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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
3/38

3 私の旅日記

 北西の城壁上


 マツリは城壁から突き出た監視塔の(かげ)に身を隠して戦況を確認する。

 魔物に蹂躙(じゅうりん)されている場所を見つめ、鉾先鈴(ほこさきすず)を振り下ろす。鈴がチリリンと心地よい響きを上げた。


 「行け! ムラクモ」

マツリがそう命じると、ムラクモは稲妻の如く、飛行する魔物に襲い掛かる。


 魔物をその鋭い牙でかみ砕き、爪で引き裂き、尾で打ちのめした。


 城壁の警備兵もムラクモに気づき、

 「な、何だ! 白龍が魔物を倒していくぞ」

 「これは天の助けだ。天は我らをお守りくださっているぞ」

 「この機に、我らも魔物を押し返せー!」

などと士気を、徐々に盛り返していった。


 マツリはムラクモに命じる。チリリン!

 『ムラクモ、白龍の息吹!』


 ムラクモが大きく息を吸い込むと、喉元が橙色に発行する。口から獰猛(どうもう)な牙を(のぞ)かせ、白く輝く光の息を放った。

 その白龍の息吹は一直線に伸びる閃光(せんこう)となり、地平線の彼方まで射抜いた。


 あまりの眩しさに、警備兵や冒険者たちは思わずその腕で目を(おお)っていた。

 その閃光から遅れて、ゴゴゴゴーッという轟音(ごうおん)と共に衝撃波が城壁を襲った。城壁に立てられた軍旗が、バタバタと音をたててはためいた。警備兵たちは身を(かが)めてこの圧力に耐える。


 「見ろ! 白い閃光の軌道上にいた魔物たちは、全て消し飛んでいるぞ」

 「おおおー! それどころかその先の山も抉られ、姿を変えている」

 「す、凄まじい。まさに神の御業だ」

警備兵たちは歓喜の叫びに沸いた。


 「だが、魔物たちはまだまだいるぞ」

 「白龍様~! お願いしますだー」


 ムラクモの凄まじい破壊力を懸念し、マツリが思念会話で命ずる。

 『ムラクモ、人間は決して巻き込まないで』

 『承知』


 マツリは、戦況の不利な地点を伺う。その時、グギギギギとけたたましい鳴き声がマツリの頭上で響いた。

 マツリが見上げると、監視塔上部にガーゴイルが群がっていた。その場所から兵士の叫び声が聞こえてきた。


 『ムラクモ、監視塔のガーゴイル』

マツリがそう命じて鉾先鈴を鳴らした。


 宙に浮くムラクモの眼が光ると、天に黒雲が沸き上がり回転を始めた。やがて、黒雲から竜巻がくねりながら下へと伸びて来る。その竜巻が監視塔の上部を呑み込むと、ガーゴイルの甲高い悲鳴がけたたましくこだました。


 竜巻はくねりながら上空へと舞い上がり、消えていった。竜巻の去った監視塔には、ガーゴイルの姿はなかった。


 マツリは監視塔上部へ続く扉を開けると、内部にある階段を駆け上がった。監視塔の最上階にある部屋に到着すると、傷を負った兵士3名が倒れていた。


 マツリはその兵士たちに駆け寄り抱き起こす。

 「・・・・・・だ、大丈夫・・・・ですか」

 「あぁ、命に別状はない」


 「ここは・・・・私が引き受けます・・・・・ど、どうぞ・・・・・下で怪我の手当を」

 「助かる。頼んだぞ」

兵士たちはそうマツリに告げると、階段を下りて行った。


 マツリは監視塔最上階の部屋から、北西に集まる魔物の群れを見渡す。


 『あと1000匹ちょっと、というところね。ウル、神楽笛を』

 『ククククッ、いよいよ竹笛の名手、木の精霊ククノチのウル様の出番だな』


 マツリは神楽鈴(かぐらすず)を握った。

 神楽鈴には、下から七個、五個、三個と、三層の輪状に金色の鈴がついていた。これを(おが)(ささ)げるようにして額の上に掲げる。

 柄から長い五色布が風に揺れる。五色布をそっと左手に乗せる。


 「()けまくも(かしこ)大神(おおかみ) 諸々(もろもろ)禍事(まがごと) (かむ)ながら(はら)(たま)え (かしこ)(かしこ)みも(もう)す」

マツリは(うやうや)しく奏上(そうじょう)した。


 マツリの脇でウルが神楽笛(かぐらぶえ)を奏でる。それは、時には高く、時には(かす)れ、長く伸び、心を震わせる音色であった。


 マツリは右手で神楽鈴を持ち、チリン、チリリンと鳴らしながら天を示す。左手は下に向けたまま、体の向きを変えゆっくりと円を描くように回る。

 戦場に不似合いな優雅な神楽笛と、流麗(りゅうれい)神楽舞(かぐらまい)であった。


 マツリは心ここに非ずといった(うつ)ろな瞳で、一心に舞を捧げる。両腕を横に開き、緋袴(ひばかま)の中で両膝を(わず)かに曲げてお辞儀する。右手で神楽鈴をまたチリン、チリリンと鳴らし歩き、舞う。


 マツリの瞳には、最早魔物の群れは映っていない。心に焦りや恐怖もない。魂が八百万(やおよろず)の神と交信しているだけであった。


 城壁内にいる民たちがある異変に気付き、ざわざわと騒ぎ始めた。

 「おい、様子がおかしくないか」

 「そうね、急に暗くなってきたわ」

 「太陽を見ろ! 見る見るうちに隠れていくぞ」

 「何が起こっているの」


 突然、辺りが薄暗くなり、戦いの中にある冒険者たちもこの異変を感じ取り、陰る太陽に気づく。

 「おい、日食だ。・・・・・太陽が完全に隠れたぞ。これは皆既日食(かいきにっしょく)だ」


 薄暗い天空が(ゆが)み始め、小さな円い穴が開いた。その穴は見る見るうちに広がって行く。

 「神域の門が開いた」

天に開いた穴を見上げるマツリが(やさや)いた。


 城内の民たちはこの異変に不安と恐怖を感じながら叫ぶ。

 「空が歪み、穴が開いたぞ」

 「ああ、何が起こるの? 恐ろしい」

 「あの穴の中に大岩が見える」


 天空の大きな岩の一部がずれて動く。その隙間から薄暗くなった広大な天をも眩く照らす光が漏れ出した。


 「何だあの光・・・・・」

あまりの眩しさに人々は眼を覆い隠した。


 「ああ、光の中から人の姿か?」

 「・・・・・神々しい光に包まれていて姿がはっきりと見えない」


 マツリは、チリン、チリリン。チリリリリンと鈴の音を大きく響かせて舞を止めた。そして、両手を天に向けて開いていた。


 天空の神々しい光に包まれた人影から、まるで風に揺れて舞うタンポポの綿毛のような無数の光の粒が、宙に浮かび上がっていく。


 「八百万の大神の御業、神威アマテラスの粒子」

右手で神楽鈴、左手で五色布を捧げているマツリの唇が動いた。


 無数の光の粒のうちの1つ粒が、天から大地まで細く長い1本の光の軌跡を描く。光の軌跡が魔物の体を突き抜け、大地に吸い込まれていった。

 その刹那(せつな)、大地が凄まじい音と地鳴りを伴って爆発した。それは、隕石の落下を思わせる破壊力であった。


 アマテラスの粒子が大地を覆う魔物の群れに、大雨の如く無数に降り注いだ。


 天と大地に絶え間ない爆発音と地響きが繰り返される。最早、その一帯には魔物たちの逃げ場など残っていなかった。


 城壁上の警備兵と冒険者たちにも衝撃波が次々と襲って来た。

 「うぐあぁぁー」

 慌てて身を伏せるが、城壁上で吹き飛ばされ、転がる者もいた。


 城壁上の警備兵や冒険者、城壁の内側にいる民は恐れおののき、うずくまって両手で耳を押さえ、ただ無事に時の過ぎることを祈るしかなかった。


 やがて、衝撃波や爆発音が止むと、辺りが明るくなり始め、天も大地も静寂に包まれていった。


 城壁上にうつ伏せになっていた警備兵と冒険者たちが静かに目を開ける。

 「・・・・・・・・爆発は終わったのか・・・・」

 「・・・・どうやら俺たちは助かったようだ」

 「ふっー、恐ろしかった」

 「魔物はどうなった?」


 警備兵と冒険者たちがゆっくりと起き上がる。

 「あぁぁぁー!!」


 城壁上から身を乗り出すようにして様子を確認した彼らの瞳に映った光景は、樹々を討ち払い、大地を谷の如く(えぐ)る無数の巨大なクレーターと、樹々の代わりに揺れながら立ち上る青白い煙の筋であった。


 「こ、この大地は・・・・」

 「魔物の群れは・・・・全滅したのか?」

 「あの爆発とこの無数のクレーターだ・・・・・・・生き残りがいると思うか」

 「もはや、命の()れ果てた・・・・死の大地」


 その言葉を聞いた警備兵たちは、ゴクリと(つば)を飲み込み頷いた。


 冒険者チーム「緑の楽園」リーダーのチョウが呆然として呟いた。

 「この生物が死滅した荒野、そして、無数のクレーターの跡・・・・。

 ・・・・・・俺たちが遭遇した・・・・あの北の『トンシュウ草原ダンジョン』の惨状と同じだ」


 監視塔内では、マツリが無言のまま感謝の祈りを捧げていた。


 「その存在に善や悪はない。ただ、生と死を司るもの」

マツリはそう呟くと立ち上がった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トンシュウの港街の喧噪(けんそう)を後に、逃げるようにして南西に向かう若い女性の姿があった。


 『ウル、私が神域の門を開けたことは、ばれていないわよね』


 『日出処で経験したマツリを忌み嫌い、恐れ避けるような視線を、また向けられるのではないかと恐れているのだな』


 『・・・・・・・・・・そう、・・・そうなの。あの人の視線が恐ろしい』

マツリは足元に視線を向けた。


 『でも今回は、確認するまでもないだろう。あの場にいた者は、誰もが必死でマツリの事なんて見てなかっただろう』


 『よかったわ。このトンシュウには目当ての塩と酒はなかったけれども、冒組合の受付嬢から、良い情報を手に入れることができたし、収穫はあったわ』


 『至高の「聖塩と聖酒」を日出処へ持ち帰るという使命のため、次は南西の街フクシュウか』


 突然、マツリはまるで天啓でも受けたかのように、迷いなく生得能力である異空間超大型収納庫の「秘物庫」を発現させ、その中から帳面を取り出すと何やら書き始めた。


 『・・・・・う~ん・・・・・・あ、そうそう・・・・・・・・・これもだわ・・・・・・・・・よし完成』


 ウルがマツリの肩に乗って、興味深そうに(のぞ)き込む。

 『マツリ、それは何だ?』


 マツリはどや顔になって答える。

 『ふふ~ん、これは私の旅日記よ。折角異国に来たのだから、異国の文化やその日の出来事、見聞きしたこと、感じたことなどを、全部これに記しておこうと思ったの』


 『ほう、何て書いたんだ』

 『ウル、興味がありそうね。え~と・・・・、


【大陸陰暦1020年4月11日

 トンシュウの百鬼夜行。

 街が魔物に襲われるも、兵と冒険者、八百万の大神がこれを防ぐ。

 ブン司令官は怖い人】』


 『えっ、それだけ? それが日記なの?』


 『そうよ。私の旅日記』


 『ククククッ、マツリらしいと言えば、らしいな』


 『あぁ~、若草の香りが気持ちいいわ~。さて、顔を上げて歩きますか』

 1つ背伸びをしてから、マツリは夕日を拝むような瞳で見つめた。そして、春の若葉が萌える草原を足取りも軽やかに歩んで行った。

 

 <次回   第4話「絶体絶命」>

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