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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第11幕 王都の陰謀

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1 後遺症

2020.11/13 更新分 1/1

「従者さん、何をぼーっとされているのです?」


 北の魔女と屍神を巡る騒動を終えてから、10日ほどが過ぎたのちのことである。

 魔女エマの住処にて、ぼんやりと木の椅子に座していた従者のジェラは、ハッとした様子でフィリアを振り返った。


「い、いえ、なんでもございません。私に何か、ご用事でしょうか?」


「いえいえ。ただ、従者さんが寝ているか起きているかもわからないぐらい、ぽけーっとされていたので、ちょっぴり心配になっただけなのです」


 そう言って、フィリアはジェラに顔を近づけた。


「どこかお加減でも悪いのです? よかったら、わたしが癒やしの秘薬を調合いたしましょうか?」


「フィ、フィリア様は、まだそのような技は習得されていないでしょう?」


「はい! でもでも、従者さんのためでしたら、見様見真似で何とかしてみせましょう!」


「……そのような蛮行の犠牲になるのは、まっぴらという心境です」


 そんな風に答えてから、ジェラはふっと口をほころばせた。


「ですから、お気持ちだけ頂戴いたします。ご心配をおかけしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」


「わたしのことなど、どうでもよいのです。ただ、従者さんのことが心配なのですよー」


 すると、長椅子にだらしなく横たわっていた魔女エマが「そうじゃな」と相槌を打った。


「確かにこの数日、おぬしは放心する姿が目立つようじゃ。もしや、外道の魔術の悪い影響でも残されておるのか?」


「いえ、決してそのようなことは……」と言いかけて、ジェラは力なく首を振った。


「……いえ。これでは、虚言を吐くことになりましょう。確かに私は、外道の魔術の影響下にあるようです」


「えー! あれからもう10日ぐらいは経つのに、まだお加減が悪いのです?」


「加減が悪いというよりは……やはり、外道の魔術の触媒となった影響と呼ぶべきなのでしょう」


 魔女エマは寝そべったまま頬杖をつき、うろんげに眉をひそめた。


「そのような大事を、隠しておくものではない。いったいどのような影響が残されておるのじゃ?」


「申し訳ありません。時が過ぎれば、このようなものも消え失せると考えていたのですが……私の考えが足りていなかったようです」


 そのように言いながら、ジェラは居住まいを正した。


「私は外道の魔術によって、他の従者たちと肉体を結合されることとなりました。その際には、心までもが結合されてしまっていたのですが……その影響が残されているようなのです」


「どのような影響じゃ? 包み隠さず、述べてみるがよい」


「はい。いささか説明が難しいのですが、一言で言うと……結合した者の記憶が、私の中にいくばくか残されているのです」


「記憶が?」と、魔女エマはいっそう眉を寄せる。

 ジェラもまた、「はい」と厳しい顔をした。


「記憶というべきか、想念というべきか……ともあれ、そういうことであるのです。東の従者ロムロムと、南の従者カーラと、忌まわしき白蛇ヘル……その3名の記憶や想念が、断片的に残されてしまっているようです」


「ほへー! それがどのような感覚であるのか、わたしにはさっぱり想像できないですねー! たとえば、どのような記憶が残されているのです?」


「たとえば……東の先代魔女の姿が、目に浮かびます。しかし私は、その人物と顔をあわせたことがないのです。これはおそらく、東の従者ロムロムの記憶であるのでしょう」


「ふむ。東の魔女は、我よりも数年ばかりは早く修練を終えておったからな。我やおぬしが聖域を離れた頃には、東の先代魔女もすでに魂を返しておったのじゃから、その姿を見る機会などあるはずもない」


「はい。それに、南の魔女が血まみれで苦しんでいる姿も見えます。これはおそらく、蟲神の眷族に傷つけられた際の姿でありましょう。それを目にしたのは、南の従者カーラのみであるかと思われます」


「ふむ。実に面妖じゃな」


 魔女エマは、何かを透かし見るように目を細めた。


「しかし、そのような記憶だけで、おぬしが放心することはあるまい。おぬしは、記憶ではなく想念やもしれぬと言うておったが、もしや……」


「……はい。それらの光景が目に浮かぶとき、私は……ロムロムやカーラ自身の心情になってしまっているようであるのです」


 ジェラはいくぶん苦しげに、長衣(ローブ)の胸もとをひっつかんだ。


「東の先代魔女の姿が目に浮かぶとき、私の心は敬愛の念で満たされます。もがき苦しむ南の魔女の姿が目に浮かぶとき、私の心は絶望の念で満たされます。まるで……私がロムロムやカーラになってしまったかのような心地であるのです」


「なるほどな。ひとたび心までもが結合してしまったならば、そういうこともありえるのじゃろう」


 同じ目つきのまま、魔女エマは小さく息をついた。


「要するに、おぬしらはひとたび同一の人格に成り果てたのじゃ。おぬしは黒き狼ジェラであると同時に、竜亀であり、雷王鳥であり、白蛇であった。その際に共有した記憶と想念が、少しばかり残されてしもうたのじゃろう」


「やはり……そういうことなのでしょうね」


「それ以外に、考えようはない。そもそも、異なる生命をひとつに結合させるなど、本来はありえない話であるのじゃ。あやつは外道の手管でもって、それを成し遂げてみせたわけじゃが……しょせんは忌まわしき外道の魔術よ。おぬしはその身の痛苦でもって、代償を支払うことになったわけじゃな」


「そうなのですねー……なんだか、とても申し訳ない心地なのですー」


 フィリアが悄然とした顔になると、ジェラはそちらに微笑みかけた。


「フィリア様に責任のある話ではございません。このような魔術を施したのは外道の魔女ですし、それを受け入れたのは我々です。北の魔女の脅威を退けるために、これは必要な行いであったのです」


「でもでも、わたしはひとりで元気いっぱいなので、どうしても申し訳なさが先に立ってしまうのですよねー」


「それは不浄の聖剣の特性であり、やはりフィリア様の責任ではありません。フィリア様はフィリア様にしか成し得ないことを成したのですから、どうぞ胸をお張りください」


「えーん、従者さんのお優しさが、五臓六腑にしみわたるのですー」


 泣き真似をしながら、フィリアはジェラの胸もとに取りすがった。

 ジェラはいくぶん気恥ずかしそうに微笑みながら、フィリアの背中にそっと手を当てる。

 そんな両者の姿を見やりながら、魔女エマは「で?」とうながした。


「東や南の従者に関しては、まあよかろう。あの白蛇めの記憶や想念の中に、何か今後の役に立ちそうな話は転がっておらなんだのか?」


「わー、従者さんがこんなに大変そうなのに、さっそく情報収集の道具にしようとなさるのですかー? お師匠さんって、ときたま冷酷非道ですよねー」


「なんとでも言うがよい。我々は外道の魔女について、もっと多くのことを知っておくべきなのじゃ。……で、どうなのじゃ、ジェラよ?」


「は……私に言えるのは、あの者たちの語らっていた言葉に嘘はなさそうだ、ということぐらいでありましょうか。見覚えのない森の中で、狩人としての仕事を果たすあの者の姿や……森を捨て、ともに荒野を進む姿……それに、精霊王の領土にて、魔術師としての修練を積む姿など……そういったものが見えるばかりであるようです」


「ふむ。あやつが最初に辿り着いたのは、いずれの精霊王の領土であったのじゃ?」


「これは、東の精霊王の領土でありましょう。木々の感じが、南の精霊王の領土とは異なっているようです」


 すると、フィリアが「ふむむ?」と声をあげた。


「そういえば、わたしにお披露目されたのは、南の精霊王さんの領土だったのですよね。西の精霊王さんの領土というのは、いずこに存在するのです?」


「西の地に、精霊王の領土は存在しない。かつては存在したのじゃろうが、我が魔術師としての修練を始める頃には、もう消えた後じゃった」


「自然に消えてしまったのです? 妖魅に奪われたのではなく?」


「うむ。大地の魔力が潰えたのじゃ。残された西の領土において、もっとも魔力が豊かであるのは、この『針の森』となろう」


「そうなのですかー。ではでは、もうこの世に精霊王さんの領土というのは、東と南にしか残されていないのですねー」


「そういうことじゃ。そして、邪神教団やらいう輩が現れたからには、これまで以上に警戒の目を光らせなければならんじゃろうな」


 金色の瞳を鋭く光らせながら、魔女エマはそう言った。


「いまにして思えば、南の精霊王の領土に樹怪めが出現しおったのは、あまりに唐突じゃった。あれはおそらく、邪神教団やらが人為的に招き寄せた妖魅だったのじゃろう」


「うーむ。邪神教団、許すまじ、ですねー! ね、従者さん?」


 フィリアはそのように呼びかけたが、ジェラは忘我の状態にあった。

 しばしの沈黙ののち、ジェラはハッとした様子でフィリアを振り返る。


「は、はい! 私に何かご用事でしょうか?」


「いえいえ、わたしごときの言葉などはいくらでも黙殺してくださってかまわないのですけれど……でもでも、従者さんは本当に大丈夫ですかー?」


「うむ。ただ心労を抱えておるだけではなさそうじゃな。おぬしは、何を惑うておるのじゃ?」


 魔女エマが問い質すと、ジェラはとても不本意そうに唇を噛みしめた。


「これはできれば、私の中に秘しておきたかったのですが……主人たるエマ様に秘密を抱えるというのは、やはり許されぬことであるのでしょう。どうか私の忠心を疑わぬように、お願いしたくあります」


「どうして我が、おぬしの忠心を疑わなければならぬのじゃ? まあ、主人に秘密を抱えるような従者では、忠心を疑うべきやもしれんがな」


「こ、このような話はエマ様を不快にさせるだけだと思い、どうしても打ち明けることがかなわなかったのです。それに、時が過ぎれば、このようなものも消え失せるはずだと思っていましたので……」


「冗談じゃ。ともかく、話してみよ」


 ジェラは呼吸を整えてから、告白した。


「従者というものは、主人に絶対の忠心を抱いております。数ある聖獣の中から自分を選んでいただけたという誇りを胸に、我々は絶対の忠誠を誓っているのです。そして、おこがましい話ながら……我々は主人に対して、かけがえのない情愛というものを抱いているのです」


「何もおこがましくはないわい。たとえ主従の関係なれど、同胞であれば情愛を抱くのが当然であろう」


 そのように言ってから、魔女エマは顔をしかめた。


「……なるほど、そういうことか。おぬしは記憶ばかりではなく、想念をも共有しておるのじゃな」


「はい……ロムロムが東の魔女に抱く情愛と、カーラが南の魔女に抱く情愛と……そして、あの白蛇めが外道の魔女に抱く情愛までもが……私の中に、強くこびりついてしまっているのです」


「ふん。そこに邪な心などは……含まれておらんのじゃろうな」


「はい。あの白蛇めは、我々と同様に……いえ、もしかしたらそれ以上の強い気持ちでもって、外道の魔女を愛しているのではないかと……そのように感じます」


「それはそうじゃろう。あやつらは、すべての同胞と故郷を捨てて、禁忌の道を歩んでおるのじゃ。おたがいがこの世でただひとりの同胞とあっては、情愛も深まるばかりじゃろ」


 面白くもなさそうに、魔女エマは唇をねじ曲げた。


「で、おぬしはその想念を、我がもののように知覚しておるというわけじゃな」


 ジェラは子供のように不安げな面持ちで、「はい……」とうつむいてしまった。

 その姿を見やりながら、フィリアは「ふみゅう」とおかしな声をあげる。


「わたしにはいまひとつ理解が及ばなかったのですけれども。それはつまり、現在の従者さんは外道の魔女さんに深い深い情愛を抱いておられるということなのでしょうか?」


「ちょ、直截的な表現は避けていただけると、ありがたく思います!」


「ほへー。身に覚えのない情愛が芽生えてしまうなんて、それも想像しにくい状況でありますねー。もしかしたら、お師匠さんよりも外道の魔女さんのほうが好いたらしく感じられるのです?」


「そ、そのようなことがありえるわけはありません! 他者の想念というのは、あくまで残滓です! 想念の破片がわずかに残されているのみであるのですから、それが私自身の心を凌駕するわけがないのです!」


「落ち着けい」と、魔女エマは苦笑した。


「おおよそは、把握した。どうせあの外道の魔女めは、そこまで計算ずくであの術式を発動したのじゃろうな」


「ふむふむ? 従者さんたちを自分の虜にしてしまおうという悪巧みであるのでしょうか?」


「ジェラを見る限り、そうまで心を縛ることはできまい。というか、そのような真似をしたら、あやつの従者も他の魔女たちにほだされてしまうことになるのじゃからな。この世でただひとりの同胞に、そのような真似をしたりはせんじゃろ」


「もちろんです! ご主人が、あたしにそんな真似をするわけが――!」


 そこまで言ってから、ジェラは愕然とした様子で自分の口をふさぐことになった。

 その姿を見て、魔女エマはまた苦笑する。


「要するに、自分たちも他の魔女たちと変わらぬように、まじりけのない絆を結んでおると知らしめたかったのじゃろう。それに、自分が虚言を吐いていないという証にもなろうしな」


「にゃるほろー。まあ、わたしは最初から、その一点は疑っておりませんでしたけれどもね!」


「それはおぬしが、人を疑うことを知らぬ大うつけだからじゃ」


「ぎゃふん!」


「まあ、これしきのことであやつの罪を許す気にはなれんが……あやつなりに、我らを懐柔しようとはしておるのじゃろう。我々と邪神教団を同時に相手取っては、身体がいくつあっても足りなかろうからな」


「うーむ。邪神教団を滅ぼすまでは、がっちり手を携えたほうがいいと思うのですけれどねー。そういうわけにはいかないのでしょうか?」


「そういうわけにはいかんのが、魔術師の掟じゃ。禁忌を犯した外道の魔女と、そう易々と手を携えるわけにはいかん」


 そんな風に言ってから、魔女エマは虚空に目を転じた。

 その眉間に、また深い皺が刻みつけられる。


「それに……我々も、邪神教団ばかりにかまけてはおれんしな。またぞろ厄介事が、こちらに近づいてきたようじゃぞ」


「ほうほう。また誰か、お客人でも?」


「うむ。招かれざる客人、再びじゃ」


 魔女エマが虚空に指先を走らせると、四角い光の画面が浮かびあがった。

 そこに映し出されたのは――旅装束に長身を包んだ、若い女の姿である。


『フィリア姫! フィリア姫は、どこにおわすか! ……どうぞわたしと、もうひとたび言葉をお交わしください!』


 フィリアは、絶句することになった。

 それは、遥かなる昔日に決別したはずの、王都の女騎士アデリールであったのだった。

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