変わりゆく時代
「うえあぁぁぁ~」
客のいない昼過ぎに、もはや定位置とかしているオヤジの目の前のカウンターで、修二は突っ伏していた。
勿論酒を手にしながら。
「気持ち悪い声出してんじゃねぇよ。気持ちわりぃだろ」
オヤジは昼の売り上げの計算や、夕食の献立を考えながら、律儀にため息を吐き出す修二に付き合う。
強面の顔のわりに、なかなか面倒見のいいオヤジである。
「気持ちわりぃとかよく言えるなこのヤロウ。ピカール(副ギルド長のあだ名、決して名前ではない)とオヤジがあんなクソッタレの依頼してきたせいで、こんな目にあってんだぞ」
「受けたのはお前だ」
「強制だっただろうがっ!!」
「それでも受けたお前が悪い」
「ちくしょ~」
そして、修二が何に不満を持っているかと言うと、先日受けた依頼についてだ。
その依頼とは、オヤジの酒場で低ランク冒険者に喧嘩を売る事。
酒を飲もうが飯を食おうが、全ての代金はギルドが持ち、尚且つ結構高額な報酬が支払われる依頼だった。
話す内容もギルドが考え、できるだけ反感を持たれないようにし、その後のケアも徹底し不利益は与えない契約であったが、それでも修二は首を横に振り、そんな無駄に怨みを買うことはしたくないと拒否を示した。
だが、そこに現れたのがどこか申し訳なさそうな顔をしたシエルであった。
本来こういった嫌われ役をする依頼は、冒険者の意志が尊重され、強制することなどできはしないが、こと修二に関してはいつでもギルドを辞めて貰っていいと副ギルド長が判断しており、切り捨てて良い存在として高圧的な態度を副ギルド長自ら取ってきたのだ。
そして権力にモノを言わせ、受けなければギルドカードを剥奪すると脅迫してきた。
なので、致し方なく今回の依頼を受けることとなったのだ。
「つかよ。今回は流石に大人気ねぇと思わねぇか? たかだか冒険者一人にギルドの権力振りかざすのは、もはや冒険者共が嫌う貴族と変わらねぇじゃねぇか」
「そこは流石に同意してやる。というより、最近のギルドは少しばかり危ういところがあるな」
今のギルドは昔と比べて、権力を振りかざすことに躊躇がみられない。
振りかざすと言っても、今回のように少し脅す程度であり、そもそも真面目に働いている冒険者にはそういったことはしないのかもしれないが、流石に規定を犯しておらず、グータラしているからと言って無理を通すのは間違っている。
「なんかよ~。今のギルドみてっとよ~。色々変わっちまったなぁ~って思うぜ~」
多くのギルド職員は冒険者を消耗品とでも思っているかのように扱っている。
そして、冒険者達も職員は便利な小間使いとしか思っていないような気がする。
昔は死地から帰ってくるにはギルドの協力が必要だと、どの冒険者も理解しており、ギルドも無謀な依頼から生還できるのは、単細胞ながらも日々己の腕を磨くことに余念がない冒険者がいてこそだと理解し共存していた。
互いに持ちつ持たれつの関係であり、互いに必要で、互いに欠けちゃならねぇ仕事仲間だった。
確かに冒険者とギルド職員との喧嘩は絶えなかったし、何度か殴り合いにに発展し、流血沙汰なんてざらだった。
何も知らない奴等からしたら壊滅寸前の最悪の職場に見えただろうが、ぶっちゃけあの時代を知る俺としては、あれはあれで結構うまくやれていたように見える。
腕っぷしはあるがバカでめんどくさがりで金だけ欲しいクズ冒険者。
頭が良いが、腕っぷしはそれなりで生きていく程度の生真面目バカギルド職員。
どう考えてもギルド職員の仕事の方が負担が多く、苦労も多かっただろう。
そんな苦労をクズ冒険者達は知らないし、知ったところで知るかと言うだろう。
水と油以前に、水とゴミだ。
混ざる訳がない。
だが、ゴミはいつまでも水の中にいんだよ。
いつまで、いつまでもゴミはその水の中に浮かんでいやがる。
そして、水が決めた流れに乗って進んでいく。
どんなにクソッタレでヤベェ魔物が相手だろうが、水であるギルド職員達が、ゴミと言う冒険者を上手く扱ってこなしてきたんだ。
それでうまくいっていた。
扱われるのは癪だが、そんなの頭の出来が悪い冒険者が悪い。
そしてそんな不満を持たさないようにうまくやっていたのが、あの時代のギルド職員達だ・・・だが、今はその水が濁り出している。
澄んだ水が、汚水になりつつある。
そうなればゴミである冒険者だって居心地悪くなり、扱われる水を選ぶことになるだろう。
腐った水に揺蕩うヘドロになるよりも、澄んだ水の激流に流されたほうが刺激的で楽しいともうだろうからな。
「時代が変わったのかねぇ」
「なに年寄りクセェ事言ってんだ。俺より年下の癖に」
「いやいや、もしかしたら、オヤジより年上かも知れねぇぜ? ほら、俺とオヤジが知り合ったのは大体半年前くらいだろ? まだまだ俺のこと知らねぇだろ?」
「だとしても、その顔で俺より年上はありえねぇ。というか、身なり整えれば十代後半でも十分通用するだろ」
「くかかかかっ! そんなに若くみえるかい? そりゃあオヤジの目が腐ってんな。それとそう言うことは女に言った方がいいと思うぜ? そうすりゃモテモテだ」
「はっ、俺は生涯一人しか愛さねぇよ」
「それは現在の妻ってか? 嫌だねぇ、人の惚れ気聞かされたくなんざねぇよ。ああ、そういや言ってなかったな。第二子おめでとさん。ティティティ一人でもウルセェってのに良くもまぁこさえたもんだ」
「・・・・・・は?」
オヤジは修二の言葉に持っていたペンを取り落とし、呆けた顔になる。
「へっ? だ、だいにし? は? 誰の?」
「あん? 誰ってオヤジの女が孕んだんじゃねぇのかよ。この前ティティティがエルフィナにスッピプリアの実を取ってこさせてたぞ? エルフィナも意味深な顔してたから間違いねぇと思うが? 勘違いだったか?」
「えっ? マジ?」
「マジって、なんのマジだ? オヤジの女が孕んだ事か? ティティティがエルフィナを顎で使ったことか? エルフィナが変顔したことか?」
言っていることが色々と変わっているが、一応オヤジに伝わっている様で、全部が真実であるかと修二の襟首捕まえて問いただした。
「ぐえっ!? オヤジッ! 少し落ち着けや! く、くるじいだろ!!」
「その話マジ何だろうな! オイコラッ! マジ話だろうなコラッ!!」
「鬼シエルみてぇになってんぞ! イイから離せって!」
「どうなんだゴラッ! さっさと吐けやゴラッ!!」
「おおおおおおっ!? 揺さぶるなボケェェェッ!! 気持ち悪くなるだろうがぁぁぁぁ!!」
行き成り襟首掴まれ、更に運が悪いことに軽く首を絞められている状態である為、修二はバタバタと暴れるが、冷静じゃないがオヤジはそれに気付かない。
なので数秒程格闘の末、「テメェの女はテメェのガキを孕んでる」と言ってやると、その言葉を待っていたと言わんばかりに歓喜し、修二をブンブンと振り回し放り捨てた後、妻の元へと駈け出していった。
嬉しいのはわかるが、もうちっと客に対して対応を改めろと思う修二である。
「はぁ、ガキできたくらいでオヤジがぶっ壊れるのは予想外だぜ」
修二は元のカウンター席に座り直すと、奇跡的に零れていない酒に手を伸ばす。
「ガキか・・・・・酒の味はあの頃のままだってのに、時代は変わりやがる。寂しいもんだねぇ」
そう修二は呟くと、まるで寂しさを紛らわすかのように酒を煽った。




