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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
26/35

26 レイの望み - 1

※著者 花野井 京より:この「26 レイの望み - 1」には、一部に過激な表現が含まれています。ご注意ください。



 (ひょう)となり自由を満喫しているレイが、草原を疾走して行く。


 古く粗末(そまつ)な家が見えて来た。それを見た瞬間にレイの心は心がざわついた。レイは立ち止まり、豹の鼻を足元に近づけて匂いを嗅いだ。


 「あの家は・・・・・そして、忘れていたこの匂い」


 レイは(はや)る心でその家をめがけて駆けだした。


 レイはその粗末な家に辿(たど)り着くと、窓から中を(のぞ)く。そこに見えたものは、忘れもしない貧しくも(なつ)かしい囲炉裏(いろり)のある部屋だった。


 「・・・・間違いない。ここは私の生まれ育った家」


 「レイー、来なさい。御飯ですよー」

 「レイ姉ちゃん、早くー。食べちゃうよ」


 レイの眼に映ったのは、死んだはずの母と弟ジュンジョンが食卓に座り、笑顔で呼ぶ姿であった。


 「()()?」

レイの脳裏に疑問がよぎった。


 「母さん、ジュンジョン、いったいどうして・・・・」

 「何をいっているのよ。早くきなさい」


 「母さん、でも私は・・・・」

 弟のジュンジョンが家の戸を開けて、レイの豹の前足を握った。手を引かれ、レイは後ろ足で立ったまま、ジュンジョンについて行く。


 家の戸を(くぐ)ると、レイは人間の体に変わっていた。


 「レイはいつも食事の時刻には遅れるな~。早く来いよ」

 「え、シューハオ兄さんも」


 「まあ、レイこっちにきて座りなさい。今日はお祝いだ」

 「父さん! 父さんも死んだはずでは・・・・」

 「何をぶつぶついっているんだ」


 「・・・・これは、夢? まさか、私も死んだのか・・・・あれ?」

レイは体を(さす)りながら確認した。


 レイは慌てて鏡の前まで行き、自分の姿を映した。


 「あ~! こ、これは・・・・いつのまにか、人間に! しかも、子供の頃の姿に」


 「レイ姉ちゃん、何をしているの。も~、ご馳走(ちそう)を早く食べたいよ」


 「ジュンジョンの言う通り、今日はごちそうなのよ。お前のお祝いなので、腕によりをかけた母さんの手料理よ。ささ、レイ、ここに座って」

 母がレイの見覚えのあるあの笑顔で言った。


 父さんもシューハオ兄もジュンジョンも、レイに笑顔を向けた。


 「もう会えないと思っていた家族に、また会える日がくるなんて、・・・・例え、夢か死んだのだとしても、私の胸は喜びに(あふ)れている」

レイは自然と笑顔になり、誘われるがまま食卓に着いた。


 古く欠けている愛用の食器、食卓の自席の(けず)れた(ふし)、固い椅子、皆粗末な物ではあるが、全てのものがキラキラと輝いていた、あの子供の頃のままであった。


 「懐かしいわ。全てがあの時のままだわ。父さん」

 「レイ、何だい」


 「うふふっ、母さん」

 「どうしたのよ、レイ」


 「シューハオ兄、ジュンジョン」

 「レイ、熱でもあるのか。今日は変だぞ」


 「バー!」

ジュンジョンは、いつものように頬につけた掌を開き、舌を出してレイをからかった。


 「もう、ジュンジョンたら~! 皆、大好きよ~」


 「いただきまーす」

もう我慢の限界に来たジュンジョンはそう言うと、大皿から焼いた骨付きの肉を手で掴み、口に頬張った。


 「おいしーーぃ。肉なんて、レイ姉ちゃんのお祝いでしか食べられないよ」

 「これ、ジュンジョン! レイのお祝いなんだから、まずレイを祝福してからだろう」

 「シューハオの言う通りよ。レイ、おめでとう」


 「私のお祝い?」


 「父さんもうれしい。レイ、ご苦労様。さあ、みんなで食べよう」

 皆が手を伸ばして、骨付きの肉にかぶりついた。旨い、美味しいなどと、声を上げて喜んでいる。


 レイも肉を手に取り尋ねる。

 「父さん、私のお祝いって、何のお祝いなの?」


 「今更、何を言っているんだ。お前が尊い務めを立派に果たしたお祝いだよ」

 「そうよ、レイが望んでいた尊い務めをやり遂げたんだから、さあ、その肉をお食べ」


 子供の姿となったレイが不思議そうに再び尋ねる。

 「え、私の尊い務めって何だったの?」


 「ジンの命をお守りすることよ」

 「レイもリャンも、命をかけて尊い務めを果たしたではないか。褒美(ほうび)も沢山もらった」


 レイは食卓を囲む最愛の家族の顔をもう一度見る。

 「・・・・そういえば、リャン兄さんがいない。どこにいるの?」


 「ジンの追手となったリャン兄を、お前がその手で殺したのではないか」


 「!!」

レイは思わず立ち上がって、両掌(りょうてのひら)を見た。

 手に持った肉は、人の手首であった。


 「きゃぁーーー!」

レイは叫び声を上げて、肉を放り投げた。

 真っ赤な血がこびりついた掌を震わせ、(ほお)()きむしる。


 レイの体は、子供から大人の女性へと戻っていく。天井が回る。食卓が波打つ。笑顔の家族が何かを叫んでいるが、激しい耳鳴りで聞き取れない。


 大皿に盛られた肉は、兄のリャンの顔になっていた。その(くぼ)んだ眼は白目となっていたが、瞳がギョロっと動き、(うら)めしそうにレイを見る。


 「いやぁぁぁーー!!」

 

 悲鳴を上げるレイの足元から、恨めしそうな眼をしたリャンがレイの脚を(つか)み、よじ登って来る。


 「リャ・・・・リャン兄、ゆ、・・・・許して・・・・し、仕方なかったの・・・・ごめんなさい」


 レイは倒れて四つ()いになり、口から全てを吐いた。

 「うげぇー、ハァ、ハァ、うげー・・・・ハァ、ハァ。・・・・尊い務め・・・・私の使命・・・・こんなはずでは・・・・」


 床に(うずくま)るレイの背中から、しゃがれた声が聞こえて来る。

 「レイ、どうじゃ。・・・・それが(なんじ)の欲望、そして未来」


 レイがそのしゃがれた声の方を振り向く。声の主は、人のような輪郭(りんかく)をしていた。だが、黒くぼやけていて、その輪郭すら定かではなかった。


 「お前は誰だ!」

 「我は人間の欲求を体現する者」


 「こんな(むご)いものを見せるとは、許せん!」

 「酷いとは、はて。・・・・これこそが、汝自身の欲求そのもの」


 「私は務めを果たしたいと願うだけだ。リャンを殺したいわけではない」

そう言って、レイは腰の旭を抜いた。


 「どうやら、汝の願う務めとは、ジンを守り切ること。

 そのためには、ジンの命を狙うリャンを殺さねばならぬ。それは汝自身も十分に承知していたはずじゃ」


 「・・・・・・・・そ、それは・・・・」


 「ここで体験した自由な心、務めを果たす志、死んだ家族との再会と温かな団らん、全てが汝の欲求」


 「・・・・違う! こんな(おぞ)ましいことは、望んでいない。こんな結末は、恐ろしいだけだ」


 「悍ましい? 汝の欲求を体現したこの世界で、何に故、恐怖しているのじゃ。

 汝の務めの結果にか?」


 「私の務めを愚弄(ぐろう)するな! 務めとは、命を()して成し遂げるもの。それ以上でも以下でもない」

レイの呼吸が荒くなっていく。


 「欺瞞(ぎまん)はよせ。務めに対する汝の覚悟が、足りなかっただけのことじゃろう」


 「・・・・・・・・・でも・・・・それでも・・・私は、このような未来を決して望まぬ」


 「短絡的で自己本位だな。

 追手の兄を殺して、務めを果たす。死んだ家族からも、それを祝ってもらいたいのだろう」


 「ち、違う・・・・・・・・・わ、・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・」

 「ん? 先ほどの勢いはどうした。己の志や判断が薄っぺらなことに気づいたのか」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「よかろう。それならば、もう一つの未来を見せてやろう」

人のような輪郭は、地面に魔法陣を描いていった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 全てが闇に包まれた。


 「ついてこい」


 「・・・・・・・・・・・・」

 人間の欲求を体現する者のぼやけた輪郭の後を、リンは項垂(うなだ)れ、(うつ)ろな目をしたまま付き従って行った。


<次回 第27話「レイの望み - 2」>

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