依頼を受けるのも命懸け!
この世には逆らってはいけない存在がいる。
それは何かと問われれば貴方は何と答えるだろうか?
神か? それとも悪魔か? それとも鬼嫁ですか?
答えは人それぞれであろう。
誰しも生きていく中で逆らえない存在と言うのがいる者がいるものだ。
「今回も随分とのんびりとしていましたね。シュウジさん? 先月も先々月もギリギリになる前に依頼を受けるよう指導したはずが、未だに、未だに! ご理解いただけないのですね? 悲しい限りですねぇ。そう思いませんか?」
「・・・・・・・・・・」
そしてこれが俺の逆らえない人物の一人。
黒ぶち眼鏡をかけた黒髪の綺麗な女なのだが、とにかく口うるさい。
一言でも言い返せば千のお叱りの言葉が飛んで来るマシンガン受付嬢である。
「別にこちらも仕事をしないならしないで構わないのですよ。ただシュウジさんの冒険者ギルドの資格が失われるだけですからね。こちらとしても別に不利益になる訳ではないのですよ。少しばかり年季の入った冒険者が一人辞めるだけですからね」
「・・・・・・・・・・」
受付にいなかったから、昼休憩にでも出かけているのかと思っていたのに、まさか後ろで事務作業をしているのは盲点だった。
マシンガン女の癖して日頃は五月蠅くねぇんだよなぁ。
あれか? 銃器だから気配がないのか? 存在感がないのか?
「ですがシュウジさんはこの街の市民権を持ってないですよね? というか申請すらする気ありませんものね。だって市民になったら色々な税金が発生しますもの。別に払えない訳でも、払いたくない訳でもなさそうですけど、ただただ手続きが面倒だからしないだけですよね? 色々書類を用意しなければいけませんし、あっちこっちの事務所に出向かなければいけませんし、何より冒険者という安定していない職に就いていると、毎日のように衛兵からいい仕事場を紹介されたり、お小言貰いますものね? それが嫌なんですよね? 稼げて自由に飲んだくれる生活とおさらばするのが嫌だから冒険者やってるんですよね?」
「・・・・・・・・・・」
というか、せっかくの変装が意味をなしていなかった。
変装は完璧であったはずなのになぜバレたのかが謎だ。
まさかこのギルドには人物を鑑定する特殊能力者がいるのかもしれない。
くっ、ひと月ほど来ない間にそんな技能を持つ者がこのギルドにいるとは、今更ながらに道具屋のばっちゃんが忠告していた、「情報収集は大切」という言葉の重みが身に染みるぜ。
今日から・・・いや、明日から・・・・いやいや明後日から情報収集しよう!・・・・・多分!
「いえね。別にイイのですよ。こちらとしては一向に構わないのですよ。自由を愛するのが冒険者ですし、危険と相対することで生きているって感じる冒険者が年々少なくなっているのも事実ですし、冒険者の死亡率が下がるのはギルドとしても喜ばしい事ですし、何より街の人々の為の依頼を受けて貰えた方がいいですし、そもそもシュウジさんが消化して頂ける依頼はどれも塩漬け依頼ばかりでギルドとしては助かっている部分があるので別に責めるつもりはないのですよ。はい、無いのですよ。毛ほども無いのですよ」
「・・・・・・・・・・」
情報と言えば、エルフの幻酒がこの街のどこかの酒場に数本降ろされているとか聞いたな。
眉唾物だと思って調べてなかったが、さっそく調べてみるか。
銀棒一本で小さなコップくらいしか飲めねぇほどべらぼうに高いが、死ぬ前に一度味わっておかねぇとな。
「ただね。ギルドも国に税金を払っているのですよ。その税金を払うには冒険者の皆様に多くの依頼を受けて貰って、その成功報酬やら素材買取やらの一部を頂くことで、私達の給料やら国に籍を置く許可を貰うための税を払えているのですよ。だから冒険者の方々にはバリバリ働いて欲しいですし、一人前の冒険者として成功して欲しいと願っているのですよ」
「・・・・・・・・・・・」
てか銀棒一本かぁ~、エールが百杯は飲めちまうぞ。
そう考えると、どうにもなぁ手が出しずれぇなぁ。
つか、そんな酒が庶民の酒屋に降ろされるなんて普通ねぇよな。
やっぱ眉唾か?
「しっていますか? Cランク冒険者って結構凄いんですよ? 大抵Cランクになる前にほとんどの人が死んでしまうのです。冒険者は危険な仕事が多いですからね。いかに腕の立つ新人冒険者であっても、少しの気のゆるみが、少しの運の無さが、小さな不幸が何度か重なるだけで死んでしまうのですよ。あっけなく死んでしまうお仕事で、その危険な仕事をこなして生き抜いた人達がCランクの冒険者として、ベテランの冒険者として認められるのですよ」
「・・・・・・・・・」
いやいや、調べもしないで何を言っているんだ。
どこかのキチガイが購入したかもしれないだろ。
クソ貴族共くらいしか飲めねぇ幻酒だぞ。
何もしないで諦める訳にはいかんだろ。
「それはとっても努力した証であり、誇るべきことです。なのになんでそこまで上り詰めた貴方がいつまでも飲んだくれているのですか! ベテランとして! 一人前の冒険者としての自覚をもって後輩の見本になろうとは思わないのですか!!」
「・・・・・・・・・・・」
あぁ~、幻酒って言われるくらいだが、いったいどんだけ美味いんだろうなぁ~。
長寿の奴等が作る酒は美味いんだよなぁ。
長寿が作る酒は年季がちがうんだよ、ただのエールですら喉ごしが違う。
苦味が違う。
酒を味わうためのグラスさえ作りが違う。
クッソー! エルフの国が閉鎖的じゃなかったらなぁ。
俺の種族がエルフ族だったらなぁ、ウンメェ酒をなが~く飲ん出られるのになぁ。
「あの! シュウジさん! 聞いていますか! ねぇ! ねぇってば! シュウジさん!」
「・・・・・・・・」
つか、マジで長寿羨ましいよなぁ。
せめてドワーフ族だったら五百年くらい生きられたのによぉ~。
何で母ちゃんも父ちゃんも人族だったのかねぇ~。
せめてどっちかが長寿だったらよぉ、ハーフとして人族より長生きできたのによぉ~。
くっそ~、マジありえねぇ!
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
あ~あ、世間には性転換とか言うふざけた薬があるってのに、なんで種族転換の薬はねぇんだよ。
俺も長寿になりてぇぞ!
死ぬのが怖いとかそう言うんじゃなくて、長く生きれりゃそれだけ酒飲めるってことじゃねぇか!
くっそー!
不公平だ! 人族の短命はあまりに不公平だっ!!
「オイコラッ! テメェ! シカトこくなやっ!」
「うお!? なんだ!?」
そして、散々シエルの話をシカトし、酒に思いをはせていた修二の頭を、ブチギレシエルが鷲掴みにする。
「ハッ? なんだやじゃねぇよなぁ? 今目の前で話してたんよなぁ? ずっと話してたんよなぁ? 席離れたかぁ? 一度でもあたしゃが席離れたかぁ? 離れてねぇよなぁ? そうだよなぁ? 違うとかぬかさねぇよなぁ? あ? そうだよなぁ? あ? 何とか言ってみろやぁっ!!」
ヤ、ヤベェ・・あまりに話がクソなげぇんで現実逃避してた。
この状態のシエルはクソヤベェ。
ブチギレ状態のシエルに逆らうと碌な目に合わねぇ。
ここはあれだな・・。
「へい! そのとおりでやんす! シエルねぇさんは何も悪くねぇでやんす!」
「誰がテメェの姉だ! あたしゃはそんなに年取ってねぇ!・・・誰がババアだゴラァーー!!」
「言ってねぇでゲス! 言ってねぇでゲスッ!!」
あっ、これダメなパターンだ。
このキレ方は物凄く面倒なパターンの奴だ。
シエルのキレ方にはいくつか種類がある。
声が氷のように静かに怒る時、笑顔が笑顔として機能していない時、物理法則を無視して髪が浮かぶ時などなどバリエーションは様々だ。
というか、その日の気分やシエルとの親密度でその怒り方は変わる。
そして、修二とシエルとの親密度はそれほど高くない。
最低ではないが、所詮は飲んだくれのグータラダメ男冒険者と、しっかり者の真面目人間であるシエル。
相性がいい訳もない。
故にシエルの怒り方は最高にヤバイ状態となる。
それが、ブチギレシエル鬼バージョン。
メッサ強そうな呼び名だよな。
ホント大それた呼び名だと思うよな。
そう思うのも仕方ないと思うが、そうでもねぇのよ。
「アババババババババッ!?」
「ざけんなよコラッ! ふざけんなよコラッ! あたしゃはまだ二十二じゃボケェ! まだまだイケテンだよコラァァ!!」
この受付嬢は元冒険者で、しかも元Aランクの戦士だったのよ。
怪力の上位スキル、鬼力ってスキル持ってて、力だけならそこらの巨人族に勝っちまうほどの化け物なわけよ。
そんなあぶねぇ奴がブ千切れられると非力な俺が抗えるわけもない。
襟を掴まれガクガクと揺さぶられるだけで、脳みそが頭蓋骨に何度もあたって死んじまいそうだ。
「ちょっ!? シエルさん! 落ち着いてください!!」
「流石に暴力はマズイですよっ!」
「や、やばい! ダメ男が泡吹いてるっ!! ヤダきたないっ! ではなくて! それ以上は流石に不味いですよ!!」
「ゴミが死んでも別に・・・・・・」
「けどこれ以上騒ぎになったら給料カット・・かも?」
「「「・・・仕方ない、止めるかぁ」」」
そして、見かねた受付嬢達が止めに入る。
何名かというか、受付嬢の半数はイヤイヤながらに修二を助けるために動き出した。
なんとも人望の無い修二であるが、毎日目標もなく自堕落に生活しているのだから当たり前の評価であろう。