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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
14/35

14 今でも震えが止まらない

 名も無きダンジョンの最下層


 ジンが慎重に大きな宝箱を開くと、一瞬だけ(あわ)い光に包まれた。

 大きな宝箱には、深紅の柄に革紐(かわひも)のついた道具と、拳ほどの緑色透明の石、多くの(いね)らしきものが入っていた。


 ジンは深紅の道具を手に取って、これをしげしげと見ている。

 「これはなんだろうか」


 「ジン、お仕置きをする(むち)に似ていますね」

レイが長さ2mほどの革紐の先端の丸みを見て答えた。


 ジンは、今度はマツリに答えを求めるかのように振り向く。


 「分からないわ。レイ姉が言った通りお仕置きの道具では?」


 『マツリ、ムラクモに尋ねてみるとよい。ムラクモは鑑定技能をもっている』

 『鑑定技能?』

 『人や物の価値、使い方などが分かる技能だ』

 へえ~と言いながら、マツリは振り向いてムラクモを見た。


 ムラクモは思念会話ではなく、音声会話で鑑定結果を述べる。

 『ほほ~、主、それはまさに逸品(いっぴん)だ。

 神器「穏便(おんびん)(むち)」だ』


 ジンとレイは、ムラクモの説明に驚き、穏便の鞭を見た。


 マツリはムラクモに問いかける。

 「神器・・・・何? もっと詳しく説明してよ」


 『神器なので、我でも詳細(しょうさい)までは読み取れん。

 分かることは、その所持者に対して殺意を抱くものの目を見ながら、その「穏便の鞭」で地や床を打ち鳴らす。

 すると、その殺意を抱いていた対象を使役(しえき)することができるというものだ』


 ジンとレイは、神器「穏便の鞭」の破格の性能に、思わず声を上げて驚嘆(きょうたん)していた。


 マツリは首を(かし)げて(つぶや)く。

 「それには納得がいかないわ」

ジンとレイは振り向き、マツリを見た。


 マツリは不満そうな顔をして、ムラクモを問い(ただ)す。

 「殺意を抱くものを使役するって・・・・その解決方法を穏便って言葉で片づけるの?

 ちょっと変じゃない?」


 「え、マツリはそこに引っかかっているの?・・・・ぷっ」

レイが吹きだした。

 ジンも一緒に笑い出した。


 『主はその名と効果に違和感があるようだな・・・・。我には、それが穏便かどうかは判断できん。しかし、それがこの「穏便の鞭」の性能だ。

 ただし、条件はある。使役対象は人間以外の生物だ』


 「使役継続時間は?」

 『詳細は読み取れん』


 レイはムラクモに礼を述べてから、率直に意見を言う。

 「対象の殺意が発現条件になるとは、使い方が難しい神器ですね」

 『神器とは人間が容易く扱えるものではない。窮地(きゅうち)の時に神の御業(みわざ)が発現するもの』


 「窮地に御業・・・・それなら、この穏便の鞭は、ジンに持っていてほしい。いざという時のために」

 「・・・レ、レイ姉に・・・・賛成・・・」


 「僕が?」

 「その方が私たちも安心できるから」

マツリが微笑むと、ジンも首を縦に振った。


 『主、ちなみに、そちらの緑色の石は転移石だ。

 ダンジョンの入口でそれをかざせば、先ほど開いた奥の転移部屋に飛べる。

 また、奥の転移部屋でそれをかざせば、設定されている出口へと飛ぶことが可能だ。

 それから、そのたくさんの苗は、珍しい物ではないな。荘の国で見た、干ばつに強く生育が早い干地稲(かんちいね)の苗だ』


 レイはムラクモを「面倒そうにしたり、退屈そうにしたりしている割には、マツリを気にかけ、最後までいるのね。意外と生真面目で不器用なのかもしれない」と微笑ましく感じていた。

  

 マツリたちは、奥の扉を(くぐ)り、転移部屋に入った。


 「思ったより小さな部屋ね」

 「マツリ姉、床に図形がある」

 床には円形の図形が刻まれていた。


 『主、その円の中央で転移石を掲げるのだ』

マツリはその中央で転移石を掲げた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 緑色透明の転移石が輝きを増す。目も眩む光のあと、マツリたちは、ダンジョンの外に出ていた。

 間近に見える荘厳(そうげん)な滝が、轟音(ごうおん)を響かせていた。


 「無事に転移できたようね。・・・・あれ、ここは? 

 ・・・・・・・・レイ姉には、ここがどこだか分かる」


 レイは辺りを観察する。

 「この大きな滝、灰色の岩に囲まれた谷。・・・・・恐らく帝都チュウキョウのずっと西にある『清濁(せいだく)の滝』かもしれない」


 「レン姉、帝都の西だとすると、僕たちは、何百㎞も飛んだことになるのか?」

 「ジン、何百ではありません。2,000㎞近く飛んでいます」


 「・・・・・そ、そんなに。・・・・・レ、レイ姉、それは確なの」

マツリが驚いて確認すると、レイは黙って(うなず)いた。


 『ほほ~、マツリ、丁度よいではないか。先ほどの名も無きダンジョンで危機に(おちい)っても、追手を一気に振り切れるということだ』

 マツリの肩に座っているウルが、神楽笛で背中をかきながら告げた。

 『なるほど、そうなるわね』


 ムラクモが退屈そうに言う。

 『ふぁ~ぁ、主、もう我は戻るぞ』

 『ムラクモ、ご苦労様』

 ムラクモは青白い光となって消えていった。


 ジンが辺りを見回してから問いかける。

 「マツリ姉、これからどこへ行くつもり? 別のダンジョンでも探す?」


 「そうね~、名も無きダンジョンは最下層を凶悪な鵺が守り、そこからの転移の地も期待以上だったわ。潜伏(せんぷく)場所の一つとして、申し分ないことが分かった。

 もう4月も終わる。5月30日でジンは、いよいよ10歳を迎える。

 そう考えると、一旦、荘国を離れ、他国に潜伏しましょう」


 「他国に・・・・・」

ジンは意外そうな顔をした。


 「ジン、私もマツリに賛成よ。荘国から離れたことのないジンにとっては、不安も大きいかもしれないけれども、この荘国はジンを狙う皇后(こうごう)トクの権力が及ぶ地。

 異国に身を潜めることがよいと考えます」


 「マツリ姉だけではなく、レイ姉もそう考えるんだね。よし、異国へ行こう」


 「・・・・・レイ姉・・・・・異国・・・・・に、心当たりがあるの?」


 「う~ん、そうね~。ここから西にある『バハードゥラン王国』がよいかしら。

 バハードゥラン王国は荘国と並ぶ大国。両国は事あるごとに牽制(けんせい)し合い、政治的には疎遠(そえん)、交易でしか(つな)がりのない国よ。

 それから、(はる)か西にある遺跡やダンジョンの多い『フォーティ朝エンプド』かな。

 あとは、その北の海を越えた先にある文明の栄える国々も候補ね。

 それらなら、皇后トクの手の者もそう簡単には手出しはできなくなる。

 でも、魔族は別ね」


 「バハードゥラン王国やエンプドか。僕もその国々には、いつか行きたいと思っていた」


 「・・・・・ねえ、レイ姉、そ、その魔族とやらのことは、ヒリ様も言っていた。

 お、教えて、魔族のこと。

 ・・・わ、私の国に・・・・騎馬を(たく)みに・・・操る如人族が・・・・攻め来たのだけれども・・・・・ま、魔族も騎馬に乗り・・・・・勇敢に戦う民族なの?」


 「え! マツリ、違うわ。魔族は人間とは違う生き物なのよ」


 「・・・・人間ではない?」


 「人間と敵対し、残虐で狡猾(こうかつ)。人間と似ている姿をしているけれども、頭から角が生え、力も強い、強力な魔法や魔物を操るのよ。翼の生えた者もいるわ」


 「・・・・角、強い力・・・・鬼族のこと?」

 「鬼族は知らないけれども、魔族は古くから人間を()み嫌い、敵対してきた種族よ」

 レイの言葉にマツリの表情が消え呆然(ぼうぜん)としていた。


 『ククククッ、マツリ、荘国で言う魔族は、日出処(ひいずるところ)で言う鬼族のことのようだな。もしくは近縁種』

 『・・・・そうみたいね。私はてっきり敵対するどこかの民族か、部族だと思っていたわ』


 『魔族が鬼族だとすると、これは厄介(やっかい)だな』

 『日出処の国でも鬼族には、人知を超えた力があって、恐怖の対象だったわ』


 『それもそうだが、厄介なのは鬼神のことだ。

 日出処のように、鬼族が崇拝(すうはい)する鬼神もいるかもしれないぞ。もし、鬼神がいたら、八百万(やおよろず)の神々でさえ苦戦する』

 『・・・・恐ろしいことね』


 マツリは(おび)えた目をして、レイを見つめる。

 「マツリ、どうしたの」


 「レ、レ、レイ姉、魔族には、・・・・崇拝する・・・神々はいるの?」

 

 「どうかしら、私には分からないわ」

 「・・・・・・・・・・ま、魔族が信仰する魔神がいる・・・・可能性もあるのね・・・・・・・」


 『クククッ、もし、魔神がいたら()んだな。ジンを置いてこのまま逃げるか』

 ジンは、マツリとウルの思念会話は聞こえないが、マツリがウルと何やら話し込み、見る見るうちに血の気が引いていく顔を見て、不安に襲われていく。


 動揺するマツリは、ジンの様子の変化を感じることもできずに、ウルに思念会話で話しかける。

 『そんなこと、するわけないでしょう。ジンは守ると決めたのだから』


 『マツリ、それならどうするのだ。戦いでねじ伏せるのか』


 マツリは覚悟を決めた目をして、天を見上げる。

 『逃げて、逃げて、逃げまくるわ。それが生き残る道』


 『ククククッ、体が震えているぞ』


 マツリはジンとレイに視線を移すと、ぎこちない笑顔で話しかける。

 「・・・・私たちは、ま、魔族から、に、逃げまくります。

 ・・・・では、まずは、バ、バ、バハードゥラン王国へ」


 ジンの心の中は、(くすぶ)り続けていた不安と追手に対する恐怖が濃霧となって、広がっていった。

 レイは何やら異変を感じ、ジンの肩に優しく抱き寄せた。


 その夜、マツリは震える手で大小の(いびつ)な文字を並べ、日記を記した。


【大陸陰暦1020年4月29日

 初めてのダンジョン。牙を()いて襲ってくる魔物はとても怖かった。

 だけど、ある事実と可能性が、ダンジョンでの恐怖を上書きし、もう遠い記憶へと変えた。

 魔族とは鬼族。そして、魔神のいる可能性を考えると、今でも震えが止まらない。

 5月30日まで、あと31日】


 <次回 第15話「砂で隠す孤独」>

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