はじめまして。私はエマ・ブランドンです⑤
そう言って、ガクリと項垂れるクリス様と、神妙な面持ちで沈黙し…、向かいのソファーで姿勢良くたたずむエレノア副学園長…。
わずかな沈黙でも永遠のように感じる時間に、思わずこちらの方から、本当に申し訳ないっ!!と平謝りしたくなってくる。
………いたたまれず、クリス様の隣で小さく体を縮こまらせていると、口を閉ざしていたエレノア副学園長の視線がふと私の方へと向けられた。
副学園長とは、今現在ソファーに案内されて軽く挨拶しただけだったので、視線が合いドキリと緊張してしまう。
「………エマ・ブランドン。貴女も戸惑いが大きいでしょう。本来であれば、私と学園長の二人で貴女を出迎えて、これからの学園の事を説明するつもりでいました…。想定外の事とはいえ、こちらから働きかけて来てもらっていたのに、大変心苦しく思っています。本当に、申し訳ない」
そう言って、エレノア副学園長は綺麗な所作で私に頭を下げてくれる。
「あ…、頭を上げてください、エレノア副学園長!!…………というか……………、む…、むしろ私の方がすみません…。私のせいで余計混乱を招くような感じになってしまって…………」
「……いいえ。貴女が気にやむ事ではありません。私も貴女がかの御方の庇護下に置かれると知らせを聞いた時は非常に驚きましたが……、あの御方に貴女の話をした時点で少しは察するべきでした。貴女にはこちらの学園で、安定した食料供給の研究を兼ね、故郷の村と変わらずにゆったりと三年間、野菜を作って過ごしていただく予定でした……。ですが残念ながら、今回の事でハードルがかなり上がってしまいましたね。魔法も使えないのにアステリア魔法学園の全カリキュラムをこなすとは……、はっきり言って、並大抵のものではありません。……本当に、正気なのですか?」
「あ…………。いゃ、あの……。たぶん全部は……キツい…かな…?す…、すみません………」
ゲフッ!!!(内心吐血)
エレノア副学園長の話す、"本当に正気なのですか?"に、全てが集約している気がして……、私は冷や汗と謝罪の言葉しか出てこない。
………無謀な事は、説明されなくてもそりゃ分かる。
魔力も無い私に"魔法の授業を受けさせろ"なんて、担当する先生方の苦労の姿しか浮かんでこない…。
しかも忘れてくれるな………!!
イザベラ様の指導の元、付け焼き刃でも押し込んだ私の知識は、"一般レベルの初等部辺り"だ。
残りの知識は、ほぼ野菜の事オンリー……。
…………完全に正気の沙汰ではない。
きっと炎帝様にしてみれば、私の事を考えての事なのだろうが……、何の理由があるにせよ、ここは一度。あの方と話し合ってみる必要がある。
じゃないと、もっと……。もっともっともっと!!!これから大変な事しか起きない気がするのだ。
"魔法使い達が使う魔法便箋"に、とうとうあの方の名前を書く時が来たのかと考えると、少し緊張するが……、そんななまっちょろい事は言っていられない。
「いえ。貴女にも拒否権はないのでしょうに、愚かな事を言ってしまいました。それに、授業だけ考えるなら私どもで誤魔化しやサポートもいくらでもできるでしょう。実技以外は手を加えるなとの指示もあるのはありますが……、むしろ今回の件で、稀にない奇跡ももたらされているのですよ。
特に、今問題になっている教師陣の入れ換えですが…、人事だけを見ればこれ以上にない面々です。大戦であの御方に付き従っていた高名な魔法使いの名前も上がっていて、私も正直興奮を隠せない部分があります。………………ただ、かなり……、かなり申し入れが突然すぎたというだけで…………」
「…………………申し訳ありませんっ!!」
~〜~……、っですよね!!!
私は土下座の勢いで、エレノア副学園長に頭を下げ、謝罪する。
絶対の、絶対の、絶対に…!!
これから先の事も考えて、炎帝様と一度話をしよう。
しないと本当に洒落にならなくなってくる。私の決意はより、強固で頑丈になった。
「…………エマ嬢の謝る事では無いだろう。そもそも無理を言って来てもらっているのは、こちらの方だ」
ダメージから少し回復したのか、隣で項垂れていたクリス様が、目を半眼にさせながら顔を上げる。
「それで…?エレノア副学園長。結局どうするおつもりですか。この様子では、元々決めていた段取りも、全て最初からという感じがしますが……、式を取り止めますか?学園の長も不在なのに、まともに式典なんてできないでしょう」
「………残念ながら、国王陛下にもご相談しましたが、来客の国賓や貴賓の方々のご都合上、どうしても予定通りに行って欲しいと連絡を頂いています。王宮からも手伝いの方々が来てくださっていますが、警備の他に貴方の師団の方々にも協力頂くようにと…」
「……!?本気ですか?式典の内容は…?式典の目玉である、能力鑑定のクラス選別パフォーマンスさえもできないでしょう。それでもやると?」
「…………大陸をつなぎ止める役割を担う国だからこそ、他の国に不安材料は見せてはならないとのお達しです。何とかしてでも式典は断行しなければなりません」
「……………………アホだろ………」
そう言って、再びガクリと落ちるクリス様。
………どうやら、思ったよりも事の重大さは深刻な様だ。
(ど……、どうしよう…………)
苦しい沈黙の中で、私がだらだらと冷や汗を流していると、エレノア副学園長が閉じていた目をかっと開いて、テーブル越しに私の両手をガシッと握ってきた。
「………エマ・ブランドン…。いえ。ブランドン嬢!!貴女にぜひ、協力して頂きたい事があります。他の生徒にはここまでの事情は話せません。ですから……!!!」
「……………え?…ええ!?……えええ!!??」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
…………………という事の顛末である。
入学式で解雇になった教師陣が担当するはずだった式典の運用は、何とかクリス様達第二師団の方々、そして王宮からのピンチヒッターの方々が何とかやってくれている。
私も正直、よく分からないまま…、流されてこの式典のステージに立っている感がめちゃくちゃあるのだけれど、事の発端が自分にあると言えばあるので、今、腹をくくってここに立っている。
とにかく出来るかどうか、出来ているのかも分からないけれど…、
隣国の辺境ど田舎出身、エマ・ブランドン。
歴史ある大国、マルスの名門アステリア魔法学園の入学式で、
新入生挨拶という、"時間稼ぎ"…………。
やらせて頂きます!!!




