第11話
「よく来てくれました、キール、お嬢さん」
エルフの家とは、木の中なのだろうか。大木に入ったときのように、今度は小さいけれど、幹を割くように入口だったのだ。
長のおじいさんが床にどかりと座り込む。
鳥を焼いたみたいな料理に、木の実……?エルフの食文化とはよくわからない。
「ねぇ、キール? なんで種族が違うのに言葉が通じるの?」
「俺に聞くなよ」
「あの鳥見たことないけど、キールは知ってる?」
「だから俺に聞くなって」
そんな私たちの会話をおじいさんは気にしない。料理を囲む円は、私の隣に、キール、向かい側に長がいて、周りを埋めるように男女が三人座った。その男女の中には案内してくれた青年もいる。
「遠路はるばるようこそ、ダークエルフを追い払ってくれてありがとね」
綺麗な女性が、私の隣に座る。ふわりと香るいい匂いとともに、名乗られたが、よく聞き取れなかった。自然な仕草で木でできた杯になにかを注ぐ。
「はは……これ、なんです?」
心の底からの感謝を向けて来る女性に、なんとなくいたたまれない。笑ってごまかすと、話題を変える。
「木の蜜からとってるのよ」
まさに花の咲くように女性は笑った。本当に美形の多い種族だが、長寿だと伝説では聞いたことがある。実際どのくらい生きているのだろう。
そんなことを考えるとはつゆ知らず、女性は楽しそうに話す。旅は大変でしょう?とか、となりの男性との関係は?とか。おそらく客人が珍しいのだ。
私への質問から、だんだん女性自身の話になってくる。軽快な語り口と、晴れ晴れとした笑顔は、私を爽やかな風に当たっているような気分にさせた。
わたし自身同性との会話は久々なのだ。段々と気分良く、ふわふわとした気持ちになる。ふと水を差すように、鼻につくアルコールの香りがした。隣からだ。
「キール、それお酒?」
「あぁ、飲みたいか?」
アルコールというものは人を上機嫌にさせるのか、珍しく笑顔で杯を向けてくる。始めからそのつもりだったわけではないけれど、今なら話してくれるかもしれない。小さな打算が生まれる。
「ねぇ、あの兵士の人たちは、キールのことを捕まえるって言ってたよね? どうして?」
キールは、忘れてなかったか、みたいに顔を歪めた。お酒を一口飲むと、床に音を立てて置く。
「王国は、魔王の復活に反対なんだ。あいつらからしたら、バーサークが何人平民を殺そうが関係ねぇから」
「キールがしようとしてることを知っているわけ?」
「もちろん。ただ、どこに封印されているかまではわからねぇみたいだ。あいつらは、俺を追っかけているが、ここに来ているか。かなり賭けだった」
先程までの笑顔が嘘のように消え、仏頂面で話し出す。私は、キールの事を何も知らないから、もっと聞きたいのだけれど、険しい表情を見るのは好きではなかった。
「私の家で言った、命の危険って王国の兵士のことも含ませてるの?」
アルベルト……だったか、いかにも貴族出身の高貴な騎士といった風体であった。目を合わせたくなくて、半分程まで減った杯をちびちびと飲む。
「いや、俺のことはともかく、あんたのことは殺さねぇんじゃねえか? いざとなったら脅されて旅してましたって言えよ」
声だけでは冗談か本気かわからないし、信用してないような物言いに不満を覚える。私だってそれなりの覚悟はしてきたわけで、いざとなったらキールを売ろうなんて思っていない。
「言わないよ……」
こんなところで私は口下手なのか、呟くだけに終わった。ちょっぴり強く噛んだ唇が、じんじんと痛む。胸の内を伝えられたらどれだけいいだろう。
「なんだ、意外と仲良しなんですね」
背後からかけられたしゃがれ声。顔を上げると、向かい側の長がいない。エルフはみんな喋り方が丁寧で、区別がつきにくい。いつの間に、とか思いつつも、苦笑いで振り向く。
「そんなんじゃないです」
私と違って、キールは長の方に見向きもせず、木の実を摘むと口に放り投げた。
「まさか、キールが二人旅なんて」
よいしょと小さな掛け声と共に、私とキールの間に割って入るように長は座った。料理を何個か引き寄せると、これもどうぞと薦めてくる。
「無愛想で口も悪くて、気も利かなくて、大変でしょう?」
旧知の友人については話すように、私に尋ねる。
「いえ、いっつも助けられてます」
少し同意したい箇所もあったけれど、本人の手前、笑って返す。まぁ、どちらかというと、こちらが本音だけれども。照れというのは面倒くさい。
「あなたみたいな人がついてると安心ってもんです。これからもよくしてやってくださいね」
口ぶりは、旧知の友人にと言うよりは、親が子を送り出す時のようだった。多少の慈愛が含まれて、優しく鼓膜を打つ。
「おじいさんとキールはお知り合いなの?」
私の質問に、長は「長年の付き合いです」って掠れた声で笑った。意味深な響きを持つそれが、頭を駆け巡る前に、アルコールの匂いはかき消した。