15 砂で隠す孤独
大陸陰暦1020年5月3日
マツリたちは駱駝に乗り、茶褐色の砂漠の道なき道を進んで行った。競り立つ砂丘を越え、更に丘を越えての歩みであった。ジリジリと肌を刺す暑さと、喉の激しい渇きで、無口の旅路となっていた。
「ジン、この辺りで休憩しましょう」
マツリは駱駝から降りると、秘物庫から水と簡単な食料を出した。
「・・・・・・・・・マツリ姉、・・・・この砂漠はいつまで続くんだ」
ジンが水を喉に流し込みながら、不機嫌そうに尋ねた。
「あと、どれくらいなんでしょうね~。分かる?」
と、マツリはレイを見た。
レイはジンに丁寧な口調で答える。
「明日にはオアシスの街セイコウに辿り着けると思います。セイコウは東と西を結ぶ交易拠点で、砂漠にある大変に賑やかな街と聞いています」
「・・・・・砂漠はまだずっと続くのか。苦しい思いをして、まだまだ進まなければならないのか」
「ジン、砂漠の旅は、確かに苦しく辛いものですが、生きるために耐えましょう」
レイがジンを励ました。
「・・・・・・・・今、僕がここに倒れ死んでしまっても、世の中は何も変わらず、明日にはこの砂漠にまた朝が来るんだな。
僕は、・・・・ちっぽけな生き物だ」
マツリはジンを諭すように話す。
「ジン、その通りです。それは私が死んでも同じ。レイ姉が死んでも同じ。人の営みとは別に、自然には悠久の時が流れるもの」
「・・・・・・・・それなら、いっそ・・・・・・・・」
ジンは何かを言いかけ、能面のように無表情で黙り込んだ。
ジンはこの頃、妙に陽気だと思ったら、急に不機嫌になったり、突然落ち込んだりすることが多くなっていた。
また、目や頬などの表情が乏しいこともあった。マツリもレイもこのことが気にかかっていた。
「ジン、少し疲れが溜まってきているので、今日はここで夜を明かしましょうか」
マツリがそう提案すると、
「マツリ姉と僕は違う! 僕はもう砂漠は嫌だ。誰も僕を分かってくれない」
と強張った目じりを吊り上げ、視線を合わさずに立ち上がった。そして、四つ足を折り曲げ座らせた駱駝の背に跨る。駱駝が前後に揺れながら立ち上がった。
「・・・・・・・・・ジン・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
マツリとレイは、困った表情をして、互いに視線を合わせた。
『ジンはだいぶ苛立っているな』
『・・・そ、そうね』
『シギ皇子は聡明で物分かりのよい子だわねとか、天子の子とは特別な人間なのかもしれないとかは、マツリの幻想だったな』
『人なら、苛々する時もあるわ』
『そんなものかね~。ジンの苛立ちによって、周りも本人自身も不快になっているように見えるけれども、放っておいていいのか』
『放っては置かないわ。時期を見てジンと話す』
駱駝の背で揺れるジンの後姿を眺めてから、マツリも駱駝に跨った。
大小の砂丘の間を抜け3頭の駱駝は歩く。
「ジン、少しペースを落として。離れると危険よ」
レイが先頭を行くジンに声をかける。
「・・・・・・・・・・・・」
ジンは振り向きもせずに、黙って駱駝の背に揺られたままでいた。
「・・・・・ジン、・・・・・待って。一人だけ離れないで・・・・・」
緩やかな茶褐色の丘から、砂煙が立ち昇った。それは噴水のように砂塵を高く巻き上げ、空気を鈍く振動させた。
先頭にいるジンを乗せた駱駝が驚き足踏みをする。ジンは駱駝を落ち着けようと手綱を絞るが、駱駝は首を振って口から緑の液体を撒き散らした。
ジンはバランスを失い、駱駝の背から落ちそうになっている。
砂煙の中に円柱の影が競り立っていく。その影は、瞬く間に高さ5階建てのビルほどの高さになると、ゆらゆらとダンスをしているように揺れていた。
レイは駱駝を走らせながら、ジンに叫ぶ。
「ジン、あれは地竜虫よ。逃げて!」
レイは手を伸ばし、ジンの駱駝の手綱を握ると、それを引き一緒に駆けさせた。
円柱の先にあった閉じた口が、まるで花弁が開くように六つに裂けた。六つの花弁のような顎には細かく鋭い歯がぎっしりと並んでいた。その口がレイとジンの駱駝に襲い掛かって来た。
ジンとレイのそれぞれの駱駝は、初撃を辛うじて躱した。地竜虫は口を砂中に潜り込ませると、海面から飛び上がり海中へと消える鯨のように、長い体を砂に潜らせて行った。
ズズズズズーと砂面が細かく振動し、砂粒が次々に弾け飛ぶ。砂面が煙ってぼやけて見える。マツリの乗る駱駝は興奮し、薄い茶色の瞳を見開いたまま、地竜虫から逃げるように疾走した。
「うぁぁー、このままでは、振り落とされるわ」
マツリは揺れる背中で、懸命にコブにしがみついた。
地中に潜った地竜虫は六つに裂けた顎を開き、逃げる駱駝の足元から再び飛び上がって来た。ジンとレイの駱駝のすぐ後ろでは、地竜虫が塔のように競り上がって行く。そして、六つに裂けた顎が、ジンとレイ目がけて落下して来る。
「ジンはあちらへ!」
レイは指さした。
「分かった」
ジンとレイは駱駝を走らせ、左右に分かれる。間一髪、2人の間に地竜虫の口が、地響きを上げて砂面に激突した。舞い上がる砂塵の中で、再び砂の中に潜り込んで行く。
「ジン、どこまでも駱駝を走らせなさい」
「レイ姉は?」
駱駝の背に荷を括り付けていた綱の片側を、レイは太刀で切った。
駱駝の背から荷が跳ね転がる。レイの乗る駱駝の背と荷を結んだ綱がピンと張ると、ザザザーと砂面を引きずる音を立て、砂に跡を残しながら荷が付いて来る。
「地竜虫、こっちへついて来い! 来い! 来い!」
レイは、ジグザグに駆けさせている駱駝の後方を見つめながら、声を張り上げた。
荷を引きずる駱駝のすぐ後ろに巨大な砂煙が立ち昇った。水面に向かって低く投げた石のように、地竜虫は茶褐色の砂の水面を飛び跳ねながら、砂を泳いで来た。
「よし! こっちに喰いついた」
レイは疾走する駱駝の背で、拳を握った。
マツリを乗せた駱駝は、地竜虫に驚き疾走したままである。激しく上下する駱駝の背で、マツリはコブから手を放し、手綱を取ろうと手を懸命に伸ばすが、手綱は疾走する駱駝の顎の下で揺られていた。
「止まれ! 止まって、止まるのよ!」
マツリは、駱駝の背のコブの横から手を伸ばすが、手綱に手が届きそうで届かない。指の前で手綱はひらひらと宙を舞っていた。
「だめだ届かない。・・・・・ムラクモを召喚しなければ・・・・ジンとレイが」
意を決して、マツリが疾走する駱駝の背の上に立つ。疾走する駱駝の背から、砂の地面を見て、ふーっと息を吐いた。
『おいおい、ここから飛び降りるつもりか。マツリの身体能力では無理だ。死ぬぞ』
『ムラクモを召喚しなければ、ジンとレイが死ぬ。・・・・・この駱駝の背では舞えない』
そう言うと、静寂の一瞬、マツリの体は宙に浮く。
ウルがマツリの懐から浮き上がる。ドドンと耳に激しい音が飛び込んで来た。茶褐色の砂煙が舞い上がり、マツリの体は不規則に跳ねながら転がると、傾斜で大きく跳ねて飛んだ。頭と肩に激しい衝撃を受け、砂を噛んだ。マツリは脳が揺れるのを自覚した。
ウルの思念会話が、他人に話しかけているかのように遠くに聞こえてくる。
『マ・・リ、大丈・・・か。俺の声・・・聞こえ・・か。マツ・・・、マ・・・・、・・・・・』
「口の中の砂が、ジャリジャリと不快に感じる」
波に揺られているような感覚の中で、マツリの脳裏にジンの言葉「マツリ姉と僕は違う!・・・・誰も僕を分かってくれない」が蘇る。
「・・・・ジン、孤独だったのね・・・・・。私に気づいて・・・ほしかったのね。
・・・・・気づいていたのに・・・先送りにして。・・・ジ・・ジン、孤独・・を砂で隠して・・・い・・・」
そのまま砂の上で意識が遠のいていった。
レイを乗せた駱駝は、唇を震わせ、口から荒い息と白い泡を吐きながら走っている。その後ろを地竜虫の体が上下に弾みなが、砂塵を巻き上げついて来る。
「地竜虫は砂面の振動を感知して追跡している」
レイは、駱駝の首を優しく撫でると、
「ありがとう。お前が、無事逃げ切れることを祈る」
と、言葉をかけた。
レイは駆ける駱駝のコブの上に立ち、後ろに迫る地竜虫の触手のように動く六つの巨大な顎を見つめ、両手に太刀を持った。
地竜虫は駱駝との距離10m、ぎっしり並んだ歯がレイの視界の全てを覆う。地竜虫の唸り声や激しい息遣いも聞こえて来た。
捕食本能に狂い顎を開いて、砂上を追走して来る。
レイは右手で両刃剣の旭を鞘から抜くと、駱駝と荷を結んでいる綱を旭で切った。
「はっ!」
レイは駱駝のゴブの上から真横へ飛んだ。高い放物線を描く。
レイの体に地竜虫の開かれた六つの顎が迫る。駱駝から切り離された荷が地竜虫の口に吸い込まれるように入った。
地竜虫の6つに開かれた顎がつぼまる。レイの体は閉じていく顎の間をすり抜けた。レイの体はそのまま砂漠へと落下する。
「着地音を立てれば、地竜虫に気づかれ食われる」
レイの体が砂へ衝突する直前に、レイは右手の旭と左手の月光で砂面を貫いた。
「ふーーっ」
と、長い息遣いが微かに聞こえた。
レイは着地音を防ぐため、二本の太刀を砂に刺したまま倒立をしていた。
レイの体がふらふらと揺れる。レイは二本の太刀と腕でバランスを取りながら、両足をゆっくりと砂につける。
「・・・・・・・・・」
レイは、駱駝を追いかけ走り去る地竜虫と巻き上げる砂な煙を見つめた。
「ジン、ジンは大丈夫?」
レイが振り返って叫ぶと、遠くでジンが砂漠に伏せるマツリを抱き起していた。
「マツリ姉! マツリ姉!」
ジンが名前を繰り返し叫んでいた。
<次回 第16話「砂漠を流れる天の川」>




