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何者でもない隣人

 また学校が始まり、ほんの一瞬で終わる。

 気が付けば大半を愚考に費やしていて、どう授業を受け放課後を迎えたのかが思い出せない。

 霜月という名字のあの少年。彼の事が頭を過ぎる度に頭痛がする。

 その日の帰り際、彼が住むマンションの扉を急ぐようにまた開く。

 中から歩み出てきた霜月は無表情に俺を見た。

 「せめてインターホン鳴らして。すごくビックリした」

 「ああ、すまない」

 「用件は?」

 「特には。ただ何となく来た」

 「……そう。せっかくだし遊ぼうか」

 リビングに置かれたゲームは最新式の『DE7』という機種のものだ。

 据え置きゲーム機に四つ接続された顔をすっぽりと覆う程のHMDが目立つ。

 「……何故HMDが四つも?」

 「ボクはゲームジャンキーだからね」

 彼は慣れた手つきでヘッドマウントディスプレイを被ると、俺にも同じ物を手渡した。

 「『Nobody』っていうゲーム、君もアカウント持ってる?」

 『Nobody』はDE7のソフトの一つだ。海外で製作されたFPSである。

 「ああ、持っているぞ。偶然だな」

 「偶然? ふふ、そうかもね」

 彼は怪しげに笑うと、HMDを被り上部にUSBメモリを突き立てる。

 俺も同じようにして彼のHMDの一つと持参したメモリを組み合わせて被る。

 俺達の視界に映るのはログイン画面。そして荒廃した市街地。

 この場所に湧き出る金属生命体を狩猟し、その素材から銃や衣服などの兵装を得るのがこのゲームの目的だ。

 「……『そうかもね』? 何が言いたいんだ」

 「なんでもない。それじゃ行こうか」


 迫り来る敵を薙ぎ倒し、一体何歩歩いたろう。

 崩れたビル、風化したアスファルト、荒野に似合わぬ不快な湿気。

 灰色の空の汚染された雲がどろどろと崩れ落ち、鈍色の生命体を構成していく。

 ビッグスラッグ。酸性の液を分泌し防具の効果を下げてくるこの区画のボスだ。

 隣を見る。

 そこには背の低い紺色の髪をしたプレイヤーが静かに狙撃銃を携えて立っている。装備は市街地戦使用の灰色の迷彩服。

 彼は霜月だ。バーチャル空間上での霜月は『レイン』というユーザーネームを持っている。

 「向坂くん、援護はボクに任せたまえよ?」

 「おい、ゲーム内では本名で呼ぶな」

 一体、人から好意的に名前を呼ばれるのは何時ぶりだろう。

 彼が敵対組織のエージェントでなければ手放しで喜べたのかもしれない。

 「アローヘッド」

 隣から聞こえる霜月の声は俺のユーザーネームを呼んだ。

 「呼びにくいね、アローヘッドって」

 「煩い。集中しろ」

 ゲームの中の彼はくすりと笑って見せ、眼前の敵に向き直る。

 金属で構成された巨大なナメクジは俺達に襲い掛かる。

 俺は地を蹴って飛び、弱点の触覚目掛けて短機関銃を連射した。グリップにかけた右手がびりびりと震える。

 火薬の燃焼が閃光と煙を生む。ナメクジは煙からぬっと姿を現し、弱っている様子はない。HPバーも僅かに減っただけだ。

 「チッ、怯まんか……!」

 「ビッグスラッグのHPは250000。防御力は200。キミの武器のMG8000で与えられるダメージは秒間500ぐらい。ボクのMS3Vで与えられるダメージは……安定しないけど秒間300ぐらいかなぁ。ふふふ……キミもやり込んでるね。昂ぶっておかしくなりそうだよ」

 「変質者め。眼前の敵をたかが数値の集合体だと思うな。判断のミス一つで――――」

 言いかけた時、ビッグスラッグが触覚をレインに向けた。

 「おい! ターゲットが貴様に向いた! 避けろ!」

 「っ……!」

 ビッグスラッグが体から幾多もの触手を伸ばした。

 狙撃銃の発砲も空しく、レインの体を瞬時に触手が絡めとる。

 「やっ……ひゃはっ!」

 隣の霜月が上ずった声を上げた。

 俺の短機関銃で触手を破壊すればいい。そう思っていた。しかし――この区画に辿り着くまでに買い込んだ弾薬をほぼ使い切っていた。あとは装弾数∞の心もとない威力の弾薬を残すのみだ。きっと与えるダメージは0か1かだろう。

 「やぁああ……っ……!」

 レインが触手に絡めとられ金属生命体の口に運ばれていく。食われればHPは瞬時に尽きる。即死だ。

 「クソ、一旦引き返すべきだったか……!」

 その時、傍らのリアルの霜月の動きがおかしい事に気付く。

 絡みつく触手を解こうと足掻くような動きをしきりに繰り返している。コントローラーは既に床に落ちていた。

 まるで霜月自身が触手に絡めとられているように見えた。

 人間の体は不思議なものだ。自分の体が火傷を負った、と思い込むだけで肌の赤らみや痛みすら生じる場合もあるという。

 そういった思い込みを強化する為、構成員に対して投薬とバーチャルテクノロジーを組み合わせた矯正を行う巨大な電子団体が複数存在する。構成員をマインドコントロール下に置く為の邪な手法。

 この反応を見るに、霜月もきっと何らかの薬剤を投与されているのだ。

 「貴様、まさか……!」

 思わず彼のHMDをはぎ取って床に捨て置く。

 「……はぁ……はぁ……!」

 床に倒れて呻く彼の呼吸は荒々しく、目には涙が溜まっている。

 「向坂くん……」

 「どうした、大丈夫か」

 「…………ふふ、玉露くん」

 「!?」

 彼が口にしたのは俺の名前でも苗字でもない。政府から割り振られた識別子だ。

 彼は既に知っていた。俺が政府よりの諜報員である事を。

 「HMD外してさ……ボクと一緒に居てほしい……そばに……」

 眼前のナメクジが大きく口を開いてレインを呑み込んだ。俺の視界もまた暗い銀に覆われていく。

 その直後にHMDを剥ぎ取られ、霜月と視線が交差する。

 彼は言った。

 「このゲーム……『Nobody』の意味知ってる? 『何者でもない』って意味。ボクらは何者なの? リアルでも諜報活動して鉄砲で撃ち合ってさ……普通に生きてはいけないのかな?」

 「……分からない」

 「ボクを政府に引き渡すかい?」

 「いいや、それはしない」

 「……ボクはずっと前からキミがエージェントだって知ってた。でも『孤の先導者』の誰にも言わなかった……君のこと、嫌いじゃないから」

 「……そうか」

 「うん、ボクの一人だけの友達だ、って思ってる……また遊んでくれる?」

 「ああ」

 会話の最中、霜月は糸が切れたように気を失った。

 きっとバーチャルリアリティと現実の境界があやふやになっているのだろう。

 俺は彼を救うと決めた。政府の為でなく己の正義の為に動きたい。初めてそう思えた。

 「友達」というたった一言に心が動いた。きっと諜報員は俺には向いていないのだろう。

 「友達……か」

 思わず独りちた。

 霜月は安らかに呼吸を繰り返している。きっと直に治るだろう。

 彼が回復するのを待ち、それからまた話そう。

 次はクラスメイトとしてではなく、一人のかけがえのない友達として。


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