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鎮守の森の精霊獣

 セイラン村の村長の家で村長とグスタフにこれまでのいきさつを打ち明けた直征だったが、ココノエの加護を受けたことで自分が神使というとんでもない身分になってしまったことを知らされ激しくショックを受けた。一方の村長とグスタフも知らぬこととはいえ神使をスパイ扱いして無礼を働いてしまったと直征に死を覚悟するほど激しく後悔した。

 その結果、心に大きなダメージを負った三人はとても話を続ける精神状態ではなくなってしまったので、今日は村長の奥さんが作ってくれた晩御飯をいただいた後解散して、話の続きは明日行うことにした。


 急な来客でまともなもてなしができなかったと村長は自嘲していたが、山鳥の香草焼きに野菜たっぷりのスープと白パンのメニューは異世界にやって来てから非常食並みの食事しかしてこなかった直征には三ツ星レストランのようなご馳走だった。後でグスタフに聞いた話によると、何を問いかけても「うまいです」の言葉しか返ってこず、まさに無我夢中の食べっぷりだったらしい。さすがに失礼だったかなと顔を赤くした直征だったが、奥に控えていた村長の奥さんは大喜びだったそうなので結果オーライだと自分を納得させた。


 その後村長夫妻に見送られて村長の家を後にした二人はすっかり暗くなった村の中を通ってグスタフの家に戻り、すでに寝入ってしまっていたグスタフの娘のアーヤを起こさないように気を付けながら家の奥にある一室に入った。ベッドとクローゼット、そしてベッドの脇に小さな棚とランタンが置かれた簡素な部屋だ。


「この村にいる間はこの部屋を使ってくれ。いつもは家族三人で暮らすには広すぎる家だと思っていたが、こんな形で役に立つとはな。とは言っても、本来ならとても神使様を泊めるような部屋じゃねえけどな。この村ではこれが精いっぱいだ、勘弁してくれ」


「そんなことないですよ。昨日は野宿でしたし、朝起きたら目の前をアリが歩いているような場所だったんですから、この部屋を貸してくれるグスタフさんには感謝しかありませんから。それよりもグスタフさん、元気出してください。さっきのことを忘れろというのは酷な話でしょうけど、これまで通り接してくれた方が僕はうれしいですから、どうか気にしないでください」


「気まで使わせちまって済まねえなナオユキ。そうだな、こんなの俺らしくねえよな。よし、流石に今すぐとはいかねえが明日には元に戻って見せるぜ!じゃあなナオユキ、ゆっくり休んでくれ」


「はいグスタフさん、おやすみなさい」


 直征の正体を知った時のショックを引きずっている様子のグスタフだったが、直征の励ましが効いたのか部屋を出るころには幾分か元気を取り戻していた。




「さてと、本当は心も体もくたくたなんだけどな・・・」


 ベッドに腰掛けながらそう呟いた直征は、リュックからスマホを取り出してアドレス帳から一人の人物に電話を掛けた。当然世界を超えて電波が届くはずがないのでかける相手はココノエである。


「あれ?繋がらないな。まあ緊急の要件ってわけでもないし、ウマソウもう夜も遅いからまた今度にするか」


 ココノエへの愚痴を諦めた直征は日課となりつつあるブログに今日一日の出来事を森で撮影した画像を添えて軽く書き込んだ後(神使に関する愚痴も一言だけ書いた)、上着とズボンを脱いだ下着状態でベッドに飛び込むとこれまでの疲れが一気に出たのかあっという間に睡魔に襲われた。


(あ、そういえば風呂にも入らずに寝たらベッドが汚れちゃうな。せめて体を拭くくらいしないと・・・)


 一瞬グスタフの奥さんにかかる迷惑を思い浮かべたが、甘美な眠りの誘惑には耐えきれずにそのまま意識の電源を落とした。




 次の日、直征が目を覚ましたきっかけは昨日と同じく明り取りの窓から日の光が目に入ってきた眩しさからだった。とはいえ共通しているのはそのことくらいで、昨日とは雲泥の差の寝心地につい寝入ってしまい起きた時にはすでに随分と日が昇った頃だということは小さな窓から入ってくる光の角度からも明らかだった。


「ふぁあ~あ、・・・寝すぎて体がだるいな。旅をしている身だし、体調のことも考えるとちゃんと生活リズムを整えないとな」


 意識だけはすっきりしているのでさほど未練もなくベッドから起き上がると、リュックの中の食料が復活しているのを確認してからグスタフに寝坊したことを謝ろうと部屋のドアを開けようとしたその時、視界に隅のベッドのブランケットが生き物のようにもぞもぞと動いた。


「うわっ!?びっくりした。なんか膨らんでるな・・・もしかして何か、いる?」


 あまり怖いものに対して耐性のない直征だが、ここでただ立っていても何も始まらないと意を決してゆっくりとベッドに近づきブランケットを引き剥がした。するとブランケットの中に隠れていた銀色の何かが直征の胸に飛びついてきた。


「わわっ!?」


 思わず腕で抱きかかえるようにキャッチしたが、咄嗟のことに驚いて尻もちをついて目を瞑って(つぶって)しまった直征。このまま襲われてしまうのかと動けなくなってしまったが、代わりにやって来たのはその毛むくじゃらの何かが顔を舐めてくるこそばゆい感触だった。


「あははははは、こら、いいかげんやめてくれよ」


 そのくすぐったさから逃れるために両手で持ち上げて目を開いてみると、輝くような銀色の毛並みを持った小さな獣がつぶらな瞳で真っすぐに直征を見つめていた。


「犬、なのかな?犬にしては見たことない毛の色だけど。どこから入ってきたのかな。ひょっとしてグスタフさんのペットかな?」


 昨夜の異様なまでの深い眠りの正体は確かな温もりを感じるこいつがブランケットの中にいたせいか、と妙に納得しながら小さな獣を抱いたまま部屋を出て居間へ向かった。


「誰かいませんかー、あ、おはようございますグスタフさん」


「おはようナオユキ。昨日はゆっくり眠れたようだな、もう昼前だぞ。もっともお前が辿ってきた道のりの過酷さを思えば三日三晩眠り続けたとしても当然だがな」


「うっかり寝過ごしてしまってすみません。あれ、グスタフさんひょっとして僕を待っててくれたんですか?お仕事の方は大丈夫なんですか?」


「まあ生死の境をさまよった昨日の今日だからな。毒については心配ないし怪我の方も走れるくらいには回復したが、狩りに向かうとなると万全の状態でないと命に係わるからな。それに昨日も言ったが、ナオユキを連れて行く場所がある。今日はその用事も兼ねた休養日だ」


「うわ、本当に待たせてしまったんですね。申し訳ないです。そういえばマリーさんとアーヤちゃんは?」


「あいつらなら洗濯しに村にある井戸に出かけてるよ。それと何度も言うようだがナオユキは俺の命の恩人だ。迷惑というほどのことでもないし気にするな。それよりそのナオユキが抱いてるやつは・・・」


「どうもこの犬、夜の間に僕のベッドに潜り込んで来たみたいなんですよ。グスタフさんのペットですよね。はい、お返ししますね」


「いや、俺はそんな奴知らんぞ。てっきりお前がどこかに隠して連れ込んだと思ったんだが」


「え?じゃあこいつは一体・・・」


「だから俺に聞くなよ。第一この村で家畜や狩猟用ならともかく、ペット目的で生き物をを飼う余裕なんかどこにもねえぞ。断言するがそいつはこの村の外からやって来たとしか思えん」


「でもセントルチアの花のお陰で魔物は入って来られないんですよね?」


「そう、だから魔物じゃねえことだけは確かだ。だがこんな目立つ銀の毛並みは見たことがねえ。どう考えても普通の狼じゃねえんだが、見つかったのはこの家の中だ。正直訳が分からねえよ」


「え、こいつ犬じゃないんですか?」


「いや、どっからどう見ても狼だろうが。そういや時々村に来る商人も犬と狼の見分けがつかないようなこと言ってたっけな。普通よく見なくてもすぐわかるだろ」


「いやいや、こんな子供の狼なんて早々見る機会ないですって」


 答えの出ない問答に疲れたのかいつの間にか話が横道にそれ始めた二人だが、当の子狼はと言うと直征に抱き上げられていることが嬉しいのかご満悦の表情で大人しくしていた。時々床に下ろそうとすると、直征の方を振り向いて悲しそうな声を上げてじっと見つめてきたので下ろすに下せなくなった格好だ。


「で、そいつどうするんだ?」


「このままこの村で飼ってもらうってわけにはいかない、ですよね・・・」


「さっきも言ったがこの村にいるのは家畜か狩猟用の動物だけだ。愛玩用に生かしておけるほど村の皆も余裕はねえよ。俺ができることと言えば森に放すかここで殺して毛皮にするくらいだな」


「殺っ!?」


「こればっかりは違う世界から来たっていうナオユキだけじゃなく、どんなよそ者にも理解してもらおうとは思わねえよ。それだけ住む世界が違うって話だからな」


 世話できないなら殺す、元の世界にいた頃の直征には決して許容できない考えだっただろう。だが二日しか経っていないとはいえ、実際にこの世界を自転車で走って曲がりなりにも自分と他者の命というものを身近に感じた今の直征には、少なくともグスタフの言葉を否定する気にはとてもなれなかった。


「いえ、ずうずうしい考え方をしたのは僕の方ですから。変なことを聞いてすみません」


「別にいいさ。それよりもナオユキが納得してその狼の子供も助かるいい案があるんだが聞きたいか?」


「そんな方法があるんですか!?是非聞きたいです!」


「簡単な話だ。この村にも森の中にも居場所がないならナオユキ、お前が連れて行けばいい」


「は?いやいやいや無理でしょう。僕生き物を飼ったことなんてないですし、第一こんなに小さいのに旅に連れて行くとか無茶にも程がありますよ」


「そうか?お前に偉く懐いているようだから変に暴れたりはしないと思うし、ちゃんと躾ければ街中でだって問題ないはずだ。それに普通の旅人ならこんなことは言わんが、ナオユキの自転車なら体力を消耗させることもなくそいつを連れていけると思うんだがな。まあ始末してもいいというならいつでも言ってくれ。そいつの毛皮は高く売れそうだ」




 結局他に選択肢がなかったことと子狼からの愛くるしさという無言のプレッシャーによって直征の心の城壁は内堀まで完全に埋められてしまった。


「別にお前のことが可愛くないわけじゃないんだけどね。旅の途中でいつ死ぬかもしれないと思うとお前を連れて行ってもいいのかとつい思っちゃうんだよ。ココノエさんは大丈夫だって言ってくれてるけど、僕自身が持つべき覚悟とは別の話だしね」


「クゥーーン」


「おーいナオユキ、あんまり遅れるんじゃないぞ。逸れ(はぐれ)ちまうだろうが」


「すみません、今行きます」


 直征の方を切なそうな目で見つめる子狼を前のカゴに乗せて、森の中を自転車を押して進む直征は先導するグスタフに返事して後を追った。



 預け先が見つかるまで預かる、ととりあえずの子狼の処遇を決めた直征はグスタフと一緒に奥さんのマリーが作っておいてくれたサンドイッチで遅めの朝食を取った後、昨日グスタフが言っていた直征を案内したいというある場所に向かうことにした。再び危険な村の外を行くというので直征は子狼を置いていこうとしたが、必死でしがみついて離れようとしない子狼をついに引き剥がすことができずに自転車のカゴに乗せて連れて行くことにした。


「それにしてもグスタフさん、今日はなんでまた歩くことにしたんですか?昨日のように僕の自転車の後ろに乗っていけばすぐに着くと思ううんですが」


「そりゃそうなんだがな、俺も狩人だから人に森の中を運んでもらうってのはやっぱり落ち着かなくてな。それにもう一つ、こっちの方が理由としては大きいんだが、これから行く場所は俺たちセイラン村の者だけでなくこの鎮守の森にすむすべての者にとって重要な場所でな、自転車で乗り入れてあまり騒がしくしたくなかったんだ。まあ神使様を俺の都合に付き合わせるのもどうかとは思ったんだが、案内役の頼みと思って付き合ってくれよ」


「いえ、郷に入れば郷に従えが僕のポリシーですから。むしろこういうことを教えてくれるのはすごく勉強になりますよ」


「そう言ってくれるとありがてえよ。おっと、そうこう言ってるうちに着いたぜ」


 グスタフが目の前の葉の生い茂った枝を払うと、巨大な木々の乱立するこの森の中で一際目立つ光景が直征の目に飛び込んできた。


「うわあぁーーー、なんて言っていいのかわからないですけど、とても神秘的だってことだけは言えます」


 そこはドーナツ状に一本も木が生えていない平らな地面が広がっていたが、中央部には周りの木より一段高い巨木が密集していて木々が壁になって中を完全に隠していて、自然の中に生まれた緑の塔のような不思議な光景が直征の目を釘付けにしていた。


「ここには基本的に誰も近づかん。この森の生き物ならここが侵してはならない領域だと知っているからだ。偶に外からやって来た命知らずな魔獣がここまで迷い込んでくることもあるようだが、一匹として出てこられた奴はいない」


「そ、そんなところに入ってきて僕たちは大丈夫なんですか?」


「まあな、セイラン村の中でただ一人、村一番の狩人の称号を受け継いだ俺だけが限られた役目を果たすときにだけここに立ち入ることを許されているのさ。村長も例外じゃねえ」


「その特別な用というのが僕に関係あるんですか?」


「そんなに大したことじゃねえよ。この森に滞在する者は例外なくこの中にいるお方に許しをもらわなきゃならねえ。まあ今回は神使様を連れて来たわけだから、いつもとは事情が違い過ぎるがな。さあ行こうぜ、俺たちがここにいることはあのお方にはとっくに知られちまってる。あんまり待たせるわけにもいかねえからな」


「は、はい」


 グスタフの後に続いて何もない広場に足を踏み入れる直征。

 外から見ていた時にも感じていたが、広場に入った瞬間、明らかに空気が変わったと直征ははっきりと思った。これまでの木々や植物、獣や魔獣など様々な命が複雑に混じり合った感じから、もっと格上の、生き物の概念を超えた存在に常に見られているような何とも言えない畏怖と安堵の感情が胸の内からふつふつと湧き上がってきた。


(できれば写真を撮っておきたいけど、とてもグスタフさんに言える空気じゃないな・・・)


 そんなことを考えながら自転車と共に広場を回り込んでいると木の塔の根元にぽっかりと横穴が開いているのが見えてきた。


「あそこが入り口だ。この広場もナオユキには見物だったろうが、あの中はもっとすごいぞ。俺なんかはすごすぎて気後れしちまう程だがな。あれは実際に見ないと誰も信じないだろうぜ」


「へえぇ、この森に来てからいろいろ驚かされっぱなしですけど、グスタフさんがそこまで言うと楽しみになってきますよ」


「ウオン!」


 期待の言葉をグスタフに返す直征と、直征の機嫌を察したかのように嬉しそうに吠える子狼。

 それから数分かけて横穴の入り口までたどり着いた直征は、改めてこの森の縮尺がおかしいことを頭の片隅で思い出していた。そしてそれ以外の脳のほとんどを占めていたのは、高さ20mにも達しようかという目が潰れそうなほど緑色に輝くたくさんの木が寄り集まるようにしてできた洞窟だった。


「木が光って、じゃなくて、木の表面の何かが日光を乱反射しているんですか!?」


「よく気付いたな、大正解だナオユキ。木の表面に翡翠(ひすい)が張り付いていてあの光の道を作っているんだ。見物したい気持ちは分かるが先を急ぐぞ」


 そう言ったグスタフは直征たちの先をさっさと歩き始めた。ヒスイの道に見蕩れていた直征も慌てて後を追った。


「確かにすごい・・・ですけどこんなこと自然に起こりうるものなんですか!?それにこれだけの量の翡翠を人間が見たら黙っているわけがないですよね?」


「・・・そうか、ナオユキは異世界人だったんだよな。なら知らないのも無理はねえ。いいかよく聞けよ、この世界の全ての知能がある者はあの方を含めたある存在に対して絶対不可侵なんだよ。それは貴族だろうが騎士だろうが神官だろうが関係ねえ、この世界で一番に学ぶべき大原則なんだ。あのお方にとっちゃナオユキガ感動した翡翠の道もそしてその禁を侵した奴らは天罰を受け文字通りすべてを失うことになる」


「天罰!?それってもしかして、この先にいるあのお方っていうのは僕と同じ・・・」


「半分正解で半分間違いだ。確かにあのお方はお前と同じ神に連なるものだが、客分として遇されているナオユキと違って神に対して絶対服従、つまり神の眷属なのさ。さあ着いたぞ、あそこにいらっしゃるのが俺たちセイラン村が崇める精霊獣、スイギョク様だ」


 緑光の道を抜けた先、まるでこの森の中心のように暖かい光が降り注ぐ日だまりの中に()()はいた。


「よく来たのう神使殿。ワシがこの鎮守の森を治める精霊獣、スイギョクじゃよ」


 そう名乗った精霊獣は直征が元の世界で見たことのある動物にそっくりだった。特徴的なほどに細長い頭に長い黒の毛並み、四肢と尻尾は頭とは反対に太く見える。直に見た記憶はないが、図鑑などで見たオオアリクイそのものだった。ただし元の世界のオオアリクイと違って、体長は軽く見積もっても15mほどはありそうな巨体だった。


「本来ならワシの方から出向かねばならんのじゃが、あまり動き回ると森をざわつかせる身じゃからのう、ちょうどそこの小童がこっちに連れてくるとわかったので待たせてもらった。無礼は許してくれんか?」


「いえいえ、こちらがお邪魔したのですから挨拶に来るのは当然です。初めまして、ココノエさんのご厚意でこの世界を旅させてもらってます一道直征と申します」


「これはまた随分と謙虚な神使殿だ。初めて出会う精霊獣がワシということなら聞きたい事が山ほどあるじゃろう、時間はたっぷりあるでまずはそこに座るといい」


 スイギョクがそう言うと芝生のように生えそろった草の絨毯が二か所、背もたれ付きの椅子のような形に盛り上がった。

 せっかくだからとスイギョクに勧められるままにカゴから下ろした子狼を抱いて草の絨毯の椅子に座った直征は、自分には恐れ多いと固辞するグスタフをそれじゃ話しづらいですからと半ば強引に座らせた。


「せっかくの客人に茶くらい出さんとのう、ほれ」


 スイギョクの掛け声でまたも地面から出てきたのは陶器のようなコップに入ったさわやかな香りのするお茶だった。さらにお茶の周りの地面がせり上がってテーブルになり、直征とグスタフの前に並んだ。


「この森で採れる薬草をブレンドした薬草茶じゃよ。苦みの少ないものを選んでおるで飲みやすいものになっとるはずじゃ」


「いや俺には恐れおお」「せっかくですからいただきましょうグスタフさん」


 直征には珍しく有無を言わせぬ口調でグスタフを促すと、スイギョク謹製の薬湯茶に口をつけた。


(うまっ!?紅茶には砂糖を入れる派だけど、自然の甘味ってこういうことを指すんだろうな)


 同じく薬草茶に口をつけたグスタフの方を窺ってみると、がっしりした体格の彼には似合わない緩んだ表情で目にはうっすら涙すら浮かべて薬草茶を味わっていた。


「さて、落ち着いたところで始めるとするかのう。さっきは話すことは山ほどあると言ったが、実は最初の話題は決まっておっての、ナオユキ殿が今抱いているそ奴のことよ」


「え?」「え?」


「まあそう言うてもワシにもわからん不可解なことがいくつもあるから偉そうなことは言えんがの、一つだけ断言できることがある。そ奴の正体はワシと同格の存在、つまり精霊獣じゃよ。それもどうやら昨日誕生したばかりの生まれたてほやほやのようじゃぞ」


 スイギョクのいきなりの爆弾発言に心底驚いた直征。だが直征の百倍驚いたであろうグスタフの方を見てみると、昨日に続いて二日連続で直征が抱いている子狼に向かって土下座をするがっしりとした体格の獣人の姿がそこにあった。

 その当の子狼は我関せずとばかりに直征の腕の中で幸せそうに熟睡して、グスタフに全く気付いていなかった。

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