ダンジョン前
修二はいつものように街をぶらぶらと歩きながら酒を浴びるほど飲む。
いきつけの酒場や飯屋で一杯ひっかけ、常連とかした酒場ですすめられるままに酒を買い、目に入った酒屋で無駄に酒を購入してはその場で飲み干し、新たな酒を買っては歩きながら飲み、目についた酒を買い続け、飲み続けた。
部屋に帰ってから飲もうと購入していた酒でさえも、いつの間にか空っぽになってしまっている。
一升などとは言わずもはや二升に届き得る程飲み続けている修二の胃袋はいったいどうなっているのか理解に苦しむ。
ただ、流石に酒に強い修二であっても泥酔状態となってしまい、千鳥足になりながらあっちへフラフラ、こっちへフラフラと歩みながら宿へと向かうこととなった。
「・・・うあぁ~~~~~~~?」
まるでゾンビのような唸り声を上げながら、修二がついた場所は目的の宿屋・・・であるはずもなかった。
泥酔状態の者が一人で目的地へ赴くなどほぼ不可能である。
「だっ~~じょ~~?・・おぉ~、ひっさしぐりだなぁ~~」
呂律の回らない口調で目の前にそびえたつ塔を見上げる。
この塔の下にはダンジョンが広がっている。
ありきたりな作り地下ダンジョンであるが、別に地下にダンジョンが広がっている訳ではない。
というより、ここにあるのは、この世界ではないどこかに続くダンジョンへとつながっているだけだ。
ならばこの塔は何なのかという話になるが、これはダンジョンが暴走した際知らせるためのモノ・・ではなく。
手に負えなくなったときに塔の中に仕込まれている巨大な魔導杭(魔力文字で限界まで強化された鉄の杭)を落し、ダンジョンを破壊するために作られたのだ。
ダンジョンは利益をもたらすが、その分危険な代物。
ひとたび冒険者がダンジョンに赴かなくなれば、次第にダンジョン内の魔物は増え、最後には全ての魔物を吐き出し、スタンピードをおこす。
スタンピードがわからないのであれば、今の修二みたいなものだと考えてくれ、もう限界の癖して未だに飲み続け
「うっぷ・・・ウゲェェェェェェ」
下からではなく、口から放出するあれのようなモノだ。
魔物と言う吐しゃ物を吐き出されるのがスタンピードであり、ダンジョンにとって冒険者とは胃の中に入った食い物を分解し、更には分解された排泄物(魔物を倒すと出てくる魔石や武器など)を運び出してくれるありがたい存在であった。
まあ、そんな話は置いておいておこう。
別にこんな説明いらないだろうし・・。
「うっぷ。流石に飲み過ぎたか・・・」
一度胃の中をスッキリさせたおかげか、酔いがさめた修二は魔法で水を生み出すと口を漱ぎながら、己が吐き出した物に清浄の魔法で掃除する。
流石に公衆の面前でそのまま放置しておくと色々まずい。
現に今も屋台のおっさんがこちらを射殺さんばかりに睨んでくるのだ。
あれを見て何もしない訳にも行くまいて。
「まっ、こんなもんだろ。匂いは・・・・・風魔法でごまかそ」
周囲の風を操り、匂いを上空へと逃がす。
修二はこれでもCランクの冒険者。
強力な魔法は使えずとも生活魔法から中級魔法までなら扱える。
それも全ての属性に適応する人族であるが故に、全属性の中級魔法を習得していた。
これでも冒険者成りたての頃は、結構な努力家だったのかもしれない。
「あ~終わった終わった。とってもキレイキレイ・・・・よし、睨んでねぇな」
こちらを睨む屋台のおっさんに報告するように一人事を発する。
最後に睨んでないことを確認した後、やっと人心地つけると思った修二は、近くの屋台に置かれていた椅子へと腰かける。
「おい、座るなら注文しろよ」
「あいあい、わ~ってるよ。なんの串焼きか知らねぇが、とりあえず1本くれ。後酒もくれ。なんでもいいからよ」
「ここはヤグーの串焼き屋だ。酒が飲みてぇなら酒場に行け」
「へいへい、わっかりま~した~。つか、少し休ませてくれや。チビッと気分悪くてよ~」
吐いた後すぐに魔法を使った為か、どうにも気分が悪い。
少し休めば落ち着くと思いそう申し出るが、屋台のおっさんはイヤそうな顔を向けていた。
まあ、いつまた吐くかもしれない奴を好んで座らせたくわないわな。
「串焼き1本で居座られちゃ商売あがったりだ。居座りてぇなら10本は買ってくれねぇと「なら100本買ってやる。土産用に包めよ」・・・・お買い上げありがとうございやーす!」
なのでおっさんが要求する以上に注文すれば、面白いほどに掌を返しやがった。
流石商売人、先程まで迷惑そうな顔していた癖に、もう優良な金ズルが来たような対応に変わりやがった。
これが金の力と言うことか。
そのまま注文の串焼きができあがるのを待ちながら、気分を落ち着かせる為に、ぼ~とダンジョンに視線を向けていた。
「あん?・・・おいおい、アイツ等今から行くのか? もう今日は休んじまえばいいのに、勤勉な奴等だねぇ」
昼過ぎであるにもかかわらず、今からダンジョンに赴こうとする一団がいた。
皆若く、体力が有り余り、活力がある。
なんとも羨ましい事だね。
「つ~か、アイツ等あんな装備で入るのか? 武器以外ボロじゃねぇか・・・・・あぁ~、なるほど~」
酔っていようとも、流石に彼等から漂う悲壮感を察することはできた。
身に着けている鎧は破損がしてないまでも傷だらけ、薬を入れる鞄も中古品、にもかかわらず武器だけはそれなりのモノを持っている。
あれは一度ダンジョンに入り、何とか逃げて来た奴等だ。
そして、逃げるために誰かが囮になったか、もしくは殿としてとどまったかのどちらかだろう。
今回は後者のようで、逃げ出せた彼等は殿を務めた仲間を助けるために、再度ダンジョンに潜ろうとしているのだろう。
「・・・・・・・そんな装備で大丈夫か? ってやつだよなぁ~」
大丈夫だなんて言葉が返ってくるはずもない。
命からがら逃げ出してきたくせに、たかが武器を新調しただけでどうにかなるわけもない。
なにより、今更向かってもくたばってるのが関の山。
死体はダンジョンが吸収し、形見一つも残りはしない。
行くだけ時間の無駄であり、行けばまた彼等ではどうにもできない魔物と対峙するかもしれない。
「行かずに諦めるのが正解なのだが、若さゆえにか。それとも英雄の夢でも見ているのか、俺には理解できねぇや」
ダンジョン探索などという底辺な仕事を請け負っているのだ。
そのうち嫌でも理解することになる。
取り残した仲間を何度も助けに行くと言うことが、どれだけ無意味なのかと言うことに。
ダンジョン探索などと言う危険な仕事を受けている限り、仲間の死からは逃れられない。
報酬が悪くとも、ダンジョン探索よりも稼げなくとも、無難な依頼をこなすべきなのだ。
豪遊も贅沢もできなくとも、僅かに日銭で貯金しつつ日々の生活は送れるのだから。
「まっ! 俺には関係のねぇこったな! 熱き若者に幸あれ~! クカカカカカッ!!」
仲間を助けに向かった若者達に、修二は特に手助けすることも、助言を口にする事もなく、ただ見送る。
修二の能力を使えば僅かでも生存率が上がるかもしれないが、そんなことは修二には関係ない。
自ら死の淵に行くバカの手助けなどしない。
そんなバカを助けた所で、何も学ばずまた命を粗末にするのだから。
「楽しそうな所悪いのですがね。注文の串焼き100本できやしたぞ」
「んあ? おぉ~、ありがとよ~」
敬語が微妙な屋台のおっさんから、串焼きを受け取ると修二は代金を払い、席を立つ。
バカな奴等を見てすっかり気が紛れたのか、気分の悪さが解消されていた。
「ぶっ飛んだバカは少なくなったが、かわりに夢見がちのバカが増えてちゃ冒険者ギルドも終わりだねぇ~。このままじゃもって十年。いや五年か? まっ、どっちでもいいや。鞍替えの準備だけはしとこ」
未来の冒険者ギルドは落ちぶれるといい、所属ギルドをバカにする不敬な物言いだが、運のいいことにその言葉は誰も耳にすることはなく、修二はまた街を歩きながら酒を買い占めて行った。
ちなみに購入した串焼きは、宿屋のオヤジにお土産と称して全て渡した。
そして、その日の夕食に格安で串焼きが売られていたとか、いないとか。