エマ・ブランドン嬢③(クリス・ヴィート目線)
そんな事を考える中、領主館での話し合いの中で俺に思いがけない出来事が起きた。
…………俺の腹筋が崩壊したのだ。
人生…、初体験の出来事だった。
一時は息ができないで窒息するかと思った程に、それは有無を言わさず、突発的にその現象は巻き起こった。
笑いの神の降臨だ。
目の前には、息も絶え絶え、や〜め〜て~っ!!!!と、顔を真っ赤に涙目で必死に周りを止めようとする少女の姿。
その姿も虚しく、父親と母親は、彼女が生まれてからのあれこれを、身ぶり手振り、時には机を叩いたり、顔を真っ赤にして必死に訴えかけてくる。
いる必要があまりわからない村のご意見番の方々も、ご両親の話にのっかって、すかさず小ネタを叩き込んで独自の話題を展開している。
幼馴染みらしいあの生意気そうな少年は、理不尽だなんだのと最初のほうは勢いよくわめいていたが、少女の初恋の話があった辺りから何か意気消沈している。
(……思わずくじけるなと肩を叩きたくなった)
村長のじいさんは、楽しそうにホッホッホッと呑気に茶をすすっているが、大物感がものすごい。陰で何かを握っていそうである…。
その後からも話を聞き付けた村人が、我も我もと次から次へと領主館へ乗り込んできては、話を投下していった。
領主の方は両手で顔を覆い、諦めモードだ。
この様子だと、さぞや日頃苦労が耐えないだろう…。俺は笑いの大波に苦しめられながらも、察した。
どうやらこの村には、恵みの恩恵の他にも笑いの神が常駐しているらしい。
特に例の少女。エマ嬢には笑いの神が現在進行形で降臨し続けている。
彼女は笑いの申し子だ。俺は確信した。
それから数日後…。
交渉の末、自分達が彼女の助けになると固く約束をし、目的通りエマ嬢を自分達の国マルスへと連れて行く事になった。
村を出発し、彼女のために用意していた馬車に一緒に乗った俺とナオは、世間話がてら彼女の一般常識を確認したりなど、現状の彼女をさぐりさぐり進んでいた。
気を緩めれば、笑いの病がぶりかえしてきたりもしていたが、彼女が自国の王の名前をポリニャックと言った時には、思わず手が出てしまっていた。
…………それなりに、レディーファーストを叩き込まれて生きてきたはずなのに…。自分の行動にも少し驚いた。
そして何より度肝を抜かれた事…。
彼女は、俺達がどこの国の何者かも知らないでついて来ていたのだ。
あれから何日たってる!?とつっこみを入れつつ、あまりにも衝撃的で、柄にもなくまくしたてて説教してしまった。
彼女に会ってから、笑ったり、怒ったり…、本当に忙しい。
下手をすると、俺の中での一生分の表情筋を使ってしまっているかもしれない。
そして、最後の極めつけ…。
俺達は彼女から、一流の逃げ足を教えてほしいとまで頼まれてしまった。
"一流の逃げ足"……。
……おそらく、ほぼ、完全に、専門外である。
でも、一流の騎士ならできるはずだとあんなに言われてしまったら………、できないと言ってしまうのも正直つまらない気もしてくるのが不思議な所だ。
(国に帰ったら、泥棒にでも弟子入りしてみるか…?)
そんな風にこっけいに考えながらも、人目を避けての魔法を使わない旅路は、まだまだ長い。
彼女は見た所、間違いなく魔法は使えない。
そんな平民である彼女を、あの有象無象のいる学園へ放り込む以上、どこまで自分達がサポートができるのか。
本当、面倒なことに巻き込まれたなと思いつつも、半面。
心のどこかで面白がっている自分もいて、不思議な感覚だ。
まぁ、こんなのも悪くないのかもなと思いつつ、…………せめて学園内で"あの恐ろしい二人"には会わずに済むよう、危機管理はしっかりと教え込もうと思う。
忙しい旅路になりそうだ…。
ナオから講義を受ける彼女の様子を見て、俺はそう思っていた。




