部屋の中でひととき
シュッ! シュッ! シュシュシュッ!!
ある一室で風を切る音がする。
その音を生み出す者の左ジャブは世界を狙えるほどに早い。
この世界にボクシングと言う競技があるのであれば、確実に世界王者に君臨していたであろう。
まあ、それも
「みみゃっ! みみみみみぃにゃっ!」
子猫専用のボクシング大会があればの話だ。
「うざってぇな。さっきからベシベシベシベシ叩いてんじゃねぇ。手足引き千切るぞクソネコ」
「みみみぇぇ! みゃ~みゃ!」
うるせぇバ~カと言っているのだが、その言葉が修二に届くわけもなく、先程簀巻きにされて船の上からつるされた怒りを子猫はその風を切る左ジャブではなく、猫パンチでもって憂さを晴らしていた。
「ああっ! くそっ! いい加減にしろってんだ!」
「みみゃ~みゃ~!」
いい加減ウザったくなった修二は子猫の首を掴み威嚇するように怒鳴るが、それでも子猫が引くことは無い。
「みみゃーみゃ! みみみぃーみゃみぃ!」
「あの鍛錬法が気にいらねぇとか文句吐くなら、さっさと能力開花させてみろ。そうすりゃあんな方法取らなくても良くなるんだからな」
「みゅみぃー! みみみみみっ!!」
修二が言ったことを理解はできても納得はできない子猫の溜飲が下がる訳もなく、届きもしない猫パンチを繰り出し続けた。
知恵が付こうが獣は獣だなと思いつつ、面倒になった修二は、子猫をベッドへと放り捨てる。
「言っとくがこっちは善意だけでテメェの面倒見ている訳じゃねぇからな。テメェの中にあるテメェの能力が使えそうだから面倒見てやっているだけだ。あれだな。いわば先行投資ってやつで、それだけお前の能力に期待してるってことだ」
「みぃ?・・・みみゃ~ん」
期待しているなど言われ、子猫は少し機嫌が良くなり尾を揺らす。
「まあ、今のお前を見ていると無能のグズにしか見えねぇから期待した俺がバカだったかもしれねぇがな」
「みにゃ!?」
そして、褒めては突き落とす修二の言動に、子猫は尾を真っ直ぐおったてて、一瞬固まると、不満そうに鳴きだした。
「おーおー、不満そうだな~。だったらさっさと能力使ってみろよ。この能無しブサ猫」
「みぎぃっ!?」
乙女に向かってブサ猫とはなんという言い草だと幼いながらに侮辱された子猫は収まりつつあった怒りが再発し、猫パンチをまた繰り出し始めた。
「くかかかかっ! 届く訳ねぇだろ。お前の短足じゃあどうやっても俺にはとどきゃしねぇっての。ば~か」
「ふんみぃぃぃぃいぃ!!」
ヤカンが沸騰するかのように、頭から蒸気を噴出させながら、その汚ねぇ顔ひっかいてやると言わんばかりに修二の顔に前足を伸ばした。
意味がないとわかりつつも、伸ばさずにはいられないのだろう。
「くははははっ、ホント知恵を授かろうが獣は獣のままだな。あったまわりぃでやんの」
「ふみぃぃぃぃっ!」
「がじがじがじがじ」
それからしばらく子猫を挑発し続けた修二だが、酒が無くなると同時に戯れるのも面倒になり、無駄な挑発をすることは無くなった。
そして子猫もめいっぱい猫パンチを繰り出し続けたせいで体力が尽きてしまい、自由に身動きできるようになったと言うのに、自慢の猫パンチを修二にくらわすことができずにいた。
今は少しでも嫌がらせとばかりに修二の服を齧っている状況である。
「お前は無駄に執念深いな・・・いい加減俺は飽きたぞ」
「みがじがじみゃがじがじがじ」
鳴きながら噛み続ける子猫の姿に、流石元復讐者だと感心する。
「つか、予備の酒も切れちまったな。仕方ねぇから買いに行くか~」
「うみゃがじうみゃがじ」
「・・・・まさかまだ食いてぇとか言ってねぇだろうな?」
「うみぃ! がじゅがじゅがじゅ!」
了承の鳴き声を上げつつ噛むことを止めないが、その鳴き声はそうだと言っているようだった。
コイツの胃袋はマジでどうなってるんだ。
などと思いながら、修二は欠伸をしながら立ち上がり、部屋を出た。




