26 レイの望み - 1
※著者 花野井 京より:この「26 レイの望み - 1」には、一部に過激な表現が含まれています。ご注意ください。
豹となり自由を満喫しているレイが、草原を疾走して行く。
古く粗末な家が見えて来た。それを見た瞬間にレイの心は心がざわついた。レイは立ち止まり、豹の鼻を足元に近づけて匂いを嗅いだ。
「あの家は・・・・・そして、忘れていたこの匂い」
レイは逸る心でその家をめがけて駆けだした。
レイはその粗末な家に辿り着くと、窓から中を覗く。そこに見えたものは、忘れもしない貧しくも懐かしい囲炉裏のある部屋だった。
「・・・・間違いない。ここは私の生まれ育った家」
「レイー、来なさい。御飯ですよー」
「レイ姉ちゃん、早くー。食べちゃうよ」
レイの眼に映ったのは、死んだはずの母と弟ジュンジョンが食卓に座り、笑顔で呼ぶ姿であった。
「レイ?」
レイの脳裏に疑問がよぎった。
「母さん、ジュンジョン、いったいどうして・・・・」
「何をいっているのよ。早くきなさい」
「母さん、でも私は・・・・」
弟のジュンジョンが家の戸を開けて、レイの豹の前足を握った。手を引かれ、レイは後ろ足で立ったまま、ジュンジョンについて行く。
家の戸を潜ると、レイは人間の体に変わっていた。
「レイはいつも食事の時刻には遅れるな~。早く来いよ」
「え、シューハオ兄さんも」
「まあ、レイこっちにきて座りなさい。今日はお祝いだ」
「父さん! 父さんも死んだはずでは・・・・」
「何をぶつぶついっているんだ」
「・・・・これは、夢? まさか、私も死んだのか・・・・あれ?」
レイは体を擦りながら確認した。
レイは慌てて鏡の前まで行き、自分の姿を映した。
「あ~! こ、これは・・・・いつのまにか、人間に! しかも、子供の頃の姿に」
「レイ姉ちゃん、何をしているの。も~、ご馳走を早く食べたいよ」
「ジュンジョンの言う通り、今日はごちそうなのよ。お前のお祝いなので、腕によりをかけた母さんの手料理よ。ささ、レイ、ここに座って」
母がレイの見覚えのあるあの笑顔で言った。
父さんもシューハオ兄もジュンジョンも、レイに笑顔を向けた。
「もう会えないと思っていた家族に、また会える日がくるなんて、・・・・例え、夢か死んだのだとしても、私の胸は喜びに溢れている」
レイは自然と笑顔になり、誘われるがまま食卓に着いた。
古く欠けている愛用の食器、食卓の自席の削れた節、固い椅子、皆粗末な物ではあるが、全てのものがキラキラと輝いていた、あの子供の頃のままであった。
「懐かしいわ。全てがあの時のままだわ。父さん」
「レイ、何だい」
「うふふっ、母さん」
「どうしたのよ、レイ」
「シューハオ兄、ジュンジョン」
「レイ、熱でもあるのか。今日は変だぞ」
「バー!」
ジュンジョンは、いつものように頬につけた掌を開き、舌を出してレイをからかった。
「もう、ジュンジョンたら~! 皆、大好きよ~」
「いただきまーす」
もう我慢の限界に来たジュンジョンはそう言うと、大皿から焼いた骨付きの肉を手で掴み、口に頬張った。
「おいしーーぃ。肉なんて、レイ姉ちゃんのお祝いでしか食べられないよ」
「これ、ジュンジョン! レイのお祝いなんだから、まずレイを祝福してからだろう」
「シューハオの言う通りよ。レイ、おめでとう」
「私のお祝い?」
「父さんもうれしい。レイ、ご苦労様。さあ、みんなで食べよう」
皆が手を伸ばして、骨付きの肉にかぶりついた。旨い、美味しいなどと、声を上げて喜んでいる。
レイも肉を手に取り尋ねる。
「父さん、私のお祝いって、何のお祝いなの?」
「今更、何を言っているんだ。お前が尊い務めを立派に果たしたお祝いだよ」
「そうよ、レイが望んでいた尊い務めをやり遂げたんだから、さあ、その肉をお食べ」
子供の姿となったレイが不思議そうに再び尋ねる。
「え、私の尊い務めって何だったの?」
「ジンの命をお守りすることよ」
「レイもリャンも、命をかけて尊い務めを果たしたではないか。褒美も沢山もらった」
レイは食卓を囲む最愛の家族の顔をもう一度見る。
「・・・・そういえば、リャン兄さんがいない。どこにいるの?」
「ジンの追手となったリャン兄を、お前がその手で殺したのではないか」
「!!」
レイは思わず立ち上がって、両掌を見た。
手に持った肉は、人の手首であった。
「きゃぁーーー!」
レイは叫び声を上げて、肉を放り投げた。
真っ赤な血がこびりついた掌を震わせ、頬を掻きむしる。
レイの体は、子供から大人の女性へと戻っていく。天井が回る。食卓が波打つ。笑顔の家族が何かを叫んでいるが、激しい耳鳴りで聞き取れない。
大皿に盛られた肉は、兄のリャンの顔になっていた。その窪んだ眼は白目となっていたが、瞳がギョロっと動き、恨めしそうにレイを見る。
「いやぁぁぁーー!!」
悲鳴を上げるレイの足元から、恨めしそうな眼をしたリャンがレイの脚を掴み、よじ登って来る。
「リャ・・・・リャン兄、ゆ、・・・・許して・・・・し、仕方なかったの・・・・ごめんなさい」
レイは倒れて四つ這いになり、口から全てを吐いた。
「うげぇー、ハァ、ハァ、うげー・・・・ハァ、ハァ。・・・・尊い務め・・・・私の使命・・・・こんなはずでは・・・・」
床に蹲るレイの背中から、しゃがれた声が聞こえて来る。
「レイ、どうじゃ。・・・・それが汝の欲望、そして未来」
レイがそのしゃがれた声の方を振り向く。声の主は、人のような輪郭をしていた。だが、黒くぼやけていて、その輪郭すら定かではなかった。
「お前は誰だ!」
「我は人間の欲求を体現する者」
「こんな酷いものを見せるとは、許せん!」
「酷いとは、はて。・・・・これこそが、汝自身の欲求そのもの」
「私は務めを果たしたいと願うだけだ。リャンを殺したいわけではない」
そう言って、レイは腰の旭を抜いた。
「どうやら、汝の願う務めとは、ジンを守り切ること。
そのためには、ジンの命を狙うリャンを殺さねばならぬ。それは汝自身も十分に承知していたはずじゃ」
「・・・・・・・・そ、それは・・・・」
「ここで体験した自由な心、務めを果たす志、死んだ家族との再会と温かな団らん、全てが汝の欲求」
「・・・・違う! こんな悍ましいことは、望んでいない。こんな結末は、恐ろしいだけだ」
「悍ましい? 汝の欲求を体現したこの世界で、何に故、恐怖しているのじゃ。
汝の務めの結果にか?」
「私の務めを愚弄するな! 務めとは、命を賭して成し遂げるもの。それ以上でも以下でもない」
レイの呼吸が荒くなっていく。
「欺瞞はよせ。務めに対する汝の覚悟が、足りなかっただけのことじゃろう」
「・・・・・・・・・でも・・・・それでも・・・私は、このような未来を決して望まぬ」
「短絡的で自己本位だな。
追手の兄を殺して、務めを果たす。死んだ家族からも、それを祝ってもらいたいのだろう」
「ち、違う・・・・・・・・・わ、・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・」
「ん? 先ほどの勢いはどうした。己の志や判断が薄っぺらなことに気づいたのか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「よかろう。それならば、もう一つの未来を見せてやろう」
人のような輪郭は、地面に魔法陣を描いていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全てが闇に包まれた。
「ついてこい」
「・・・・・・・・・・・・」
人間の欲求を体現する者のぼやけた輪郭の後を、リンは項垂れ、虚ろな目をしたまま付き従って行った。
<次回 第27話「レイの望み - 2」>




