お山に出発
超不定期更新ですね。
さすがに待っていてくださった方はいないかもしれませんが、それなりに形をつけてから終わらせたいと思います。
一方その頃、村長の家に残った直征は村長から鎮守の森とその周辺一帯の話を聞いていた。
「……というわけで、森自体にあまり見るべきところはないのが実状でな。お山から流れてくる川は綺麗なものだが、ぜひ見てほしいとかと言われると微妙だな。もちろんナオユキ殿が行きたいというのなら止めはせんが」
「いえ、そこでも構わないんですが、できればこの辺りのシンボルになるようなところだとありがたいんですが。あまりこの村に長居しても迷惑でしょうし、日程はできるだけ短くしようと思うので」
すると、これまで直征に対しては常に柔らかい物腰だった村長が椅子から立ち上がったかと思うと、熱の籠った言葉でまくし立てた。
「何を言われるか!!ナオユキ殿のお陰であのラットンと怪しげな傭兵達を追い出す算段がついたばかりか、必要量には届かないとはいえ食料も手に入れることができるのは全てナオユキ殿のお陰なのです!!ナオユキ殿が望まれるのならこの村で一生暮らして頂きたいくらい感謝しているのですよ!!」
「そ、村長さん落ち着いて、それと敬語だけはやめてください。僕はそんな偉い人間じゃないんで」
「ハッ、・・・失礼した。しかしナオユキ殿が尊敬に値する人物だということは私だけでなく村の者全員の共通した考えだ。あなたがいなければ、あのラットンの要求を一時的にとはいえ飲まざるを得なかったかもしれん」
つい日本人特有の条件反射でそんなことはないと言いかけた直征だったが、自分の行動があの状況を打破するきっかけになったのは間違いない、と出かかった言葉を飲み込んで昨日の出来事を思い出していた。
「あのー、もしかしたらですけど、物資の正確な値段がわかるかもしれません。ただ僕一人じゃ難しいのでお二人に協力してもらいたいんですが」
昨夜、そう言って直征はスマホを取り出すとココノエからもらった鑑定アプリを起動してグスタフと村長に使い方を実践して見せた。
「これはすごい、去年ビクトール商会の行商人から購入した食器だが、交換したヌスの根の本数をピタリと当てている。まさか値段ではなく当時物々交換した品物を当ててくるとは」
「それより村長、小麦と塩の値段が去年より下がってやがる。やっぱりあいつら俺たちを騙そうとしてたんだ!!」
直征としては値段を当てたことよりもスマホという元の世界の文明の利器に驚いてほしかったのだが、「神使の持ち物だから」と二人にあっさり納得されてしまい、当てが外れて少し寂しい気持ちになったのでスバルをぎゅっと抱きしめたのだが、興奮と怒りに燃えるグスタフと村長は気づかなかった。
「よし証拠は揃った。グスタフ、急いで村の男たちを十人ほど集めてラットンと傭兵達を制圧してこい」
「わかったぜ村長!!」
「ちょっとちょっとちょっと!!まだ早い、まだ早いですから!!」
被告も証拠も不在のまま一人の証人の証言だけで処刑を始めようとする二人を必死に押しとどめる直征。
「なぜだ?神使であるナオユキ殿の証言以上に優先することなどないぞ」
「そこまで僕を信じられても困るんですが・・・せめてラットンさんが持ってきた積荷の値段が不当に釣り上げられている確証くらいは手に入れましょうよ」
「うーん、まあラットンの悪事を暴くよりナオユキを納得させる方が大事か、よっしゃ、じゃあ村の男たちを集めて馬車を制圧しに行くとするか」
「変わってない!!やることが何も変わってないですよ!!せめて積み荷の相場がはっきりするまでは穏便に済ませてくれませんか」
「穏便にねえ、じゃああの方法で行くか。ナオユキ、ちょっとここで待っててくれ」
そう言ったグスタフは村長の家を出て行った。しばらくして戻ってきたグスタフは直征を村長の家の裏口から外に連れ出すと、広場に停めてある馬車が見える家の陰に隠れた。当然、馬車の近くには傭兵達が夜警をしていて簡単に近寄れそうにない。
「それでグスタフさんどうするんですか?」
「こいつを使うんだ」
グスタフが懐から取り出したのは手のひらにすっぽり収まるサイズの布の球に固い糸をより合わせた導火線のような紐が伸びている、マンガに出てくる爆弾のようなシルエットの謎のアイテムだった。
「そんな不安そうな顔しなくても誰も怪我させたりしねえよ。それより俺がいいと言うまで絶対に俺よりも前に出るんじゃねえぞ」
そうグスタフは厳しい声で直征に注意すると、右手の中指と親指のひらをくっつけて力を込めたかと思うと、指の摩擦だけで球の導火線に火をつけた。
グスタフはそのまま間髪入れずに馬車目がけて布の球を放ると再び物陰に隠れた。
「おい、なんか赤い光が飛んでくるぞ、全員警か・・・」「どこだ!!どっからとん・・・」「なんだ、なんで倒れて・・・」「・・・ぐう・・・」
「よし、もういいぜ」
傭兵達が全員倒れたのを確認したグスタフはゆっくりと立ち上がった。
「あれは、ひょっとして睡眠薬ですか?」
「ああ、それも即効性の強力なやつだよ。効果が強すぎて前後の記憶が飛んじまうのが玉に瑕だが、俺たちの仕業とバレないから敵を無力化させたい時は重宝してるんだ。ついでに睡眠薬の存在も隠蔽できるから一石三鳥だな」
「怖っ!?」
元の世界なら持っているだけで逮捕されそうな代物だと知って恐れ戦く直征。
「おいおい、さすがに俺だってむやみやたらに使ってるわけじゃねえぞ。村長の許可は取ってるし近くの家には外に出ないように言ってある。それに血を見ないで済むならそれが一番だしな」
直征を不安にさせないようにか、何でもないという口調で話すグスタフ。だが直征には逆に必要とあらばすぐにでも非情になりきる覚悟がグスタフにはあるように見えた。
「血・・・そうですよね」
「まあ、こうしてうまくいったことだし、その話は置いとこう。そろそろ睡眠薬も効いてきた頃だしちゃっちゃと済ませようぜ」
こうして無事馬車に侵入して積み荷の鑑定を終えた直征とグスタフは、村長の家に戻って明日の段取りを軽く打ち合わせてからグスタフの家に戻り、翌日グスタフの奥さんのマリーにスバルを預けると再び村長の家に二人でお邪魔し、先ほどのラットン追放劇を演じたのである。
「とにかくナオユキ殿のお陰でラットンの暴挙を未然に阻止することができたし、急場を凌げるだけの食料も手に入った。改めて感謝する」
「感謝だなんてそれは別にいいんですけど、急場を凌げるってことはまだまだこの村には食料が必要ってことなんですか」
「その通りだ。ビクトール商会が予定通りに姿を見せなかった以上、食料の買い付けも含めて村の誰かが一度街に行く必要があるな。明日から村の男たちを集めて積み荷の分配を含めたその辺りの諸々を決めねばならん」
「そうなんですね。それと村長さん、ラットンさんという方と護衛の傭兵の人達はこれからどうなるんですか?」
「そうだな、すでにグスタフには言ってあるが二度と村を襲えないように武器の類はすべて没収、あとは契約違反として最低限街に帰るための食料以外は馬車ごと積み荷はすべて没収といったところだよ。厳密にはラットン商会との契約は済んでいないが、ビクトール商会の後釜と称して詐欺を働こうとしたのだ、命を奪わなかっただけありがたいと思ってもらおう」
「え、それだけですか?余所者の僕が言うのもなんですが、あの人たちが街に帰ったら復讐しに戻って来たりしませんか?」
「うむ、積み荷の価値の低さに対して三十人という大所帯の護衛、さらにはラットン個人の護衛はかなりの腕前の者だったことを考えると、初めから村を襲うつもりだったことは疑いようもない。だがいくら高価な薬草があるとはいえ、こんな森の奥地まで遠出してくるとは尋常な理由ではあるまい。おそらくこの村への襲撃はラットンが金銭的に追い詰められての窮余の策だったのでは、と考えられるのだよ」
「言われてみれば、相手を騙そうとするなら質の低い食料を準備するのは確かに違和感がありますね。何というか、商人のやり方にしては強引な感じでしたし」
「大方、ここで稼げるだけ稼いだ後は街に帰らず、どこか別の場所で再起を図るつもりだったんだろう。まあ、それもこれもナオユキ殿のおかげで未然に防ぐことができたわけだが」
「あの、あんまり褒められても。本当に、大したことはしていませんから」
「ハッハッハ!ナオユキ殿は本当に控えめな御方ですな!そういうわけですから、後始末は我らに任せて、ナオユキ殿は存分にお山を見てきてください!もちろん、その間の食糧などは準備させていただきますとも!」
そんなわけで、まだ後始末の終わっていないセイラン村からお山へ向けて出発することになった直征。
自転車のカゴにはスバルが乗り込み、村長が用意してくれた食糧などの荷物は背中のリュックに。
そして――
「わんちゃん、わんちゃん!」
「アンアン!」
カゴとサドルの間に設けられたチャイルドシートには、スバルとコミュニケーションを交わす、グスタフの子のアーヤの姿が。
「ではナオユキ様、アーヤのことをお願いしますね」
「は、はい。でも、本当にいいんですか……?」
母親のマリーからの言葉に快諾したい直征だが、気まずげな視線の先には、
「ううううううううう……!!」
恨めしげな眼で獣そのものの唸り声を上げるグスタフの姿。
時は、少し前に遡る。
お山へはあくまで小旅行のつもりで必要最低限の荷物だけを持ち、あとはセイラン村で預かってもらうことにした直征。
だが、やがて来る別れの時間を敏感に察した、一人の幼女がいた。
「やだあああああ!わんちゃんおわかれやだやだやだあああああっ!!」
これまでずっと大人しかったアーヤが、突然スバルにしがみついたままガン泣きを敢行したのだ。
これには直征はもちろんのこと、グスタフとマリーの夫婦も手を焼いた。
あの手この手で何とかアーヤをなだめすかしてスバルから引き離そうとしたがすべて失敗。
最終的に、お山への小旅行に連れて行くことを約束したら、アーヤの表情が極寒のブリザードから桜満開の春の陽気に豹変した。
これでひとまず解決かと思われたが、今度は娘を溺愛しているグスタフが「村の外に出すのは危険じゃないか」と言い出し、話がまたややこしくなりかけた。
結局、妻のマリーの「アーヤに一生口を利かないくらいに嫌われてもいいの?」という鶴の一声で不承不承に承諾。
しかし、湧き出る不満は隠しきれないようで、誰も見るともなく暗い眼差しで、グスタフは遠くを見つめていた。
「ではナオユキ殿、無事のお帰りを待っておりますぞ」
「はい、ありがとうございます、村長さん」
なぜか見送りに来てくれた村長にお礼を返しながら、ペダルを踏み出す直征。
すると、
「やっぱり俺も行くぞ!!」
「それ!グスタフを押さえろ!!」
「くそっ、何をする!!まさか村長、俺を押さえるためにわざわざ来やがったのか……!?離せ離せ!!アーーーヤーーー!!」
どうやら村長は暴走を見越していたらしく、村の男たちに捕まったグスタフ。
その慟哭がセイラン村に木霊するが、安全運転のために後ろを振り返らない直征を除いて、村の誰もリアクションを取らずに普通に生活している。
「わんちゃん、たのしみね!」
「アン!」
愛しの娘のアーヤにすら無視されるのはちょっとかわいそうだと、少しだけ思う直征。
そんな感傷も、セイラン村を出て再び雄大な自然の中を走りだす頃には、すっかり忘れてしまった直征だった。