再来するトラウマと気合の令嬢
ぐつぐつと鍋の中に大量のハチトウミミズが煮込まれていた。
そう、この森で落ちて初めて口にしたクソマズイサバイバル料理、ミミズ汁である。
「「・・・・・・・・」」
その光景にハンモッガは裏切られたと言わんばかりに白けた目を修二に向け、子猫はまたこれ食うのかよと言わんばかりにあからさまな不満顔を向けた。
そして令嬢は少しでもその鍋から距離を取るためハンモッガの背後に回り身を隠していた。
離れるならば崖の縁まで行けと思うだろうが、流石に危険だと思っているようだ。
更に言えば一人になるのが怖いと見える。
「ずずずっ・・まあ、こんなもんか。おら飯だぞ」
「「「・・・・・・・・」」」
「なんだその目は。疑ってんのか?」
「「「・・・・・・・・」」」
そうだと言わんばかりの視線に、修二は肩をすくめながら己のミミズ汁を掬う。
「あんとき偶然見つけたハチトウミミズとは違って、ここのハチトウミミズは美味いんだよ。見た目変わらねぇからわからんだろうが、騙されたと思って食ってみろ」
「・・・・・シュ」
「・・・・・うみぃ」
「・・・ワタクシは食べませんわよ」
約一名を覗き、修二にすすめられるがまま二匹はミミズ汁を口にする。
ブヨブヨとした感触となんとも言えない生臭さが相まって決して美味いとは言えない。
前回食べたミミズ汁よりも粘りがないだけ食べやすくはあるが、美味しいとは程遠い味だった。
「うむ、安定の不味さだな」
「シュシャアァァァッ!!」
やっぱり不味いんじゃないかと珍しく声を荒げるハンモッガ。
やはり食い物で騙されたのが許せないようだ。
「クカカカカッ、やっぱそんなに美味くねぇよな。所詮ミミズ料理だからな。クカカカカッ!!」
「シュー! シュシャーー!!」
「クカカカカッ! わかったわかった。そう怒るなってんだ」
不機嫌だ。あまりに不機嫌だと言わんばかりベシベシと地面を叩くハンモッガに対して、修二は目に涙を浮かべながら長い木の棒を手に取ると焚火の中に突っ込み灰を掻き出すように動かす。
「安心しろちゃんと本命は用意してある。ほらこれだ」
焚火の中に放り込んでいたのか、卵のような丸い何かが転がり出てきた。
直火で焼いていたにもかかわらず、その丸い卵のような物は黒く焦げておらず、ただ灰が周りに付着しているだけだった。
そんな卵のような物を二本の枝で器用に掴むと、そのまま未使用の皿の上に乗せハンモッガの目の前に持っていく。
「これがここに来た目的の一つだ。なかなかの珍味だから、良く味わって食えよ」
そういうと修二はナイフの柄の部分を使い、卵のような物を割り、殻を取る。
卵のようなモノの中身はプルンとした艶やかな寒天のものが詰まっていた。
「豊かな森でしか取れないと言われる珍しい食材の一つだ。名前は・・・忘れたが、なんか大それた名前のような、可笑しな名前だったような、まあ気にするな。味はピカ一だからな」
修二は忘れているが、修二が用意したのは『御仏の千手晩餐』などと呼ばれている木の実だ。
なんかどこかの神様を信仰していた熱烈な修行僧がこの木の実を食べた時に、神の慈悲を感じたとかで、そう名付けたのが由来のようだ。
なんとも大それた名である。
まあそれはそれとして、ハンモッガは修二の言葉を完全に信じた訳ではないが、寒天らしき物から得も入れぬ良い匂いを嗅ぎ取ったため口を付けることにした。
「・・シュ?・・・シュシュシュシュ~~~~~~~ン」
初めは何の味もせず首を傾げていたのだが、数回咀嚼すると行き成り好みの味や食感に変化した。
始めたナッツを食べているかのようなカリカリとした食感と香ばしさ、次に味に飽きたと思えば淡白で噛み応えのある肉の味、更に飽きれば甘い果物の味と食感に変化し、そしてそれら全てに飽きたと感じると、今まで食べた食事で己が感動したであろう料理を引き出してきた。
「シュシャシャッ! シュシャシャッ!! シュシャシャシャシャッ!!」
一心不乱に食べるハンモッガ。
そんなに美味いのかと子猫が俺も食べたいと言わんばかりに近寄るも、それを修二は許さず首根っこを掴んだ。
「みーにゃーー!」
「俺も食ってみてぇが、俺もお前も・・いや、この中ではハンモッガだけしかあれは食えねぇよ」
「みぃ~??」
意地悪で言っているのではなく、本気で忠告していると感じた子猫は抗議するのをやめ首を傾げた。
「あの木の実の名は忘れたが、効果は覚えている。あの木の実は俺達が今まで味わった食事の過去を読み取る。そして読み取った過去から俺達が感動したであろう食事を再現する。そんな食い物だ」
ただそれだけであり、食事を再現するだけで毒はない。
食べたら爆発したり、寄生されたりすることもない至って安全な木の実だが、それは人によってことなる。
「ただ過去を懐かしめる食材ならよかったんだけどな。残念なことに美味い食事と共に人のトラウマまで呼び起こしやがる。お前で例えるなら殺された弟妹達と食べた食事とかを思い出しながら、家族の死を思い出すことになるだろうよ」
「うにゃ!?」
「美味い飯だったと思いながら、故意に思い出したくもない風景が思い出させる。幻覚の様に見せられることも、幻聴の様に声が聞こえてくることもなく、脳に刻まれた記憶を無理やり引き出されることになる。封印しておきたい吐き気がする光景がな」
「・・・・・・・・・みぃ?」
まるで修二にも思い出したくないトラウマと言うべきものがあるかのような口ぶりに、問いかけずにはいられなかった子猫だが、その問いかけに修二は鼻で笑いはぐらかすだけだった。
「まっ、そういうことだから、お前とあそこの令嬢も食えねぇってことだ。つか、聞こえてるくせに 何でテメェも食おうとしてんだ!」
「何をするのですか無礼者! やっとワタクシが食しても良いと思うほどの食事があると言うのに、邪魔するとは何事ですの!」
「何事ですの! じゃねぇボケナス! テメェも食えねぇって言ってんだろうが!」
「食べられない訳がありませんわ! ワタクシは貴方と違って監獄の臭いお豚ご飯など食べたことありませんわ!」
「何で俺の過去が監獄のクソまず飯になってんだよ! テメェ話聞いてたか? 美味かった飯の記憶を再現するって言ってんだろうが!」
「そのようなヘドロ汁を食べている貴方にとって、監獄のご飯であっても天にも昇る食事ではありませんの! ワタクシ間違ったこと言っておりませんわ!」
「は? 何コイツ。俺を味覚障害者とでも思ってんの? え? なに? バカにしてる? こんな状況だから仕方なくこれ食ってんのにこの巻きグソバカにしてんの?」
「バカになどしておりませんわ! ただの事実ですわ! そんなヘドロ汁を食す貴方は異常であると言っているだけですわ! それよりいい加減お放しなさい! 汚らしい下民が高貴なるワタクシに触れるなどあってはならない事ですわよ!」
「は~? お前はまだそんな事・・・って、それは仕方ねぇか。はぁ~~~、マジでメンドクセェ。メダパニヤロウの世話なんざ相手するだけでもストレスだっての」
「めだぱ? 下民の言葉は意味が分からないものばかりですわ」
「安心しろ。この言葉の意味が分かる奴はこの世界で数える程もいねぇよ」
もはや疲れたと言わんばかりにため息を吐くと、修二は非常食を取り出し令嬢に渡した。
「ミミズ汁が食えねぇならこれでも食ってろ」
「またこの貧相極まりない物を食べろと言うのですか! ワタクシはアレが食べたいと言っているのですわよ!」
「だから食えねぇって言てんだろうが! お前いい加減理解しろよ!」
「食べられない訳ありませんわ! イイから用意なさい!」
ホント何なんだろうなこのドリル。
こちらの忠告をまるで聞く気がないぞ。
「ああもうメンドクセェ! コイツ食わせて気絶させてやる!」
「ひぎゃあ!? だからその卑猥なのを持ってくるなですわ! この変態!」
「いちいちエロ方向に話しを持っていこうとすんじゃねぇ! この桃色ドリルが!」
「え、エロくありませんわ! 貴方こそ少しは女性に長くて太いヌメヌメしたのを食べさせようとか頭が可笑しいのではなくて!」
「それはテメェが世界を知らねぇだけだ! 国によってはそういうネバヌル系の料理を好きで貪っている女だっていんだよ!」
「そんな女性がいるわけありませんわ! 女性をバカにするのもいい加減になさい!」
「マジな話です~! 肌がきれいになるとか、胸がデカくなるとかで嫌いでも根性でめっちゃ食ってる努力の女がいるほどだからな!」
「はぁ? 何をバカな事を言ってますの! そんなので綺麗になれるなど、胸が大きくなるなど、そんな夢のような料理がある訳・・あるわけ・・・・・・・・・・その話ホントですの?」
急に己の肌を触れたり、視線を胸元に落としたかと思えば、行き成りしおらしく問いかけてきた。
すげぇ切実な声で。
というか、コイツなんか勘違いしてないか?
俺が言っているのは納豆とか生卵を混ぜたぶっかけうどんの料理や、オクラとかそういうねばねば食材の話をしていたのだが・・。
一度もミミズ汁についての話などしてないぞ。。
「・・・・嘘か誠かで言えばマジモンの誠の話だぜ! クソ不味くとも、ヤバいほどキモくとも、それを食えば綺麗になれるってだけで、気合と根性で乗り切る女はいやがるからな。いや~、美を追求し努力する奴はカッコいいぜ。生まれも悪けりゃ、見た目も整ってねぇ奴が必死に努力して、変わっていく様は感動もんだぞ。うんうん、そういう奴が世間で言われる絶世の美女ってのになるんだろうな。すげぇもんだぜ。ホント頭が下がるほどによぉ」
修二は勘違いしていると理解していながら、特に訂正することはない。
「・・・・ほ・・・本当に食べればお肌つるつるでお胸が大きくなのですか?」
「そればかり食べ続けた結果って訳じゃないだろうが、綺麗になる為の一役は買っているだろうな」
「そ、そうですの」
令嬢は深刻そうな顔になるとミミズ汁の前に移動した。
鍋の中を見て物凄く引きつった顔になっているが、そこから動くことない。
「早くよそりなさい」
「食うのか? 食わねぇんじゃねぇのかよ」
「口答えせずさっさとなさい!」
「へいへい」
言われた通りミミズ汁をよそい、令嬢に差し出す。
受け取る前から凄く身体が震えていたが、欲しいと言うのだから止めるつもりなどない。
「これも美しくなるため。これも美しくなるため。これも美しくなるため」
なんか念仏を唱えるようにブツブツと呟いている。
別に令嬢は不細工と言う訳ではなく、普通に整った顔なのだが、それでも今の自分では満足できない所があるのだろう。
肌しかり、胸しかり、髪しかりと美に対する女性の悩みは尽きることは無い。
「ふー、ふー、ふー・・・いざっ!」
令嬢は意を決して食べ始めた。
ヌメヌメしていたり、ブヨブヨしていたり、味付けが最悪だったりするが、それでも令嬢は息を止めながら渡された分のミミズ汁を食べ尽くした。
「おー、スゲェな。そんなスゲェ奴にはこれをくれてやろう」
「あ、あらうっぷ、それは、前回食べられなかった蜜リンゴですわね」
「ああ、最後の一個だけどな。それをお前にやろう。頑張った奴には何かしらのご褒美をあげねぇとな」
「ふふん、言い心がけですわね下民!」
息も絶え絶えになりながらも、一気に食べ尽くした令嬢に修二はご褒美の蜜リンゴを渡す。
それだけで令嬢は機嫌よくなるのでホント扱いやすい。
そんなミミズ汁食べても美とはあんまり関係ないのだが、まあ面白いのでもう少し黙っておこう。
「みにゃ~あ」
そんな修二の心情を知ってか、子猫は後で怒られても知らないからなと言いたげに鳴くと、ミミズ汁以外の飯を寄越せと言わんばかりに修二の足を叩き出した。




