やっと入学 アステリア魔法学園⑦
「良いんですか?クリス様はお屋敷の人達にしてみたら仕える家の人なのに…、なんかそわそわして見てる屋敷の方もいますよ?」
「……………俺が持っていきたいのだから、気にしなくても良い。行くぞ」
そう言って、綺麗に重ねられた食器を手に、クリス様はどんどん先を歩いていく。
調理場は、この廊下をまっすぐ歩いたつきあたりの所にある。
そんな距離でもないので、私も含め騎士団や屋敷の働き手の人達は、自分が食べたらささっと流し場まで持っていくのがいつの間にか習慣になりつつあった。
………………でも、さすがに公爵邸のご家族の方々の皿は、がんとしてメイドや執事の人達が片付けていたのだけれど。
どうやら、今日はクリス様が先手だったようだ。
チラリと向けられた彼の視線だけで、主の意思をくみ取った屋敷使用人の人達は黙ってそのまま食事の席に戻る。
(…………すごいなぁ。できる使用人の人達は、やっぱりその時々を読めるんだなぁ)
なんて事を考えながら、歩き出したクリス様の後を慌てて着いていく。
(まさか、こんなに偉い人達に後ろ楯についてもらえる事になるなんて……、本当に思いもしなかった)
そりゃあ……。正直、クリス様の仕草や品の良い雰囲気で、もしかしたら偉い人かもしれないなぁなんて、会った段階で予測もしていたけれど…。
この屋敷に初めて着いた時。
彼が貴族で、公爵家で、しかも王族の一族と聞いて…………。
知った瞬間は、顔を両手で覆って天を仰いで崩れ落ちてしまった。
(本人達は変わらず接しろ言うけど、ナオ様だって名の知れた子爵家の跡取りだって言うし………)
そんな人達に気安く話しかけて、田舎の料理を食べさせて。
あまつさえ彼らに家庭教師まがいの事や、その他もろもろの迷惑。加えて自ら姿をくらまして、行方不明事件を起こす大惨事……!!
(ダメだ………。他の騎士様方も半分は貴族の出と言っていたけれど、怖くて聞く気にさえなれない。いや…。聞いちゃいけない気さえする……)
前を歩く、クリス様のスラッとた、しなやかで鍛え抜かれた背中を見ながら……、ついそんな事を考えてしまう。
(………………でも、きっとこれは、かなり幸運な事なんだよね)
炎帝様との出会いといい、私は本当に恵まれている。
何より当初の一番の目的。
"夢の大規模農園開拓"も目の前に見え始め、これはもう、ガッチリ腹をくくる段階に来ているのだ。
(………………ここまできたら、あとは頑張るしかない…!!)
とりあえず、私は魔法は使えないけれど、学園で知識や仕組みはしっかり学んで、本業で野菜を作る。
実技だって、魔法は使えずとも、見聞を広めるために授業は全部出て、うまく誤魔化しつつ、私は畑で野菜を作る!!!
それのみである。
「エマ嬢の今日の予定は、入学式のクラス分けと、クラスごとのオリエンテーションだったな…。合っているか?」
ふいに振り返ったクリス様が、私に質問を投げ掛けてくる。
私とクリス様が今日一日、大体の行動を一緒にするからだろうか?
私は、こくこくと素直にうなずいた。
そうか……。と応えたクリス様は、少しだけ考えた後に、おもむろに言葉を続ける。
「………………クラス分けがどうなるかだな。今日一番の問題は」
「……クラス分け?」
クリス様の言葉に、そうか。学校だから当然クラスがあるのか。懐かしい響きだな~。と思いつつ、私の目が?マークになる。
「何か問題でも?」
「………………あぁ。本来であればクラス分けは、入学式で能力をはかる儀礼の後に、個人に直接言い渡す形での発表になるんだ。……だが、本来エマ嬢がなるように言われている"特別措置特待生"に元々クラスなんて存在しない。当然魔法も使えないとなると、儀礼でも何も出ないだろうし、おそらくあちらで説明はあると思うが……、臨機応変な対応は求められるだろう。心の準備はできているか?」
そう問われ、私は反射的に返事を返す。
「は…、はい!とりあえずは、今日一日をそれとなくのりきる事だけを考えてます。何かまずい事やってしまっていたら、すぐに教えてくださいね。本当に付け焼き刃ばっかりなんで……」
「母上の"強化教育プログラム"をこなしてこれたんだ。大方大丈夫だろう。足りない部分はこれからも同時平行で叩き込まれていく事になるだろうが……、今は心配いらないはずだ。それに入学してくる者の中には、平民の出の者も少数いる。ある程度魔法の才能を見込まれて一般教養も教育を施されているが、彼らも一からのスタート。気楽に構えていていい」
「え!?それは本当ですか?なら…、何とかやれるかな……?」
「そのくらいの軽い感じでいろ。何かあったら一応俺達もフォローに入る事になっているしな」
そう言って、クリス様はたどり着いた厨房のドアを開けて、私に先に入るよう促してくれた。
「……っ!?」
(レ、レディーファースト…………!?)
前世も含め、今世も全く馴染みの無い扱いにたじろぐ私だが、待たせるのも悪いのか……!!これは早く通ってしまうしかないのかもしれない。
額に冷や汗を感じつつ、そう思って一歩思いきって踏み出した時。
「………………そういえば、あの日。エマ嬢は学園に行くに当たって、"赤の御方"に約束させられた事があったな。覚えているか?」
何を思ったのか、有無を言わせないクリス様の問いが、私の右頭上から降ってきた。
ちょうど厨房の入り口を通り過ぎようとした、その時である。




