反動
話は元の時間軸に戻る。
名栗花子の一撃を俺が腕で脇に逸らし臭いセリフを吐いた直後だ。
自分でも白々しいし空々しい。
ついこの間まで、自分も粛清、制裁と称して色々なヤツに悪魔の力を使い暴力を奮っていたのだから。
しかしそんな俺に先日、夏人さんが画期的なアドバイスをくれた。
「人を説教する時は、自分の事は棚にあげりゃあ良いぜ。パーフェクトヒューマンなんて世界に1人も存在しねーんだからさ。」
……何で英語だよ?
まあしかし、そのこの都合の良い一言で吹っ切れた……とまでは流石にいかないが、とりあえず自分のトラウマは文字通りに棚に置けたのだ。
「花子さん!コイツらは貴方の彼氏に暴力を奮ったヤツでは無いでしょ!?何でこんな事してるんですか!?」
「五月蝿い。可能性はゼロではない。それに、こんな所で騒いでいるクズはどうせそのうち善良な人々に危害を加えるに違いない。もしかしたらもう誰かに危害を加えた事があるかもしれない。だから……」
名栗花子の身体の周りから真っ黒い湯気の様なものが発生する。
漆黒の闇を思わせるソレは見るからにヤバイ感じがする。
「ヤバイ!おい、アンタ今すぐ逃げ……」
俺が襲われていた男に避難を促そうとした瞬間、名栗花子の身体は目の前から超高速で移動し、俺の後ろの男を吹き飛ばした。
男はまるでゴミクズの様に回転しながら空中を舞い、壁に叩きつけられ血を吹いて失神した。
「なっ!……なんて事を……。」
「当然の報いだ。この街のクズは全員駆逐する。」
「だからって、悪魔の力を使うのはヤバイでしょ!下手したら死んじゃいますよ!?」
そう言った俺を名栗花子はニヤリと笑い、まるで自分より遥かに下位の生物を見るような目で見つめてくる。
「お前、何か勘違いしていないか?名栗花子の意識などもうほとんど残ってはいないわ。今やこの身体は私、アエーシュマの支配下に有る。」
マジかよ!
なんか俺がシャックスに闇堕ちさせられてた時より黒いモヤがデカイと思ったら……闇堕ちが進行してるって事か?
「ん!?だったらなんで名栗花子の望みを叶えてるんだ!」
「私達悪魔は闇堕ちした人間の欲望や願い、想いを力に変えることが出来るのだ。初めは想い人の仇討だったコイツの願いは、今や暴力や威圧感全般に対する殲滅へと変わった。」
闇堕ちしたヤツにしか解らない感覚だけれど、堕ちると目の前がまるで夜の様に真っ暗になり、心が……わかり易く今風に言うとネガティブに、そして殺伐として行く。
鬱と激怒の状態が交互に、或いは同時に続く。
そして精神が蝕まれ、願いや想いも過剰に膨らみ湾曲し最終的には取り憑かれている悪魔に行動を全投げしてしまう、、と言う事か。
俺は割と早い段階で夏人さんに助けられたから身体を完全に乗っ取られては居なかったけど……この人は、俺より長い時間1人でもがき苦しんだのだろう。
「待っててください。今助けますから。」
「……助ける?……お前が?この女を助ける?……フハハハ!面白い冗談だ。お前のような小僧に何が出来ると言うのだ!」
そう言うと名栗花子の身体を乗っ取ったアエーシュマは急速に距離を詰め殴りかかってきた。
「うわっ!?」
突然の強襲に一瞬反応が遅れた……がギリギリ身を捻って拳をかわす。
「ほう、なかなかの反応速度だ。だが、コレはどうかな?」
今度はさっきよりも小刻みにジャブやフェイントも織り交ぜて攻撃を連打してくるアエーシュマ。
完全に避けきるのは無理だと判断した俺は左右の手の甲と腕で攻撃を捌きつつ、最小限の動きで切り抜ける。
と、言っても悪魔の力を宿した攻撃を受け流すとは言え腕に当てるのは本来は無理が有る。
なので、俺は服の袖と手袋に邪邪教授が開発した[超衝撃吸収剤]を仕込んでいた。
10手ほど躱したところで動きが止まった。
「なるほど。回避に特化した護身術……だな。しかもかなり高度なレベルで習得している。だが、致命的な弱点が有るな。」
あ、もう見抜かれた。
「お前はさっきから防戦一方でこちらに攻撃をしてくる気配がまるで無い。初めはこの女の身体に気を使っての事かと思ったが、違うな。お前には攻撃手段が無いのだ。つまり……。」
アエーシュマがニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「こちらは反撃を気にせずお前に当たるまでひたすら攻撃に専念すればよいのだよ!!小僧っ!」
こちらに攻撃手段か無いと解り、より攻撃的な勢いでコチラに拳を振り上げるアエーシュマ。
……確かに俺はこの1週間、ひたすら避けること、弾く事だけを叩き込まれてきた。……球を。
攻撃方法も一切習っていない。
しかし、こちらから攻撃を仕掛けなくても相手を倒せる方法が俺には一つだけ有る。
人体改造……いや、特訓の最後の1日、七日目に夏人さんから教わったたった一つの技。
大振りで薙ぎ払う様な攻撃をして来るアエーシュマのモーションをジックリ見極める……と言っても0.1秒位の時間なのでジックリと言う言葉は正確ではない。
しかしそれでもジックリ見極め、侵入角に合わせて自分の身体を移動させる。
そして右掌を前に突き出し、足を踏ん張り地面にシッカリと固定する。
アエーシュマの拳をギリギリですり抜け俺の右掌とアエーシュマの身体が接触する瞬間、押し出すのではなく、身体を硬くすること……筋肉や関節、筋、あらゆる力を内側に凝縮する。
まるで自分が鋼の塊になるかの様なイメージを描く。
ゴンッッッ!!!
鈍い音を立ててアエーシュマが反対側へ吹き飛んだ。
「反動縮体拳!!」
そう、この技はいわゆるカウンターだ。
ただし通常のカウンターとは違いこちらからは一切踏み込まない。
ただただ自分を強固な塊にし、侵入角度に対して寸分違わず真っ直ぐぶつかることにより相手の力を数倍にして弾き返すのだ。
闇堕ちした相手に対して強い衝撃を与える事により、悪魔を一時的に身体の外に出すことが出来る。
「ぐおっ!?まさか人間に一撃食らわされるとは……。」
名栗花子の身体から剥がれ落ちた悪魔、アエーシュマが不快そうに呟く。
「よし!抜けたっ!」
「……ん?何を喜んでいるのかは知らんが、私がこの女から出てきてしまった事は貴様にとってデメリットでしかないぞ?宿主を離れると力を吸収する事は出来なくなるが、そもそも人間の肉体は本来枷なのだ。悪魔本来の私の力はこの女の中に入っていたときの数10倍だぞ?女にはお前を殺した後で取り憑き直せば良いだけだしな。」
確かに先程までとは比べ物にならない禍々しい力を感じる。
気を抜くと意識が飛びそうな程に……。
「では、早速殺してやるぞ。」




