プロローグ
今から百年ほど前か。一夜にして魔王が死んだ。詳細はわからない、私のようなしがない町民に、世界の状況は教えられないのだ。
魔王が死に、統率の取れなくなった魔物は各地で暴れるようになった。それを討伐するため、冒険者と呼ばれる腕っ節の立つもの達が、パーティを作るようになったのだ。
酒と汗の匂いの漂う薄汚い酒場。猛者が集まる独特の空気感が少し苦手だ。私が冒険者をしているのは……。
一言で言ってしまおう。玉の輿になるためだ。優秀な冒険者というものは稼ぎがよい。そして、冒険者と出会うなら、自分も冒険者になるのが一番だろう。
正直容姿には自信がある。ぱっちりと開いた赤目が我ながらかわいい。男が好きそうな、布地の少ない服に身を包み、二つに結んだ父親譲りの赤髪を、ゆらゆらと揺らしながら歩く。
「お、そこの君。かわいいね~、どう?俺とパーティ組まない?」
ほうら、来た。いかにもって感じのおっさん。脂ぎった顔と粗末な身なりから察するに、そんなに稼いではいない。
無言で微笑み横を通り過ぎる。あぁ、今日も収穫なしか。もう十八歳、結婚適齢期である。多少の焦りが、足取りに現れてしまった。
角を曲がる時、正面から来ていた人に避けきれずぶつかる。こちらは、大きくよろめいたが、城壁のような体はピクリともしなかった。
相手の胸板から、目線を上げていく。あ、かなりいい装備だ。騎士の甲冑のように高貴だが、手入れし使い倒されていることがわかった。
「ご、ごめんなさい」かわいらしく作った声。
「こちらこそ悪かった」
横一文字に結ばれた口から、無愛想な声が紡がれた。声にも容姿にも反応しない眉間の皺から、不機嫌そうな印象を受ける。
男がすんなりと横を通り過ぎようとしたとき、染み付いた血の匂いが漂った。
「ま、待って!!」
いかにも堅物ではあるが、顔はかなり良い。なにより、装備の高尚さから見るにかなり稼いでいる。これを逃してはいけない、そう思い必死に声を張った。
「なにか?」
億劫そうに振り向いた彼が必要最低限の返事をする。
「私とパーティ組んでみない!?」
頭二つ分くらいの身長差の彼を、挑戦的に見上げる。冷たい金色の瞳が、無感情にこちらを見つめていた。
--それが、私と彼の出会いであった。