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〜プロになる男〜

監督「以上が来週の練習試合のスタメンだ!」

僕の名前は呼ばれなかった。

楽しくて始めたサッカー、今は何を求めてプレイしているんだろう。僕は自問した。もちろん楽しいからプレイしているんだ。そして仲間が好きだからだ!だけど…… 次の日の練習前、コーチに呼ばれた。

監督・コーチ「明日の試合だが……」

コーチは言葉を選びながら話してくれたけど、「ベンチに入ることはできない」という意味だと解釈できた。そしてそのあとの言葉も……。「ちゃんと練習に参加しろ」「まず言われた事をやれ」「試合に出たいなら課題は山積みだぞ」という説教が続いた。

僕は黙ってコーチの話を聞きながら考えていた。僕は何を求められているのか。サッカーをする目的はなんだっけ。そもそも楽しいってなんだ?

ふと考えたとき思い出したのは小学校の時の記憶だった。小学校5年の頃、初めて全国大会に出場し優勝旗を手にしたときのことだ。優勝した日の帰り、父と一緒に食べたラーメンは最高に美味しかった。

中学でもそうだ。先輩たちの頑張りがあって全国制覇ができた時は本当に嬉しかったし感動を覚えたものだ。

そう、勝てたからこそ楽しかった。

それじゃあ今の目標は?僕は何をするためにチームにいるんだろうか。考えた末、1つ思いついたことがあった。僕は自分の言葉で伝えたいと思った。だから口を開いた。

「明後日の練習休み明けは……」

監督の話を遮り僕は言った「試合に出してください!勝てば良いんでしょ?」

監督は驚いた顔をした後少し考えて「あ、ああ」と答えた。僕は続けてこうも言った。

「僕を使わなきゃ勝てませんよ。僕には勝者のメンタリティがある」

自信満々に伝えたつもりだけどどうだろう?監督は何も答えず目を閉じたまま腕を組んでじっとしていた。

コーチはその様子を見て慌てていたがすぐに「わかった」と言った。

これで良かったんだ。今はただ勝利の為にできることをするだけ、僕は決意を固めると明日に備えて練習に励んだ。

練習試合当日。出場するメンバーがピッチへと集まる。僕はストレッチを始めた。今日の目標は練習試合とはいえ勝つこと、そのためにもしっかり体をほぐさないとね。

ストレッチを終える頃、相手チームが姿を現した。対戦相手はこの地区の有力校だ、去年も県大会でベスト8入りしている。油断はできない。

両チーム整列が完了したようだ。審判が試合開始の合図をすると試合が始まった。自チームのキックオフからゲームが始まると、いきなりボールは僕の元へやってきた。とりあえずサイドハーフにパスする。サイドハーフはサイドバックへパス。そこからのロングフィードが入った。フォワードにボールが収まる。

よし、これはチャンスだ。そのままゴール前まで走り込んでいくとサイドへ流れたフォワードから絶妙なクロス。

これはもらった!僕はそれを胸でトラップしシュート。

GKの手が伸びてくるものの、ボールは枠内に入った!決まった!開始1分で先制点だ!!その後2得点を決めて3-1で快勝した。

しかし数日後……僕はまたもベンチ外通告をされた。なんなんだこのチームは!せっかく活躍してチームも勝ったのに……。

悔しさと情けなさが心を支配するなか帰路についた。家に着き着替えてからソファに寝転ぶと、スマホを操作し動画を観ることに決めた。

最近のお気に入りである、海外リーグを中心に投稿しているユーチューバーさんだ。名前は「R.Kイニシャル」と言うらしいけど、その本名は不明みたい。海外のプロチームでプレイする日本人選手の情報を主に配信していて、もちろん彼自身はプロのサッカー選手ではないけど、日本の選手よりも海外の選手のプレーに詳しい。特に好きなのは彼の解説の仕方だ。彼の口調は優しくてユーモアに溢れているんだけど決してバカにしている感じはない。むしろ温かみを感じさせてくれる不思議な話し方だ、きっと人を楽しませる話術を持っているんだろうなと思わせられる。

「あっ、今日の動画は宮川輝之助選手の解説だ!」僕はワクワクしながら再生ボタンを押した。「こんばんは、今日は海外のサッカーニュースからいくつか面白い話題を紹介したいと思います」

R氏「本日のトピックスはこれです。昨日開催されたキングズリーグ準々決勝。マルコ・マドリード vsユヴェステルリという一戦だったのですが、試合終盤にとんでもない展開になりました。」

「見てください、この宮川のプレイ。守備で完全に穴になってます。自分が点を取ることしか考えてないんですよ」

「彼は攻撃に関しては天才的でテクニックに長じている。しかしながらディフェンス面においてまだまだ未熟な部分があります。なので彼が点を取ろうとすると味方はカバーに回らないといけない、そうなれば必然的に他のチームメイトはディフェンスしか出来ない。つまり宮川輝之助は自分自身以外のチームへの貢献度が低いということが露呈してしまいました。」

僕はショックだった。大好きな解説者が大好きな選手のことをボロカスに叩いている。

「でも宮川は点取ってるしユヴェステルリも勝利してる。わかってないなあ、どいつもこいつも。もう寝るか」と画面の前で悪態をつきながら僕は布団に入って寝た。

翌日、僕は監督室へ向かった。監督の考えを聞く為だ。ドアの前に立ち深呼吸。コンコンっとノックをして監督に声をかけた。

「入りなさい」

早速僕は切り出した。

「あの、監督?僕のどこがダメなんでしょうか?」

すると意外な言葉が返ってきた。

「この前の試合、なぜ1失点で抑えられたと思う?」

質問に答えられずにいると監督から「君はパスカットをしたか?」と言われた。

「君の仕事はなんだ?」と言われても「点をとること?点をとれなきゃ勝てませんよ」と言うしかなかった。

「はぁ、1失点で抑えられたのはキーパーのおかげだ!お前が2点取れたのは調子の良いフォワードが黒子に徹していたからだ」と監督からのありがたい説教を受けた僕はしょぼくれてグラウンドへ戻った。

僕は本当にチームにいらないのか?自分の存在意義とは何か、そんなことを考えているうちに時間は流れ練習時間になった。

僕はドリブル練習をしていると突然肩をポンと叩かれた、誰かと思い振り返るとコーチだった。

「おい、ドリブルばっかしててもしょうがないだろ。ちゃんとチームの練習に参加しろ」

「わかってないですね。強みを伸ばすことがプロ入りへの近道ですよ」

コーチと揉めていると、監督が声をかけてきた。どうやら監督は僕を試したいようだ。

「宇都宮、俺と1対1(デュエル)をしろ」

僕にとってこれはいい機会だ。

「フン、ロートルを抜いても楽しくないです。コーチも入れて2対1でいいですよ」

挑発的な態度を取ると監督が口を開いた。

「わかった。ではお前がオフェンス、俺たちはディフェンスだ」

こうして2対1が始まった。僕は油断をしていたのだろう。僕は簡単にボールを奪われてしまった。僕は悔しさを噛み締めつつ、再び2対1を挑んだのだった。結局その日は何本やってもゴールを決めることはできなかった。

翌日の練習後、僕は監督に呼び出された。監督は言った。

「今週末、クラブチームとの試合があるんだ。怪我人が続出したんで出てもらうが、そこで結果を出せなければもう二度とお前を使うことはないぞ」

厳しい宣告だったが仕方がなかった。


その日の夜のこと、R氏が配信している動画を観てみた。動画のタイトルにはこうあった。「プロ選手への道」

僕は動画を再生した。

「皆さんこんにちは、今日はとある日本人選手にスポットを当てようと思います。彼は、元Jリーガーであり現役のサッカー選手である彼です」

R氏「彼は日本を飛び出し海外を渡り歩いてきた男。高校を中退し、単身ドイツへ渡りプロになった男」

そしてR氏は話を続けた。

「彼はドイツのチームに所属。リーグ戦に出場し、チームの優勝に貢献してきました。彼のプレイは攻撃的で、ドリブル技術にも優れております。またフリーキックなどのセットプレーでも得点しています」

「その選手の名は山本優平」

「ユースチームに所属せずとも、高校サッカーで結果を残さずとも、プロになる道はあるのです」

動画が終わると僕は呟いた。

「そっか、辞めるっていう選択肢もあるんだ。でも2対1で負けたまま辞めるのは恥ずかしいしなぁ。よし、2対1で勝ったら即辞めてやるんだ!」そう言って僕は眠りについた。


翌週の練習試合、僕らは2点差でリードされてハーフタイムを迎えた。ロッカールームで汗を拭いていると監督が現れた。

「宇都宮、お前はチームに貢献していない。なぜもっと頑張らないのだ?」

「頑張ってるでしょ?今日は何度もドリブル突破を成功させてるし」僕はイラついていたので喧嘩腰になってしまった。

「確かにそれは見事だった、だがお前の課題は山積みだ」

「良い選手はね、使い勝手が悪いものなんですよ。それをうまく使うのが監督の腕の見せ所でしょ!」僕は監督に向かって大声で怒鳴った。すると監督が立ち上がった。どうやら監督は本気で怒っている様子だ。僕は少し怖くなったがそれでも言い続けた。

「僕は、僕はプロになるんだ!」監督は何も言わずにその場から去っていった。僕は大きくため息をつくとタオルを投げ捨て着替えてロッカールームを出た。

結局、試合は3-3で引き分けに終わった。チームメイト達は試合終了後僕の方へ駆け寄ってきた。みんなは心配してくれていたようで慰めの言葉をかけてくれた。

そりゃそうだ。後半、僕がベンチに下がってからチームがうまくまわり出し、20分で3点取って引き分けたのだ。なんの結果も残せなかったどころか、ただの足手まといだ。

「まあ監督と仲直りした方が良いんじゃない?」

僕が間違っていると認めろっていうのか?イラッときた僕は反論した。

「二度と使わないなんてただの脅し文句だよ。怖いもんか」

するとコーチが話しかけてきた。

「この世界ってさ、勝ち続けることが難しいんだよ。どんなに強いクラブでも全試合勝つなんてことはない。どんな素晴らしいストライカーでも毎試合必ず点を取れるわけじゃない。結果だけで黙らせ続けるのは無理なんだよ。」


次の日の夕方、僕はまた練習後に監督のところへ向かった。

「おいおい、もう二度と使わないって言っただろ」

「はい、なので最後に2対1で勝ってこんなクソチーム辞めてやろうって思って」

監督は黙って僕の話を聞き終えると、口を開いた。

「よし!わかった!じゃあやってやろうじゃねえか!何度でもトライして良いぞ、一点でも取れたらお前の勝ちだ」

監督はニヤッと笑っていた。僕もニッコリ笑い返しグラウンドに戻った。


辺りはすっかり暗くなっていた。結局一度も点が取れないままだった。

「ああ、2対1で勝てればこんなクソチームに心残りなんてないのに」

悔しかった。僕は唇を噛んで涙を流した。

「ははは、お前バカだなあ、2対1で勝てるはずないだろ」

チームメイトの鈴木が喋りかけてきた。

「放っておけよ、それでも俺は勝つんだ。不可能を可能にしてみせるんだ」

「どんなに優れた個でも組織には勝てないんだ。監督さんはそれをお前に教えようとしてるんだよ」

そう言うと、鈴木は自分の家に戻っていった。


次の日の朝、目が覚めると同時に練習着を持って家を飛び出した。今日は土曜日、一日中練習が出来る日だ!

練習場に着くなりすぐに準備運動を始めた。今日こそは2対1で勝ってチームを辞める。

練習が始まる前にアップを取りつつシュート練習を行った。ゴールに狙いを定めボールを放つ。

「どうせ辞めるんだったら監督のこと思いっきりぶん殴ってやろうかな?いやいや、イヤミでも言ってクールに辞めてやろうかな」そんなことを考えながら練習を続けた。

昼休憩の時間になったので、チームメイトと昼食を食べることにした。するとチームメイトたちは僕の顔をジッと見つめてきた。「なんだよ、なんか顔についてる?」僕は不思議に思った。

「宇都宮ちゃん、何かいいことでもあったんでやんすかね?」佐藤君が呟いた。

そして、鈴木が話し始めた。

「宇都宮、昨日から変にテンション高いしさ、お前、頭でも打ったんじゃないかと思ってたんだよね」

「そりゃあテンションも高くなるだろ、2対1で勝ったら俺は学校辞めてドイツに行くつもりなんだ」

僕は胸を張って言い切った。チームメイト達は唖然としている。

「バ、バカだとは思ってたけど本当に底抜けたバカなんだな」

鈴木はため息混じりに呆れていた。他のチームメイト達も同じ反応をしている様子だった。しかし僕は意に介さず、僕は鼻歌を歌い始めた。

「ゴール、ゲットゴール、宇都宮〜宇都宮龍虎〜」

食事を終えると練習が始まった。

僕はストレッチを終え、ランニングシューズを履いて、走り出した。

「さて、校庭20周くらいしちゃおうかな!」

「なあ、あいつやっぱ頭打ってないか?」

鈴木はチームメイト達を集めて喋り始めた。「あいつ、普段ランニングなんてしないのに」

「いつもチームの練習に参加せず隅っこでドリブルしてるだけだもんな」

一方、監督はというと・・・「ふっふーん」上機嫌だ!

「ちゃんと体を作っておかなきゃな、万が一にも2対1で負ける訳にはいかない」

コーチがそれを見て言う。

「でも監督、なんだか楽しそうですね」

「た、楽しくなんてあるもんか!あんなに分からずやの選手抱えてこっちは苦労してるんだぞ」

20周を終える頃には、僕はへとへとになっていた。それでも走ることはやめなかった。

「こんなの余裕、余裕。もう1周行ってやろうかな」

僕は強がってみた。30分ほど経過したところで、監督が僕に駆け寄ってきた。僕は足を止めた。

「よし、そろそろ2対1で勝負するか」監督は笑みを浮かべて言った。

「わかりました!」

僕らはピッチに入った。

「いい加減、理解しろ。一人では組織には勝てないんだ!」

「そんな下らない常識をひっくり返すのがファンタジスタってヤツですよ!」

2対1が始まった。

まず軽いフェイントで監督を交わす。そして斜め後ろから来ていたコーチを腕で押さえる。

右足でボールをキープしつつ、再びボールを取りに来た監督を1発で交わす。

そのままシュート。ゴールに突き刺さった。

「う、うおおおお!決まった!やったやったー!!」

「つ、ついに開花したか…!宇都宮、どうして後ろから来てたコーチが見えたんだ?」

「え?なんででしょうね…。とにかく必死で、勝つことだけ考えてたら、自分がサッカーしてるのが俯瞰して見えたと言いますか…。」自分でも説明が難しい。

説明を聞いてるコーチの股下が開いている。すかさず股抜きしてやった。

「へへっ、なんか“視える”ってヤツですよ」

その日の練習はそれで終わった。

チームを辞めることなんてすっかり忘れて僕は上機嫌だった。

ベッドに寝転んでスマホをイジりながら呟いた。

「もう僕からボール取れるやつなんていないんだろうな〜。監督も『開花した!』って目を見開いてたし」


翌日の練習後、いつもの様にストレッチをしながら談笑していたら監督が近づいてきた。

そして、こう言うのだった。

「お前は本当にとんでもないな、正直驚いたよ。お前は俺のチームに残る気は無いのか?ドイツに行くとかなんとか言ってたらしいじゃないか」

「まあ二度と使わないって言うなら辞めるしかないですけど…」

僕は答えた。

監督はニヤリと笑って言った。

「じゃあ使うと言ったら?」

僕もニヤリと笑って答える。

「もちろん喜んでチームに残りますよ、チームメイト達と離れ離れになるなんて嫌ですし」

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