2 百鬼夜行
トンシュウを囲む城壁
マツリは内側から城壁を見上げる。
『背筋がゾッとするわ。城壁の外は、妖しの類が放つ殺戮本能で満ちている。こちらに向かって来ているわね』
『ああ、それなりの数を感じる。これは兵と冒険者だけでは、ここを守り切れんぞ。
こりゃ~、民にも甚大な被害が出るな。マツリの懸念した通りだな』
ウルは竹笛で背中をかきながら答えた。
マツリは北西の城壁内側の石段を駆け上がる。そして、辺りをキョロキョロと見回す。城壁の上に立つ、見るからに派手な鎧を着こんだ警備兵指揮官らしき男を見止めると、その男の背後まで走った。
「・・・・・・・・・・あ、あのぉ・・・・ブン指揮官さん・・・・ですか」
蚊の鳴くような声で呼んだ。
指揮官は仁王立ちしたまま、振り返りもしない。
「・・・・・・・・・・」
『マツリ、しっかりしろ。腹から声を出せ』
「・・・・・ブ、ブン指揮官!」
指揮官は黒眼だけを動かしてマツリを睨んだ。
マツリはブン指揮官の威圧的な視線にたじろぐことなく言葉を続ける。
「・・・・・・・あ、あの・・・・私も・・・・・・た、た、戦います・・・」
ブンはマツリの頭の上からつま先まで、その視線を巡らせてから、低い声で言う。
「邪魔だ。向こうへ行け」
「・・・・・・・・・・私も」
マツリが指揮官の眼を見つめて、言葉を続けようとした時であった。警備兵と冒険者たちの大きな声が響く。
「来たぞー! あそこから魔物の群れだ」
「草原を疾走して来る。……見ろ、空を飛ぶ魔物もいるぞ」
「100匹,200・・・・・500匹なんてものではない。なんて数だ」
眼下に広がる平原から虎、狼、熊、鷲に似た魔物が群れとなって押し寄せて来る。その他にも頭が2つある四つ足の魔物、大斧を手にする半人半獣、角の生えた大蛇、ガーゴイ、巨大なオーガなど、全ての魔物が好戦的に雄叫びを上げ、口から鋭い牙を覗かせていた。
武器を手にした警備兵と冒険者たちが、異形の魔物の群れを見て無言で唾を飲み込む。
ブン指揮官は視線を北西に向け、声を張り上げ命じる。
「迎撃用意! 魔導士兵と弓兵は上空の魔物を狙え。他の者は白兵戦に備えろ!」
警備兵と冒険者たちが慌ただしく城壁の上を移動する。
マツリは唇を微かに動かす。
「あれは、正に・・・・百鬼夜行・・・・・」
『ククククッ、今は夜ではないがな』
駆ける警備兵の一人が立ち尽くすマツリに接触する。
「お前、ぼやっとするな!」
「・・・・は、はい・・・・あ、でも・・・・・わ、私も・・・・」
『マツリ、どうする』
『仕方ない。向こうへ行けって言われたけれど、ここはやるしかないわね』
マツリは城壁から、北西の魔物の群れを見て腹をくくった。
「大変です。街から城壁外に逃げ出した民が、南西の森に向かって走っています。およそ100名」
冒険者が息を切らせて、ブン指揮官へ報告に来た。
「何だと、この城壁の外か! 魔物に襲われるぞ」
ブン指揮官が声を上げた。
今度は警備兵が駆けて来て、
「報告します。城壁外で森へと走る民を、魔物の一部が追いかけ始めました」
と報告した。
ブン指揮官は苦虫を潰したような表情になって、
「く、こちらの迎撃で手一杯だ。勝手に城外に出た者たちまでは守れん」
と判断を口にした。
マツリは、既に城壁の上を南西に向かって駆け始めていた。長い髪を後ろの生え際から束ねて、ひとまとめにした黒髪が風に靡く。
『マツリ、任務は後方支援だろう。勝手に持ち場を離れてもいいのかよ。
指揮官の命令には絶対服従と言われていたはずだぞ』
『ウル、問題ないわ。ブン指揮官から命令を受けたもの。「向こうへ行け」って』
『・・・・ククククッ、確かに言われたな』
城壁上では、魔導士兵の炎魔法の炎弾が放たれた。火球が上空の魔物たちに向かって行く。火球が双頭の火食い鷲の魔物を包み込む。気味悪い悲鳴を響かせて魔物が落下して、地面に衝突した。この悲鳴を皮切りに、次々と火球や矢が飛んで行く。
城壁上で戦闘が始まると、城壁内にいる民たちは、黄色い悲鳴を上げて逃げ惑っていた。迷子になったのか、泣いている幼い女の子を懸命に慰める幼い兄の姿もあった。
マツリはこの子たちを見下ろしながら城壁を駆け続けた。
「はあ、はあ、・・・・・・いた、あそこ」
城壁外400m、逃げる住民たちを魔物が追っていた。今にも追いつかれそうであった。
マツリは荒い息をしたまま、南西の城壁上を見渡した。主力は北西に集中し、ここを守る警備兵は数人のみ。その警備兵たちは、城外を逃げる住民たちに迫る魔物へ、弓で矢を放ってはいるが、矢は届かずに手前で落ちていた。
マツリは警備兵から距離を取ると、腰に付けている鉾先鈴を握った。
鉾先鈴とは、刀身30㎝の鉾に、まるで鍔のように金色の鈴五個が輪状に並ぶ祭器である。握る柄の端からは、五色布と呼ばれる青赤黄白黒色のテープ状の長い布が垂れ下がっていた。
マツリは鉾先鈴を右手に持ち両手を高く掲げた。そして、鉾先鈴をチリン、チリリンと響かせながら、両腕で円を描くようにしてゆっくりと下におろす。
鉾先鈴を持つ右手だけを再び振り上げてから、その矛先で住民たちを追う魔物をさし示して命じる。
「日出処の巫女の名において命ずる。出でよ、ムラクモ!」
鉾先鈴の矛が眩く光り、矛先からジグザグに稲妻が走る。その稲妻が白龍へと姿を変える。
辺りには激しい雷鳴が響き、城壁をぶるぶると振動させた。白龍は体長30mの巨体をくねらせ、魔物の群れを一瞬で突き抜けた。
ムラクモが通過した大地には、白煙を上げる炭化した魔物たちの姿が横たわっていた。
南東の警備兵は、
「何が起こったんだ。雷か・・・・・神のご加護か、魔物たちが一瞬で・・・・・」
遠くで黒焦げになった魔物たちを見つめて、そう呟いていた。
マツリは城壁の上を、北西目指し急ぎ駆け戻る。
『今度は北西の魔物本隊ね』
『ああ、急げ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「く、この魔物たちは強いぞ」
「それよりも魔物が多過ぎる。切りがない。このままでは・・・・」
「ここが踏ん張りどころだ。民を守れ」
城壁上の警備兵と冒険者たちが、背後の民たちを守るべく奮闘していた。
緑の楽園リーダーのチョウの大剣が魔物を切り裂く。
「はぁ、はぁ。これほど大規模なオーバーフローだとは・・・・・」
チョウの背後からグリフィンが襲いかかって来た。その魔物の眼を緑の楽園メンバーであるカンの放った矢が射抜いた。チョウは振り向きざまにグリフィンを大剣で両断した。
「ハァ、ハァ、・・・・カン、助かった」
「なんも、なんも」
カンが笑顔で答えるも、その鋭い眼は次の魔物を狙っていた。
北西の城壁上では、多くの警備兵や冒険者たちが飛行する魔物たちに捕食され、確実に劣勢へと追い込まれていた。
<第3話「私の旅日記」>




