死ぬ間際の本性
『ゲームをしないか?』
デスゲームと呼ばれる見世物。おかしいだろ? そんなものが配信されていて普通でいられるなんて。
全校生徒は100人にも満たない小規模な学校。
デスゲームの配信を見ていない生徒はいない。
この街の住人だってそうだ。
あたかも役割を与えられた登場人物のように振る舞っている。
「いたぞ! 小山内だ! あいつはゲームマスターだけど勝利者の一人だぞ」
「武器は持ったな? 全員で一斉に飛びかかるぞ!」
「あっちから回り込め、俺たちが仕留めて生き残る……」
「もうこんな事したくねえんだよ……」
旧校舎に向かっている俺の前に立ちはだかったのは武器を持った生徒たちであった。
「大谷、園家、桐谷、御子柴、桜井、我孫子、麻賀、肱岡……、四人が罪人、二人が運営、残りは一般生徒か。デスゲームの経験者はいない、か」
「え? な、なんでそんな事わかるの?」
後輩が震えた声で立ち尽くしていた。それもそうだ。本物の暴力の気配、暴動の空気、経験した事のない殺意。
それらが合わさって恐怖を作り上げる。
俺の背中にしがみつかなかっただけで褒めてあげたい。
デスゲームを調べるという事は、この世界の全てを調べるのと変わりない。
「大丈夫だ、小山内はデスゲームの勝利者だが周りの力があったからだ! ハーレム男なんて怖くねえだろ! 行け!!」
扇動するのは運営の生徒。
そうだ、俺には大勢の仲間がいた。
あのデスゲームで出会った……本当の仲間だ。
駄目な俺を導いてくれた大切な仲間。
自分の才能を嫌でも理解している。
俺にとって最悪の敵は幼馴染と五十嵐だ。
もう二度と相手をしたくない。
だからいくらバットを振り下ろされようが、ナイフを突かれようが、子供の遊びみたいなものだ。
俺は襲いかかってきた御子柴と桜井だけをナイフで急所を刺す。
「ぐっ……、く、くそ……、なんで」
「俺の、将来は安泰なはず……」
罪人と一般人は死んでいく二人を見て恐怖で混乱した。
「や、やっぱあいつやべえよ!? ゲームマスターだろ? もっと簡単なやつにしようぜ!」
「もう嫌だよ、誰か助けてよ」
「お、おい、あっちの廊下に勝利者がいるぞ! 女だ! 奇襲かけるぞ!」
残された生徒は俺の前から消えていった。
残酷なものだ。普通の生徒だったのに狂乱に巻き込まれて、狂気が生まれる。
普通の生徒がデスゲームの一員となる。生き残れたとしても普通には戻れない。
「せ、せんぱい……」
「見るな、感じるな、関わるな。……剣桃子。お前は普通の生徒のままでいろ」
***+
あちこちから破壊音と悲鳴が聞こえてくる。
デスゲームの勝利者、それは異常者といってもいいだろう。
あのゲームをくぐり抜けた人間が普通なわけがない。
よく考えてみろ。ただのクイズを間違えただけで目の前の人が死ぬんだぞ?
発狂するものもいた。自殺するものもいた。
幹部救済措置で残った人間が勝利者に劣るわけがない。運営から『面白い』と思われた人間だ。
――幼馴染の異常性は俺にしかわからない。なぜなら俺とあいつは子供の頃からずっと一緒だった。普通の家庭で普通に生活していた虫も殺せない女の子。
そんな女の子が蚊を殺すように気軽に人を殺してしまう。
廊下を抜けて旧校舎へと続く中庭に出る。
後輩は泣きそうになりながらも俺に付いてくる。
スマホで配信をチェックしながらだ。
「せ、せんぱい……、さっきの人たち、幼馴染ちゃんに……」
「あいつは普通の女の子だった。罪人でも運営でもない。デスゲームを続けていくうちに身体と人格が適応していった」
「て、適応?」
「そうだ、非日常が日常になる。心の奥底にある悪意が増幅される」
……俺の場合は内海がいたから理性を保つ事ができた。幼馴染は……俺では狂気を止める事ができなかった。
哲朗という男がいたからだ。
「……無駄口を叩いた。中庭を超えれば旧校舎だ」
「ね、ねえ、せんぱい、あそこ……」
後輩が指さした場所には女子生徒が倒れていた。
胸が上下に動いている、かろうじて生きている状態だ。
「せ、生徒会長だよ! ね、ねえ、せんぱい……」
今は一分一秒でも急がなければならない。
死にゆく者にかまっている暇はない。
生徒会長、頭が固くて気が強くて自分勝手で俺を振り回していた一つ年上のお姉さんみたいな存在。
どうでもいい、あいつは相澤(黒服)が死んだ時に俺を殺したほど憎んだはずだ。
無視して旧校舎に行く。これが幼馴染の罠とも限らない。
だから無視するのが最善だ。
「……苦しいか?」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……、お腹いたいよ。苦しいよ。……隆史、ごめんね、ごめんね、信じられなくてごめんね、ごめんね、怒ってごめんね――」
俺は何をしている、身体が言う事をきかないのか? 内海の言葉が脳裏に駆け巡る。
『人がさ、死ぬ間際って本性現れるじゃん? あーしはどうなっちゃうのかな? ……隆史は大丈夫、すっごく優しい男の子だから』
心臓が握りつぶされるような感覚。
こんな事をしている場合ではない。なのに――
「会長! 会長、しっかりしてください! わ、わたし、会長がいないと……」
「こ、うはい、ちゃん? 寒い、よ……、どこにいるの? ……あっ……温かい、手。え、へへ……」
俺は後輩の手と生徒会長の手を握らせた。
その手を優しく包み込む。
「隆史? 嫌いに、なっちゃった、よね? ……あ、りがと、う。わたし、ね……」
「生徒会長、俺はお前が嫌いではない。だから諦めるな。俺たちで運動会を盛り上げただろ? また来年も頑張るんだろ?」
俺に日常なんて戻らない、それなのに――
どうして。
どうして。
「え、へへ、良かった。やっと、本当の、仲直り、でき、た。……痛いの、もう嫌、隆史が楽にしてほしい……」
こいつは気がついていたのか? 俺が幼馴染と偽りの日々を送っていた事を。
生徒会長はもう助からない。
……ならば、俺が楽にして――
全身の毛穴が総毛立った。
俺は後輩を突き飛ばして身体の位置を移動した。
「――あがぁっ」
生徒会長の頭にナイフが刺さる。
……何も感じない。感じては駄目なんだ。怒りも悲しみも俺には必要ない。
「すとらーいく。えへへ、わたし優しいでしょ? 会長ったら苦しそうだったからね。隆史はひどいな〜、楽にしてあげないんだもん」
返り血だらけの幼馴染が旧校舎の入り口前に立っていた。
「…………」
「あ、だんまり? わたし知ってるよ。旧校舎にいる人を殺したら隆史が悲しむんでしょ? えへへ」
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