イキリ豆
「ふぁぁぁぁぁ、オヤジ~、エールくれ~」
ダメ男、もとい修二は昼過ぎに目が覚めると酒を飲むために食堂に降りてきた。
皆仕事に行き精力的に働いているというのに、この男は安定のダメ男っぷりである。
「起き抜けに酒かよ。仕事はいいのか?」
「くかかかかっ、おいおい、冗談よしてくれよオヤジ~。金のある奴が仕事なんか行くかっての。俺の幸運がヤベェの知ってるだろ? 外歩きゃあ、数カ月飲み食いする金を得てくるんだ。俺が毎日外に出ちまったら、ひと月で億万長者になっちまうぜっ! くかかかかかっ!!」
そう言うと、修二はオヤジに銀貨を渡し席に着く。
「流石にすきっ腹に酒はヤバイだろ。残りだが食っとけ」
「お? サービスか? やっさしぃねぇ~。ほんじゃ、ありがたくいただくぜ」
差し出されたサービスの野菜スープを修二は美味しそうに飲んでいるが、元々朝食も宿代に含まれていた。
早朝に起きてくることのない修二がそれを知ることはないし、知っていても好き好んで起きてくることはないだろう。
オヤジも修二が朝起きないのを半年の付き合いで嫌と言うほど知っているので、故意的に一人分の食材を減らし作っている。
その分宿代も安くすませているのだが、そのことをわざわざ伝えるつもりはない。
なので、修二がオヤジの気遣いに気付くことはないだろう。
「いんや~、流石オヤジの料理! すげぇうめぇな! よっ! 流石下町の宮廷料理人!」
「アホな事抜かすな。ほらエールだ。つまみがイキリ豆くらいしか用意できねぇが食うか? 新鮮すぎてウルセェけど」
「「「「ああん!? 上等! 上等! 食うかこのヤロウ!! コイヤこのヤロウ! 奥歯ガタガタ言わせてやんよっ! 食ってみやがれこのヤロウッ!!」」」」
オヤジが取り出したのは、緑色の豆。
その豆達は嫌に好戦的で、修二に向かって喧嘩を売っていた。
「おぉ、確かにウルセェな。まっ、新鮮な証拠だからな、ありがたくいただくぜ。コイツ等ウルセェけど味はいいからなぁ」
「あいよ」
「「「「ま、まじで?」」」」
イキリ豆達は食べられると思っていなかったのか、どこか動揺していたが、オヤジはそんな事は気にせずフライパンにイキリ豆達をぶち込み、塩を振って炒る。
「おぉぉぉぉぉ!! 飲んだくれのクソ男に負けてたまるかってんだっボケェェェッ!」
「クソガッ! テメェ素手でこんかいっ! かかってきやがれってんだ酒クセェクソ男が!!」
「目つぶしかこのヤロウ! 塩で目つぶしかこのヤロウ!! 卑怯な手使いやがって! テメェの指示だろ負け犬のクソ男! 寝起きで酒なんざ飲んでんじゃねぇよ! だからモテねぇんだ! この玉無しヤロウッ!」
なんかイキリ豆達が炒られながら暴言を吐いている。
なぜかその暴言は調理しているオヤジではなく食す修二に向けられているのが、全く意味がわからない。
流石謎食材と言った所か。
「おまちどう」
「おぉ、ぷっくりしてて綺麗じゃねぇか! 美味そうだ!」
「「「「ば、バカ野郎。て、照れるじゃねぇか・・」」」」
そして並べられたイキリ豆達は先日見つけたエメラルドの宝石よりも美しく、そして大地の栄養を蓄え、ぷっくりとした肉厚でとても美味そうだった。
これはエールに合いそうだと修二は早速一粒手を伸ばした。
「ほう、わかってるじゃねぇか。いいぜ相手してやる。特攻隊長のイキジがテメェの奥歯かち割ってや・・ウガガガガガガッ・・・・あふんっ」
「たいちょうーーー!」
「くっそ! 隊長がやられた」
「テメェふざけやがって! 次は俺が相手だ! かかってきやがれ!!」
炒ったおかげかイキリ豆はほくほくしており、更に良いあんばいの塩加減が口の中の水分を奪う。
水分を欲している口にエールを飲む、これがまた最高だ。
塩豆、エール、塩豆、エールと言った感じで永遠に飲めてしまいそうだ。
それだけ塩豆とエールの相性がいい。
そういいのだが、
「うぎゃゃゃゃ・・・あふんっ」
「ちくしょーーーー・・・あふんっ」
「くそ、皆すまあふんっ」
いかせん騒がしい。
と言うか最後に命尽きる瞬間、新しい扉開きましたと言う感じを出すのを止めて欲しい。
「なぁ、オヤジ。これ美味いのは否定しねぇけどよ。ぶっちゃけ人気ねぇだろ」
「原形のまま食うやつはお前くらいだな。普通はペースト状にしてスープとかソースにしちまうな」
「まあ、それが妥当だよな。普通に考えて人の言葉喋る奴を食べるの躊躇するだろうしよ」
なら何でお前は食えるんだよと、ツッコミそうになるが無駄に冒険者生活の長い修二のことだから、いろいろ経験しているのだろうとオヤジは考え口を噤んだ。
依頼で遭難した、道に迷った時など世間様には話せないモノを食べて生き延びたなんて話はざらだからな。
「と言うか、マジで仕事しに行かなくていいのか?」
「あ~?? だから金ならあるって言ってんだろ? 嘘だと思うなら先にひと月分の宿代払っとくか?」
胸元からガシャガシャと軽快な金属音を鳴らしながら、財布から銀棒を見せつけるように取り出す。
「別に金の心配してるわけじゃねぇよ。ただお前、今月ギルドで働いてねぇだろ」
「んあ? そうだな。それがどうした?」
「どうしたもこうしたも、あと三日で今月終わるぞ。ギルド規定で最低ひと月に一度はなにかしらの依頼こなさねぇと免許剥奪になるんじゃなかったか?」
「あ?・・・・あぁぁぁぁぁぁ!!」
修二はオヤジの言葉に、そう言えばそんな規定があったことを思い出す。
ぶっちゃけそんな規定なくとも冒険者達はその日の宿代、飯代、酒代を稼ぐ為に依頼を受ける。
修二のように依頼を全く受けずに、街の外に落ちている物だけで生計を立てているのは異常なのだ。
「やべぇー! すっかり忘れてた! くっそ~マジメンドクセェ。今日はのんべんだらりの気分だったのによぉ~」
それはいつもの事だろとオヤジは思ったが、特に指摘することはしない。
「そう言うなら今日は休んで、明日行くか? お前のことだからEランクの薬草採取かFランクの雑用依頼しか受けに行かないのだろう?」
「おいおい、俺はこれでもCランクのベテラン冒険者様だぜ? ゴブリンやウルフくらいなら討伐できるんだぜ?」
「なら常時討伐依頼を受けに行くのか?」
「ハッハッハッ! 命のやり取りできるほど若くねぇんでパスだ!」
「なら何受けんだよ」
「ハッハッハッハッ・・・・・はぁ・・・ギルドに行って良さそうな依頼が無いか見てくるか。本格的に働くのは明日からだな」
「なら気合入れていけ。多分シエルが怒っていると思うぞ」
「え?・・・・・あぁ~、あのクソ真面目の女か。確かに怒ってそうだな・・・やっべぇぇぇ、行きたくなくなってきたぁぁぁ」
「ギリギリまで仕事しなかったお前が悪い。自業自得って奴だ。諦めて死んでこい」
「う~わ。マジでう~わ~」
修二は飲みかけの酒を飲み干すと、肩を落としながら宿を出て行った。
いい年のおっさんが、学校行きたくないと駄々をこねている様で、なんとも恥ずかしい限りである。