悪役が現れた
「クカカカカカカカカッ!!」
「みゃゃゃゃゃゃャャャャャャッ!!」
下品な笑いと、子猫の叫び声が甲板に響き渡る。
言わずとも知れた、どうしようもない飲んだくれと、なぜかそのロクデナシに誘われるがままについて来た子猫である。
そんな一人と一匹が今何をしているのかと言うと、
「お~ら、集中しねぇといつまでたっても終わらねぇぞ~」
「ミャャャャャャャゃゃゃゃゃゃゃゃっ!!」
子猫をロープに縛り付け船の外へとぶら下げ、修二はそれを眺めているというなんとも危ない遊び、ではなく子猫の能力を開花させるための訓練をしていた。
古いロープなのか風に揺られるたびにギリギリと嫌な音を立てながら、今にも切れそうでどう見ても、動物虐待にしか見えないがこれでも一応能力開花の訓練中である。
小さな子猫の命を弄ぶ鬼畜の所業であり、そう見られても仕方がない光景であるが、修二はそんなの事気にしない。
「泣いて叫べば助けてもらえるとか思ってんじゃねぇぞ~。つ~か、マジでこのまま落としちまった方がいいか? 前回は失敗したが、もしかしたら今回はいけるかもしれねぇし」
子猫が能力を始めて発動したのは家族が殺される際になりふり構わず逃走している時。
まあ、本人は無意識で使用していたのでそれを覚えていないが、身体は覚えているはずだ。
あの時と同じように恐怖を感じさせれば行ける気がする。
「・・・・・・・・・・」
縄を切ることでそれが再現されればいいかも知れない。
そう、それがいい考えかもしれないなと縄を眺めていると、不穏な気配を察知したのか子猫の叫び声がなお一層激しくなる、激しくなるのだが
「・・・・・・・・・・」
修二の視線は縄から離れることは無い。
先程まで馬鹿笑いをしながら話しかけていたというのに、今はただ無言で縄を見続けていた。
ギ、ギギギギギッ
そしておもむろにロープを手すりに擦り付けるように動かし始める。
まるでロープで手すりを掃除するように何度も擦り付ける。
擦り付けるたびに嫌な音が聞こえ、その音を耳にした子猫はなお一層激しく騒ぎ出す。
そして、そんな事をしていると
ブチブチッ
「クカカッ! 結構脆い!」
「ミギャャャャャャッ!?」
千切れ始めた。
「こりゃあ手を出さなくともすぐに切れちまいそうだ。もうちっと頑丈なのにしてくればよかったぜ」
そうすれば少しずつ切る楽しみがあったのにと残念がりながら、未だに騒いでいる子猫を見下ろす。
「お~い、いい加減に何とかしねぇとマジで落ちちまうぞ~」
「ミギユュュュゥゥゥゥ!」
なんか凄い声で叫んでいるが、猫語など知らない修二はただニヤニヤと子猫を眺めるだけである。
「それともなにか? このまま家族の元に行きてぇのか? なら手伝ってやるよ」
そういうと、これ見よがしにロープに触れ軽くこすりだした。
ブチブチとまたロープが切れ始める。
「ミミャギャャャャャャッ!?」
縄が数本切れる音を耳にした子猫は助けてと言わんばかりになお一層大声で鳴き出す。
「クカカカカカカッ!! ギャャャッだってよ! スンゲェ声だな! ほ~ら、いい加減どうにかしねぇとマジで落ちるぜ~?」
そんな子猫の悲鳴などなんのその、酒の肴と言わんばかりに酒を煽り、決して助けようとはしない。
まあ、ロープには元々細工が施されており、縄が千切れたとしても極細のワイヤーが子猫の尻尾の魔道具から伸びたそれを掴んでいるので危険はないだろう。
少し尻尾が痛みを覚えるかもしれないが、それだけだ。
なので、ただ子猫を弄って楽しんでいる・・ではなく、安心して能力開花の訓練をしているのだ。
「何をしていますのっ!!」
「あん?」
ただ、その光景を目の当たりにした人がどう思うかなど、日を見るより明らかだろう。
行き成り甲高い声をあげながらズカズカと修二に歩み寄って来た女。
高級そうなドレスに身を包んだ金髪巻き髪女。
乙女ゲームに出て来そうな悪役令嬢がそこにいた。
「そこの下民! その子を早く引きあげなさいっ!! お可哀想だわっ!」
まあ、見た目は悪役令嬢なのだが、言っていることは至極まともであった。
「なんだコイツ・・・・・・・・あ~、マジかよ。クソメンドクセェ奴だ。しくったぜ」
能力を使うまでもなく、少女の姿を見て、どういう身分のモノか理解した修二は心底面倒そうに眉を潜める。
(子猫を弄るのに集中しすぎたな。というかコイツマジで貴族か? 俺の能力が反応しないのだが・・・)
能力は常時発動している。
だが、それでも俺の能力は彼女が貴族であることを認めていなかった。
タダの影武者なのかもしれないし、何故能力に反応しなかったのか調べることも出来たが、面倒であったので
(・・・・・・・・これ以上絡まれねぇうちに逃げるか)
ただ関わらないことを選択した。
修二は、令嬢の言葉通り子猫を引き上げる。
「ふふん」
そんな修二の行動にご令嬢は満足そうに鼻を鳴らし、愚かな民を見るような蔑んだ視線を修二に向けた。
悪意無くただ己より血が劣った平民に向ける視線。
なんとも血を重んじる貴族のそれである。
修二の能力では貴族ではないと判断していても、この態度を見せられると純正の貴族であると思わされる。
コイツが影武者だったら額の癖に凄い演技力だと思う。
「お待ちなさい。ワタクシに何か言うことがあるのではなくて?」
関わりたくない修二は簀巻きになりながらも暴れる子猫を担ぎながらそのまま部屋へと戻ろうとした。
だが、その願いはかなわず引き止められることとなる。
どうせ感謝の意を示せとか、首を垂れろとか言うつもりなのだろうと思いつつ、そのくだらないプライドに修二は冷めた視線を向けた。
「・・・・・・」
「ちょっと無視なさらないでくださる」
そんなご令嬢の心を知りながらも修二はただ視線を向けた後、無言でご令嬢の横を素通りする。
「ワタクシが貴方のような下民に声をかけてあげているのですわよ?」
僅かに声の音量が上がり、子犬のように食ってかかるご令嬢に、修二は眉を潜めながらそれでも無視して歩み出した。
「下民! 聞こえておりませんの! 恐れおおくもメイエッド侯爵家が一人娘。ディオニア・オルセイン・メイエッドを無視するつもりかしら!」
そして、無視し続けているとご令嬢の堪忍袋が耐えかねなくなったのか、本当に子犬のように吠え始めた。
「・・・・・最近の淑女は獣の様に大きく口を開けて騒ぐのですね。品の悪いことで」
「なっ!?」
行き成りの暴言であるが、修二の言う通り貴族の令嬢として声を荒げる行為は恥ずべきことであった。
いくら身分の低い者にあしらわれ、プライドが傷つけられたとしても、公共の場で騒ぐ姿をさらすのは淑女として宜しくない。
「・・・・・・こほん」
目の前の下民、いえ、下郎に指摘されたことがとても腹正しいが、ここは上流階級の貴族として、いや、侯爵家の娘として恥ずかしくない行動と度量を見せるべきだろうと思い、令嬢は咳ばらいを一つしてから、不敬な男に視線を向けた。
「グビグビグビグビ」
向けたのだが、修二はそんなご令嬢になど気にも止めず、いつの間にか酒を煽りながら離れていた。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」
注意されたばかりだと言うのに、ご令嬢は声を大にして引き止めようとする。
その声を聞いても修二は止まることは無く、逆に歩くスピードを上げ、ご令嬢の視界から逃れるように角を曲がる。
ご令嬢も修二を見失わないように追いかけ、角を曲がったのだが、そこに修二の姿は無かった。
「もう! どこいったのですのっ!」
一瞬で消えたことに驚いたが、それ以上に下郎が自分を見下した言葉を吐いたのが許せず、ご令嬢は地団太を踏みそうになる。
だが、人の目があるこの場では、それができる訳もなく、ただ固く拳を握り、この苛立ちをぶつけるために、修二を探した。
「なんでこうも気の強い女ばかり突っ掛かってくるかねぇ。ああ、メンドクセェ~」
修二はご令嬢から一瞬視界から逃れた瞬間、壁に手をかけ上へと登った。
本来関係者以外立ち入り禁止の操縦席などが配置されている場所に腰かけているが、まあ、中に入らず、丁度人一人分座れるくらいの壁に腰かけているだけなので問題は無いだろう。
「はぁ・・・神がいるならもうちっとお淑やかな大人の女を寄越してほしいもんだぜ。気の強いガキは好みじゃねぇんだよ」
行く先々で関わる女の多くはほとんどが気の強い女ばかり。
良さそうな女は大抵人の物か、この手で殺してきた。
俺にはガキが集まる呪いでもかかっているのだろうか?
と言うか、なぜ全員我が強い奴等ばかりなんだ。
欲は言わねぇから遊郭や娼館にいる従順で扱いやすい女を寄越してほしいもんだ。
もしくは、清楚な女を寄越してくれ。
まあ、そんな扱いやすい女が現実にいないのは理解しているけどな。
逆に女が求める完全無欠の超絶イケメンが存在しないから、そう文句ばっかり言えねぇけど。
「まっ、どんなにイイ女が現れても、俺の最愛で生涯の伴侶はコイツだから、どうでもいいことか。クカカッ!」
ちゃぽんちゃぽんと残り少なくなった酒を揺らしながら、修二は機嫌よく鼻歌を歌いながら流れる雲を肴に酒を飲む。
「みぎぃぃぃっ!!」
その横で簀巻きにされた子猫がもう解け! と言わんばかりに騒いでいるが、修二がそれに気にすることは無かった。




