09. elf
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リレオの人々に霧の森と呼ばれている場所で、一人のエルフが小さく舌打ちをして、不機嫌な顔をしておりました。
「……捕まったか」
全く忌々しい、と眉を顰めます。
ただでさえ、人間に神の使いを預けるのには反対だったというのに、あまつさえ捕獲されてしまうなんて言語道断でした。
二度目の舌打ちをして、マリアは村へと向かいました。
霧の森のエルフたちは、自らをそう呼んでいるわけではありません。そもそも、霧の森という名前は人間たちが勝手につけたものであり、それは単にエルフたちの魔法によって命名されたものでした。
森と共に生きるエルフたちは、森の中でのみ魔法を使うことが出来ます。
それは森の神による支援があってこそ、成り立つものであるということなのです。
「……マリア、ササマルはどうだった?」
ふと、村の入り口で小さなコマコが話しかけてきました。
「どうもこうもない。あの人間は神の使いを町の領主に奪われた。やはりあいつが守り手であるわけがない」
「でも、ササマルは神の使いと友達だって……」
「コマコ。目を覚ませ。私たちの森を奪おうとしているのは誰だ。私たちの仲間を殺そうとしているのは誰だ。……あいつら人間だ」
コマコは黙って俯いてしまいます。
マリアの言っていることを、彼女も心の中ではわかっているのです。
「わかったら家に戻れ。私は長老に神の使いのことを話さねばならない」
「……」
無言を肯定と受け取り、マリアは急ぎ、村の奥へと向かいます。
森の中心から少し離れたところにあるこの村は、数世帯のエルフたちで構成されている、非常に小さなものでした。エルフは長命で、森から出なければそうそう死んでしまうことはないのですが、最近では森の加護の力が弱くなっており、そう楽観的でもいられない状況になってきているのです。
その証拠が、村の子供の数でした。
(なんとしてもコマコを守らねば……)
エルフという種は、非常に子供が出来にくいという欠点を持っていました。
人間が爆発的に増えるのとは対照的に、エルフは長命であるがゆえにゆっくりとその数を減らしていっているのです。
「……長老様。マリアです」
「入れ」
巨大な神木と混ざり合うように建てられた神殿に、マリアは入っていきます。
そこには村で一番歳をとっているエルフが住んでおり、長老として皆から信頼されておりました。
「神の使いが人間の領主に捕らわれました」
「……コマコが出会ったという人間はどうした」
「人間の領主に捕らえられました。それからは神の目が届かない場所にいるようです」
すでにコマコのしたことは村全体に知れ渡っていました。
神の使いはエルフたちの目となり、耳となるという噂は、ただの噂ではなく、本当のことなのです。
「……神の使いに懐かれた人間は、エルフの守り手となる。コマコがしきりにそう主張しておった」
「……! 長老様、恐れながらコマコは物を知りません。我らのことも、人間の、ことも」
「わかっておる。……じゃが、我らの村で戦える者は二十人もおらん。守り手に期待せざるを得ないのじゃ」
老けるのが遅いエルフといっても、戦えるものはそう多くありません。
長老のようなすでに年老いて視力の落ちたものもいれば、コマコのような力を持たない子供もいます。それに加えてエルフという種族は人間たちほど重い鎧や武器を使うことも出来ないため、主に軽い武具しか扱えないのです。
「長老様、守り手なんてものに期待する必要はありません。もし、我らが全員死ぬというのならば、それはきっと森の意思です。……それに私は従います」
マリアにとって、その言葉に嘘偽りはありませんでした。
ですが、ひとつだけ、気がかりがあります。
自らが森と共に滅びることには何の迷いもありませんが、コマコのことだけは何とかして助けてやりたいと願っておりました。
(……そのためには、)
コマコを生かすための方法。
その方法をマリアは、未だ迷っているのでした。
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