6 禁忌の魔術
2020.11/25 更新分 1/1
「ど、どういうことなのですか、外道の魔女さん? ここは石の都のど真ん中なのに、魔力が満ちあふれてるって……あの方々は、本当に大地の魔力を蘇らせることがかなったのですか?」
フィリアが惑乱した声で問い質すと、魔女キョウラは朱色の髪を束ねていた飾り紐を引きちぎりながら答えた。
「違うわよぉ……あいつらは、余所の地の魔力を引っ張ってきているだけ……北の魔女も、同じように魔力をかき集めていたでしょう……? あいつらは、世界中の魔力をこの場にかき集めようとしているのよぉ……」
「えー! あれはだって、屍神の存在を触媒にした大魔術でしょう? それがこんな魔方陣ひとつで再現できるのですかー?」
「再現どころか、それ以上の大魔術でしょうねぇ……何せあいつらは、西と東と南の領土のすべてから魔力をかき集めようとしているのだからさぁ……」
暗赤色の双眸を爛々と燃やしながら、魔女キョウラはそのように言いたてた。
「2年をかけて織りあげた魔方陣と、100人を超える人間の生命……それにこの土地は、おおよそ大陸の中央に位置するのよぉ……それだけの条件がそろってこその術式なのだろうけれど……でも、ひとつだけ解せないことがあるわねぇ……」
魔女キョウラは、下界にたたずむ邪神教団たちに魔剣の切っ先を突きつけながら、語調を強めた。
「北の魔女が、2年も前から他の魔女たちを裏切っていたとは思えないわぁ……あなたたちは、いったいどうやってこんな外道の術式を思いつくことができたのかしらぁ……?」
「……北の魔女リリアナの知識も、我々にとっては希望の光そのものであった……かの者の力添えなくして、この術式を完成させることはかなわなかったろう……」
邪神教団の教主と思われる人間が、広場の中央でそのように言いたてた。
魔女キョウラは、「はぁん……」と小馬鹿にしきった様子で鼻を鳴らす。
「そうだとしても、それは2年よりも最近の話でしょう……? どうしてあなたたちが、北の魔女に出会う前からこのような術式を思いつくことができたのよぉ……? 大地の魔力をかき集める術式なんて、似非魔術師のあなたたちに考案できるはずがないじゃない……」
「……この偉大なる術式を考案したのは、我の母である……」
「母……あなたの母は、いったい何者だというのかしらぁ……?」
「我の母は、教団の祖である……そして、100年の昔から生きる、唯一にして至高の正統なる魔術師である……」
「ああ……」と、魔女キョウラは妖艶なる唇を引き歪めた。
「そういうこと……石の都にもまつろわず、かといって聖域に身を潜めることもよしとしなかった……そんな許されざる背信者が存在した、ということねぇ……」
「背信者ではない……我の母こそが、ただひとり正しき道を歩んだ、孤高の賢人である……」
「孤高の賢人が聞いて呆れるわよぉ……わたしたちの祖は、石の都の住人となるか、聖域で大神の目覚めを待つか、どちらかを選ぶべき、と定めたのでしょう……? その誓約を破って、ひとりのうのうと気ままに生きるなんて、この世のすべての人間を裏切ったも同然じゃない……」
「我の母が裏切ったのではない……すべての人間が、我の母を裏切ったのである……」
「その盲信っぷりこそ、狂信者の名に相応しいわねぇ……この世のすべての人間の中で、あなたの母親ひとりが正しい判断を下したって言い張るつもりなの……?」
魔女キョウラは、嘲りきった様子で嗤った。
「でも、これでようやく理解できたわぁ……そんな人間がいたからこそ、北の魔女も誑かされてしまったのねぇ……前時代の遺物同士で、意気投合してしまったということなのかしら……で、あなたが教主の座を継いだということは……その忌まわしい背信者も、もう魂を返した後ということねぇ……」
「教祖は魂を返したが、その意志は我々に引き継がれた……我々は、この地を足がかりとして、大神を目覚めさせてみせよう……」
「まったく狂信者というのは、始末に負えないわねぇ……こんなのは、眠れる大神の全身に針を打ち込んでいるも同然の行いよぉ……」
魔女キョウラの掲げた魔剣から、漆黒の炎がたちのぼった。
それを映して、魔女キョウラの双眸も溶岩のごとき輝きを帯びる。
「人間ごときが大神の眠りをさまたげようだなんて、万死に値するわぁ……あなたたちを皆殺しにしても、わたしの魂が穢れることはないでしょうよぉ……」
「せ、戦闘開始でありますかー?」
フィリアも慌てふためいた様子で、腰の聖剣を抜き放った。
それには答えず、魔女キョウラは「ヘル」とひと声あげる。
ヘルは得たりと、再びフィリアの身体を抱えあげた。
「あ、あれ? もしかしたら、撤退ですか?」
「そんなこと、ありえるわけがないでしょう……?」
言いざまに、魔女キョウラは下界の広場へと身を躍らせた。
ヘルもそれに続いたので、フィリアは「うひゃー!」と悲鳴をあげる。一行がたたずんでいた場所は、二階建ての建物の屋根よりも高い位置にあったのだ。
しかしもちろん、魔女と従者がそれしきの高さで着地をしくじることもなかった。他の魔女であればどうであったかはわからぬが、魔女キョウラは12歳まで聖域で過ごしていたので、狩人としての修練も積んでいるのである。
「ああ……忌々しいほどに、魔力が満ちあふれているわねぇ……これなら、秘薬を使わずに魔術を発動できそうだわぁ……」
黄金色に輝く魔方陣の上に降り立った魔女キョウラは、笑いを含んだ声でそのように言い捨てた。
ヘルの手で地面に下ろされつつ、フィリアは「ほへー」と声をあげる。
「そ、それでしたら、他の魔女さんたちも招集するべきでは? 転移の術式を使えば、ひとっとびでしょう?」
「駄目よぉ……転移の術式で移動できるのは、自分の足で踏みしめた場所だけだもの……いまさら使い魔を飛ばしたって、到着するのを待っていられないわぁ……」
魔剣を振りかざしながら、魔女キョウラはそう言った。
「それに、3人で手こずるほどの相手ではないでしょう……? むこうだって魔術は使い放題だろうけれど、しょせんは石の都に生まれた似非魔術師の集まりなのだからねぇ……」
「うーむ。だけど、あちらは余裕しゃくしゃくのご様子でありますよー? 北の魔女さんと面識があるならば、魔女の脅威というものも十分にわきまえているはずではないでしょうか?」
すると――フィリアの声に応えるように、地面から無数の妖魅が湧き出した。
8本の足に、ぶくぶくと膨れあがった胴体を持つ、人間と同じぐらい大きな図体をした蜘蛛の群れである。その顔には8つの青い目が光り、口には横向きに鋭い牙が生えのびていた。
「蜘蛛神の子である妖魅ねぇ……こんなもの、おそるるに値しないわぁ……」
魔女キョウラが魔剣を振り下ろすと、そこから生まれた漆黒の炎が斬撃となって、何体もの妖魅を消滅させた。
「妖魅だったら、どれだけ斬り捨てても心は痛まないでしょう……? あなたの活躍にも期待したいところだわぁ……」
「は、はいー! 承知つかまつりましたー!」
フィリアも魔女キョウラと同じように、聖剣を振りかざした。
すると、真紅と漆黒の炎が渦を巻いて、妖魅を呑み込んでいく。一見では、かつての聖剣と変わらぬ破壊力であった。
「ありー? すごい力ですけれど、黒い炎が混じっておりましたねー。これは魔力で覚醒させた聖剣なので、魔力も備わっているということなのでしょうか?」
「違うわよぉ……炎を飛ばすのに風の力も使っているから、風の象徴である黒の色が顕現しているのだわぁ……あなたがかつて扱っていた聖剣は、火神を奉る西の王国の宝剣だったから、炎の色合いしか顕現しなかったのでしょうねぇ……」
「うーん、よくわからないですけれど、使い勝手に変わりはないようですねー!」
フィリアは思うさま、聖剣を振り回してみせた。じりじりと迫り寄っていた妖魅どもは、それであっけなく霧散していく。
「ふん。あたしの出番を奪うんじゃないよ」
皮肉っぽく言い捨ててから、ヘルも魔剣を振りかざした。
頭上から飛びかかろうとしていた妖魅が、それで真っ二つに斬り裂かれる。聖剣であれ魔剣であれ、妖魅を退治するには十分以上の威力を有しているようだった。
「ちっ、これじゃあ動きにくくてたまらないね」
ヘルは襟もとに手をやると、侍女のお仕着せを紙のように引きちぎった。
また艶めかしい裸身があらわにされるかと思いきや、フィリアが瞬きをしている間に、その長身は純白の長衣に包まれている。
「ああ、確かにねぇ……自由に魔術を扱えるなら、こんな格好をしている意味もなかったわぁ……」
魔女キョウラの姿が、この世ならぬ青白い炎に包まれた。
次の瞬間には、侍女のお仕着せが黒い塵と化し、その身は赤と黒のけばけばしい長衣に包まれる。
「あなたの着替えは準備していなかったのよねぇ……悪いけれど、しばらくそのままの格好で我慢してもらえるかしらぁ……?」
「はいー! わたしは戦う侍女さんでけっこうでありますよー!」
返事をする暇も惜しんで、フィリアは聖剣を振るい続けた。妖魅は際限なく湧いて出るので、さきほどから一歩として前に進めていないのである。
「それじゃあ、突撃ねぇ……邪神教団の連中はなるべくわたしたちが受け持つから、あなたは妖魅どもを殲滅してちょうだい……」
魔女キョウラも左右に魔剣を振り払いながら、妖魅の群れに突撃した。
フィリアとヘルもそれに続いて、迫り来る妖魅どもを斬り伏せていく。中には白い糸を吐いてフィリアたちをからめ取ろうとする妖魅もいたが、それも聖剣や魔剣のひと振りで消し去ることができた。
「ご主人、なんだか精霊王の領地と同じぐらい、魔剣の力が強まっているように感じられますねえ」
途中でヘルが鋭く言いたてると、魔女キョウラは「そうねぇ……」とのんびり返事をした。
「つまりはこの場に、それぐらいの魔力が集まっているということでしょう……下手をすると、東や南の精霊王の領土が、魔力を吸い尽くされてしまうかもしれないわねぇ……」
「えー! それは一大事じゃないですか!」
「最初っから、一大事なのよぉ……精霊王の領地よりも、魔女たちの住処のほうが先に魔力を吸い尽くされてしまうでしょうからねぇ……」
「お師匠さんの、『針の森』もですか!? そんなこと、わたしが絶対に許しませーん!」
フィリアが聖剣を大きく振りかぶると、これまでに倍する勢いで炎が噴きあがり、妖魅どもを蹴散らしていった。
それを横目で眺めながら、魔女キョウラはくすくすと笑う。
「そうそう、あなたはその剣の正しい所有者じゃないのだから、あまり力を使いすぎると魂が削られることになると思うけれど……あとでたっぷり癒やしの術式を施してあげるから、どうぞ出し惜しみはしないようにねぇ……」
「力の出し惜しみができるほど、わたしは器用じゃありませんのでー!」
一行は怒涛の勢いで突撃し、ついに広場の中央に辿りついた。
数を減じた妖魅どもの向こうに、無言で立ち並ぶ黒装束の男たちが見える。
しかし、魔女キョウラはそこで足を止めることになった。
「結界を張ったわねぇ……だけど、そんなのは悪あがきよぉ……わたしは触媒である魔道具の場所を探るから、その間は妖魅の相手をお願いねぇ……」
「はーい! 了解であります!」
フィリアは元気に答えたが、そこに陰々とした教主の声がかぶさった。
「お前たちは、決して侮れぬ力を持っているようだ……我々も、身命を惜しむことはできまい……」
そちらを振り返ったフィリアは、慄然と息を呑むことになった。
ずらりと整列していた男たちが、短剣で自らの咽喉を突き始めたのである。
黒装束の男たちが、順々に倒れ伏していく。その場にはまだ100名以上の信徒が立ち並んでいたはずであるが、また半数ていの人数が自らの生命を絶ったようだった。
「どうして……どうしてそんな風に、あっさりと自分の生命を投げ出すことができるのですか!?」
立ちすくんだまま、フィリアはわめき声をあげた。
そちらに飛びかかろうとした妖魅は、危ういところでヘルが斬り伏せる。
「狂信者の考えなんざ、理解できるはずがないだろ! いいからあんたは、ご主人の命令を遂行しな!」
「……わかりました。わたしはやっぱり、邪神教団という存在を容認できません!」
わめきながら、フィリアも手近な妖魅を叩き斬った。
生き残った男たちは、人形のように不動で立ち尽くしている。頭巾のせいで表情はうかがえなかったが、誰ひとりとして同胞の犠牲に心を動かしている様子はなかった。
「すべては、大望のためである……大神を降臨させるために、我々は身命を捧げると誓ったのだ……」
と――男たちの間から、教主の男が進み出てきた。
教主だけが外套を纏っておらず、黒い長衣の上にきらびやかな法衣のようなものを纏っている。頭には仰々しい刺繍を施された角帽をかぶっており、その顔は皺深い老人のそれであった。
「石の都は、世界を穢す……我々は、魔術の文明を再興しなければならない……それこそが、ただひとつの真理であるのだ……」
「何百人もの同胞を犠牲にした上で成り立つ真理なんて、わたしは絶対に正しくないと思います! こんなやり方でしか大神を蘇らせることができないというのなら、それはやっぱり間違った行いであるのです!」
叫びながら、フィリアは妖魅を斬り捨てた。
教主たる老人は、闇のように黒い瞳で無感動にフィリアを見返している。
「お前は……西の魔女に仕えたという、石の都の王族の娘であるな……北の魔女から、お前の話は伝え聞いていた……西の王都に潜入した同胞らは、お前こそを《神の器》の母にしようとしていたはずだ……」
「そうですね! そんなおぞましい計略は、丁重にお断りさせていただきましたよー!」
「無念なことだ……石の都の王の血を引きながら、石の都を憎悪したお前は……《神の器》の母に相応しい存在であったものを……」
「それですよ! あなたたちは、憎悪を糧にしています! その一点こそが、きっと間違いのもとであったのです! わたしはそんな風になりたくなかったから、石の都を捨てて、お師匠さんに弟子入りを願ったのです!」
際限なく押し寄せる妖魅を撃退しつつ、フィリアはなおも言いつのった。
「それでわたしは、希望を胸に生きていく素晴らしさを知りました! たとえいずれは滅びを迎えるとしても、その瞬間まで希望を抱いていることができたら、きっと人間は幸福であれるのです!」
「愚かなり……たとえ憎悪を糧にしてでも、真理を探究するのが人間の正しき姿である……」
教主の口が、笑みの形に吊り上がった。
しかし、その瞳は虚ろなままである。
「希望を胸に破滅したいのなら、そうするがいい……小神の子らが、お前たちに逃れようのない滅びをもたらそう……」
「ご主人!」と、ヘルが切迫した声をあげた。
ひとり瞑目していた魔女キョウラは、溶岩のように煮えたぎった目を見開く。
「なるほど……蜘蛛神の眷族を召喚するために、また100人近い人間の生命を触媒にしたということねぇ……」
地中から、濃密なる瘴気がたちのぼっていた。
それがゆっくりと、巨大な蜘蛛の姿を構築していく。それは、人間よりも遥かに巨大な大蜘蛛であった。




