届いた想い、開けられた心の蓋
ドロテア様と、最初にお会いしたのは、王宮の特別教室だった。 見目麗しい少女、良く澄んだ目をされて居た。 そして、「聖」属性を保持しているとう意味をよく理解されて居られた。 十二歳の頃だった。
かく言う私も、同じ属性を持って生まれた。
男児で、「聖」属性を保持して生まれて来るものは、殆どいない。 歴史書を紐解いても、長い王国の歴史の中で、僅か数人の名前しかなかった。 その誰もが、暗澹たる結末を迎えていた。 それ程、この「聖」属性は、男児とは相性が悪いものだったのだ。
父上は、私の身を案じ、早々に試練の訓練を始めた。 本来ならば十二歳に魔力を確認するのだが、それを私は、三歳の頃にした。 何故か。 母上がベッドに寝ていた私が、手に「聖」属性の証である、聖なる光を顕現していたからだった。
時折見受けられる、この現象は、特に強い力が宿る者に起きるらしい。 古の記録には、そう記されている。 準備し、備えなければ、いずれ暴走する。 男児における試練の方法が紐解かれた。 壮絶な記録だったらしい。 その記録を精査する父上、母上は、私の未来を悲観し、私の命を絶とうとするほどだった。
高位の魔術師である、我が家の治療師が、それを止めてくれなかったら、今頃私は、こうやっては居なかっただろう。
手解きは、その高位魔術師によるものだった。 魔力の容量の拡張から始め、心の動きの制御、魔術の習得。 まさに壮絶と言わざるを得ない試練の数々だった。 が、しかし、私自身、それが日常だったため、苦しいとも、辛いとも言わず、淡々とこなす毎日だったらしい。
余りに平坦な感情しか見せない我が子に、父上も、母上も、その時は恐怖したと、後に語ってくれた。 いいのだ、それで。 弟、妹が生まれ、魔力の多い只人であることが確認されたあと、両親の興味はそちらに移り、私は、私のしなくてはならぬことに没頭した。
ある日、父上から呼ばれ、王宮にて専門の教育を受ける事になったと伝えられた。 その時には、もう、今の私になっていた様な気がする。 王宮に上がる前に、父上にお願いした。
「父上、私はこんな体です。 継承権は抹消してください。 これから先、生きて行く事が出来れば、防御魔法の糧となります。 弟にすべてをお譲り下さい」
父上は、その言葉に深く頷いた。 いずれその話が出て来る時は来る。 ならば、早い段階が良い。 外聞的には宜しくは無いが、グラスティア筆頭侯爵家にとっては、必要な手続きだった。 発表は、父上の判断による。 私は、その旨を宣誓した誓紙に署名血判を押した。
――――――
ドロテア様と他数名で、王宮に寝泊まりしながら、試練の数々を受けた。 グラスティアの家で行っていた日常よりも楽だったことに、驚いたな。 それでも、次々と同じ教室の御令嬢達が脱落した。 「聖」属性を防御魔法に捧げ、只人となり王宮を去って行った。
私も、只人になりたかった。
教師に願い、防御魔法に「聖」属性を捧げようとした事もあった。 不甲斐ない息子として、廃嫡してもらう為に。 しかし、魔方陣に拒否された。 魔力は吸われたのだが、属性を取り込まれることは無かったのだ。
「……惜しまれている。 許してもらえぬぞ、コスタス。 お前の茨の道は、ずっと続く。 自ら命を絶とうとしても、お前の魔力がそれを許さん。 唯一の方法は、誰かに弑される事か……」
仲間達を見送る中、その子だけは必死に試練をクリアしていた。 仲良くなるには、十分な時間があった。 お互いの境遇の差は有ったが、それでも、同じ様に試練を潜り抜けて行く事に変わりは無かった。
十五歳…… 最後の試練を終えた。 今の処、これ以上、「聖」属性の魔力を純化する方法は無い。 純化した魔力を、魔方陣に注ぐことになった。
私は、魔方陣に「聖」属性そのものを捧げようとした過去が有るので、その儀式自体も問題なく終えた。 ドロテア様は、初めての事であったので、かなり怖がられていた。 教師の頼みを聴き、その儀式の最中は同席する事になった。 吸い取られる純化した魔力が体を通り抜ける感覚に酔われ、ふら付くドロテア様を支えた。
その時、初めて、御手に触れた。 とても、とても、暖かな御手だった。
月に一度、魔力を渡しに防御魔方陣の元に訪れる生活が始まった。 その時に御一緒できる事が、何よりも嬉しかった。 何度となく、同時に魔方陣に純化された魔力を流す。 時には、ドロテア様の御手に触れる事もあった。 それだけが…… 本当に、それだけが…… 心の拠り所だったのかもしれない。
魔方陣の効力が眼に見えて向上し、辺境と呼ばれる地域でも、魔物や魔人の来襲を防げるようになったらしい。 国王陛下は大変お喜びになった。 この力を得て、初めて喜ばれたような気がした。 しかし、男児の「聖」属性の持ち主の、壮絶な最後が記されて居る古文書を読んだ、宮廷魔術師たちは、私の存在に不信感を抱き続けていた。
王立学園を卒業すると同時に、魔方陣の元に常駐する生活になる手筈だったが、彼等がそれを止めた。 万が一、私が暴走した時に、止める手立てが無いと。 その眼には、早く死んでくれと、浮かんでいるようだった。
片やドロテア様は、密かに「聖女」と呼ばれ、最高の待遇を与えられている。 これは、心より嬉しかった。 が、その待遇に、生来の伴侶が有った事に、私の心は暗転する。
「婚約しました。 お相手は、ユークト=ウーノ=アドラール様です。 アドラール公爵家の」
「そ、それは、おめでとうございます」
そうとしか言えなかった。 この時、私は、これまでの暖かな気持ちが、彼女に対する恋心だと、思い知った。 もう、手は届かない。 どうしても。 暗く陰鬱な表情が私の顔に張り付いた。 ただ、少し、彼女の表情が陰ったのは知っている。 私の御祝の言葉に、不満げだった。
この後、彼女とは同時に魔方陣の元には行かなくなった。 耐えられそうに無かったから。 自分の心に重い重しを載せた。
見守ると。 必ず守ると。
王立学園の勉強は、楽しかった。 心の憂鬱を払うがごとく、没頭した。 そうしないと、目でドロテア様を追ってしまう。 なんと、心の弱き者だと、自分でも驚いた。 幼少の頃、あの治療師に受けた薫陶を思い出し、出来るだけ心の動きを抑える様に暮らした。
こんなに苦悩しているのに、付いたあだ名は、「墓石のコスタス」 陰鬱な表情と、動かない表情。 友と言える者など、存在していなかった。
学園の卒業三日前、父上に、学園の卒業と同時に廃嫡すると申し伝えられた。 それは、ずっと昔に決まった事。 家名を名乗らず、ただのコスタスとして、王宮近くの魔法具店にお世話になる事になった。 父上の昔馴染みだそうだ。 陽気な方だった。 月一回、魔方陣の元に行き、魔力を注ぐ。 そして、残りの日は、魔法具店の奥で、習い覚えた魔術を使い、様々な魔法具を作り出す……そんな生活が待っていると、そう思っていた。
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白濁が徐々に薄らいでいく。 他人によって殺されるしか、命を立つ術の無い私が、思わぬ所で拾った機会。 それも、心より慕う、ドロテア様を守った結果だった。 満足していた。
していたのが、その声を聴いてしまった。
遠くから……本当に、遠くから、その声は聞こえた。
「コスタス様、帰ってきてください。 そうで無いと、ドロテアは…… ドロテアは生きる気力が無くなります。 どうぞ、もう一度、あの笑顔を見せてください。 同じ力を持つ我が良き人。 どうか、どうか、どうか……」
白濁した視界が徐々に晴れて行く。 眼に映るのは、どこかの部屋の天井。 輪郭がはっきりし始めた。 寝かされているのはベットの上。 上着は取り払われている。 左手を握る ”誰か” が、そこに居た。 頭が動かせないので、確認が出来ない。
ボンヤリとした視線が、やっと、まともな像を結び始めた。 視界の端に、漆黒の髪が見えた。
ドロテア様?
ピクリと、左手が動いた。 つながった感じがした。
漆黒の髪が揺れる。 ふわりと揺れ、顔が見えた。 泣きはらした目をされて居た。 透き通るような白い肌が、うっすらと赤く色付いている。 あぁ……ドロテア様が、一心に祈りを捧げられるときの御姿だ……
「コ……コス……コスタス様?」
ゆっくりと瞼を閉じ、そして、開ける。
「あぁ……戻ってこられた!! 感謝します、神よ!! 精霊よ!!」
「ド……ロ…テア様」
「まだ、まだ、無理しないでください。 血が流れ過ぎました。 でも、もう、大丈夫。 戻ってこられた。 魂の天秤がこちら側に傾いたのです。 よくぞ…… よくぞ、お戻りくださいました。 わたくしを庇い、凶刃に倒れられてから、三日。 このまま、貴方様が逝ってしまわれてたらと……胸が張り裂けそうでした」
熱く、私の目を見ながら、そう語ってくれている、ドロテア様。 記憶は……きちんと整合している。 しかし、三日も? 死の縁に居たのか、私は。
「コスタス様、わたくしの一存では御座いますが、国王陛下とお話いたしました」
「はい」
「コスタス様は、筆頭公爵家を廃嫡されております」
「ええ、知って居ります。 身の振り方も、決めてあります」
「……わ、わたくしも…… 御一緒させてもらえないでしょうか?」
何故? 貴方様は、ルーデンベルグ侯爵家の御令嬢。 理不尽な婚約破棄をされたとて、貴女のような聡明な方、他の方が放っては、置かないでしょう。 そんな、疑問が眼に浮かんだのか、ドロテア様が、あの後の事をお話してくださった。
騒がしいボールルーム。 大量の出血をして倒れ込んでいる私。 ドレスが汚れる事も厭わず、私を介抱されるドロテア様。 其処に、急を聞きつけた、国王陛下と、妃殿下が駈け込んでこられた。 周囲をザッと改め、倒れる私と、治療魔法で、介抱してくださっている、血まみれのドロテア様を、血の気が引いた顔で、国王陛下が確認された後、私達を王宮の奥に連れて行かれ、結局、卒業記念舞踏会は、開催されなかった。
王宮の宮廷治癒師達、宮廷魔術師達は、私の治療を拒み、このまま死なせるように、国王陛下に進言。 その時に、ドロテア様が言い放ったそうだ。
「もう、結構です。 貴方達の云うがままに、何も成しません。 わたくしの心より大切な方の治療をしないと言われた方々の為に、「聖」なる魔力の行使を拒否します。 これより、貴方達で魔方陣を維持しなさい。 この方だけが、わたくしの心を癒してくださいました。 そんな方を見捨てるならば、わたくしの「聖」なる力は無力です。 もう、失いたくは無いのです。 貴方達が失っても良いというこの方は、わたくしの掛替えのない方なのです。 わたくしは、この方と共に参ります。 今より後は、ずっと一緒に コスタス様の居ない世界なんて、わたくしには、何の意味も御座いません」
試練を最後まで終えた二人の「聖」属性の持ち主を失う事は、王国にとって、どれだけの損失になるか、わからない者はその場には居ない。 慌てて、王宮治療師が、私の治療を始めようとしたが、ドロテア様の聖なる障壁に阻まれた。
「貴方達は信用なりません。 触らないで!!」
感情の発露は、ついに聖魔障壁を立てるに至ったそうだ。何人たりとも、二人の間に入る事は許されず、ドロテア様は私の治療を一心にされた。 もう、魂が半分抜けだしており、最後は祈る事しか出来なかったと、そう告げられた。
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「ドロテア様。 いいのですか? 私と一緒に来ると、貴女様は……」
「あなた以外、何も必要ないです。地位も、名誉も、そう、この国さえも。 御父様には、自儘にいたせ、今まで、よく頑張ったと。 それに、国王陛下様には、お約束して頂けました。 もう、何人も、お前達を縛る者は居ないと」
「そうですか……」
「ただ、魔方陣に力をと。 国王陛下様が頭をお下げになり、国民一同よりの真摯な願いだと……」
「判ります。 月に一度ですね」
「ええ」
「ドロテア様……」
「ドロテアと……お呼び下さい。 コスタス様。 ……本当は、あの日、『 行くなと 』、言って欲しかった。 わたくしの気持ちに気が付いて欲しかった…… 婚約など、あなた以外にしたくは無かった。 国の為、人々の為と、そう思って我慢しました…… コスタス様…… もう、我慢などしません」
「ドロテア……私たちは、随分と遠回りしてしまいましたね。 私の事も、コスタスとお呼び下さい。 あの日から…… 私は心に重い石を置いて暮らして参りました。 貴女を護れるなら、何もいらないと…… 一緒に来てくれますか?」
「はい」
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王宮近くの魔法具店に、若い夫婦が働いていた。 短く切りそろえた、漆黒の髪の妻は、甲斐甲斐しく夫を助け、飛び切り精巧な魔法具を作り出す夫は、妻を慈愛の目で慈しんでいた。 月に一度、二人は揃って店を出て、どこかを訪問する。
近所の人々は、そんな彼らを微笑ましく、温かく見ていた。 元の陽気な店主は、彼等に店を渡し、旅に出たそうだ。
そこには、奇跡に包まれた、色々な魔法具が、置かれている。
手に取る者を幸せにすると、そんな噂がある魔法具店。
王国の片隅の、小さな魔法具店。
今日も二人は、王国の人々を陰ながら支えている。
Ende
でけた。
お楽しみいただけたら、嬉しいなぁ……