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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
32/35

32 ファンドーラ VS ヴェリラ

 『ウル、力の差が大きすぎる。このままではファンドーラが負けてしまうのでは』


 『そのようだな。ファンドーラは、雷に頼り過ぎる愚直(ぐちょく)な戦闘だ。例え潜在的な力は上回っていても、全てが未熟なファンドーラは負けるな。

 それに、ムラクモと戦った時に負った損傷も、予想以上に大きかったようだな』


 『え! ムラクモと戦った時に負った損傷?

 ちょっと、ムラクモ、何とかしなさいよ。貴方のせいでファンドーラが負けそうなのよ』


 『主、我のせい? その言い方はないだろう。

 彼奴が勘違いをして、我に攻撃してきたのだから、反撃をして当然だろう』

 『・・・・・・・確かに、それはそうね』



 ファンドーラの体を石が包み込み、大きな岩の(かたまり)となって閉じ込めていた。

ヴェリラが勝ち誇ったように言葉を吐く。

 『視野の狭き駄神め。そのまま化石となるがよい』


 大地が二つに裂け、大きな岩の塊をそのまま飲み込んでいった。割れた大地が強大な圧力を伴って閉じた。


 ヴェリラは、ファンドーラを吞み込んだ大地に視線を向け、満足そうに声を張り上げる。

 『人間は己のために、地形を変え、必要以上に命を奪い、自然の営みを破壊していく。我は、そのような身勝手な種の生き方を許すわけにはいかぬ。

 我は災厄の神となって、人間に神罰を下すのだ。

 それを邪魔したお前は、地の中でその責苦を負うがよい』


 不満そうなムラクモを、マツリが見つめて話しかける。

 『ムラクモの反撃は正当防衛・・・・それはそうなのだけど』


 『正当防衛だ。だから、我から受けた傷がもとで、ファンドーラがヴェリラに負けることになったとしても、我がファンドーラに加勢する理由はない』


 『ヴェリラが襲ってきたら、私たちの命が危ないし、この国が飢饉(ききん)になる』

 『我が主たちを守れば済むことだろう』


 マツリが、やる気のないムラクモを困った表情で見つめていた。

 『・・・・・・・・・ムラクモ、貴方のせいではないわ。ごめんなさい。

 ・・・・・・でも、貴方しかできないことなの』


 『我だけにしかできない・・・・』

ムラクモの瞳が動いた。


 『そ、そう、そうなのよ! ムラクモにしか、ファンドーラを救うことはできないのよ。だから救って』

 『まあ、確かにそれはそうだが、ちと気が乗らぬな』


 ムラクモを見て、マツリが微笑んだ。

 マツリは鉾先鈴を、天にかざし透き通った鈴の音を響かせた。マツリの顔の表情が引き締まる。


 『主、鉾先鈴の音は清らかで、心に響くな』


 鉾先鈴でヴェリラを指して命じた。

 『さあ、元武神の矛ムラクモよ。未熟なファンドーラを助けておやりなさい。

 そして、其方の比類なきその力と、(ふところ)の深さを示すがよい!』


 『あい分かった』

ムラクモの指が動いた。


 ヴェリラの上空から巨大な竜巻が落ちて来ると、ヴェリラを巻き上げた。ヴェリラは錐もみになりながら、竜巻の上部へと舞い上がって行く。

 ムラクモもこの竜巻に飛び込んだ。


 巨大な竜巻の中では、鋭利な刃で切られたように、ヴェリラの体のいたる所からから鮮血がほとばしっていた。巨大な竜巻は、ヴェリラの鮮血で徐々に赤く染まっていく。

 稲妻が走りヴェリラの体を貫いた。


 ヴェリラの体は硬直し、痙攣(けいれん)を起こして悲鳴を上げる。

 『うぎげげげげ』


 巨大な竜巻が収まると、天からヴェリラの巨体が落下し、地響きを上げて地にめり込んだ。


 いつしか激しい雨は止んでいた。


 圧倒的なムラクモの戦闘力に、レイ、ジンまでも口をぽかんと開けたまま、(まばた)きさえも忘れていた。


 マツリは、チリンと鉾先鈴を鳴らしてヴェリラを指し示す。


 『ムラクモ、白龍の息吹(いぶき)!』


 ムラクモが大きく息を吸い込むと、喉元(のどもと)が橙色に発光し、口から獰猛な牙を(のぞ)かせた。

 その刹那(せつな)、ムラクモは、大地から突き出て来た鋭角な石柱に、腹を貫かれた。


 「「「ムラクモー!」」」

3人が同時に悲鳴を上げた。


 ムラクモは、腹を貫いた岩柱を抜こうと体をくねらせるが、石柱は曲がりくねりながらムラクモの体を包んでいく。


 『しくじった。この石柱の発現には、魔力すら感じなかった』


 ムラクモはそう言い残すと、全身を岩に包まれ、石柱に支えられた岩の塊のオブジェとなった。


 『・・・・・ゼイ、・・・・・ゼイ、白龍よ。調子に乗り過ぎだ』

ヴェリラは荒く息をしながら、地に伏せていた頭を持ち上げて言った。


 「ムラクモ様、しっかりしてください」

 「負けてはなりません」

ジンとレイは、悲壮な表情をして声援を送った。


 チリリンと神楽鈴(かぐらすず)の音が鳴った。ジンとレイは横を振り向いた。そこには、マツリが神楽鈴を手に持ち、静かな表情をして立っていた。


 神楽鈴には、下から七個、五個、三個と、三層の輪状に金色の鈴がついていた。これを拝み捧げるようにして額の上に掲げる。柄から長い五色布が風に揺れる。五色布をそっと左手に乗せる。


 「()けまくも(かしこ)大神(おおかみ) 諸々(もろもろ)禍事(まがごと) (かむ)ながら(はら)(たま)え (かしこ)み恐みも(もう)す」

マツリは(うやうや)しく祓詞(はらえことば)奏上(そうじょう)した。


 マツリの脇でウルが神楽笛を奏でる。それは、時には高く、時には(かす)れ、長く伸び、心を震わせる音色であった。


 マツリは右手で神楽鈴を持ち、チリン、チリリンと鳴らしながら天を示す。左手は地の一点を指し示したまま、ゆっくりと円を描くように回る。


 「マツリ、ヴェリラの体が宙に浮いたわ。マツリが八百万(やおよろず)の神を召喚していることに気づいたんだわ」

 「マツリ姉、ヴェリラがこっちを(にら)んで近づいて来る」


 ヴェリラは口を開け、その狂暴な牙を()き出した。

 『おのれー! 下賤な人間どもよ。神罰を受けるがよい!』

そう言って、息を深く吸い込むと、喉が黄色の光を発した。


 マツリは心ここに非ずといった(うつ)ろな瞳で、一心に神楽舞を捧げる。右手で神楽鈴をまたチリン、チリリンと鳴らし舞う。

 マツリの心には、焦りや恐怖もない。魂が八百万の神と交信していた。


 レイとジンは、神楽舞をするマツリに掌を突き出し、黒目を大きく見開き、歯を剥き出して、言葉とも悲鳴とも分からぬ声で絶叫する。


 「マツリー、龍の息吹よ! 逃げてー!」

 「マツリ姉ーー!!!」


 2人の感覚では、時間が止まり、その黒目には、マツリの舞が無音のコマ送りのように見えた。神楽鈴が揺れる、五色布がマツリの手から垂れ下がり、風に(なび)いている。マツリは虚ろな眼差しで舞っている。


 ヴェリラの口の中が、玉のような(まばゆ)い光に満ちる。


 ヴェリラがまさに龍の息吹を発射する直前、大地から突き出してきた稲妻が、その喉を貫いた。

 ヴェリラの巨体は仰向けに吹き飛ばされた。その口から龍の息吹の白い光が真っすぐに伸び、暗雲を二つに切り裂いた。


 龍の息吹の衝撃波が襲い、轟音(ごうおん)の流れる地表が突如盛り上がり、そこからファンドーラが飛び出して来た。

 ファンドーラは肩で息を吸いながら、大鎌ガルジャナを両手で握っている。


 『ヴェリラ、待たせたな。

 少し見ない間にぼろぼろになっているのではないか。その体で我と戦えるのか』


 『ファンドーラ、お前こそ、立っているのがやっとのくせに』


 『決着を着けるぞ』

 『ふん、お前の死でな』


 ファンドーラは、大鎌ガルジャナを大上段に構えると、ヴェリラめがけて振り下ろした。凄まじい稲妻がヴェリラを貫く。ヴェリラは高電圧に感電し、痙攣しながら倒れるが、すぐに宙に浮き上がり、体をくねらせた。


 『ハァ、ハァ、一つ覚えだな。その雷魔法では、我を倒せぬ』


 『ふっ、それでも、お前が倒れるまで、何度でも、何度でも、雷を打ち込むだけだ』

そう言って、大鎌ガルジャナを振り下ろす。


 ヴェリラは雷で貫かれ、白目となって倒れる。

 ヴェリラが目を開くと、天の黒雲が禍々(まがまが)しい気配を(まと)った冥界(めいかい)の雲となって、うごめいていることに気づいた。


 大地が音もなく歪み始めると、底知れぬ不吉な気配を感じヴェリラは宙に浮く。歪む大地に、極小さな真闇(まくら)の穴が開いた。その穴は見る見るうちに円となって広がって行く。


 「神域の門が開いた」


大地に開いた穴を見るマツリが(ささや)いた。


 ジンとレイは、この異変に恐怖を感じ叫ぶ。

 「地が(ゆが)み、真っ黒な穴が開いた」


 「ジン、下がって。この命尽きるまでお守りします」

レイはジンを背負うようにして、壁となった。


 大地に開いた真闇の穴に流れ込むようにして、河原の石が一つ二つと落ちていく。周りの石も振動し始め、カチカチと音を鳴らしながら吸い込まれていく。


 「八百万の大神の御業(みわざ)神威(しんい)黄泉(よみ)の腕」


右手で神楽鈴、左手で五色布を捧げているマツリの唇が動いた。


 ヴェリラは、真下に開いた真闇の穴を見て恐怖を感じる。

 『これは、まさか黄泉の国・・・・・』


 ファンドーラは、この異変には目もくれず、己が倒すべき敵であるヴェリラだけを見ていた。


 大鎌ガルジャナを大上段に構え、深く息を吸う。

 『ガルジャナによる雷の攻撃。通じなくとも、今の我には最強の攻撃。

 残された全ての力を込め、最後の一撃も雷だ!』


 全ての魔力を込め、渾身の力で大鎌ガルジャナを振り下ろした。


 ガルジャナから伸びた細い閃光が、ヴェリラの眉間(みけん)に命中する。そのまま頭を突き抜け、後ろの地平線まで伸びて行った。

 ヴェリラはくわと目を見開くと、微動だにせずそのまま大地に開いた真闇に落ちて行く。


 『我の力が、一念が通じた・・・・・』

ファンドーラは薄れゆく意識の中で、ヴェリラの最後の姿をその瞳に映していた。


 真闇の穴の底から、いくつもの苦しそうな悲鳴が響き、鼻が曲がるほどの腐敗臭(ふはいしゅう)と無数の腕が伸びてきた。その腕がヴェリラの顔、腕、脇腹、腿、脛など、体の全ての部位を(つか)んでいく。

 ヴェリラは既に絶命しており、そのまま無数の腕と共に黄泉の国へと引きずり込まれて行った。


 真闇の穴は、徐々に閉じられていく。天に広がる禍々しい冥界の雲は、四散して消えた。


 マツリは平伏し、無言のまま感謝の祈りを捧げた。


 「その存在に善や悪はない。ただ、黄泉を司るもの」

マツリはそう呟くと立ち上がった。


 ジンを背にして(かば)っていたレイは、気が抜けへなへなと脱力して座り込んだ。


 ジンはレイに、

 「レイ姉、ありがとう。ヴェリラも真闇の穴も怖かったけど、レイ姉が体を張って守ってくれて、勇気づけられた」

と、微笑んだ。


 「ジン、無事でよかった。これで10歳のジンを半日だけ守れた。あと364と半日・・・・・」


 「レイ姉、その日が来るまで、僕と一緒に生きて行こう」

 「・・・・・勿論よ。ジン」


 「ムラクモー!」

と、叫ぶマツリの声が河原に響いた。


 「そうだ。ムラクモ様だ」


ジンとレイも慌てて、マツリの下に詰め寄った。ムラクモは、石の柱の上に巨大な岩の塊となったままであった。


 『ムラクモ! 起きなさい! 動きなさい! 出てきなさい!』

マツリが思念会話で叫んだ。


 「ムラクモ様ー」

 「ムラクモ様、大丈夫ですかー」


レイとジンも、石柱と叩きながら、声の限りに叫んだ。


 石の塊の中から、思念会話が聞こえてくる。

 『主、我は大丈夫だ。魔力を使い果たし、この岩を崩したくても魔力が足らぬ。もう少しだけ待っていてくれ。

 それから、土手へ上がった方がよい。ヴェリラの気配が消滅したので、この川に水が流れて来るぞ』


 『分ったわ』


 『マツリ、ファンドーラの気配も消えたと思ったら、ほら、あそこに吟遊詩人が倒れている』


 『さっきはいなかったのにね。ここは大河の底に戻るはず。早く吟遊詩人も助けないと』

 マツリは吟遊詩人の下に駆け寄ると、レイと一緒に担いで土手の上まで運んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 上流から津波となって水が押し寄せて来た。

 「マツリ姉、すごい水量だ」

 「ええ、洪水にならなければよいと祈るばかりだわ」


 川が水に満たされると、川幅が1㎞を越えていた。


 「マツリ姉、これが本来のガンガーン川なんだね」

 「すごいわね。まるで海のよう。こんな大河は日出処にはないわ」

 「これで、ここの民も、干ばつによる飢饉から免れることができるだろう」


 レイは誇らしげにジンを見て言う。

 「ジン、為政者(いせいしゃ)は、民を慈しむ心が最も大事。

 今見せた慈しみの心が、私には嬉しい」


 「・・・・・ねえ、・・・レ・・レイ姉、こ、この吟遊詩人は・・・・生きてはいるけれども、・・・・・目を覚まさない。・・・・・でも、・・・・・き、聞きたいことが・・・・・酒とか、・・・・・召喚とか、たくさんあるの」


 「ムラクモ様は無事に岩から出られたからよかったけれども、今度はこの男か、このままここに捨てて置く訳にはいかないわね。私が背負って行くわ」


 「わ、私も・・・・・交代で」


 「マツリには無理よ。だって、清々しいほどに力がないじゃない」

 「レイ姉の意地悪」


 「ふふっ、この先の街まで行けるといいのだけど」


 「そうね。ジンの10歳のお祝いをしなくちゃ」

 「お祝いをしてくれるの?」


 「当り前よ」

 「ジンはもう私の弟」

そう言って、レイとマツリはジンを抱きしめて、頭を()でた。


 「えへへへっ、僕が11歳の誕生日にも、やってね」


 「もっと、もっと撫でるわ」

 「ジンが悲鳴をあげるくらい頭を撫でるわよ」

 


 【大陸陰暦1020年5月30日 

  パラドから西のガンガーン川

  今日はジン10歳の誕生日。

  緊張感が増す。魔族からも追手からも逃げ延びてみせる。

  そして、来年のジンの11歳の誕生日は、もっと盛大に祝いたい。

  それから、至高の酒候補を見つけた。詳細は、まだ目覚めぬ吟遊詩人の胸の中】


 <次回 第33話「一心二体」>

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