Voyage
暗い闇の中、彼は漂っていた。
本当はこの瞬間もものすごい速度で動いているのだけれど、彼の周りには何も無いからそれもわからなかった。暗闇の中に放り出されてどれくらい経ったのか、わからなかった。
放り出される前にはたくさんの人に囲まれていたはずだった。それがある日突然、轟音と共にたった一人きりで闇の世界に打ち出された。なぜかは分からない。ただひとつ分かるのは、今いる場所は彼が望んだ場所ではないということだ。
だから自分を打ち出した人間を、彼は恨んでいた。
周りには何もなかった。
星の輝きはずっと遠くに点のように見えた。
昔、まだ人に囲まれていた頃に感じていた、穏やかな空気や、人の笑い声や、暖かい光は、旅を始めてから一度も感じていない。まるでそんな昔の風景が夢だったように思えた。
「がんばれよ、お前には期待しているぞ」笑顔で心の底からそう応援してくれた人を、彼は好きだった。けれど長い月日の間に彼は、その笑顔を浮かべたまま人は自分を打ち出した事を理解している。なんて、自分勝手なエゴ。
だから自分を作り出した人間を、彼は恨んでいた。
ある時、彼は一枚のディスクを持っている事に気がついた。同時にひとつの風景を思い出す。
彼が地球を飛び出す前の日。一人の人がこういった。
「このディスクは私たちのメッセージが、願いが込められている。外にいる誰かに、私たちの事を知ってほしいからこのディスクをお前に託す。
きっと私たちは寂しがりやなんだ。こんなにも広い宇宙で知的生命体が自分だけということに耐えられないんだ。
だから私たちはお前を造った。きっとお前はこれから長い間、暗闇の中で孤独な旅を続けるはずだ。それを強いる私たちを許してくれ。
お前は私たちの声で、私たちの願いで、私たちの希望だ」
そう言う彼の顔は、泣きそうな笑い顔だった。
彼は自分の使命を思い出した。
僕は人の声だったんだ。どこかにいる誰かに自分たちのことを知ってほしくて、人は僕を造ったんだ。今僕が感じている悲しみや寂しさを、人は漠然と感じて生きているんだ。気づいたらその孤独に耐えられないから、無意識のうちに封じ込めて生きているんだ。
暗い闇の中、彼は飛んでいた。
今はまだ点にしか見えない遥かな光を目指して。どこかにいるはずの誰かのもとへ。
たとえ自分が動かなくなる前にたどり着けなくても、持っているディスクは誰かの手に届くはずだ。それはとてもとても、悲しくなるくらい低い確率だけれど、彼はそう信じて飛び続ける。
BUMP OF CHICKENのアルバム「orbital period」に触発されて書きました。文章のリズムも彼らの歌に影響されています。