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後悔と懺悔の日々

 




 その年は、卒業記念舞踏会が結局開催されなかった。 凶事が起こった直後に、国王陛下、王妃殿下が 「 喪に服す 」と、宣下されたからだった。 誰の喪に服るするかは、舞踏会に出席した者達には、明らかだった。


 その者は、「墓石のコスタス」 と、蔑まれていた、筆頭侯爵家グラスティア家の長男、コスタス=アジーン=グラスティアであり、糾弾されていた、ルーデンベルグ侯爵令嬢である、ドロテア=ヌーリ=ルーデンベルグを庇い、自らの命と引き換えに彼女を助け散って行った者だと広く理解されていた。 


 その事は、国王陛下自ら喪に服すと、宣下された後、「墓石のコスタス」が王国にとって大変重要な人物だったのだと、今更ながらに、上級貴族達は、怖れ慄き、国王陛下と同じく、喪に服している事からも、伺い知れる。




 ―――――




 抜ける様な青空が望める、騎士練兵場。 本来ならば、騎士爵に叙勲された者達で一杯になっている広場に、少数の男達が沈痛な面持ちで佇んでいた。 


 壮年の漢は、苦虫を噛み潰したような表情を浮べ、二人の青年は、蔑みを隠そうともせずに、末弟を見下していた。 王国の軍事を司る、将軍職に就いている男は、冷たい表情に、怒りの色を目に浮かべ、佇んでいる。


 その前に引き出されている、まだ、”幼い” ともいえる表情を浮かべた騎士爵の礼装を着込んだ男は、事の推移に当惑しきっていた。



 バハート=エウガム騎士爵は、全く何故このような事態に陥ったのか、理解できていなかった。 彼は、アドラール公爵家、次期当主のユークト=ウーノ=アドラールと昵懇の間柄を作り出し、エウガム侯爵家に多大な恩恵をもたらすと信じていた。


 ユークトが特に愛する、「聖女・・」マルーネ=ムスタルを護ると、意気込み、ユークトの婚約者であった、ルーデンベルグ侯爵令嬢である、ドロテア=ヌーリ=ルーデンベルグを、排除しようとしたところに、「墓石のコスタス」が突然割り込み、バハートの剣を浴び、死んだ…… その事だけは、理解していた。


 壮年の漢が口を開いた。




「バハート…… 愚かな息子。 愚かな…… 」




 苦く重い口調に、バハートは息を飲む。




「あ、あの男が、それ程の者なのですか?」




 バハートの二人いる兄の内、宮殿護衛の騎士団に所属している次兄アーノルドが、極めて冷淡な声で伝えた。




「屋敷で、折々に話していた事を、お前は何と聞いていた!! 馬鹿者め!!! ドロテア様、コスタス卿は、「防御魔方陣の要」と、何度、話した事が有る!!! ドロテア様に手を挙げ、コスタス卿の命を奪ったお前は、王国の敵だ。 弁解の余地は無い」


「お、王国のて……敵? わ、わたくしが……ですか? な、なぜ! ドロテアは、「聖女・・」マルーネ=ムスタルを苛んだ悪女! それを排除するのは当然の事!!」


「馬鹿な事を…… 至高の・・・聖女・・」ドロテア様が、あの女をどうこうする訳は無いのだ。 お前たちの云う、” 証拠 ” とやらは、全て覆ったぞ。 そう、コスタス卿の訃報におののいた、” 証言 ” とやらをした「御令嬢」様達の家人と、法務官達が、尋問調査したそうだ。 結果はな、お前たちの馬鹿な行い(婚約破棄)から逃れる為と、追従ついしょうから、”でっち上げました” とな」




 バハートは意味が解らなかった。 ポカンとした表情を作って、彼の兄達を見た。




「どこまでも、愚かな」




 長兄ガリアムが、重い口を開く。 




「お前たちの元婚約者だった「御令嬢達」が、お前たちの歓心を買おうと、虚偽の ”証言” を、致したのだ。 ”証拠” とやらも、そ奴等がでっち上げた物だと、判明いたした。 王命により司法官が動いた。 言い逃れできぬよ」




 長兄ガリアムが、抜ける様な青空を振り仰ぎ、嘆息しながら更に続ける。




「コスタス卿…… あれだけの試練を潜る抜ける者など……もう、居らぬよ。 その身に受けし”呪い”の様な「聖」属性の魔力を抑えつけ、更に純化し、王国の礎とならんとしたものを、お前は弑したのだ。 この国における、至高ともいえる存在をな。 お前に、コスタス卿の万分の一程の思慮が有ればな…… 親父殿、処分は家長より発せられるがよいでしょう」




 震えがバハートの膝を打つ。 苦虫を噛み潰したような表情の父親ベルクライス=フォン=エウガム侯爵は、後悔に打ちひしがれる様に、処分を絞り出した。




「お前の教育に失敗したのは私の責だ。 私は家督をガリアムに譲り、隠居する」


「父上!!」


「許されんのだ。 それ程の事なのだ。 バハート、お前の仕出かした事は。 剣を出せ」


「は?」


「剣を差し出せ」




 父親であるベルクライスの言葉に不穏なモノを感じつつも、バハートは帯剣を差し出した。 すらりと引き抜く、ベルクライス。 手討ちにされるのかと思ってしまい、脂汗が額に浮かぶ。




「バハート、お前の貴族籍を抜く。 以降、エウガムの家名はお前のモノでは無い」




 ベルクライスの手が魔力を帯び、裂帛の気合と共に、バハートの帯剣を中央で叩き折った。 騎士爵の帯剣が折られるのは、その身分を剥奪される時。 と、同時に、貴族の家の家名からも放逐された。 もう、バハートは貴族でも無ければ、騎士ですらない。 その事実に気が付いた彼は、顔色を失くし懇願を始める。




「何故です!! どうしてです!! わたくしは、王国の盾となり、剣となる為に……」


「判らんのか!!! 愚か者め!!! 本来ならば、死をもって償うべき所、グラスティア閣下よりの温情と、” 息子の為せなかった、王国の守りを ” と、言う言葉に、お前の命は助かったのだ!!! ……お前には、やるべきことが有るのだ……」




 事態の重大さに、慄くバハート。 項垂れるベルクライス。 そんな中で、それまで口を開いていなかった、王国の軍事を司る、将軍職に就いている男、ルイスベル=フォン=ルベルシアン公爵が口を開いた。




「そうだ、お前には、コスタス卿の代わりにやって貰わねばならぬ事がある」




 冷たく重い、死刑の判決を言い渡す裁判官の様な声の、ルイスベルの言葉が、バハートの耳に届いた。




「ルベルシアン公爵様!」




 家の繋がりで、目を掛けて貰い、様々な便宜をもたらしてくれていた、バハートの最大の庇護者からの冷たい声。 絶望が背筋を駆け上がって、冷汗が流れ落ちた。




「お前は、平民の兵として、西の国境にあるジュアン砦に行ってもらう。 守護魔方陣の加護薄い土地だ。 魔人共が徘徊する森が近くに有る。 行って彼の地の安寧を成せ。 年季は五年。 五年間、彼の地で兵として生き残れば、陛下もお前をお許しに成るであろう可能性がある。 ……絶対では無いがな。 行って、王国の為に尽くせ」




 ハバートの膝がガクガクと震える。 ジュアン砦には、多くの兵が置かれる。 送られた男達の半数は一年で消える。 あまりの損耗率に、まともな兵を送る事を躊躇われる場所であった。 しかし、そこを放置する事も出来ない。


 何故なら、魔人達の多くが西側から入り込む為だった。守護魔方陣の強き場所までの侵攻は出来ないが、辺境で暮す人々にとっては、重大な脅威でもあったのだ。 彼らが安全な場所まで退避するまでの時間稼ぎをしなければならないからだ。 その為、何かしらの犯罪を犯した者達が、送られる場所でもあった。



 年間に半数…… 五年、生き残れるのは、百人に三人…… 実質、処刑のようなモノだった。




「い……嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!!」





 練兵場に、バハートの絶叫が響く。 走り込んでるく衛兵に両脇を掴まれ、引きずられるように、その場から連れ出されていく弟を見詰めながら、ガリアムが、アーノルドに、呟いた。




「無様な。 陛下の御許しを頂けるのか…… 判らないが、けじめはつけた」


「兄上、……バハートは生き残れるでしょうか」


「さぁな。 アレが常に自慢していた様な漢で有れば、生き残れるのではないか? 与り知らんが。 反省も、後悔もせぬ漢に、覚悟など期待できぬよ。 しかしな、それでも、我が、弟。 それとなく、監視は付けた。 それとなくな……」


「……兄上」




 絶叫の余韻を引きずりながらも、この問題の決着をこれで図り、王国の辺境の安寧と家名の尊厳を両立させるべく、ガリアムが下した決断だった。




「父上は、バハートに甘すぎたのだ。 是非も無い」





 ―――――





 王国年代記に残る、一人の平民の活躍。 西方辺境のジュアン砦の置ける守護神とまで呼ばれるその男。 出自が知れぬ、その漢は、ジュアン砦に配属され五年目に頭角を現す。



「贖罪なのです。 この地の苦しみを少しでも和らげることが、俺の贖罪なのです」



 生涯を西方辺境の安寧に費やした男が、事有るごとにそう、呟いていたらしい。 褒章も、名誉も求めず、ただひたすらに魔人を狩る漢。




 名をハルバート・・・・・と、そう名乗っていた。







その後、一人目でけた。


なんとなく、助けてやりたかった。

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