11 名も無きダンジョン
大陸陰暦1020年4月29日
アンケイの街から西に170km。マツリたちは、秘境の山岳地帯に来ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こ、この景色を見た・・・・感動を・・・あ、表せる言葉を・・・・わ、私は知らない」
マツリはその景観に言葉を失った。
高層ビルに似た高さ300m近い石柱が、深い森から生えて出して来たかのように立ち並んでいる。
石柱は白色にやや灰色かかった珪岩であり、その岩肌にも緑色の樹木が生い茂っていた。白と緑のコントラストが一層神秘さを引き立てていた。
「ここは荘国の秘境、樹岩郷。ここは創造主である神の意思を感じる」
レイが目を細めて呟いた。
「レイ姉、これが詩にも歌われるあの樹岩郷。ここが目的地なのか」
「その通りです。我らの目的は、この秘境の地にあるダンジョンに潜伏場所を造ること。この地にあるダンジョンは発見されたばかりで、呼び名さえまだ付いていない」
『マツリ、人里から遥か離れた秘境の地。地理的には好都合なダンジョンだな。
何よりも、存分に暴れることも可能な秘境の地だ』
『ウル、この地の景観は後世にも残すべき人類の遺産だと思う。破壊は避けたい』
『あれも、これもは、無理だ。仮に、ジンが命を落としても、人類の遺産を守ったと納得できるのか』
『・・・・・・・・・・・・』
『それだけではない。そのダンジョンの難易度や魔族とやらの者たち、皇后の追手の力量によっては、今の我々では全てを失う恐れもある。
目的達成に向けて優先順位をつけ、判断していくしかない』
『・・・・・・・・・確かにそうね』
「・・・・・で、では、・・・・・・その名も無き・・・・ダ、ダンジョンへ」
マツリはレンを促した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
名も無きダンジョン
「この瘴気の濃さは・・・・・ジン、体は大丈夫?」
「例えようのない不安と恐怖で背筋がぞくぞくするけど、特に問題はないよ」
「百戦錬磨の武人ではあるまし、この瘴気の濃度で、心身が無事とは・・・・。少しでも変調をきたしたら、必ず言ってね」
「分かった」
「マツリの国ではこれを瘴気と言うのか。荘国ではこれを魔素と呼んでいる。魔力の根源となる力、魔物や魔族を活性化する力のことだ」
「レイ姉、日出処ではこれを瘴気と呼んでいる。瘴気の濃度によっては、人間は体調に重篤な異変をきたしたり、精神を崩壊させたりする。場合によっては、突然死もある」
「むう、それは魔素そのものの特徴だ。生得的に授かった能力で、魔術師はこれで魔力を高めたり、戦士などはこれに抗う力を付与されたりしている」
「レ、レイ姉は大丈夫?」
「問題ない。この程度なら」
レイの額から汗の雫がこめかみから顎を伝った。
『マツリ、レイがこの瘴気に耐えられるのは、その訓練から高耐性が養われたと考えられるが、ジンがこの魔素の濃度に耐えられるとは驚きだ』
ウルはマツリの肩に腰かけながら首を捻った。
『天子様の子だからかしら?』
『帝の子が、人間として特別とは思えないがな』
『ウル、この瘴気の濃さだと、経験からしてかなり強い妖しの類が出て来そうね』
『用心しろ』
名も無きダンジョンは、通路に大小の岩が転がり、黄土色の鍾乳石が立ち並ぶ、天然の洞窟といった様相だった。不思議なことに洞窟の壁面や岩が淡い光を放ち、ダンジョン内を照らしていた。
「ジン、用心して、下層を目指すわよ。・・・・レイ姉・・・・戦闘は・・・ま、任せるわ・・・・」
「マツリ、そのつもりだ。戦闘中は、ジンを頼む」
レイは、冷静に答えた。
洞窟を進むと、先からミャ、ミャ、ミャと声が聞こえて来た。
ウルは、マツリの肩の上でキョリョキョロと辺りを見回す。
『マツリ、この気配と声は、日出処にいる妖しの化け山猫に似ているな』
『うん、さて、どうしようかな。ムラクモを召喚しておこうかな』
『1層からムラクモを出すのか? ダンジョンは階層が進むにつれて、魔物が強くなるはずだ。
今はレイに任せ、レイの力量を見ることも大事だぞ』
『・・・・それも確かに大事だけど・・・・それよりも、ムラクモは思考や感覚が斜め上を行っていて、不安なのよね』
『ククククッ、それもそうだな。
武神の御先だったムラクモは、神が神使として遣わす御先の中でも、その戦闘力は群を抜いている。
だが、ムラクモの扱いには、あの武神ですら持て余していたからな~。
まあ、ていの良い厄介払いでミサキに授けたとも言える』
『ちょっと、失礼な言い方は止めてよ』
『大神も武神とは、お世辞にも仲がよいとは言えない関係だから、危惧しながらも、これについては無関心を装っていたしな』
『もう~、いい加減にしてよね。化け山猫に集中!』
ミャ、ミャという可愛らしい声が近づいて来る。愛くるしいつぶらな瞳でマツリたちを見る。
「・・・・レイ姉・・・・か、可愛らしさに・・・・・だ、騙されないで・・・・・」
マツリがそう言った時には、レイは腰に差した旭と月光の二刀で、化け山猫の群れに切り込んでいた。
レイの右手の両刃の剣「旭」が、鋭い爪を出した化け山猫の胴を両断する。左手で逆手に握った片刃の太刀「月光」が化け山猫の並んだ牙を受け止めると、そのまま口から後頭部までを切り裂く。
「レ、レイ姉・・・・・つ、強い・・・・・」
「レイ姉は、特殊戦闘集団『影の者』であり、荘国精強の戦士『皇七剣』の1人で、影刀のレイという二つ名もある。でも、レイ姉の戦闘する姿を見たのは初めてだ」
ジンはレイの剣技を惚れ惚れとした目つきで眺めていた。
レンは跳躍し、化け山猫の群れの中に着地すると、その場で舞うように二本の刀で屠っていく。
逃れた化け山猫の一匹が、マツリに飛びかかって来た。間一髪、マツリは鉾先鈴を横にし、化け山猫の口に当て牙を免れるが、そのまま押し倒された。化け山猫がマツリの上になり口を開き、牙を光らせる。
「きゃぁぁぁ」
マツリが目を瞑り悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁ・・・・・・・ん?」
マツリは、化け山猫の圧力を急に感じなくなった。
マツリが薄っすらと目を開けると、荒い息をして立つジンの握りしめる宝剣が、化け山猫の胸に食い込んでいた。
「ジン・・・・・・・・、ありがとう」
ジンは何も答えずに、焦点のさだまらない眼をして、ただ荒い息を繰り返していた。
「・・・・・・ジン・・・・。・・・・・ジン、もう大丈夫よ」
宝剣を固く握ったジンの指を、マツリは一本一本広げて行った。カランと宝剣が地に転がった。
「ジン、ありがとう」
マツリがジンを強く抱きしめた。
レイは、最後の化け山猫を撫で斬りにすると、ジンに駆け寄る。
「シギ皇子、お怪我・・・・ジン、怪我はないか?」
「・・・・だ、大丈夫。・・・・それよりも、マツリ姉、もう離して、く、苦しいよ」
ジンを抱きしめるマツリの眼は潤んでいた。
「すみませんでした。ジン、レイ姉。私の誤った判断で、2人を危険な目に合わせてしまいました。私は戦闘力が皆無ですので、ここからは、御先のムラクモを召喚しておきます」
「マツリ、気にすることはない。戦闘は私の役目」
「マツリ姉、こうして皆は無事だ」
「ジン、ムラクモを召喚する私を怖がったりしないでね」
「え? マツリ姉を怖がる訳ないよ」
マツリはゆっくりと頷くと、腰に付けている鉾先鈴を握った。
鉾先鈴を右手に持ち両手を高く掲げ、鉾先鈴をチリン、チリリンと響かせながら、両腕で円を描くようにしてゆっくりと下す。
鉾先鈴を持つ右手だけを再び振り上げてから、その矛先を前面に振った。
「日出処の巫女の名において命ずる。出でよ、ムラクモ!」
鉾先鈴の矛先から青白い光が放たれ、それが白龍へと変化する。宙に浮く体長30mの白龍の眼がマツリ、レイ、ジンを見る。
「・・・・・・・マ・・マツリ姉、この・・・この巨大な白龍は・・・一体・・・・」
ジンは眼をぱちくりさせて尋ねた。
「ジン、大丈夫よ。これは私が召喚した白龍ムラクモ」
「・・・・・・ムラクモ・・・金の毛の生えた白龍」
「武神スサノ・・・いえ、八百万の神から御先としていただいたの」
「マツリ姉が、神の御先をいただくとは・・・・」
一方、レイは港街トンシュウでその存在を確認しているため、驚く様子はなく、手にしていた太刀を鞘に収めてから、片膝をついてムラクモに頭を下げた。
マツリは鉾先鈴をチリンと鳴らして命じる。
「ムラクモ、ここでその体は不自由だ。体を縮めろ」
『・・・相分かった』
ムラクモは3mの白龍へと縮んでいった。
これには、ジンもレイも呆気に取られていた。
「ムラクモ、我らのこれまでの会話は鉾先鈴を通して聞いていたな。我らはこのダンジョンの最深部を目指す。其方には、露払いを命じる」
『承知』
ムラクモはくねくねと身を翻すと、先頭になって前進して行った。
<次回 第12話「恐獣鵺」>




