【超短編】あの世・来世(20編)
あの世・来世を勝手に想像して楽しみましょう。
拙著「介護三昧 ショートショート」所収の
「あの世・来世(99編)」のなかの20編です。
<和彦爺さんの受難>
和彦爺さんが、家族に見守られながら、静かに目を閉じると──
「オリャアアア!」
「げぽっ」
「デリャアアア!」
「ぶげっ。い、痛いっ。なにをするんじゃあ」
「ダアアア!」
「うぐっ。だ、誰じゃあ、おまえは」
「忘れたのかあ! ぼくは六十八年前、おまえにイジメられて自殺した、松岡幸一だあ。エイヤアア!」
「おえっ」
「やっと会えたね。ウォリャアアア!」
「ばふっ」
「お礼はたっぷりするからね。ドリャアアア!」
「うがっ。ううう……。年寄りをいじめるのは、や、やめろお」
「うるさいなあ。ぼくはあたまにきてるんだからね。ソリャアアア!」
「ばほっ」
「ゾビャアアア!」
「むへっ」
…………
半世紀後のあの世では、逆イジメが横行しています。お心当たりのある方は、お気をつけください。
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<あの世~多恵子の場合>
多恵子が、過労でポックリ逝くと──
「あら、多恵子さん」
寝たきりの義母がいた。
「すまないねえ~。また世話んなるよ」
どっひゃあああああああ!
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<あの世~喜三郎の場合>
元審査員の喜三郎が、老人ホームで大往生すると──
「6点4点4点6点7点6点3点3点6点4点。合計49点!」
カ~ン!
「惜しい。地獄へどうぞ~!」
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<あの世~慎太郎の場合>
慎太郎が、結婚直後からの長い闘病の末に昇天すると──
「はーい。通しリハーサル、終了ぉー!」
映画監督がいた。
「じゃ、本番いくよー。シーン1の1、不義の子誕生。
よーーい、スタアァァァーーート!」
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<あの世~カエサルの場合>
ユリウス・カエサルが、元老院にて、ブルータス他の刺客の乱刃を浴びて惨死すると──
目の前にルビコン河があった。いや違う、三途の川だ。
(んん~、渡るべきか渡らざるべきか……)。
二千年以上経った今も、迷い続けている。
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<あの世~武蔵の場合>
正保二(西暦一六四五)年五月十九日、宮本武蔵が、門弟らに見守られながら、六十二年の生涯に幕を下ろすと──
「遅いぞ、武蔵! オリャアアア」
佐々木小次郎が、いきなり斬りかかってきた。
「敗れたり、小次郎! ダアアア」
勝負はあっけなくついた。武蔵は再び勝った。
「む、無念……」
「ふふふふふ。あまいぞ、小次郎。こんなこともあろうかとおもってな」
武蔵の手には、七尺余りの卒塔婆が握られていた。
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<あの世~鉄矢の場合>
武田鉄矢が、赤いきつねを喉に詰まらせて窒息死すると──
ぽんぽんっと肩を叩かれた。
「な、なんばしようとお!」
ふりむくと、坂本龍馬がいた。
「おぬし、なんで勝手に使こうたんじゃ。海援隊は俺の専売特許じゃきに」
坂本さん、意外とみみっちい。
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<あの世~由紀夫の場合>
昭和四十五(西暦一九七〇)年十一月二十五日午前十一時頃、三島由紀夫が、陸上自衛隊東部方面総監室にて、割腹して果てると──
「おみごと!」「ん~、いまいち」「痛かったでござるか」「刺したら横に引かなきゃ」「介錯の手際が悪い」……。
先輩格の赤穂浪士に囲まれていた。
「おぬしの美学ってなに?」「あんた男色家やろ?」「まゆ毛濃いな」「胸毛がそそるぞ」「金閣寺って難解やな」「お、素チンだな」「武士の魂が聞いてあきれる」……。
ほぼイジメだ。
三島の目に涙。
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<あの世~太郎の場合>
鈴木太郎さんが、単身赴任先で過労死すると──
累々たる屍の頂にいた。
全部自分の死体だった。自分が殺してきた自分だった。
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<あの世~直弼の場合>
万延元(西暦一八六〇)年三月三日、大老井伊直弼が、桜田門外にて、水戸浪士らによって暗殺されると──
「ようこそ! 我らが斬首チームへ」
目の前に、徳川家康の長男信康の顔があった。
あごの下に両手をそえている。お互いおヘソの前で、自分の生首をかかえているのだ。
「はて、ここはどこでござるか」
「ボウリング場じゃよ」
跳ねとぶピンの音が場内に響いている。
「きょうは見学しててくれ。いま、ギロチンチームと対戦中じゃ」
ゴトン、ゴトゴトガタゴトゴットンゴロゴロ……。
となりのレーンを、マリー・アントワネットの生首がころがっていった。
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<あの世~注の場合>
平成十二(西暦二〇〇〇)年二月九日、荒井注が、自宅のバスルームで、肺不全のため急逝すると──
「バカヤロー!」
目の前に吉田茂がいた。
「なんだバカヤロウ」
「バカヤロー!」
「なんだバカヤロウ」
「バカヤロー!」
「なんだバカヤロウ」
…………
「ばかやろう!」大島渚監督も加わった。
「バカヤロー!」
「なんだバカヤロウ」
「ばかやろう!」
…………
三人はずっと、意味もなく罵り合っている。
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<あの世~秀吉の場合>
慶長三(西暦一五九八)年、太閤豊臣秀吉が、五大老五奉行に後事を託して、敢え無くなると──
「ぎゃああ。熱ちちちちちちち」
顔にお茶をぶっかけられた。
「待ったでえ」
千利休がいた。
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<あの世~紺三郎の場合>
肩書き社会に嫌気が差した紺三郎が、桜島の噴火口に飛び込んで濁世に訣別すると──
「おい、名無し!」
ふりむくと、
「わしは、富貴院 誠芯 潮光信士だあ」
「あたしは、念恩院 冥暁 清柳大姉よ」
「俺様はな、喜光院殿 蓮導 真剛大居士じゃあ」
やーな感じ。
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<来世~信長の場合>
本能寺にて、追いつめられた信長が、
「次の世ではぜったい天下取ったるでえええ」
と叫びながら、燃え盛る炎に身を投げると──
「ああ暇じゃ」
『特殊法人なんたらかんたら公団』の役員になって、ふんぞりかえっていた。
取ったのは『取』の字だった。
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<来世~張さんたちの場合>
じっさいにあったかどうかは定かではないが、南京大虐殺で犠牲になった張さんや朴さんらの遺骨が、発見され、熱処理され、散骨されると──
黄砂になって日本に押し寄せた。
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<あの世外伝~晋一朗の場合>
晋一朗が、くびを吊ろうとして、なわに手をかけると──
「おまえはもう、死んでいる」
目の前にケンシロウがいた。
「な、なんだおまえはぁ。おれはこれから死ぬんだ。じゃまするな」
「わからんやつだな。サラリーマンとして宮仕えに徹してきたおまえはもう、死んだも同然だ、と言っているのだ」
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<あの世外伝~悦子の場合>
認知症の悦子が、嫁にさんざん世話になって、最後の眠りにつくと──
「無念じゃあ」
化けて出た。
「きゃああ! か、義母さん」
「このままじゃ成仏できん」
「こ、こないで……あっちいってえ」
「言い忘れたことがある」
「な、なによ」
「ありがとう」
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<あの世外伝~吾郎の場合>
吾郎さんは、あさ、出社して死ぬと──
よる、退社して生き返る。
いつものこと。
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<あの世外伝~萌子の場合>
予報を外してばかりいる、気象予報士の萌子が──
ある雨の朝、ベランダにぶら下がっていた。
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<あの世外伝~源太郎の場合>
源太郎が、社員を叱っている最中に、高血圧で倒れると──
「おとうちゃま」
目の前に、夭逝した我が子がいた。
「お手てだして」
差し出した手のひらに、息子はキャラメルの箱をのせてくれた。
「あげるぅ」
箱は軽かった。
ふると、カタカタと音がして──
気がつくと、ベッドによこたわっていた。
「あなた、だいじょうぶ?」
「あ、ああ……」
(息子にもらったオマケの人生、老妻と長旅でもしてみるか)。
<了>