07.
領主の話を聞き終え、一時的に釈放された笹丸はリレオの町に来ておりました。
ナガマサに引きずられるように連れて来られた店は、小さな甘味処のようで、有無を言わさずナガマサが団子を注文し、謎のおやつタイムが始まっているのでした。
「……あの、ロータスというのは誰なんですか」
笹丸はもう何度目かわからない質問をナガマサにぶつけます。
「……」
しかし、ナガマサは団子をくわえたまま、言葉を発することはありません。眉間に皺をよせ、三色の団子の最後のひとつを残したまま、目の前をずっと睨んでいるのです。
「……君は知らない?」
その視線の先で何食わぬ顔で団子をくわえているリーザに、笹丸は問いかけます。
「すまないが私は助言を与えてはいけないのであります。監視役なのでありますね」
「……そう」
現在、笹丸の右手にはナガマサが、左手にはリーザがおりました。ナガマサはあくまで笹丸の味方をしてくれたようで、リーザはその監視役ということらしいのです。
どうやらナガマサは領主が彼を信じて任せてくれなかったことに腹を立てているようなのでした。
「……無駄っすよ。老師様について、リーザ殿は教えてくれないっす」
「……」
団子を口に入れながら、アスティアがそう告げました。
「何はともあれ、これからロータス様のもとへご一緒するのでありますから、自己紹介をしておくであります」
「あ、そうですね。僕は笹丸です」
「私はリーザであります。リレオ騎士リザルフォン・ポニセーラの娘であります」
「……リザルフォンさん、ですか?」
「……外国の方には知られてないでありますか。父はこのリレオを守る騎士たちの長であります」
父親のことを語るリーザの表情はとても嬉しそうで、彼のことを誇りに思っていることがわかりました。
「ロータス様について、私は何も教えることが出来ないでありますが……アスティアやナガマサ殿は口止めをされていないのであります。……ナガマサ殿が話してくだされば、でありますが」
その口振りから、リーザ自身は笹丸を悪く思っているわけではないことが理解出来ました。あくまで領主の命令から、ロータスなる人物のことを黙秘しているのでしょう。
「……ナガマサさん、お願いします」
「……そうね。リーザがついてきてる以上、やることは変わらないものね」
はぁ、とナガマサは溜め息をつきました。
「老師ロータス様は、五十年ほど前の戦争で活躍した英雄の一人よ。いまはここからそう遠くない距離にある村に住んでいるわ」
オネエ口調で話し出したナガマサでしたが、リーザはまったく気にしている様子はありません。どうやら彼女もこのことは知っているようでした。
「ロータス様は魔法に詳しくてねぇ。付近の村からはお医者様だと思われているの。……いえ、ごめんなさい。こんなことはどうでもいいわね。問題は私たちがロータス様を勧誘しなければいけないってこと」
「……話から察するに、ご老体に鞭打って参戦していただくのは忍びないな」
その言葉に、またもナガマサが溜め息をつきます。
「それだけの理由だったらどんなにいいことかしらね……」
「ササマルさん、ロータス様は既に齢七十を超えているっすけど、魔法に関しての知識なら大陸随一っす。ぼけた老人だと思っていたら大間違いっすよ」
「……アスティア、口が悪いでありますよ」
「あ、申し訳ないっす……」
はて、と笹丸は考えます。
話を総合すると、老師ロータスは五十年ほど前に起きた戦争の英雄であり、魔法に詳しく、付近の村からはお医者様と思われていて、七十歳を超えていますがぼけてはいないということでしょうか。
「……領主様に頼まれて断る理由が見当たらないんだけど」
「簡単な話よ」
最後の団子を口に入れ、ナガマサは言いました。
「――ロータス様は戦争がお嫌いなの」
◆
ロータスの住んでいる村はリレオからそう遠くないということでしたが、それは馬を使った前提の話であり、ナガマサはそれを失念しておりました。
「……」
ナガマサ、アスティア、リーザはそれぞれ自分の愛馬を持っており、白いマントを被った状態で歩いておりましたが、笹丸は違います。
笹丸を無言で揺らしているのはフバという見たことのない生物でした。背が馬よりも低く、足も短いため、乗馬に慣れていないものでも乗ることが出来る、というのはナガマサが話してくれたフバの特徴です。
「ササマルちゃん、大丈夫?」
「……ええ、まぁ」
とはいえ、その速度は馬よりも遅く、さらにゆらゆら小刻みに揺れているので、思ったよりも居心地が良くありません。
加えて、慣れない砂漠の地。リレオの町中ではところどころに日差しを回避するため、布の屋根があり、目立っていませんでしたが、やはり砂漠は過酷な環境であると笹丸は再認識させられました。
「気分が悪くなったら水を飲むといいっす。口に含んで、ゆっくりと飲むんすよ」
「わかった……」
ナガマサに貰った顔をすっぽりと覆うマントを、初めこそ邪魔だと思っていましたが、今では無くてはならないと思えるほど重宝しておりました。
全ては日差し、直射日光を防ぐためのもの。そして何より、太陽が直に当たっていると認識するとしないのとでは、体感がぜんぜん違うのでした。
「ササマル殿、もうすぐであります」
ずっと空返事をしながら日差しから目を背けていた笹丸は、リーザの一言で弾けるように顔を上げました。
砂漠の村の印象を、彼はリレオしか知らなかったからです。
「……」
思わず息を呑んでしまいました。
窪んだように地面が落ちこんだ土地に、粗末な土造りの家が数件と、やせ細り、明らかに健康状態がよくない人々がこちらを見ていたからです。