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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第8幕 魔術師の聖域

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2 青の聖域

2020.10/24 更新分 1/1

 昼の食事を終えた後、魔女エマの一行は魔女ラクーシャおよび従者のロムロムと合流し、とある山麓に移動していた。


 一同の前にたたずむ山は、黒い山肌に白い残雪を纏っている。その地は魔女エマの住まう『針の森』よりも寒さが厳しく、フィリアなどは歯の根も合わぬほどに震えてしまっていた。


「こ、こ、これはなかなかの寒さでありますねー。外套(マント)の下に、もっと衣服を着込むべきではないでしょうか?」


「軟弱じゃの。さすがは石の都の住人じゃ」


「そんなこと言って、こっそり魔術で暖を取っておられるのではないでしょうねー?」


「たわけ。そのような真似が通じるのは、この山麓までじゃ。聖域に足を踏み込めば、魔術の行使もかなわなくなるのじゃからな」


 外套(マント)の前をかき合わせていたフィリアは、「ほえ?」と首を傾げる。


「魔術の行使がかなわないって、どうしてです? ここは魔術師の一族が住まう聖域であるのでしょう?」


「正確には、数百年ののちに再び魔術師として生きようと願っておる一族じゃ。この世で魔術を行使できるのは、俗世を守るために選別された4名のみと説明したじゃろうが?」


「でもでも、どうしてこの聖域で魔術を行使することができないのです? 魔術を行使できないのは、石の都の領土のみというお話ではありませんでしたか?」


「大たわけ。我はこれまでにさんざん石の都の領土で魔術を行使してきたじゃろうが? 我らが魔術を行使できないのは、魔力が完全に枯渇した地じゃ」


「ふむむ」と、フィリアは考え込んだ。


「そっかそっか。魔術を行使できないのは、石の都の中央部のみでありましたね。辺境の区域にはまだまだ魔力が残されているので、そういった地に町を築いた石の都の住人たちが、妖魅の脅威にさらされることになった、と……では、どうして魔術師の聖域で魔術を行使することができないのです?」


「ちっとは自分の頭で考えてみよ。おぬしとて、魔術師を志した人間であるのじゃろうが?」


「承知つかまつりました! 少々お時間をくださいませ!」


 そうしてフィリアは、「うーん!」と考え込み始めた。

 10秒が経ち、20秒が経ち、魔女エマがげんなりとした表情を浮かべかけたとき、フィリアは「わかったー!」と快哉をあげた。


「それはつまり、この聖域も魔力が枯渇した土地であるということでありますねー!」


「……それだけのことを考えつくのに、どれだけの時間を浪費しておるのじゃ……」


「でもでも、どうしてわざわざ魔力の枯渇した土地なんかを聖域に選んだのでしょうねー」


「それは、妖魅に襲われる危険を回避するためじゃ!」


「あー! 自分で考えようと思ってたのに、先に答えを言わないでくださいよー!」


 ジェラが「まあまあ」と取りなした。


「いいですか、フィリア様? 魔術師の一族は眠れる大地と一体化するために、魔術を封印しなければならなかったのです。眠れる大地に自らの力を捧げるには、自らも魔術師として眠らなければならない、ということですね。ですが、魔力の残存している地においては妖魅が出現するために、魔術で対抗する必要が生じてしまいます。よって魔術師の聖域には、完全に魔力の枯渇した平穏なる地が選ばれることになった、ということなのですよ」


「なるほどー! 相変わらず従者さんのご説明はわかりやすいです!」


「つまり、我の説明はわかりにくいということじゃな」


「いえいえ、滅相もない! ただ、お師匠さんは結論を先送りにして迂遠な言い回しをお使いになることが多いですし、それにやっぱりのじゃのじゃ口調が思考の妨げとなるのですよね」


「だから、のじゃのじゃ口調ってなんじゃ!」


 魔女エマがわめきたてたところで、魔女ラクーシャが「よろしいでしょうか?」と声をあげる。


「何にせよ、我々、魔術、行使できません。外敵、身を守るすべ、ないのです。フィリア、十分、注意、お願いいたします」


「はいはい、了解でありますー。でもでも、この地に外敵など存在するのでしょうか? 妖魅は出現しないのでしょう?」


「ですが、危険な野獣、多いです。用心、必要です」


 そう言って、魔女ラクーシャは従者のロムロムを振り返った。

 黄褐色の髪をおさげにしたロムロムは、丸っこい顔にふにゃりとした笑みを浮かべる。


「はい。道中の安全は、僕たちにおまかせしてほしいのです。今日はジェラもご一緒なので、心強いのです」


「ええ。魔力の枯渇した地においては、我らの肉体こそが最大の武器となるのですからね。従者冥利に尽きるというものです」


 言いざまに、ジェラは地面に手をついた。

 その姿が、あっという間に黒き狼へと変じる。

 そうして魔女ラクーシャのかたわらでは、ロムロムも竜亀の本性をあらわにしていた。


「あー、なるほど。魔力の枯渇した地においては、おふたりも人間のお姿でいることはかなわないのですね?」


『はい。そして、こちらの聖域に足を踏み入れたのちには念話を行うこともできなくなりますので、フィリア様とは意思の疎通をはかることもかなわなくなります』


「え? わたしだけ? お師匠さんたちだって、魔術は使えなくなるのでしょう?」


「特大たわけ。聖獣と心を通い合わせるのに、魔力も魔術も必要ないわい。まあ、魔術を前時代の遺物と忌み嫌う石の都で生まれ育った人間なんぞには、とうてい想像も及ばんのじゃろうがな」


「うーん、なんだかお師匠さんがいつにも増して意地悪ですー。まだのじゃのじゃ口調の一件を引きずっておられるのでしょうかー」


「だから、のじゃのじゃ口調って何じゃ!」


「それでは、行きましょう。時、移ります」


 魔女ラクーシャの号令によって、一行は聖域に足を踏み入れることになった。

『針の森』と同じように、暗い色合いをした針葉樹が立ち並んでいる。この辺りはまだ傾斜もゆるやかであったが、道なき道を進むのは決して安楽ではなかった。


「この山、北と東、境い目、位置します。山より北、北の王国の領土、山より南、東の王国の領土となります。住まっている一族、《青の民》です」


「ふむふむ、《青の民》ですか。それが魔術師の一族のお名前なのです?」


「魔術師の一族、七つの聖域、分かれました。それぞれ、聖なる色、冠しています。赤、青、黄、白、黒、緑、紫、七つです」


「ふーむふむ! ちなみに、みなさんはどの一族のお生まれなのです?」


「私、《黒の民》です。西の魔女、《黄の民》です。南の魔女、《白の民》です。北の魔女、《紫の民》です」


「ほうほう。みなさん、別々の土地のお生まれなのですね」


「はい。公平、期すために、そうしています。私の師、《青の民》、西の魔女の師、《赤の民》、南の魔女の師、《緑の民》でした」


「あー、なるほど。北の魔女さんは100年前からずーっと現役なのでしたね。それでみなさんの代で七つの氏族が一巡したので、また《青の民》の出番が回ってきたというわけですかー」


 すると、ジェラを従えて山道を進んでいた魔女エマが、横目で魔女ラクーシャをねめつけた。


「そういえば、南や北の魔女どもは、このたびの一件についてどのように語らっておったのじゃ? 無論、そちらからも了承を得たのじゃろ?」


「はい。どちらも、異論、ありませんでした。……ですが、私の意見、賛同、得られませんでした」


「意見とは? おぬしらも弟子を取って育成せよ、とでも言いたてたのかの?」


「はい。どちらも、必要ない、言っていました。残念、思います」


「ふん。あやつらは自尊心に凝り固まっておるからの。先人の言いつけに逆らってまで弟子を取るのは、沽券に関わるとでも思ったのじゃろ」


「はい。邪神の眷族、現出、予想外だったのですから、柔軟な対応、必要、思います」


「ふん。邪神の眷族の現出がもう少し早ければ、我も判断を誤らずに済んだのじゃがな」


 魔女エマは、とげのある視線をフィリアに差し向けた。

 それに気づいたフィリアは、にこーっと笑みくずれる。


「お師匠さん! それはつまり、わたしのような石の都の住人を弟子に取るのではなく、然るべき場所から然るべき人材を選出するべきだったなーと嘆いておられるわけですね?」


「うむ。まさしくその通りじゃ。おぬしが魔術師として立派に成長する姿など、これっぽっちも想像できんからのう」


「ではでは、その想像を何としてでも覆してみせましょう! 東の魔女さん、普通のお弟子さんが一人前に育つには、どれぐらいの修行期間が必要となるのでしょう?」


「はい。個人差、ありますが、おおよそ3年、思われます」


「3年ですか! ではでは、わたしもあと3年で立派な魔術師になれるように励みます!」


「はい。道のり、きわめて困難でしょうが、私、期待しています」


 魔女ラクーシャがそのように応じたとき、かたわらを歩いていた竜亀のロムロムが足を止めて主人を振り返った。

 それと同時に黒き狼のジェラは身を伏せて、グルグルとうなり声をあげる。


「さっそく野の獣が現れたようじゃの」


「はい。皆、ロムロムのもと、お集りください」


 魔女ラクーシャと魔女エマとフィリアの3名が、巨大なる竜亀のもとに身を寄せた。

 そこに、地鳴りのごとき咆哮が響きわたる。

 行く手の茂みから姿を現したのは、灰褐色の毛皮を持つ大熊であった。


「うわー、熊さんですよー! 実物を見るのは初めてですー!」


「これはずいぶんと、凶悪な獣の棲む土地を聖域に選んだもんじゃの」


 フィリアと魔女エマが呑気に語らっている間に、ジェラが大熊へと躍りかかった。

 ジェラも大きな身体をしているが、大熊はそれ以上である。下手をしたら、フィリアの倍ぐらいも背丈があるだろう。そして重量のほうは、倍ではきかぬはずだった。


 そんな大熊に、ジェラは果敢に攻撃を仕掛ける。

 大熊が振り下ろした右腕の爪は素早く回避して、横合いの茂みにいったん潜ってから、再び跳躍する。その牙が、大熊の咽喉もとに喰らいついた。


 大熊はさらなる咆哮をあげ、狂ったように両腕を振り回す。

 ジェラが大熊から飛び離れると、噛み破られた咽喉もとから大量の鮮血が飛沫いた。

 それでも大熊は絶命することなく、さきほどよりも凄まじい咆哮をほとばしらせる。

 地面に着地したジェラは、全身の毛を逆立てながら、それと相対した。


「おー、さすがは従者さんですー。かっちょよろしいですねー」


「はしゃいでおる場合ではないようじゃぞ」


 魔女エマの言葉とともに、ロムロムが右手の側に向きなおった。

 そちらの茂みから、新たな大熊が出現する。最初の大熊に負けぬほどの、恐ろしい巨体であった。


「ふん。亀が熊を撃退できるのかのう」


「はい。ロムロム、亀ならぬ、竜亀です」


 ロムロムは短い四肢をたわめると、意外な身軽さで大熊に飛びかかった。

 大熊ほどではないものの、並の人間よりは巨大な竜亀である。なおかつその身は頑丈なる鱗と甲羅で覆われていたため、大熊は投石機の一撃でもくらったかのようにもんどりうって倒れることになった。


「すごいですー。これなら、道中も安心ですねー」


「うむ。相手が2頭までならな」


 魔女エマは、仏頂面で背後を振り返った。

 茂みから、3頭目の大熊が出現する。


「えー! これはちょっとした危機ではありませんかー!?」


「うむ。従者たちが仕事を終えるまで、なんとか我が身を守らねばなるまいな」


 魔女エマは身を屈めて、足もとに転がっていた棒きれを拾い上げた。

 それを手渡されたフィリアは、きょとんと目を丸くする。


「えーと、これでどうしろと?」


「うむ。おぬしの剣技をあの熊めに見せつけてやるがよい」


「いえいえ! これは剣ではなく、棒ですから! というか、剣でもあんな大きな熊さんを倒せる技量は持ち合わせておりませんですよー!」


「では、黙って食われたいのか? 魔術師になりたいという悲願はどうしたのじゃ?」


「あの爪のひと振りで、そんな悲願も木っ端微塵にされてしまうかと思われます!」


 すると、魔女ラクーシャが「西の魔女」と声をあげた。


「冗談、控えるべき、思います。フィリア、勇敢なので、真に受ける可能性、あるでしょう」


「あ、いまのは冗談だったのです? でも、あの熊さんはどうしたらいいのでしょう?」


「心配、不要です。あちら、ご覧ください」


 魔女ラクーシャの黒い指先が指し示す方向に、フィリアは視線を向けた。

 3頭目の大熊の、左肩の辺りである。そこから何本も生えのびているのは、細長い矢軸であった。


「狩り、最中だったのでしょう。あの熊、逃げてきたのです」


 その瞬間、大熊にも負けぬ咆哮が天空から轟いた。

 そして、針葉樹の梢から飛来した黒い人影が、大熊の頭に得物を振り下ろす。

 その一撃で頭蓋を砕かれた大熊は、巨体を大きくのけぞらしてから、倒木のようにひっくり返った。


「《青の民》、狩人です」


 ふたりの魔女たちは平然としていたが、フィリアはぽかんと口を開けていた。

 大熊を撃退し、地面に降り立ったその人物は、とうてい魔術師の一族とは思えぬ風体をしていたのだった。

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