想いの幻酒
「ブワハハハハハッ!! 酒だ! 酒だー! ジャンジャン酒持ってこーい!!」
「わたしこれ食べたぁい」
「おう、好きなの頼め! なんでも奢ってやんよっ!!」
「「「きゃー、カッコイイー!!」」」
「ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!! そうだろそうだろ!!」
ある酒場で男が女を侍らせ酒を煽っていた。
その酒場は真夜中だというのに、昼間のように明るく、美しく高価な酒が並んでいる。
夜中でも昼間のように明るいのは照明の魔道具を惜しげもなく使っているおかげであり、そう言ったお店は席代だけでも馬鹿にならないほど金をとられる。
更に言えばその店では女性を指名し共に酒を飲み、積み上げる金によってはお持ち帰りもできるキャバクラのような、風俗のような店でもあった。
普通の風俗店と変わらないのではと思うだろうが、この店は他の風俗店とは違う。
一度女達と酒を酌み交わし、身体だけでなく心まで楽しませられるように短い時間で、客の男が好む女性像を汲み取り、それを演じ堪能させ、己を高額で買わせるのだ。
財布の中身が空っぽになるほどにむしり取る。
だが、むしり取られても男達はそれに後悔することなく、また訪れたいと思ってしまう。
彼女に、彼女達に貢ぎたいと思わせてしまうほどの技術を持っている最上級の女達。
それゆえ何も知らずに足を踏み入れれば全てを奪われ、その先の人生までもこの店の女達に捧げることになる。
変わりに得られるのは一時の快楽のみである。
「わくわく、わくわく」
まあ、それは女を買いに来た男達の末路の話であって、純粋に酒を飲みに訪れただけの男には当てはまらない話であった。
「お待たせ致しました。こちらエルフ国の珍酒、ラッシュポリトーエンでございます。とても刺激が強いので舐めるようにお飲みください」
「おぉ! きたきた!!」
そう女よりも酒。
食事よりも酒。
人生の9割の楽しみを酒としている異常者・・もとい修二がそこにいた。
周りの客は最低でも二人の女を侍らせているが、こと修二の隣には女は一人もおらず、修二自身も寄せ付けなかった。
それもそのはず、女達は客の望む女を汲み取ることができる最上級の者達ばかり。
それすなわち女を望んでいないことも汲み取れると言うことであり、そんな客にいくら媚びを売っても金を落さず、無駄な時間を過ごすだけ。
それを知って誰も近寄らないのだ。
「・・・・・・」
修二は小さなグラスをまるで宝物を抱えるかのように両手でしっかりと掴むと、ゆっくりと口に運ぶ。
酒性が強いというのではなく刺激が強いという言葉に首をかしげるが、その道のプロに舐めるように飲めと忠告されたので、特に逆らうことはせず、素直にグラスのヘリを使いほんの少しだけ酒を飲む。
「?? っ!? ふぉ~・・・ふぉっ、ふぉっ、ふぉっふぉふぉふぉっおぉぉぉっぉほぉぉぉぉ~~」
初めは濃厚すぎて甘すぎる果実の味に、この程度の味で幻酒かとがっかりしたが、そんな考えはすぐに消え去った。
濃厚すぎた甘みは次第に芳醇な甘みへと変わり、修二の脳が、身体が、心が喜ぶ味へと変わっていった。
エルフの幻酒は生きている。
幻酒は元々身体の弱いエルフや食糧難で身体を壊す病人の為に作られ薬水であったという。
身体の調子を整え、必要な栄養素を魔力で変質させるエルフの秘術でもって作られていた。
だがそれも昔の話。
未だに閉鎖的なエルフの国とは言え、それなりに他国との交流があり食料を輸入できることになったおかげで、栄養失調や栄養の偏りが無くなったおかげで、薬水を摂取することはなくなり、そして、実験好きのきちがいエルフがエルフ国に赴いた客人に面白半分でその薬水を酒で割って飲ませた所、絶賛されたのがこの幻酒の始まりと言われている。
まあ、その話が嘘か誠かなど知らないし、知りたいと思わないが、それからなんやかんやあって、世界中の酒好き達が認めるほどの幻酒へと上り詰めたのだ。
「おぉ~、なんだろうなこれ。笑いが止まらねぇよ。あぁ~、うんまっ!」
身体がポカポカするが、これは酒のせいだけではない。
俺の身体に足りなかった栄養素が一気に接種できたことに、身体が喜んでいるのだ。
こうなったらもはや酒じゃねぇだろ、健康食品だろと思うが、こんな酒があってもいいだろと開き直りまた少しだけ口に含んだのだが、
「おぉぉぉぉ!! ほぉぉぉっ」
今度はそんな俺の心を読んだかのように、美味い酒を気持ちよく飲んだ時の解放感に包まれた。
味も先程の甘みとは違い、さわやで口当たりの良い酒へと変わっている。
思わず驚いてしまい、また変な笑い声がでてしまった。
少し恥ずかしいが、笑わずにはいられないほど、面白く楽しい酒だ。
「マスター。この酒はこの店の女達と同じように最高の女じゃないか」
「はい、珍酒ラッシュポリトーエン様もお喜びでしょう」
飲み手が求めるように変化する味。
まるでこの店の女達のような最高の味だ。
その感動をマスターに伝えた。
伝えたのだが、マスターはあまり嬉しそうではない。
その表情の変化に修二はただ首を傾げるだけで、まあいいかとさほど気にせず酒を楽しんだ。
初めの二口は舐めるように飲んでいたが、身体が勝手に愛しの女に口付けするかのように優しく、そして愛おしく数滴酒を含み下で転がすこともせず勝手に飲み込んでしまう。
失われていく幸福の時間を先延ばしにするように、ゆっくりと、ただゆっくりとその酒の変化に酔いしれていきたい。
そう願いつつも、小さなグラスに入った酒はどんどん量を減らし、そして最後の一口となったときふとあることに気づく。
酒飲みとして己が求める酒を、心を満たす酒を提供してくれることは、とても嬉しいことである。
だが酒飲みとして、いや、ただ酒が好きな者として、その作り手の想いを知りたいと考え、願ってしまう。
この酒の歴史が知りたい。
この幻酒が幻になる前の薬水と言われていた本来の味が知りたい。
それが最低最悪の味だとしても、原点を味わいたい。
初めて作り上げられた創作者の想いが少しでも、一部でも、一欠けらでも感じられるならば、酒飲みバカ野郎にとってこれほど幸福なことは無いだろうと、そんな思考のままに最後の酒を飲んだとき、俺は思わず眉を潜めることになった。
最後の酒は・・想像以上に酷い味。
真っ黒に焦げた炭のような味になったり、砂糖を入れ過ぎたジャムのように甘いだけの固形物のような食感になったり、道端に生えている雑草を大量に煮込んだ様な青臭く、苦く、体臭にまで染みつきそうな酷い味になったりと、およそ幻酒とは呼べないほどの酷い味を体験することとなった。
そうあまりに酷い味だった。
こんな酒を飲むなら捨て値で売られている安酒を飲んだ方がいいと思うほどに酷い味だった。
「・・ははっ」
あまりに酷い味に修二の瞳から一粒の涙がこぼれた。
そうあまりに酷い味に涙した・・・・訳ではない。
「ああ、これがこの酒の本質か」
味は酷かった。
どれだけ繕ってもマズイの一言だろう。
だが、あのマズイ酒を飲んだとき色々な想いが流れ込んできた。
それはこの酒を、イヤ、薬水として与えていた時代に生きていた人の想い。
これを作ったエルフの女はただ死にゆく同胞を助けたいと願った。
何度も失敗し、何度も苦悩し、数えきれないほどの挫折を味わいながら、やっとの思いで作られた奇跡の薬水。
その苦痛の心を知り、成功した喜びを知り、味はマズイがこれで助けられると安堵し涙する彼女の心を知り、最後に力尽き安らかに眠る彼女の心の欠片を受け取れた。
ただの勘違いである。
酒にそんな力はない。
心を受け継ぐ酒など作れる訳も無い。。
そもそも薬だったのではないか。
時代の流れと共に薬から酒へと変わり、人の心を残すような酒になる訳がない。
これはただの幻であり、偽りであろう。
「・・・あぁ、だから幻酒か」
今見たのが真実なのか、今感じたのが真実なのかわからない。
製作者がのちの世に、この薬水が幻酒と呼ばれることを知って作ったのだろうか?
俺のように特殊な力を持った者が制作者であり、時を超えて俺をおちょくってきたのだろうか?
そうであったなら、それは過去の偉人と対話したことになるのだろうな。
そうであったならば、なんとも楽しい事かと、ただの幻であってもたった一口でここまで客を楽しませてくれる酒などありはしないと、修二はただ笑う。
そして、ひとしきり笑うと流れた涙を名残惜しそうに拭い、どこか優しい微笑みを浮かべるマスターに視線を向けた。
「マスター、先に謝っておくよ・・すまん」
「はい、なんでございましょう」
マスターはこれから修二が何を言うのか予想出来ているのか、ただ笑みを浮かべ修二の言葉を待った。
「女達には悪いが。この店の中でコイツよりイイ女はいねぇなっ!!」
「・・ありがとうございます」
声高らかに女を褒めるのではなく、飲んだ酒を褒める修二の言葉に、マスターは深く頭を下げ感謝を伝えた。
最高の味であり、最低な味であり、おちょくられ、不快にさせられ、また過去の偉人と会うために飲みたくなる幻酒。
後味最悪の終わりであったが、酒飲みとして求めた製作者の想いを感じさせてもらえた修二は、感謝として財布に入っていた金を全て店に渡した。
この店の最上級の女達は、客の人生を狂わせてしまうほどの快楽を与える。
だが、この店の最高級の女は、金の代わりに客の願いを貴方に与え、引き止めることはしない。
ただ、また出会える日を静かに待ち続ける。