前日
ふうじぃに酒もツマミも奪われた次の日の夜、修二は部屋で装備の確認をしていた。
とは言っても、あまり使っていない装備、破損などは見られないので確認もくそもないがな。
どちらかと言うと、今回力を貸してくれる奴等の報酬や、旅に必要な荷物の点検くらいしかやることが無かった。
うむ、作戦決行前夜だと言うのに、ホントにやることがないな。
イイ事ではあるが。
「・・・・・・準備完了と・・・ふぅ」
確認も済み後は寝るだけ。
明日は能力をフルに使い、敵の動きと味方の動きを把握し、不足の事態が起こった場合即座に伝えられるようにしていればいい。
はっきり言って前回子供を抱えて逃げ回っていたよりも扱う能力の難易度が上がるのでキツイ。
別に俺が司令塔となって指示を出すわけではないが、それでも百人以上の敵と味方の動きを把握し、更には敵の所持する武器の種類、行動に変化があった場合すぐに知らせなければならない。
流石に一度に百人以上の情報を管理し、敵・味方の思考を読み取り続けるのは疲れる。
だから、今日のうちにさっさとベッドに横になり英気を養っておきたいのだが
「・・・・・・・・・・・・」
先程から誰かが扉の前を行ったり来たしている。
人の気配を感じる・・などと言うあやふやな感覚ではなく、純粋にギシギシと言った床を踏む音が聞こえるのだ。
一瞬犯罪ギルドの奴等が勘づき俺を始末しに来たのかと考えたが、すぐに能力で調べうろうろしている存在が誰なのかわかり、その考えが杞憂であったことに力が抜けた。
「・・・・はぁ・・・いい加減ウゼェ」
いったいアイツは何がしたいんだと思いつつ、しばらく様子を見ていたが、一向に変化が見られない。
なので修二はベッドから起き上がると、部屋の扉を開けた。
「考え事なら他でやれよ」
「!? そ、そんなの私の勝手でしょっ!」
扉を開けると銀の長い髪をなびかせたダークエルフ少女、エルフィナがそこにいた。
機嫌が悪いのか出会い頭にキンキン声で対応される。
「うるせぇな。行き成り大声出すなよ」
「アンタが行き成り声かけてきたからでしょ! 私は悪くないわよっ!」
「ああそうかい。そりゃあわるぅごぜぇました~」
行き成り声かけるなと言われてもどうしようもないだろ。
まさか部屋にいる俺から廊下にいるお前にノックでもしろってのか?
アホかよコイツと思いつつも、反論しても面倒と考え聞き流すことにした。
「つか、お前はまた遅くまで働いてきたのかよ。随分と働きもんだなぁ~。ご苦労なこって」
エルフィナの姿は今依頼から帰って来たと言わんばかりの姿。
別に汚れている訳ではないが、あの森で出会った装備のままだ。
流石に背負っていた長剣は能力で仕舞っているようだ。
もし背負っていたら今頃宿屋の床は傷だらけになっていただろうな。
「長寿の癖にせわしねぇ奴だな。もうちっとのんびりできねぇのかよ」
ふうじぃみたいにとは言わないが、流石に道具屋のばっちゃんの様にもうちっとのんびりできねぇもんかねぇ。
ダークエルフ族の癖して、どうにもコイツは生き急ぎ過ぎて見てられねぇ。
「私はアンタみたいに暇じゃないのよ。というかアンタはもっと活発的に生きなさいよ。そんなんだからダメ人間だって言われるのよ」
「そんなもん貧乏人共のひがみだろ。吐いて捨てるほど金があるってのに働けとかまじで意味わからねぇ。金持ちは時間を持て余すのが仕事なんだよ」
まあ、そう言えるのも修二の能力が探し物や調べものに特化した能力であり、この世にはまだ発見されていない財宝や資源を己の為に有効活用しているから言える言葉であった。
「ほんとアンタ、ムカつくわ。労せず金を得るなんて・・・死ねばいいのに」
「ああ、そうかよ。だったら百年待ちな。そうすりゃ嫌でも死んじまうからよ。つか俺はもう寝るからどっかいけ、さっきから床が軋んでうるせぇんだよ。縦に伸びる前に横に伸びてどうすんだ」
「誰がデブよ! ぶん殴るわよ!」
床が軋んでいるのは鎧が重いだけと知りつつも、修二はエルフィナをからかう。
ホントコイツは良いリアクションすると思いつつ、これ以上からかうと手痛いしっぺ返しが来ると思い、そっと扉を閉めようとした。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
だが、閉めようとした扉はエルフィナの足が割込み止められる。
足癖も悪いとか、このガキマジで救いようがない、などと思いながら視線をエルフィナに向けた。
「なんだよ。俺はもう寝るつってんだろ」
「そんなこと知らないわよ。それよりアンタ・・・・・・・その・・」
パクパクとまるで金魚のように口を開けたり閉めたりを繰り返し、要領を得ない言葉を繰り返し発する。
「だから、なんだっての」
「だから・・あれよ・・あれ・・・・そ、そう! あの子猫どうしたのよ! ティティティがいなくなったって泣いてたわよ! 捨てたんじゃないでしょうね!」
そして、今子猫のことを思いだしたと言わんばかりに捲し立ててきた。
「帰ったらいなくなっていただけだ。俺が知るわけねぇだろ」
「なら、探しなさいよ! あれアンタのペットでしょ!」
「荷物にしかならねぇゴミを飼う訳ねぇだろ。飼うならもっと役立つモノにする」
食費はかさむが、旅のお供に連れて行くのであれば自由奔放で気まぐれなネコ科の獣よりも従順なイヌ科の獣を旅に連れて行くべきだ。
それも大型犬を連れていけば戦力にもなり、荷物持ちにもなり、非常時には食料にもなる。
故に子猫など連れていく利点は無い。
まあ、女の気を引いたり、警戒心を緩める効果はあるだろうが、別段必要とは思えない。
「つか、たかが子猫一匹に今まで悩んでたのかよ。お前そんなに猫好きだったか?」
「別に好きじゃないわよ。ただティティティが泣いてたから気になっただけよ。というか、話そらすんじゃないわよ! アンタ探してきなさいよ! アンタ探索は得意なんでしょ!」
野良猫一匹いなくなったくらいで血相変えるとかコイツ大丈夫かよ。
そこまで情が湧いていた訳でもあるまいに。
「アホクサ。なんでそんな面倒なことせにゃならんのだ。旅立つ前に過労死するわ」
「そんなんで過労死するなら旅に出れるわけないじゃない。バッカじゃないの」
「はいはい、おればバカですよ~・・・・はぁ、もういいか? 流石に迷惑だ」
「・・・迷惑ってなによ」
「迷惑は迷惑だ。俺は旅に出るんだぞ。流石に疲れを残して旅立ちたくはねぇ」
というか、流石にいい加減にしてくれ。
明日は犯罪ギルドを潰す日。
できるだけ万全の状態で望みたいんだからと、そういう意図からくる言葉だったのだが、エルフィナにはただ邪険にされただけと思われることとなり、エルフィナの表情は明らかに不機嫌だと言うように顔を顰めた。
「ああ、そうですか! そうですかっ!! それは悪かったわねっ! ふんっ!」
そう言うと、床が抜けそうなほど強く足を踏み鳴らしながら行ってしまった。
いったい何がしたかったのかと思いつつも、やっとこれで休めることに修二は上機嫌になりながら、扉を締めようとしたのだが、
「アンタなんかコモミエの森で死んじまえぇぇぇぇっ!!」
「・・・まじでいきなりなんなんだ?」
行き成り叫び出したエルフィナに修二は首を傾げる。
まあ、働き過ぎで頭のネジがぶっ飛んだんだろうと、特に気にすることなく修二は扉を閉め、ベッドへと潜り込むのだった。
ちなみにコモミエの森と言うのは、ダークエルフ族が子供に悪い事をさせないために言い聞かせいる、実在しない森のお話である。
悪い子は死を誘う森に連れていかれる。
自然を無下に扱う者は連れていかれる。
隣人を大切にせぬ者も連れていかれる。
争いを求める者を連れ去る。
良き森の理解者であれ、良き人であれ、平和を求め愛する者であれ。
そう言い聞かせるためのお話
要するに、エルフィナは今回のように隣人を大切にしない修二の言動に腹を立てて口にしたのだ。
素直ではないエルフィナが、旅に出るという修二にせっかく別れの挨拶に来てやったというのに、邪険にされては腹も立つというもの。
仲がいい訳でも、依頼で手を組んでいた事も無く、二人だけでどこかに出かけたことさえない。
突発的に森で出会い共闘することはあったが、あんなのはカウントの内に入らない。
ただ同じ宿に住む冒険者、たまに会えば口喧嘩する程度の冒険者。
その程度の間柄であるならばわざわざ別れの挨拶などする必要もない。
そもそも冒険者同士で別れの挨拶などしない。
流れ者であるが故に、いつ命が消えるかわからぬ世界に身を置いているが故に、冒険者はいちいち別れを惜しまない。
別れを惜しむ暇があるなら、魔物を殺し金を稼ぎ酒を煽れ。
それが冒険者の常識であり、修二にとってもそれが常識であった。
故に修二がエルフィナの気遣いに気付かないのも仕方のない事である。
ただ、エルフィナはまだ冒険者になって一年足らず。
冒険者としての常識を知ってはいても身に付いてはいない。
そして何よりエルフィナは多くの未来をその目で見てきた。
この街に訪れてからというもの、何度も何度も修二に助けられる未来を見てきたのだ。
その為、エルフィナは修二をただ同じ宿に住む同業者とは認識していない。
いくつもの未来で何度も穢され、攫われかけた未来で自分を助けてくれていた存在。
何度も命と女としての尊厳を奪われる未来を壊してくれた存在。
この街に訪れて、修二に出会ってから怖い未来を見ることはあっても、ただ見るだけで、最悪の未来に行きつくことは極端に減った。
そのおかげで、心に余裕ができ、強くなるための覚悟も、時間も得られた。
金を稼ぎ、良い装備を買い揃え、最悪の未来に抗う力を得るだけの時間が手にすることができた。
だから、エルフィナは人知れず感謝していた。
歩んでいたかもしれない最悪の未来からいつも助けてくれることに、そして一度だけ彼が最悪の未来を完全に消してくれたことに、感謝していた。
認めたくはなくなかったが、地獄を消してくれた事実に、感謝した。
歩まなかった未来だが、この目に確かに映った最悪の未来を根源から消してくれたのだから。




