困惑
子猫を連れて宿に帰った後、修二は部屋で紙とペンを持ち、何枚も手紙を書いていた。
この世界での紙はとても貴重である為、普通は羊皮紙を使うものだが、楽に金を稼げる修二にとって紙が高級品だとは考えていなかった。
「こんなもんだろ。く~~~~・・はぁ・・・キリもいいし何か腹にでも入れるか」
ぽつりと呟く修二の言葉に丸められた紙で遊んでいた子猫が反応する。
どうやら何か食べに行くことに気付いたようだ。
書き終えた手紙をまとめ懐に入れると、席から立ち上がる。
そんな修二に向かって子猫は俺も行くと言わんばかりに張り付き、そのまま肩まで登ると、絶対離れないぞと言わんばかりに服に爪を引っかける。
「勘のいい奴だな」
「みぃ!」
飯! と言わんばかりの鳴き声を聞きながら、修二は面倒そうに顔を顰めながら部屋を出る。
「オヤジ、なんか食わせてくれ」
「うみっ! うみみぃ~~!!」
「なんで夕食時に降りてこねぇで今くるんだよ」
明日の仕込みをしながら片づけをしていたオヤジは、悪びれもせずいつもの場所に腰を下ろした修二に目を細めながら文句を言う。
「食わせてくれるならなんでもいい。非常食でも文句言わねぇからなんかくれ」
「お前はそれでもいいだろうが、そいつは食えないだろ。たく、ついでに何か作ってやるから待ってろ」
「おう、すまねぇな」
「みぅ! みみみっ!!」
「・・・・・・・」
なぜか子猫の鳴き声が修二と同じ言葉を発しているように聞こえた。
ペットは主人に似ると言うが、マジでここまで似るものなのだろうか?
そもそもコイツに似て欲しくないと、オヤジは切実に願いながら、手早く料理を仕上げていく。
「飲み物はエールか? それともワインか? ウイスキーも出せるぞ」
一応何を飲むか問いかけたが、どうせ全種類頼むのだろう。
聞くだけ無駄だったか、などと思いながら鍋を振るう。
「酒はいらね。水とコイツ用のミルクをくれ」
「あいよ・・・・・・・はっ?」
返事をしてから、オヤジは修二の言葉に一瞬思考を停止させる。
「は? 水って言ったか? 酒は?」
「だからいらねぇっての。ああ、それと今日は仕事で徹夜することになったからな。夜食用に乾物かなんかくれ」
「・・・・・はっ?」
酒を飲まないと言う言葉にも驚いたが、更に自発的に仕事をすると言うありえない言葉を耳にしたオヤジは目を丸くする。
「お前が仕事だと? 徹夜で? お前が?・・・・熱でもあるんじゃねぇか?」
「うっせ。つか、焦げるぞ」
「お、おおう」
修二の忠告で料理を再開したオヤジだが、未だに頭の中は混乱している。
素面の時などめったになく、酔っぱらっていない日などほぼない。
飯時は必ずと言っていいほど酒を注文し、水など二日酔いになったときくらいしか頼まないコイツが、酒をいらないと言った。
しかも働くことを心底嫌うコイツが、徹夜をしてまで仕事をこなすとか言っている。
異常、あまりに異常な出来事。
そんな感じでオヤジは混乱しながらも、料理を作り上げ、修二が要望した通り、水と子猫用のミルクを用意する。
勿論子猫用の食事も準備済みだ。
「・・おまち」
「おう。さてさっさと食って仕事に戻るか」
「みみぃっ!!」
修二の言葉に子猫は一声鳴くと料理を食べ始めた。
酔いつぶれていないせいか、修二も子猫に負けぬほどに料理にがっつく。
そして、なんの文句も言わずに酒ではない水を飲んでいた。
「・・・夜食用のサンドイッチ作ったぞ。眠気覚まし用の茶と果物も入れてある。果物は猫でも食えるもんにしといたからな」
「おう、気が利くな。ありがとよ」
「みゃんみゃん!」
「・・・・・・・・・・」
もしかしたら飲み物を酒に変えろと言ってくるのではと思っていたオヤジだが、修二は特に文句を言うことなく、財布をオヤジに投げてよこした。
財布の中から必要分の料金を取った後、修二に返す。
信用されているから財布ごと差し出されるのは嬉しいことであるが、今はそんなことよりもマジで酒を飲む気のない修二の変化に、言いようのない不気味さを覚えた。
「・・・お前、死ぬのか?」
「はぁ? 行き成り何言ってんだ」
「いや、昨日も冒険者っぽい格好してたしよ。真面目っつうかなんつうか、らしくないつうか、不気味つうか、キモイつうか・・・」
「・・オヤジも毒吐くんだな」
流石ティティティの親。
ティティティの口の悪さは、何気にオヤジ譲りだったのだなと思いながら、修二は気にせず飯を食う。
「おい、マジで大丈夫なのか? 医者呼ぶか?」
そして、オヤジの問いかけに答えることなく、修二は小さくため息を吐くと飯を平らげ、最後に水で流し込んだ。
そんなに俺が酒を飲まないのが可笑しいのだろうかと思いながら、チラリと子猫に視線を向けてから、食べ終わっている事を確認し、そのまま子猫の首根っこを掴むと肩に乗せてから席を立つ。
何気に子猫は早食いで俺より食うのが早い。
まあ、野良であったが故に、餌を奪われる前に食わなきゃいけないという危機感が備わっているのだろう。
そんな事を思いながら、修二は部屋へと戻っていった。
いつもはなんだかんだ言って入り浸る修二であるが、ものの数分で食堂を後にする修二に、オヤジは唖然となりながら、その姿を見送った。
それから酒を飲まない日々が続いた。
何かを買いに出かけても酒屋や酒場に足を運ぶことは無い。
訪れるのはもっぱら商人ギルドや鍛冶ギルド、魔導ギルドなどと言った酒とは無縁の場所ばかり。
片手に酒をぶら下げることもなく、荷物を抱える姿が見かけるようになり、修二を知る人々は皆困惑の顔を浮かべていた。
まあ、酒を飲まなくなっても冒険者ギルドには赴かないのは相変わらずだが。
「おう、シュウジの旦那! いい酒が入ったんだが買っていかねぇか! ちと高いが美味いぞこの酒は!」
「わりぃな。買っても飲む暇がねぇんだ。いい酒なら味が落ちる前に他の酒好きにでも売ってやりな」
「そ、そうか? じゃあ、また買いに来いよ」
「よう! シュウジ! オジキが新作の酒作ったんだが、味見していかねぇか? 特別に一杯タダにしてやるぜ?」
「ありがてぇ誘いだが、今は飲む気がしねぇんだ。他の奴に奢ってやってくれ」
「お、おう、そうか?」
行きつけの酒屋に声をかけられても、修二は軽く受け流すだけで決して酒を飲もうとしない。
誰もが、アイツ誰だよと思ったことだろう。
そんな日がここ五日ほど続き、酒の在庫を抱える店がでたとか。




