32 ファンドーラ VS ヴェリラ
『ウル、力の差が大きすぎる。このままではファンドーラが負けてしまうのでは』
『そのようだな。ファンドーラは、雷に頼り過ぎる愚直な戦闘だ。例え潜在的な力は上回っていても、全てが未熟なファンドーラは負けるな。
それに、ムラクモと戦った時に負った損傷も、予想以上に大きかったようだな』
『え! ムラクモと戦った時に負った損傷?
ちょっと、ムラクモ、何とかしなさいよ。貴方のせいでファンドーラが負けそうなのよ』
『主、我のせい? その言い方はないだろう。
彼奴が勘違いをして、我に攻撃してきたのだから、反撃をして当然だろう』
『・・・・・・・確かに、それはそうね』
ファンドーラの体を石が包み込み、大きな岩の塊となって閉じ込めていた。
ヴェリラが勝ち誇ったように言葉を吐く。
『視野の狭き駄神め。そのまま化石となるがよい』
大地が二つに裂け、大きな岩の塊をそのまま飲み込んでいった。割れた大地が強大な圧力を伴って閉じた。
ヴェリラは、ファンドーラを吞み込んだ大地に視線を向け、満足そうに声を張り上げる。
『人間は己のために、地形を変え、必要以上に命を奪い、自然の営みを破壊していく。我は、そのような身勝手な種の生き方を許すわけにはいかぬ。
我は災厄の神となって、人間に神罰を下すのだ。
それを邪魔したお前は、地の中でその責苦を負うがよい』
不満そうなムラクモを、マツリが見つめて話しかける。
『ムラクモの反撃は正当防衛・・・・それはそうなのだけど』
『正当防衛だ。だから、我から受けた傷がもとで、ファンドーラがヴェリラに負けることになったとしても、我がファンドーラに加勢する理由はない』
『ヴェリラが襲ってきたら、私たちの命が危ないし、この国が飢饉になる』
『我が主たちを守れば済むことだろう』
マツリが、やる気のないムラクモを困った表情で見つめていた。
『・・・・・・・・・ムラクモ、貴方のせいではないわ。ごめんなさい。
・・・・・・でも、貴方しかできないことなの』
『我だけにしかできない・・・・』
ムラクモの瞳が動いた。
『そ、そう、そうなのよ! ムラクモにしか、ファンドーラを救うことはできないのよ。だから救って』
『まあ、確かにそれはそうだが、ちと気が乗らぬな』
ムラクモを見て、マツリが微笑んだ。
マツリは鉾先鈴を、天にかざし透き通った鈴の音を響かせた。マツリの顔の表情が引き締まる。
『主、鉾先鈴の音は清らかで、心に響くな』
鉾先鈴でヴェリラを指して命じた。
『さあ、元武神の矛ムラクモよ。未熟なファンドーラを助けておやりなさい。
そして、其方の比類なきその力と、懐の深さを示すがよい!』
『あい分かった』
ムラクモの指が動いた。
ヴェリラの上空から巨大な竜巻が落ちて来ると、ヴェリラを巻き上げた。ヴェリラは錐もみになりながら、竜巻の上部へと舞い上がって行く。
ムラクモもこの竜巻に飛び込んだ。
巨大な竜巻の中では、鋭利な刃で切られたように、ヴェリラの体のいたる所からから鮮血がほとばしっていた。巨大な竜巻は、ヴェリラの鮮血で徐々に赤く染まっていく。
稲妻が走りヴェリラの体を貫いた。
ヴェリラの体は硬直し、痙攣を起こして悲鳴を上げる。
『うぎげげげげ』
巨大な竜巻が収まると、天からヴェリラの巨体が落下し、地響きを上げて地にめり込んだ。
いつしか激しい雨は止んでいた。
圧倒的なムラクモの戦闘力に、レイ、ジンまでも口をぽかんと開けたまま、瞬きさえも忘れていた。
マツリは、チリンと鉾先鈴を鳴らしてヴェリラを指し示す。
『ムラクモ、白龍の息吹!』
ムラクモが大きく息を吸い込むと、喉元が橙色に発光し、口から獰猛な牙を覗かせた。
その刹那、ムラクモは、大地から突き出て来た鋭角な石柱に、腹を貫かれた。
「「「ムラクモー!」」」
3人が同時に悲鳴を上げた。
ムラクモは、腹を貫いた岩柱を抜こうと体をくねらせるが、石柱は曲がりくねりながらムラクモの体を包んでいく。
『しくじった。この石柱の発現には、魔力すら感じなかった』
ムラクモはそう言い残すと、全身を岩に包まれ、石柱に支えられた岩の塊のオブジェとなった。
『・・・・・ゼイ、・・・・・ゼイ、白龍よ。調子に乗り過ぎだ』
ヴェリラは荒く息をしながら、地に伏せていた頭を持ち上げて言った。
「ムラクモ様、しっかりしてください」
「負けてはなりません」
ジンとレイは、悲壮な表情をして声援を送った。
チリリンと神楽鈴の音が鳴った。ジンとレイは横を振り向いた。そこには、マツリが神楽鈴を手に持ち、静かな表情をして立っていた。
神楽鈴には、下から七個、五個、三個と、三層の輪状に金色の鈴がついていた。これを拝み捧げるようにして額の上に掲げる。柄から長い五色布が風に揺れる。五色布をそっと左手に乗せる。
「掛けまくも畏き大神 諸々の禍事 神ながら祓い給え 恐み恐みも白す」
マツリは恭しく祓詞を奏上した。
マツリの脇でウルが神楽笛を奏でる。それは、時には高く、時には掠れ、長く伸び、心を震わせる音色であった。
マツリは右手で神楽鈴を持ち、チリン、チリリンと鳴らしながら天を示す。左手は地の一点を指し示したまま、ゆっくりと円を描くように回る。
「マツリ、ヴェリラの体が宙に浮いたわ。マツリが八百万の神を召喚していることに気づいたんだわ」
「マツリ姉、ヴェリラがこっちを睨んで近づいて来る」
ヴェリラは口を開け、その狂暴な牙を剥き出した。
『おのれー! 下賤な人間どもよ。神罰を受けるがよい!』
そう言って、息を深く吸い込むと、喉が黄色の光を発した。
マツリは心ここに非ずといった虚ろな瞳で、一心に神楽舞を捧げる。右手で神楽鈴をまたチリン、チリリンと鳴らし舞う。
マツリの心には、焦りや恐怖もない。魂が八百万の神と交信していた。
レイとジンは、神楽舞をするマツリに掌を突き出し、黒目を大きく見開き、歯を剥き出して、言葉とも悲鳴とも分からぬ声で絶叫する。
「マツリー、龍の息吹よ! 逃げてー!」
「マツリ姉ーー!!!」
2人の感覚では、時間が止まり、その黒目には、マツリの舞が無音のコマ送りのように見えた。神楽鈴が揺れる、五色布がマツリの手から垂れ下がり、風に靡いている。マツリは虚ろな眼差しで舞っている。
ヴェリラの口の中が、玉のような眩い光に満ちる。
ヴェリラがまさに龍の息吹を発射する直前、大地から突き出してきた稲妻が、その喉を貫いた。
ヴェリラの巨体は仰向けに吹き飛ばされた。その口から龍の息吹の白い光が真っすぐに伸び、暗雲を二つに切り裂いた。
龍の息吹の衝撃波が襲い、轟音の流れる地表が突如盛り上がり、そこからファンドーラが飛び出して来た。
ファンドーラは肩で息を吸いながら、大鎌ガルジャナを両手で握っている。
『ヴェリラ、待たせたな。
少し見ない間にぼろぼろになっているのではないか。その体で我と戦えるのか』
『ファンドーラ、お前こそ、立っているのがやっとのくせに』
『決着を着けるぞ』
『ふん、お前の死でな』
ファンドーラは、大鎌ガルジャナを大上段に構えると、ヴェリラめがけて振り下ろした。凄まじい稲妻がヴェリラを貫く。ヴェリラは高電圧に感電し、痙攣しながら倒れるが、すぐに宙に浮き上がり、体をくねらせた。
『ハァ、ハァ、一つ覚えだな。その雷魔法では、我を倒せぬ』
『ふっ、それでも、お前が倒れるまで、何度でも、何度でも、雷を打ち込むだけだ』
そう言って、大鎌ガルジャナを振り下ろす。
ヴェリラは雷で貫かれ、白目となって倒れる。
ヴェリラが目を開くと、天の黒雲が禍々しい気配を纏った冥界の雲となって、うごめいていることに気づいた。
大地が音もなく歪み始めると、底知れぬ不吉な気配を感じヴェリラは宙に浮く。歪む大地に、極小さな真闇の穴が開いた。その穴は見る見るうちに円となって広がって行く。
「神域の門が開いた」
大地に開いた穴を見るマツリが囁いた。
ジンとレイは、この異変に恐怖を感じ叫ぶ。
「地が歪み、真っ黒な穴が開いた」
「ジン、下がって。この命尽きるまでお守りします」
レイはジンを背負うようにして、壁となった。
大地に開いた真闇の穴に流れ込むようにして、河原の石が一つ二つと落ちていく。周りの石も振動し始め、カチカチと音を鳴らしながら吸い込まれていく。
「八百万の大神の御業、神威黄泉の腕」
右手で神楽鈴、左手で五色布を捧げているマツリの唇が動いた。
ヴェリラは、真下に開いた真闇の穴を見て恐怖を感じる。
『これは、まさか黄泉の国・・・・・』
ファンドーラは、この異変には目もくれず、己が倒すべき敵であるヴェリラだけを見ていた。
大鎌ガルジャナを大上段に構え、深く息を吸う。
『ガルジャナによる雷の攻撃。通じなくとも、今の我には最強の攻撃。
残された全ての力を込め、最後の一撃も雷だ!』
全ての魔力を込め、渾身の力で大鎌ガルジャナを振り下ろした。
ガルジャナから伸びた細い閃光が、ヴェリラの眉間に命中する。そのまま頭を突き抜け、後ろの地平線まで伸びて行った。
ヴェリラはくわと目を見開くと、微動だにせずそのまま大地に開いた真闇に落ちて行く。
『我の力が、一念が通じた・・・・・』
ファンドーラは薄れゆく意識の中で、ヴェリラの最後の姿をその瞳に映していた。
真闇の穴の底から、いくつもの苦しそうな悲鳴が響き、鼻が曲がるほどの腐敗臭と無数の腕が伸びてきた。その腕がヴェリラの顔、腕、脇腹、腿、脛など、体の全ての部位を掴んでいく。
ヴェリラは既に絶命しており、そのまま無数の腕と共に黄泉の国へと引きずり込まれて行った。
真闇の穴は、徐々に閉じられていく。天に広がる禍々しい冥界の雲は、四散して消えた。
マツリは平伏し、無言のまま感謝の祈りを捧げた。
「その存在に善や悪はない。ただ、黄泉を司るもの」
マツリはそう呟くと立ち上がった。
ジンを背にして庇っていたレイは、気が抜けへなへなと脱力して座り込んだ。
ジンはレイに、
「レイ姉、ありがとう。ヴェリラも真闇の穴も怖かったけど、レイ姉が体を張って守ってくれて、勇気づけられた」
と、微笑んだ。
「ジン、無事でよかった。これで10歳のジンを半日だけ守れた。あと364と半日・・・・・」
「レイ姉、その日が来るまで、僕と一緒に生きて行こう」
「・・・・・勿論よ。ジン」
「ムラクモー!」
と、叫ぶマツリの声が河原に響いた。
「そうだ。ムラクモ様だ」
ジンとレイも慌てて、マツリの下に詰め寄った。ムラクモは、石の柱の上に巨大な岩の塊となったままであった。
『ムラクモ! 起きなさい! 動きなさい! 出てきなさい!』
マツリが思念会話で叫んだ。
「ムラクモ様ー」
「ムラクモ様、大丈夫ですかー」
レイとジンも、石柱と叩きながら、声の限りに叫んだ。
石の塊の中から、思念会話が聞こえてくる。
『主、我は大丈夫だ。魔力を使い果たし、この岩を崩したくても魔力が足らぬ。もう少しだけ待っていてくれ。
それから、土手へ上がった方がよい。ヴェリラの気配が消滅したので、この川に水が流れて来るぞ』
『分ったわ』
『マツリ、ファンドーラの気配も消えたと思ったら、ほら、あそこに吟遊詩人が倒れている』
『さっきはいなかったのにね。ここは大河の底に戻るはず。早く吟遊詩人も助けないと』
マツリは吟遊詩人の下に駆け寄ると、レイと一緒に担いで土手の上まで運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
上流から津波となって水が押し寄せて来た。
「マツリ姉、すごい水量だ」
「ええ、洪水にならなければよいと祈るばかりだわ」
川が水に満たされると、川幅が1㎞を越えていた。
「マツリ姉、これが本来のガンガーン川なんだね」
「すごいわね。まるで海のよう。こんな大河は日出処にはないわ」
「これで、ここの民も、干ばつによる飢饉から免れることができるだろう」
レイは誇らしげにジンを見て言う。
「ジン、為政者は、民を慈しむ心が最も大事。
今見せた慈しみの心が、私には嬉しい」
「・・・・・ねえ、・・・レ・・レイ姉、こ、この吟遊詩人は・・・・生きてはいるけれども、・・・・・目を覚まさない。・・・・・でも、・・・・・き、聞きたいことが・・・・・酒とか、・・・・・召喚とか、たくさんあるの」
「ムラクモ様は無事に岩から出られたからよかったけれども、今度はこの男か、このままここに捨てて置く訳にはいかないわね。私が背負って行くわ」
「わ、私も・・・・・交代で」
「マツリには無理よ。だって、清々しいほどに力がないじゃない」
「レイ姉の意地悪」
「ふふっ、この先の街まで行けるといいのだけど」
「そうね。ジンの10歳のお祝いをしなくちゃ」
「お祝いをしてくれるの?」
「当り前よ」
「ジンはもう私の弟」
そう言って、レイとマツリはジンを抱きしめて、頭を撫でた。
「えへへへっ、僕が11歳の誕生日にも、やってね」
「もっと、もっと撫でるわ」
「ジンが悲鳴をあげるくらい頭を撫でるわよ」
【大陸陰暦1020年5月30日
パラドから西のガンガーン川
今日はジン10歳の誕生日。
緊張感が増す。魔族からも追手からも逃げ延びてみせる。
そして、来年のジンの11歳の誕生日は、もっと盛大に祝いたい。
それから、至高の酒候補を見つけた。詳細は、まだ目覚めぬ吟遊詩人の胸の中】
<次回 第33話「一心二体」>




