14 今でも震えが止まらない
名も無きダンジョンの最下層
ジンが慎重に大きな宝箱を開くと、一瞬だけ淡い光に包まれた。
大きな宝箱には、深紅の柄に革紐のついた道具と、拳ほどの緑色透明の石、多くの苗らしきものが入っていた。
ジンは深紅の道具を手に取って、これをしげしげと見ている。
「これはなんだろうか」
「ジン、お仕置きをする鞭に似ていますね」
レイが長さ2mほどの革紐の先端の丸みを見て答えた。
ジンは、今度はマツリに答えを求めるかのように振り向く。
「分からないわ。レイ姉が言った通りお仕置きの道具では?」
『マツリ、ムラクモに尋ねてみるとよい。ムラクモは鑑定技能をもっている』
『鑑定技能?』
『人や物の価値、使い方などが分かる技能だ』
へえ~と言いながら、マツリは振り向いてムラクモを見た。
ムラクモは思念会話ではなく、音声会話で鑑定結果を述べる。
『ほほ~、主、それはまさに逸品だ。
神器「穏便の鞭」だ』
ジンとレイは、ムラクモの説明に驚き、穏便の鞭を見た。
マツリはムラクモに問いかける。
「神器・・・・何? もっと詳しく説明してよ」
『神器なので、我でも詳細までは読み取れん。
分かることは、その所持者に対して殺意を抱くものの目を見ながら、その「穏便の鞭」で地や床を打ち鳴らす。
すると、その殺意を抱いていた対象を使役することができるというものだ』
ジンとレイは、神器「穏便の鞭」の破格の性能に、思わず声を上げて驚嘆していた。
マツリは首を傾げて呟く。
「それには納得がいかないわ」
ジンとレイは振り向き、マツリを見た。
マツリは不満そうな顔をして、ムラクモを問い質す。
「殺意を抱くものを使役するって・・・・その解決方法を穏便って言葉で片づけるの?
ちょっと変じゃない?」
「え、マツリはそこに引っかかっているの?・・・・ぷっ」
レイが吹きだした。
ジンも一緒に笑い出した。
『主はその名と効果に違和感があるようだな・・・・。我には、それが穏便かどうかは判断できん。しかし、それがこの「穏便の鞭」の性能だ。
ただし、条件はある。使役対象は人間以外の生物だ』
「使役継続時間は?」
『詳細は読み取れん』
レイはムラクモに礼を述べてから、率直に意見を言う。
「対象の殺意が発現条件になるとは、使い方が難しい神器ですね」
『神器とは人間が容易く扱えるものではない。窮地の時に神の御業が発現するもの』
「窮地に御業・・・・それなら、この穏便の鞭は、ジンに持っていてほしい。いざという時のために」
「・・・レ、レイ姉に・・・・賛成・・・」
「僕が?」
「その方が私たちも安心できるから」
マツリが微笑むと、ジンも首を縦に振った。
『主、ちなみに、そちらの緑色の石は転移石だ。
ダンジョンの入口でそれをかざせば、先ほど開いた奥の転移部屋に飛べる。
また、奥の転移部屋でそれをかざせば、設定されている出口へと飛ぶことが可能だ。
それから、そのたくさんの苗は、珍しい物ではないな。荘の国で見た、干ばつに強く生育が早い干地稲の苗だ』
レイはムラクモを「面倒そうにしたり、退屈そうにしたりしている割には、マツリを気にかけ、最後までいるのね。意外と生真面目で不器用なのかもしれない」と微笑ましく感じていた。
マツリたちは、奥の扉を潜り、転移部屋に入った。
「思ったより小さな部屋ね」
「マツリ姉、床に図形がある」
床には円形の図形が刻まれていた。
『主、その円の中央で転移石を掲げるのだ』
マツリはその中央で転移石を掲げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
緑色透明の転移石が輝きを増す。目も眩む光のあと、マツリたちは、ダンジョンの外に出ていた。
間近に見える荘厳な滝が、轟音を響かせていた。
「無事に転移できたようね。・・・・あれ、ここは?
・・・・・・・・レイ姉には、ここがどこだか分かる」
レイは辺りを観察する。
「この大きな滝、灰色の岩に囲まれた谷。・・・・・恐らく帝都チュウキョウのずっと西にある『清濁の滝』かもしれない」
「レン姉、帝都の西だとすると、僕たちは、何百㎞も飛んだことになるのか?」
「ジン、何百ではありません。2,000㎞近く飛んでいます」
「・・・・・そ、そんなに。・・・・・レ、レイ姉、それは確なの」
マツリが驚いて確認すると、レイは黙って頷いた。
『ほほ~、マツリ、丁度よいではないか。先ほどの名も無きダンジョンで危機に陥っても、追手を一気に振り切れるということだ』
マツリの肩に座っているウルが、神楽笛で背中をかきながら告げた。
『なるほど、そうなるわね』
ムラクモが退屈そうに言う。
『ふぁ~ぁ、主、もう我は戻るぞ』
『ムラクモ、ご苦労様』
ムラクモは青白い光となって消えていった。
ジンが辺りを見回してから問いかける。
「マツリ姉、これからどこへ行くつもり? 別のダンジョンでも探す?」
「そうね~、名も無きダンジョンは最下層を凶悪な鵺が守り、そこからの転移の地も期待以上だったわ。潜伏場所の一つとして、申し分ないことが分かった。
もう4月も終わる。5月30日でジンは、いよいよ10歳を迎える。
そう考えると、一旦、荘国を離れ、他国に潜伏しましょう」
「他国に・・・・・」
ジンは意外そうな顔をした。
「ジン、私もマツリに賛成よ。荘国から離れたことのないジンにとっては、不安も大きいかもしれないけれども、この荘国はジンを狙う皇后トクの権力が及ぶ地。
異国に身を潜めることがよいと考えます」
「マツリ姉だけではなく、レイ姉もそう考えるんだね。よし、異国へ行こう」
「・・・・・レイ姉・・・・・異国・・・・・に、心当たりがあるの?」
「う~ん、そうね~。ここから西にある『バハードゥラン王国』がよいかしら。
バハードゥラン王国は荘国と並ぶ大国。両国は事あるごとに牽制し合い、政治的には疎遠、交易でしか繋がりのない国よ。
それから、遥か西にある遺跡やダンジョンの多い『フォーティ朝エンプド』かな。
あとは、その北の海を越えた先にある文明の栄える国々も候補ね。
それらなら、皇后トクの手の者もそう簡単には手出しはできなくなる。
でも、魔族は別ね」
「バハードゥラン王国やエンプドか。僕もその国々には、いつか行きたいと思っていた」
「・・・・・ねえ、レイ姉、そ、その魔族とやらのことは、ヒリ様も言っていた。
お、教えて、魔族のこと。
・・・わ、私の国に・・・・騎馬を巧みに・・・操る如人族が・・・・攻め来たのだけれども・・・・・ま、魔族も騎馬に乗り・・・・・勇敢に戦う民族なの?」
「え! マツリ、違うわ。魔族は人間とは違う生き物なのよ」
「・・・・人間ではない?」
「人間と敵対し、残虐で狡猾。人間と似ている姿をしているけれども、頭から角が生え、力も強い、強力な魔法や魔物を操るのよ。翼の生えた者もいるわ」
「・・・・角、強い力・・・・鬼族のこと?」
「鬼族は知らないけれども、魔族は古くから人間を忌み嫌い、敵対してきた種族よ」
レイの言葉にマツリの表情が消え呆然としていた。
『ククククッ、マツリ、荘国で言う魔族は、日出処で言う鬼族のことのようだな。もしくは近縁種』
『・・・・そうみたいね。私はてっきり敵対するどこかの民族か、部族だと思っていたわ』
『魔族が鬼族だとすると、これは厄介だな』
『日出処の国でも鬼族には、人知を超えた力があって、恐怖の対象だったわ』
『それもそうだが、厄介なのは鬼神のことだ。
日出処のように、鬼族が崇拝する鬼神もいるかもしれないぞ。もし、鬼神がいたら、八百万の神々でさえ苦戦する』
『・・・・恐ろしいことね』
マツリは怯えた目をして、レイを見つめる。
「マツリ、どうしたの」
「レ、レ、レイ姉、魔族には、・・・・崇拝する・・・神々はいるの?」
「どうかしら、私には分からないわ」
「・・・・・・・・・・ま、魔族が信仰する魔神がいる・・・・可能性もあるのね・・・・・・・」
『クククッ、もし、魔神がいたら詰んだな。ジンを置いてこのまま逃げるか』
ジンは、マツリとウルの思念会話は聞こえないが、マツリがウルと何やら話し込み、見る見るうちに血の気が引いていく顔を見て、不安に襲われていく。
動揺するマツリは、ジンの様子の変化を感じることもできずに、ウルに思念会話で話しかける。
『そんなこと、するわけないでしょう。ジンは守ると決めたのだから』
『マツリ、それならどうするのだ。戦いでねじ伏せるのか』
マツリは覚悟を決めた目をして、天を見上げる。
『逃げて、逃げて、逃げまくるわ。それが生き残る道』
『ククククッ、体が震えているぞ』
マツリはジンとレイに視線を移すと、ぎこちない笑顔で話しかける。
「・・・・私たちは、ま、魔族から、に、逃げまくります。
・・・・では、まずは、バ、バ、バハードゥラン王国へ」
ジンの心の中は、燻り続けていた不安と追手に対する恐怖が濃霧となって、広がっていった。
レイは何やら異変を感じ、ジンの肩に優しく抱き寄せた。
その夜、マツリは震える手で大小の歪な文字を並べ、日記を記した。
【大陸陰暦1020年4月29日
初めてのダンジョン。牙を剥いて襲ってくる魔物はとても怖かった。
だけど、ある事実と可能性が、ダンジョンでの恐怖を上書きし、もう遠い記憶へと変えた。
魔族とは鬼族。そして、魔神のいる可能性を考えると、今でも震えが止まらない。
5月30日まで、あと31日】
<次回 第15話「砂で隠す孤独」>




