猪と三下
「チビイタチ! 何でここにテメェがいやがる!」
「それはこっちのセリフだドロブタ! ここは俺達の縄張りだぞ!」
「ダンジョン引きこもり組がなに外に出てきてんだ? さっさとあなぐらに帰れよ」
「テメェ等こそ森に入っていいのか? 碌な魔物も殺せねぇ雑魚の癖してよ」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「テメェ等が売ってきたんだろうが。シュウジとかいう雑魚よりテメェの首切り落としてやってもいいんだぜ?」
同じ目的を持った冒険者達や賞金稼ぎ達が、森の中でいがみ合う。
同じ獲物を狙っているからこそいがみ合うだけではなく、元々馬の合わない者達。
別に彼等に何があったと言う訳ではないのだが、ただ他ギルドの者と言うだけで気にいらなかったりしているのだろう。
後は自分には持っていないモノを持っていたり、自分達とどこか同じ匂いを感じ取っているのかもしれない。
要するに同族嫌悪的なモノだろう。
「まあ、まあ、まあ、皆さん落ち着いてくだせぇ。こんなところで下手に騒いでも疲れるだけですって」
「なんだテメェ」
ギスギスとした空気の中、厚手のローブに身を包んだ怪しげな男が皆を仲裁する為に、音もなく現れた。
「みねぇ顔だな。テメェどこのモンだ」
「へへへっ、アッシは最近この街に来やしたケチな冒険者でさぁ。細々と薬草を集め小型の魔物を殺して日銭を稼いでるだけのモンでさぁ」
ニコニコと作り笑いを浮かべ、揉み手をしながら話しかけてくる男は、どう見て三下にしか見えず、覇気もない。
見かけない男で少し不気味だが、コイツ程度ならば警戒する必要もないと考えたのか、冒険者達は警戒することもない。
「おこぼれでもあやかりに来たのか?」
「へへへっ、流石でございますね。へい、旦那の言うとおりでさぁ」
「はっ・・おいコイツ、フクロにしようぜ。テメェの立場もわかってねぇよそ者だ」
「命令してんじゃねぇ。まあ、放置しておくと生意気そうだからな。付き合ってやるよ」
「おい、抑えつけろ」
仲が悪い癖に、こういう時だけ息が合うのか、周りの冒険者は勿論の事賞金稼ぎ達も加勢して男を捕まえようとした。
「ちょ、ちょちょちょっ! ちょっと待ってくだせぇ! アッシは別に旦那達の邪魔なんかしねぇですし、金だっていらねぇっすよ! ただアッシは女に様があるだけっす!」
「あん? 女だぁ?」
「そうっす! そうっす! 聞けば旦那達が追いかけている獲物が貴族の女攫ったって聞いていやす。アッシはその女に用があるんすよ!」
「・・・てめぇ、その貴族の関係者か?」
そうだとしたら、流石に手を出せないと思ったのか冒険者達の動きが止まる。
「へ? ちげっすよ。初めに挨拶した通りアッシはただケチな冒険者でさぁ。アッシが女に用があるのはただ日頃の溜まったもんをはらせりゃと思っただけでさぁ」
「ほぉ」
「いや~、最近女で遊べてないんすよ。なもんでここらで安上がりの女で遊んどこうかと」
令嬢かわからんが、獲物が女は連れているのは確かだ。
その女を狙っているとなると、確かに俺達とは獲物が違うことになる。
令嬢のほうは、別に救出してくれなどと書かれておらず、同じく生死不問で構わないと書いてある。
ならば、獲物と一緒に処理してしまっても別に構わない。
「テメェ、その意味わかって言ってんのか?」
だが、処理してもいいと言っても、故意的に手を出せば後々面倒ごとになる。
勿論、楽しんでも同じことだ。
誘拐され穢された令嬢に価値などないが、それでも貴族。
ひとしきり遊んで殺しても、万が一ことが露見したことを考えると手など出せるわけもない。
そんな女で遊ぶなら、娼館で遊んだほうがましだ。
「へへへへへっ、意味ならちゃんと理解してまさぁ。バレちまったらヤベェ事もりかいしてまさぁ。けど、しかたがねぇんすよ。アッシの遊びについていける女がいねぇすよ」
そう言うと揉み手するのをやめ、行きなり己の指を口に入れ軽く噛み始めた。
「あっしね。あっしがね。遊び始めると女が逃げちまうんでさぁ。せっかく金払ったのに逃げちまうんでさぁ。少し切っただけで皆逃げちまうんでさぁ。だから殴ったり折ったりで我慢してやってるのに、なんでかみんな逃げちまうんでさぁ。だから金で遊べる女じゃダメなんすよ。殺してもイイ女じゃねぇと遊べねぇんすよぉ!!」
噛む力が上がったのか、指から血が流れ始める。
その行動と言動で、ここにいた冒険者達は思った。
ああコイツ頭がイカレタヤバい奴だと。
いかに猪武者の冒険者達でも、こういうヤバい奴とは関わり合いになりたくない。
こういうのに関わると碌な目に合わない。
もしもこんなのに気にいられた場合、コイツから逃げるには殺すしかない。
殺すのは別に構わないが、一応は冒険者として身分を持っている奴を殺すことは一般人に手をかける事であり、場合によっては被害者の己が犯罪者にされかねない。
故に冒険者達はこの不気味な男と関わり合いになりたくなくて、距離を取り始めた。
「ちょと待ってくだせぇよ。旦那等! どこに行くんすか! アッシも連れて行ってくだせぇ! 足手纏いにはならねぇですから! どうか連れていってくだせぇ! ほら、これ、アッシは遊ぶ時の為に回復薬をいっぱい持ってんすよ! これ使っていいっすから置いていかないでくださいっす!」
見せられた回復薬の量を見て、コイツできるだけ長い時間女を切り刻みながら遊ぶつもりだと思う冒険者達。
こりゃあ、本格的に性癖がイカレタ野郎だと皆が思った。
そして、一人の冒険者がイカレタ男を賞金稼ぎ達に蹴飛ばしたあと、冒険者達はそれぞれ森へと駆け、修二の狩りを再開した。
チリジリになったのはどの組にあのイカレ野郎がついて来ても怨みっこなしと言った感じだろう。
「ちょ、待ってくだせぇよ! 旦那方!!・・・ああ、言っちまいやした・・・けどこっちにも頼りになる旦那達がいやすから大丈夫そうっすね?」
「あ? 俺達のことか?」
「へい! 旦那達も同じ獲物追っているのでやしょう? ならお願いしやすよ。回復薬ならいくらでもありやす。これ差し上げやすからどうか連れて行ってくだせぇ」
「誰が冒険者なんぞに手を貸すかよ。おい行こうぜ」
「待ってくだせぇ! 待ってくだせぇ! お願いでさぁ! アッシも連れて行ってくだせぇ! 生きのいい女で遊べるなんざなかなかねぇんです!」
「さわんじゃねぇ! おいコイツぶっ殺しちまおうぜ!」
「やめとけ、コイツは他の冒険者達に見られている。あの冒険者達のことだ。ここで殺しちまうと弔い合戦とかぬかして喧嘩吹っかけてくるぞ。しかも殺したのは間違いねぇから、国も出張ってくる可能性がある」
「ッチ、命拾いしたな変態野郎が」
「ゲグッ!?」
賞金稼ぎ達に縋りついていたイカレタ男は、腹に一撃を貰い弱々しく地面に膝を付き蹲る。
更に蹲る男の顔面に蹴りを入れた。
無様に転がる男に唾を吐きかけても何も発さず、痛みで悶える姿を見て溜飲が下がったのか、賞金稼ぎ達はそれ以上何もせずに、森の中へと歩いて行った。
残された男はしばらく、痛みで動けずにいた。
そして、
「クカカッ、やっぱ雑魚パーティーのそれも殺し屋が混ざってねぇと騙すのは楽だぜ」
誰もいなくなった後、イカレタ男は何事も無く起き上がる。
「もういいぞ。これ以上騙す必要はねぇからな」
イカレ男の言葉に従うように、頭に張り付いていた魔道具が動き出し、イカレ男の顔を変え、歴戦を駆け抜けた隻眼の渋いおっさん顔に変わる。
もうわかっていると思うが、このイカレ男は修二である。
前回マジ装備の時に装備していた装備で、頭部を守る為に兜代わりに使用している意思を持つ魔道具だ。
「しかし、今回はお前の元の持ち主に感謝だな。趣味かなんか知らねぇが、クソ弱い奴にお前を装備させまくったおかげで、何種類も顔を変えられやがる。最高の変装道具だぜ。お前は」
褒めながら修二は後ろ首を撫でる。
今撫でている部分はこの魔道具にとって心臓にあたり、そこを破壊されると修復不可能になる急所であった。
意思があるなら嫌がる素振を見せたり、褒めたことに対して何か反応したりするモノだと思うが、魔道具はあまり反応しない。
一応意思を持っているが、たまにしか反応しないしな。
更に言えばコイツ女好きなのか傍に女がいないと反応しないし、なんなら女の声にしか反応しないからな。
そのくせ装備できるのは男だけと来た。
女好きの癖して男専用装備とか、もはや哀れである。
「さ~て、これで粋がった先行共はどうにかなりそうだな」
そう言いながら、修二は空になった回復薬を回しながら笑みを浮かべる。
先程冒険者と賞金稼ぎ達がいがみ合っている間、己が持っていた回復薬。というか無味無臭の一滴で脱水症状に陥るほど強力な下剤の原液を冒険者達の水筒の飲み口に塗っておいた。
能力のおかげで誰がどこに水筒を下げているのかわかり、更に誰が今誰を注視してみているのか、何処を警戒しているのかわかるからできる芸当だ。
まあ、こちらからすれば意識の穴を縫っていくだけの簡単なお仕事であった。
ガキの頃習得したスリとしての腕が鈍って無かったのも成功した一因だろう。
ただ流石に全員の水筒に細工するのはできなかった。
平均ワンパーティーに二人くらいにしか細工できなかったのは、残念である。
もっと時間があれば全員仲良く開放的な大自然で用を足せたと言うのに。
まあ、ほとんどのパーティーがお荷物を抱える状態になるのだからそれで良しとしよう。
お荷物抱えても、突き進みそうなほど、アイツ等アホッぽいけど。
「みぃ?」
草むらに隠れていた子猫はもういいのかと言うように現れる。
「おう、ちょっとした嫌がらせはすんだ。さて次だ次、猪共がゲリゲリピーになっている間に、他の奴等にもちょっかい掛けねぇとなぁ」
「うみぃ~~~」
「なんだよ不満そうだな。見てるだけなのがつまんねぇのか?」
その通りだと言わんばかりに頷く子猫だが、そんな子猫の不満に答えてやるつもりはない。
「今は俺のやり方を眺めて学ぶんだな。つっても俺が見せてやれるのは人を騙くらかす、クソみたいな手段だから参考になるかは知らんがな」
子猫の参考になる狩りなど知らない。
というか知っていても再現できるわけもないので、子猫には勝手に成長してもらおう。
ちょっとした戦いの空気に晒されるだけでも違うだろうからな。
「さてさて、さっさと行くかな。クカカッ! 楽しくなってきやがった!」
そう言うと修二は立ち上がり、他の冒険者達を撃退する為に動き出した。
先程演技の為に噛み付いた指から流れる血をなめとりながら。




