06.
「なので、我輩は祖国へ帰れば英雄なのである」
「なるほど……」
リーザたち直属騎士たちは笹丸を捕らえると、ナガマサとアスティアの説得に聞く耳を持たずに彼を牢へと入れてしまいました。彼の入った牢は領主の城の中にある、わずか二つしかないもので足元は土そのままです。そんなむき出しともいえる牢屋で、今はもう一つの牢に入っていた男性の話を聞かされているのでした。
「それで、ウィリアムさんは何で捕まったんですか?」
「……我輩はこの国に来てから非常に雑な扱いを受けていたのである。それでつい、店先の果物をひょひょいっと」
「あー、なるほど……」
笹丸とは反対側に捕まっていたウィリアムというちょび髭の男性は、二日前にリレオの商店で盗みを働いたようなのでした。
先ほどから笹丸は彼の話に対し、いい加減な応対をしているのですが、気にした様子はありません。ところどころ聞いていた話によると、彼はこの二日間、誰も話を聞いてくれなかったので非常に寂しかったらしいのです。
「バルカに戻りたいのである。我輩、話を聞いてくれる人がいないと死んでしまうのであるよ!」
「……バルカ、ですか」
いい加減な応対、とはいえ、彼の話している内容に笹丸の興味を惹くものはいくつか存在しました。最初に彼の話を聞いてしまったのも、そのためです。中でもとりわけこの大陸の国名とその位置については非常に勉強になりました。
まず、笹丸たちが現在いる国の名前はカフカサス。大陸のほぼ中心に位置する、半分が砂漠に覆われた国です。そのカフカサスの中心から少し西側にずれた位置に、リレオの町は存在しています。カフカサスには多くの町があり、そのいくつかを纏める領主が存在しているのだとウィリアムは語りました。
「ここの領主は怖いのである。我輩の言葉を全く聞き入れてくれなかったのである」
「……それってもしかして、これから僕が行くやつ、ですか」
ギィ、と牢屋の出口が開かれます。
城の出口に通じている階段を、リーザとナガマサが降りてきました。
「ササマル殿、ここを出るであります。私たちの主がお会いになるであります」
リーザは牢屋の鍵を開け、外へ出るよう促しました。
ここで拒否する理由もない笹丸は牢を出て、リーザとナガマサに挟まれた状態で階段を上がっていきます。
すると、小さな声で後ろからナガマサが話しかけてきました。
「……ササマルちゃん、今から私の言うことをよく聞いて。領主様は私のようなものまで拾ってくれた人。普段はとても優しいの。でも、今は時期が悪いわ。それにエルフ関係ともなれば、尚更よ。だから、私が提案することに頷いてちょうだい」
なんとかして見せるわ、という言葉に、笹丸は頷きます。何はともあれ、現状笹丸が頼れるのはナガマサだけです。彼がそう言っているのですから、任せるしかありません。
「ここであります」
領主の城、とはいいますが、笹丸にとってこの城は思い描いていたものとは程遠いものでした。砂上に背の高い城を建てるのは難しいらしく、城壁に囲まれた平らな城であったからです。
そのため、広さもそれほどではなく、領主といっても強い力を持っているわけではないことが窺えました。
(なんて、思ってたんだけどなぁ……)
リーザによって開かれた扉の向こうで待っていた人物は、非常に険しい顔をした初老の男性でした。とりわけ目立っているのは、その顔に刻まれた大きな傷です。刃物によって斬られたであろうその傷跡が、何ともいえない重圧さを醸し出していました。
「お前がエルフの手先か」
最初の一言から、敵意が伝わってきます。まるで情報のない笹丸にとっては、なぜここまでエルフを敵視しているのかさっぱりわかりません。……とはいえ、沈黙は是なりという言葉もありますから、黙っているわけにもいきませんでした。
「手先ではないんですけど……」
「ほう。では、エルフのなんだ?」
「一応、命を助けられました」
「では、なぜこいつを連れていた?」
彼が手に持っていたのは籠で、その中にはエルラリアが入っていました。
「……連れていたというか、頭に住み着かれたといいますか」
「お前はこいつが何か知らんのか?」
「羽根の生えたリスにしか見えませんが……」
その一言を聞いて、領主は溜め息をつきました。
「こいつはエルフの崇める神の手先だ。こいつは奴らの目であり、鼻であり、耳になる」
つまりはスパイということだ、と籠を乱暴に置きました。
「つまり僕はスパイ活動に加担してた可能性があるってことでしょうか?」
「そういうことだ。さて、どうするかなこいつ。事がすむまで、とりあえず牢屋に入れておくか?」
「いいえ、領主様。もっといい考えがあります」
口を挟んだのはナガマサでした。
「ほう、ナガマサ、言ってみろ」
「先ほどの盗賊団、壊滅させたのはここにいるリーザ殿ですが……その手助けをしたのが彼です」
「……続けろ」
「知っての通り、リレオの町は網目上に家を建てることで騎兵の潜む場所を作ってあります。彼はそれをひと目で見抜き、さらには自ら囮になることで戦いを有利に進めました」
「まことのことか、リーザ」
「……本当のことではありますが、いささかその方法が知性に欠けておりました」
「――ですが、磨けば光ります」
ふむ、と思案する領主。顎に手を添えながら、視線を笹丸へと向けました。
(あれ、そういえば頷くんだったっけ……)
ナガマサの言葉を思い出した笹丸は思い切り頷きます。ナガマサの言っていた提案することに頷くタイミングはもう少し前だったのですが、彼が気付くことはありませんでした。笹丸は自分を磨けば光る人間だと自分で褒めてしまっていることに気付いていません。
「……そこまで自信があるのならば任せてみようか。だが、一つ条件を出させてもらおう」 「条件、ですか?」
「うむ。我らの兵はそう多くない。来る戦いに備え、一人の男を我らの軍に勧誘してきてもらう」
「主様、まさか……」
リーザとナガマサが息を呑みました。どうやら、とんでもないことを言おうとしているようです。
しかし、この世界の情報がまだまだ足りない笹丸にとっては、何がどうとんでもないのか、さっぱりわかりません。
「――老師ロータスを説得して参れ」
その言葉を聞いて、ナガマサが顔を手で覆いました。