとって酒ではなく、霊薬であったとしても、問題はない。その神酒サーラを分けては貰えないでしょうか」


 「八百万の神とは、あのムラクモや地に黄泉の国へ通ずる穴を開いた神のことか」

 「まあ、そんなところね」


 「それならば、わが命の恩人だ。喜んで献上する。

 マツリも1杯どうだ?」

と大盃を差し出した。

 「私は酒を飲みません」


 「人間にとっては酒ではないのだがな。・・・・ヒック」

 「オーム、貴方、酔っているの?」


 オームは、指の爪をじろじろと見ながら、

 「人の片割れといっても、ほんの少しだけは、神の部分があるしな~。爪の先ぐらいは・・・・ヒック」

と、ご機嫌になって(つぶや)いた。


 『おお、マツリ、神酒サーラを分けるとは、オームは意外と話の分かる奴だな』

 『ウルはあの河原で、未熟な神だと馬鹿にしていたくせに、調子が良過ぎるわよ。

 それにオームは、ただの酔っ払いにも見える』


 ご機嫌になったオームは、マツリの()()を見てから、話を続ける。

 「俺は、聖典エック・シーダでファンドーラを召喚する。

 それから、神酒サーラを半身の俺と半身のファンドーラが分け合うことによって、この世界での心身の統合が一時的に定着する」


 「河原にも神酒サーラをまいていたわよね」


 「そこも覗き見していたのね。お嬢さんたちの目は、俺に釘付けになっていたんだな~。

 神酒サーラは、神の酒だ。ほぼ全ての神に愛されている。龍神種は特に酒を好むので、誘き出すための()()にしたのさ」


 レイがオームに問いかける。

 「オームは、この世界で人間として生きていくことになるの?」


 「その可能性もある。だが、俺の望みは半身のファンドーラとの完全なる統合だ。

 人間でいう双子とは違うんだ。一人が分離して生きていくなんて、気持ちが悪いだろう」


 「どうすれば、ファンドーラとの完全なる統合ができるの」


 「ある程度の数の人間を救えば、俺は神として天界に住むことが許される。

 そうすれば、天界で半身のファンドーラと完全なる統合ができる。

 そして、真に天界の神となる。ヒクッ」

オームは右手と左手を合わせてパンと鳴らした。それから胸に両手を当て、上を見上げて(えつ)に入った。


 ジンが人間を救うという言葉に興味を持って問う。

 「ある程度の数って、何人の人間を救えばよいのですか」


 「1億人だ」

と、その数を発し、オームは現実に引き戻された。


 「い、いちおくーー!」

レイが驚嘆して叫んだ。


 <次回 第34話「命の祈り」>

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