やっと入学 アステリア魔法学園⑧
私は顔をまっすぐ進行方に向けたまま、視線だけをグギギっと見上げる形でクリス様の様子を伺う。
…………………………近い!!
「えっと……、"白の魔法使い"には絶対に近づかない……でしたよね………?」
私は炎帝様に魔獣のステーキを手渡された時に、再三注意するよう言われた事を思い出して答える。
「そうだ。特に、学園の北の森と、北西にある塔には出来るだけ近づかない方がいい。両方とも、"白の御方"がたびたび目撃されている場所で、鉢合わせになる可能性がかなり高くなる。あの方は普段は自分の居住場所からは出られない…………が、万が一目をつけられたら、俺達ではどうする事もできない。興味を持たれた時点で、俺たちの事は捨て置いて"赤の御方"に助けを求めて逃げてくれ。相対せるのは、間違いなくあの方だけだろう。…………それだけは今からも肝に命じていて欲しい」
クリス様の危機感あふれる言葉に、そんなにも危ない事なのかと不安が一気に押し寄せてくる。
「………そ、そんなに"白の魔法使い"は危ない方なんですか!?」
「……………………………。あの方はこの世界で一番死に魅入られた方だ。どの話もろくなものは無い……」
「………………死っ!?」
……………とんでもなく不吉な言葉が出てきてしまった。
冗談ですよね?と続けたくても、緊張をはらんだクリス様の綺麗な瞳が、冷たくひりついて私を見下ろしている…。
美しい彼の金糸の髪の影に、冴え冴えと光を放つスカイブルーの瞳が剣呑に浮きだって見えていた。
(ひぃっ!クリス様!!…………それは完全に戦闘モードの目ですよ!?洒落に流せない目になってますって!!)
思いもよらない本気の目を前にして、私は怯えてガタガタ縮こまるしかない。
これは…………。うん。
間違い様の無い本気の警告だ。
しかも、死に魅入られてるとか……いったいどんな状況だというのか。何とも危険で物騒だと言わざるおえない。
「……………わ、わかりました。気をつけますね~……」
ア、アハハハハ~……。もう笑うしかない。
私は背中に心底冷や汗を感じながら、半笑いで返事を返した。
一応、顔には笑った表情をはりつけてはいるけれど、間違いなく口の端がひくついてるはずだ。……それほどまでに、今のクリス様の様子には、有無を言わせない鬼気迫るものがある。
「さ…、さぁ、はやく準備にかからないと~…。クリス様。私はお先に行きますね~……。持っていく予定の農具も荷物もたくさんあるので、見直さないと~……」
そう言いながら私はクリス様からの視線を外し、料理長に今日もごちそうさまでした~と言葉をかけ、皿を流し場に置く為そそくさと歩き出す。
その間にもクリス様の視線は背中に突き刺さったままだったが、いっそ思いきって知らないふりを通した。
料理場の人達が、学校頑張れよ~。と言ってお菓子を手渡してくれるが、申し訳ない……。今は耳にほとんど入ってないです。
(とにかく…………、背中を突き刺す視線が痛いっ!!)
はやく部屋に戻って彼のクールダウンを待とう…。
こうなってしまえば、準備が終わるまでにクリス様の緊張状態が元通りになっている事を祈るばかりである。
前から薄々感じていた事だけど…………、彼と出会って行動を共に過ごす事で分かった事の一つに、この問題がある。
クリス様にとって、"赤の魔法使い"と"白の魔法使い"の話は、どんな些細な話でさえ、絶対的なタブー…。絶対的な鬼門なのだ。
彼はこの"二つの存在"の話が目の前にちらつくだけで、途端に殺気だって緊張状態に陥ってしまう…。
相手が国だって一人、片手間に滅ぼす事のできる存在だと思えば、無理のない反応かもしれない。
マルスの国の人達も、"魔法使いの王"達に向ける姿勢は、畏怖やら恐怖やら並々ならない様々な反応を示すが、クリス様は殊更それが強いように見受けられた。
(少しなんてものじゃない……。端から見てもかなりだよね。過去に何かあったんだろうけど、こういう事は簡単に聞けるものでもないし……)
後でそれとなくこっそりナオ様に聞いてみようかと、とりあえず今はこの場を退散する事だけ考える事にする。
「じゃ…、じゃあ、失礼しますね~」
私はそそくさ厨房を出ようと、入り口に背をあずけたままのクリス様の前を通り過ぎようとする。
「………………………………待て」
「ひっ!」
先程と同じポジション。クリス様の真っ正面。
今度は左反対頭上斜め上から声をかけられ、止められる。
……………………近いっ!!
「何か……、俺達に隠してる事は無いか?」
「へ?」
「今回の学園の入学……。野菜の件。"赤の御方"自ら動いた件にしても、俺には理解できない事が多すぎる。………何か、エマ嬢だけが知る特別な秘密でもあるんじゃないのか……?それを知らずに護衛対象を守るには……あまりにもリスクが高い気がしてならない」
「え……、えぇ~……?」




